風塵だより

 川内原発(鹿児島・九州電力)の再稼働へ向けての動きがあわただしくなってきている。早ければ年内にも再稼働か…という報道まで出始めた。むろん政府も九州電力も、再稼働へまっしぐら。さまざまな疑問や批判をものともせず、突っ走る構えだ。
 「住民の方々のご納得をいただいた上で、県や市(薩摩川内市)ともよく協議をして再稼働へもっていきたい」と、菅義偉官房長官などは言っている。
 それを受けて、10月20日、川内原発の立地自治体の薩摩川内市議会は特別委員会で「再稼働賛成」の陳情を賛成多数で可決した。さらに、岩切秀雄市長も再稼働に同意を表明する意向だという。住民説明会であれほどの疑問が出されたのに、それは結局、再稼働へのパフォーマンス、アリバイ作りに過ぎなかった。いつもの手だ。
 ただ、所管官庁である経済産業省が、小渕優子大臣の辞任で大揺れ。そのゴタゴタの余波で、年内再稼働は難しいかもしれない。
 小渕氏の後任の宮澤洋一経産相は、エネルギー問題については詳しくないと自ら認めている。大臣とは、担当の最重要課題に詳しくなくてもかまわないらしい。つまり、大臣なんて誰でもいいということか…。

 それにしても、こんな拙速の再稼働が許されていいものだろうか。
 川内原発では、噴火対策も住民避難計画も未完成、さらには事故時の退避施設や指揮所も未設置のままだ。もし、またも福島のような過酷事故が起きたらどうするのか。
 逃げ惑う被災者たちに、放射性物質の流出情報を隠蔽し、結局、大量被曝させてしまったあの福島原発事故の惨状を、もう一度、繰り返そうとでもいうのだろうか。

 御嶽山の噴火で、日本列島が火山列島であるという事実を、われわれ国民はあらためて思い知らされた。この列島に住む限り、われわれはイヤでも火山噴火を意識せざるを得ない。
 火山学者たちは「残念ながら現在の火山学の水準では、噴火予知は不可能」と口をそろえている。事実、今回の御嶽山噴火でも、警戒は最低限のレベル1、ほぼ無警戒だったといっていい。それが噴火した!

 再稼働を急ぐ川内原発は、かなり危険な場所に立地している。ここは霧島火山帯に属している。火山帯は阿蘇山から霧島山、桜島、開聞岳、薩摩硫黄島などへと伸び、これらの火山活動によってできた多くのカルデラ地形が確認されている場所である。
 とくに、姶良(あいら)カルデラは、川内原発からは約40キロしか離れておらず、約3万年前、ここの大噴火によって南九州一帯が壊滅的打撃を受けた痕跡も残っているという。もし現在であれば、川内原発もまた巨大な火砕流、溶岩流によって壊滅状態に陥る。そうなれば手のつけようはなく、原発などひとたまりもない。放射能汚染は九州だけにとどまらない。
 御嶽山の噴火を見て、改めて火山噴火の恐ろしさに震え、川内原発の危険性を再認識した人も多かった。当然のことだと思う。
 だが、そういう恐ろしさをまるで感じない人たちが、やはり原子力ムラには住んでいるらしい。

 “専門家”と称する人たちが、一般庶民を黙らせる呪文のような言葉がある。ある事象について議論をしているとき“専門家”が発する 「それは非科学的だ」という言葉だ。
 典型例がある。
 原子力規制委員会委員長の田中俊一氏が、10月1日の記者会見で、こんなことを言っている。
 「御嶽山の水蒸気噴火と、川内原発で検討された巨大噴火では、起きる現象が違う。これを一緒に議論するのは“非科学的”だ」
 会見では、取り立ててこれに対する記者からの反論や質問は出なかった。これが呪文(魔法の言葉といってもいい)なのだ。多少の科学的知識は持ち合わせている記者もいようが、田中俊一氏とでは比べ物にならない。何しろ、田中氏の経歴は、まさに原子力“専門家”の典型なのだ。

田中俊一氏
1945年、福島県生まれ、東北大学工学部原子核工学科卒業、日本原子力研究所(現在の日本原子力研究開発機構)に入所、のちに同所副理事長、内閣府原子力委員会委員長代理、高度情報科学技術研究機構会長、内閣官房参与などを歴任……。

 こんな肩書を持った人から「非科学的だ」と一喝されれば、一般人は「おそれいりました…」と小さくなるしかない。
 だけど、ちょっと立ち止まって考えてほしい。「御嶽山噴火」から類推して「川内原発の噴火被害」を危ぶむのは、果たしてそれほど「非科学的」なことなのだろうか?
 ここに、田中氏ら“専門家”のまやかしがある。先の田中氏の記者会見での発言は、半分は正しいが、あとの半分は詭弁だ。
 「御嶽山の水蒸気噴火と川内原発で検討された巨大噴火とでは、起きる現象が違う」…これは正しい。だが「一緒に議論するのは非科学的だ」というのは、妙なリクツではないか。
 確かに、水蒸気噴火に比べれば、巨大噴火はその規模が違う。
 水蒸気噴火とは、山腹中に蓄えられた水分が、上がって来たマグマに熱せられて水蒸気になり爆発するもので、規模はそう大きくならないのが普通だ。今回の御嶽山のケースでは、紅葉の季節、絶好の晴天で休日ということもあり、登山者の数が普段よりも数倍も多かったことで、不幸にも犠牲者が増えてしまったが。
 それに比べ、川内原発の周辺で想定される巨大噴火は、高温のマグマが直接噴出するもので、溶岩流や火砕流を伴うことが多く、凄まじい大被害が予測される。
 だから、田中氏の言うとおり、現象は違う。
 けれど「水蒸気噴火が起こったこと」が、なぜ「巨大噴火は起こらない」ということの理由になるのか? ここに田中氏の詭弁がある。
 われわれ一般庶民が心配しているのは、「御嶽山であれほどの噴火が起きた。川内原発周辺でも噴火が起きる可能性があるのではないか」ということだ。そこでは「水蒸気噴火」と「巨大マグマ噴火」との区別などつけてはいない。であれば、田中氏は「水蒸気噴火は起きたが、巨大マグマ噴火は起きない」ということを、理論的に説明しなくてはならなかったはずではないか。「科学的」とは、そういうことだろう。
 ところが田中氏は「一緒に議論するのは非科学的だ」と一蹴した。誰も「一緒に議論」などしていないじゃないか。
 普通の人が「水蒸気噴火が起きた。では、巨大マグマ噴火が起きる可能性はないのか」と不安を訴えているだけだ。その不安に対し、多くの火山学者は「それに答えるのは現在の火山学では不可能」と言っているのだ。
 なぜ火山学者でもない田中氏が、この不安を“非科学的”と片付けられるのか、ぼくには不思議でたまらないのだ。
 “専門家”の言葉を聞くときは、眉に唾をつけろ!
 田中氏に、ぼくは問いただしたい。
 「水蒸気噴火が起きた。巨大マグマ噴火も起きるのではないか。起きないというのなら、その根拠は何か?」と。
 さらに田中氏は「川内原発が稼働中のこれから30年間に、巨大噴火が起こる可能性はきわめて小さい。したがって、九州電力の申請書は認められる」として、新規制基準合格のお墨付きを九電に与えた。ここでも、ぼくは問いかけたい。
 「火山学者たちが『噴火予知はできない』と言っているのに、なぜ九州電力は、30年間は巨大噴火がないと断言できるのか、その根拠は何か? それを原子力規制委員会がすんなりと認めたのはなぜか?」と。
 さらにさらに、安倍首相は10月2日の参院本会議で、川内原発の火山対策について「御嶽山よりもはるかに大きな規模の噴火を前提にして、規制委が厳格な審査を行ったのであり、安全性は確保されている」と述べた。ここでも「『大きな規模の噴火』が起きない理由」は、何ひとつ説明されていない。
 「起きないと言ってんだから安全なんだぁ!」と、例によっての駄々っ子だあちゃん。リクツも何もあったもんじゃない。
 これが、残念ながら、わが国の最高責任者の国会での答弁である。

 この人たち、もう一度、あの福島の惨状に遭遇しなければ改心しないのだろうか。その時にはもう遅いのだが…。
 菅直人元首相は「東日本壊滅も予想した」と何度も語っている。次にその惨禍に直面する総理大臣は、いったい誰だろう。安倍は、自分の時に事故が起きるはずはない、と高を括っているようだが、自分さえよければ、国民など知ったことではない…のか。

 どこから考えても、川内原発再稼働には疑問が残る。そして、もし川内原発が再稼働されれば、次は高浜、玄海…と、一気に再稼働路線へ突き進むことになるだろう。

 日本は現在、原発稼働はゼロだ。今年の夏はそれで乗り切れたのだし、来夏もほぼ現状のままでピーク時も切り抜けられる見通しだと、経産省さえ言っている。
 世界経済の落ち込みとともに化石燃料の使用量が激減し、さらにシェールガスなどの影響もあって、石油価格は大きく下落している。いま、どうしても原発を再稼働しなければならない理由はなくなっているのだ。それでも安倍政権は、再稼働を声高に主張する。
 多分、ボロボロになりつつあるアベノミクスを立て直すために、原発輸出を強引に推し進めたいからだ。自国では1基も稼働していない原発を輸出するとは、さすがに言いにくい。
 「そんなに安全なら、なぜ1基も稼働していないのか」と問われたら、返事のしようがない。だから、動かしたい!
 アベノミクスのボロ隠しに、何としてでも数兆円規模の原発輸出を成功させたい。これが「崩壊寸前のアベノミクスの起死回生の最後の“矢”」なのだろう。そのための再稼働と考えれば、この強引さの理由が分かる。
 国民の不安など二の次なのだ。

 安倍政権には早く退場してもらいたい。少なくとも、ぼくは、原発爆発の悪夢からは解放されて暮らしたい…。

 

  

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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