小石勝朗「法浪記」

 くれぐれも「政争の具」にしないでほしい、と切に願う。保育所の待機児童問題である。

 保育の「質」が大事なことは理解している。だけど今はまず、子どもの安全と両立させ得る範囲で、可能な限りの「量」を確保する方策を探るべきではないのだろうか。

 政府が打ち出した緊急対策に対して「ゼロか百か」ではないのだと思う。繰り返すけれど、子どもの安全は大前提だ。でも、一部の項目に疑義があるからと言って緊急対策を全否定したところで、何の解決にもなるまい。認可保育所に受け入れ可能な子どもの数を増やすためには具体的にどうすれば良いのか、実効性のある議論を国会には望む。そして、与党の提案であれ野党のアイデアであれ、取り得る手段はすべて実行してほしい。

 保育士の給与についても、増額が必要なことは理解する。でも、どう上げるかについては、もっと精緻な検証が必要だ。年齢や地域、官民の差を無視して「全産業の平均給与より月額10万円以上低い」なんて議論は乱暴ではないか。上げるのが「5万円」でも「2%」でも良いのだけれど、どの年代、地域に手厚く配分すれば待機児童を減らすのに効果があるのか、きめ細かく分析したうえでなければ、ばらまきと同じ結果になりかねない。

 と、ここまでややムキになって書いてきたのには理由がある。私事で恐縮だが、この夏に第一子が生まれる予定だ。いきおい、最近の待機児童問題には無関係、無関心ではいられない。

 ということで、まずは自分の身の回りから、このテーマにアプローチしてみる。

 私の住む自治体は、昨年4月時点の待機児童数が約350人で、全国ワースト10に入っている。私も妻もフリーランスのライターなので、フルタイム勤務の会社員世帯に比べて認可保育所に入るための条件は悪い(ついでに言えば、育休とも無縁だ)。自ら選んだ道とはいえ、かなり切実である。

 ちなみに、この自治体に転入したのは、私の出身地だから。両親(80歳前後)の近所に住んで介護に備えるためだった。「里帰り」という視点でしか考えていなかったので、待機児童のことまで頭が回らなかった。転入当時と様子は違うとしても、反省材料と言えば確かにそうです。

 で、まだ少し早いかも、とも思ったけれど、先日、役所の保育担当窓口を妻と訪ねてみた。申し込みの仕組みや入所の状況などについて話を聞くためだ。

 担当者の説明は丁寧だった。これだけの数の待機児童を出して、かなりの苦情を浴びているのだろうな、と想像する。現場の職員には気の毒である。

 しかし、認可保育所への入所の状況は、1年経ってもそんなに改善された風ではないことが分かった。

 ちょっと見せてもらった資料では、今年4月に認可保育所に入れなかった子ども(申込者から受け入れ人数を引いた数)は、0歳児と1歳児だけでそれぞれ200人くらいいるようだ。そこから育休延長などを外した待機児童の数が昨年より減ったとしても、いまだ多くの子どもが認可保育所に入ることができない様子が見て取れた。予想していたとはいえショックだった。

 役所の職員は私たちに「今年の4月に3カ所の認可保育所を開設しました」と力強く教えてくれた。今年度の全体の受け入れ人数は200人ほど増えたそうで、単純に差し引きすれば待機児童は150人くらいまで減る計算になる。ただ、よく見ると、うち2カ所は自治体域の西端で、近くの人以外には通いにくそうな場所だ。まあ、贅沢を言っている余裕がないであろうことは理解しますが。

 補足しておくと、この自治体、東京23区の中心部ではない。いわゆる郊外の立地。用地の確保がどうにもならない、というわけでもあるまい。

 さらに来年度へ向けた予定を尋ねると、「最低1カ所の新設を目指す」そうだ。それじゃあ「待機児童解消」には足りないのでは? 現場の職員としてはどうにもならないことだろうけれど、その数値設定からは自治体としての「がむしゃら感」は伝わってこなかった。

 付け加えておくと、この自治体、長いこと普通交付税の不交付団体だ。大がかりなハコモノ事業もいくつか進めていて、決して財政的に窮乏しているわけではない。事業それぞれに必要性はあるのだろうけれど、いま、待機児童解消に向けて重点投資ができない状態では決してない。

 なんでこんなことになってしまったのだろうか。これまでの推移を調べてみた。

 この自治体、最近の待機児童のピークは2009年の300人だった。12、13年は180人ほどにいったん減る。しかし、14年に230人に増え、昨年は350人に急増してしまった。200人近い待機児童が常態化しているわけだが、それでも一時は減少させた教訓が今回生かされなかったことになる。

 いくつか原因を推測してみた。一般論、結果論だけど、これまでに結構な数の自治体を取材させてもらった私の経験から、あながち的外れではないと思う。

 一つは、自治体に先を読む力がなかった、ということだ。

 正確な人口予測は、まちづくりの基本のキである。公共施設の整備計画や予算配分を決めるのに不可欠だからだ。たとえば、地域の子どもの数が推定できなければ、必要な数の学校や教室を整備できない。保育所についても変わりはない。

 私が住む自治体では、相次ぐマンション建設が待機児童の増加に関連しているとされる。でも、建築主には建築確認の前に自治体との事前協議が義務づけられているのだから、完成する2年くらい前には、どこにどのくらいの規模・内容のマンションが建って、どんな年齢層が転入しそうか、大方の予測はできるのではないだろうか。その作業をきちんとしなかったのか、予想が大きく外れたのか。

 自治体に社会情勢を見極める目がなかった、という面も否めまい。出産後も働き続ける意欲や必要性を持つ女性が増えていること、あるいは、政府が女性の社会参加を推進していることを、自分たちの問題としてしっかり受けとめられなかった結果だからだ。もし「どうせ出生数は減っていくのだから、慌てて保育所を造ったら、のちのち維持・管理がたいへんだ」とでも考えたのだとすれば、世の中の流れを完全に見誤ったとしか言いようがない。

 縦割り行政も、原因の一つに考えられる。

 自治体の課題に迅速に対応するためには、役所が一体となった体制が欠かせない。待機児童問題で言えば、保育所の担当、マンションなど開発の担当、予算を立てる財政担当、さらに人口予測をする企画担当、といった関係部局が緊密に情報交換し、先行きの見通しや危機感を共有してこそ、地に足が着いた施策を打ち出せるに違いない。

 私が住む自治体のように、「子育てに優しいまち」とPRしておきながら膨大な待機児童を出す、なんていうチグハグな行政運営を見ていると、役所内でしっかりとヨコの連携が取られていたのか、甚だ疑問に感じざるを得ない。

 そして、最後は首長のリーダーシップだ。

 私の住む自治体の前・首長は、最後の選挙で「待機児童解消」を公約と明言してからの4年間は、保育所新設などに重点的に取り組んだようだ。一時的とはいえ待機児童の数が減ったのは、前・首長の業績と言えるだろう。

 しかし、4年前に現・首長に交代してから、待機児童の急増を招いてしまった。個人的にいかがなものかと感じるのは、ここまで問題が深刻になっているにもかかわらず、現・首長がどんな姿勢で解決に当たろうとしているのか、私たち住民に見えてこないことだ。ちなみに、現・首長は元幼稚園長である。

 東京都杉並区は4月18日、区長自ら「保育緊急事態」を宣言し、今年度中に増やす保育所の定員を当初計画の2倍にして待機児童の解消を目指す、と発表した。私の住む自治体にも、ぜひ見習ってほしい。

 もう一つ挙げれば、自治体議会・議員の関心度っていうのも、待機児童問題に少なからず影響していると思う。

 「保育園落ちた」ブログが騒ぎになる前の今年はじめ、私が住む自治体のリベラル系議員との雑談の中で、自分のこととは告げずに「待機児童をなんとかしてくださいね」と頼んだことがあった。これだけひどい状況になっているのだから自身の活動を答えてくれるかと思ったら、「一時は減っていたんですけどねぇ」と他人事のようにきょとんとしていた。危機感のなさが垣間見えて、がっかりした。チェック機関たる議会がつつかなければ、行政の重い腰はますます上がるまい。

 さて、役所からの帰り際、私たちに応対してくれた職員は「出産すると動きにくくなるので、今のうちから保育所の見学に回ることをお勧めします」と教えてくれた。ありがたいアドバイスには違いないが、認可保育所に入れる見通しもなく、認可外の競争率も激しい中で、何カ所回れば良いのだろうかと考えると重苦しくなった。

 出産や育児は一義的には私的な営みに違いない。そのことを認識したうえで、最後に一言記したい。

 これほど声高に少子化対策が叫ばれる中で、出産前から「保活」で住民に余分な時間とエネルギーを費やさせ、心待ちにしている新たな生命の誕生を不安な気持ちで迎えさせるだけで、自治体としては失格だろう。「ふるさと納税」という言葉が頭の中に渦巻いている。

 

  

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第67回
待機児童の数は自治体の「先読み力」を如実に表す
」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

     病児保育のサービスなどで知られるNPOフローレンス理事長の駒崎弘樹さんが、「政治が子育て層を基本的に無視している」理由の一つとして、子育てはそれぞれの人が「当事者」である期間が限定されてしまうために、社会運動が起きてもなかなか長続きしないことを挙げておられました(こちらのブログで読めます)。そして、そこを乗り越えるためには、すでに当事者ではなくなった人、当事者ではないけれど共感した人が動き続けるしかないのだ、とも。

     自分に子どもがいるいないにかかわらず、「子育てしにくい社会」は誰にとっても生きていきやすい社会だとは思えません。その意味で、誰にとっても「他人事」ではないのだと思います。

  2. L より:

    >「当事者」である期間が限定されてしまうために、社会運動が起きてもなかなか長続きしない
    近所に保育園を作るというと迷惑だと反対運動が盛り上がるくらいだからねえ。根回し不足など事情はあるにせよ、そりゃないよと。彼らも泣き喚き暴れる乳幼児だった時期があるはずで、3Dプリンタでいきなり40歳で出力されてきたわけでもあるまいに。奨学金問題などもそうだけど、喉元を過ぎると他人事と処理する冷淡さが別件で自分の首を絞めていることに気がつかない。まさに、ニーメラーの警句通り。筆者氏も出会いの前から、運動していれば良かったにねえ。保育士や子供に自分の困難とご都合をおっつけるから、どんどん辞めちゃうんだよ。自覚があるようだけど、都下なんだから保育士の昇給はむしろ10万アップじゃ足りないんじゃない?非正規・重労働・責任追っ付け・低賃金・パワハラ・モンペで、ハコがあっても人が来ないから定員を減らしてる。待遇が悪いところほど、子供が死んでる。つくる会教科書の杉並は数字操作とブロイラー並みの劣悪な環境。数字の悪い保坂世田谷の方が実態はマシ。

  3. とろ より:

    世田谷区長の悪口は止めてください。

    景気が良くなって仕事が増えて主婦が外に出だしたからって話ですから、
    待機児童問題も痛しかゆしですね。
    無駄に増やしても将来的にあまるだけですし。

  4. 小石勝朗 より:

    たとえ「劣悪な環境」であっても、大切な子どもを預けざるを得ない。
    多くの親の窮状に思いを致すことこそが、待機児童問題を解決するための第一歩だと考えます。

  5. 小石勝朗 より:

    >景気が良くなって仕事が増えて主婦が外に出だしたからって話ですから、
    これって、皆さんが大好きな安倍首相の理屈なんですよね。
    ご参考までに。
    http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47410

    >無駄に増やしても将来的にあまるだけですし。
    いま、まさに困っている人を放っておいてもいい、っていうことになっちゃいますね。
    子どもを保育所に預けられず働きに出られなければ、生活の困窮、あるいは生命の危機にまでつながりかねない問題だということに、心を向けていただきたいと思います。

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小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

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