風塵だより

 先日から、どうも体調がよくない。あまり文章に力が入らない。寒さもこたえているのかもしれないが、安倍首相のせいってのも、かなりあるような気がする。それほど、安倍政権のキナ臭さはひどい。

 あの人ほど、いわゆる「ネット右翼」と親和性の高い政治家は、近来稀だろう。どんなに右翼的と言われた政治家だって、多少は人の意見に耳を傾け、批判を取り入れるポーズくらいはしたものだ。
 ネット右翼と呼ばれる人たちの多くは、批判には罵声を浴びせ、自分の意見(というより他人への罵詈雑言)を喚き散らすことで、ある種のストレス発散をしているとしか思えない。安倍首相の「話法」を考えると、彼はまさにそういう類いの人のように見えて仕方ないのだ。

 東大教授でありながら、同僚たちの話し方を深~く分析した、安冨歩さんの『原発危機と「東大話法」——傍観者の論理・欺瞞の言語——』(明石書店、1600円+税)という、抱腹絶倒痛快無比辛辣横溢痛烈批判完全納得の本があるけれど、ぼくもその真似をして「安倍話法」をちょっとだけ考えてみたのだ。
 (なお、安冨さんは『ジャパン・イズ・バック——安倍政権にみる近代日本「立場主義」の矛盾』(明石書店)の中で「安倍話法」について書いています、とツイートされておりましたが、ぼくはまだ読んでいないのです。乞うご容赦。注文しましたが、まだ届かない)

 ネット右翼のひとつの特徴に「相手が言ってもいないことを、あたかも言っているようにあげつらって、それを批判する」という手口がある。いわゆる“マッチ・ポンプ”ってやつだ。
 ぼくの文章を批判してくる人の中にも、そういう特徴は垣間見える。こちらが言ってもいないことを取り上げて、それはおかしい、などと批判されたって、こちらには反論のしようもない。「だって言ってないよ、そんなこと」と苦笑するしかない。
 こういうのが、小さなコラムやツイート上などでのことであれば、まあ苦笑でやり過ごせるけれど、ことが政治の場ということになると、問題は苦笑では済まされない。
 安倍の国会での答弁などを聞いていると、この国の最高の政治舞台では、もはや「議論」というものが成立しなくなってしまっている、と考えざるを得ないのだ。
 典型例が、今回の人質事件をめぐる衆院予算委員会(2月3日)での、共産党の小池晃議員の質問に対する安倍首相の“逆切れ”ぶりだ(要旨)。

小池議員:拘束されていると知りながら演説をすれば、ふたりの日本人に危険が及ぶかもしれない、という認識はなかったんですか?
安倍首相:私たちは過激主義と戦うアラブの国を支援することを表明したんです。いたずらに刺激することは避けなければなりませんが、同時にテロリストに過度な気配りをする必要はない、と思うわけであります。
小池議員:過度な気配りをせよ、などと私は一言も言っていないですよ。総理の言葉は重いわけです。
安倍首相:小池さんの質問は、まるでISIL(イスラム国)に対して批判してはならないような印象を我々は受けるわけでありまして、それはまさにテロリストに屈することになるんだろう、と思うわけであります。
小池議員:そんなことは言ってない…。(この後、場内騒然)

 ね、わけ分からないでしょ?
 小池議員が唖然とするのも当然。だって、オレ、そんなこと言ってないも~ん…なんだ。
 「テロリストに過度な気配り」なんてことも「ISILに対して批判してはならない」なんてことも、議事録を見ても、確かに小池議員は発言していない。それを安倍首相は、まるで小池議員の言葉のように“捏造”して逆切れ、小池議員に噛みついた。
 こんなやり方だったら、もう安倍首相は向かうところ敵なしだろう。なにしろ、相手が何を言ってきたって、中身は聞かずに勝手に想像してやり込めてしまう。言い合い(議論ではない)に負けるはずがない。まさに「安倍話法」の面目躍如である。
 そして危なくなったら、「私が最高責任者です。責任は私が引き受ける、と思うわけであります」と、得意の「…と思うわけであります」を連発して、相手を黙らせてしまえばいい。むろん、この最高責任者がなにか「責任をとった」なんて聞いたこともないけれど。
 何の責任も取らないのに、「責任は私にある」と言い続けるのも「安倍話法」のひとつ。とりあえずこう言っておけば、相手もそんなに突っ込めない。
 しかし、困ったことに、こういう「安倍話法」に関して、マスメディアからの批判がさっぱり聞こえてこない。

 朝日新聞だって、もっと積極的に出ていいと思うのだが、どうも腰が引けているような感じだ。例の「朝日バッシング」が響いているのだろう。
 少し古いが、こんな例がある。安倍首相が、2014年2月5日の参院予算委員会で述べたことだ。

…かつて、三宅久之さん(政治評論家・故人)から聞いた話ですが、朝日新聞の幹部が『安倍政権打倒が、朝日新聞の社是である』と言ったといいます。…だから私も、朝日新聞はそういう新聞だと思って読むわけであります。

 むろん、朝日新聞社は即座に「そんな社是があるはずがない」と反論した。だが、どうにも反論は弱腰だった。
 しかも、ここで安倍首相の狡猾なところは「三宅さんから聞いた話だが…」と、責任を他人に押しつけている点だ。国会という、国権の最高機関の場で発言するならば、それも自ら言う「最高責任者」として発言するのなら、それが事実であるかどうかを確認してからにするのが当然ではないか。
 まあ、「責任は私にある」と、何かといえば発言しながら、責任をどうとったのかは一切明らかにしない安倍だから、そんな「確認」を求めたって答えが返って来るとも思えないが…。
 ここにも「安倍話法」の危険性がある。
 確認できないのをいいことに、すでに死去している人の言葉として取り上げ、それをもとに相手を一方的に攻撃する。
 「あの人はこう言った。だからお前が悪い」
 こんなことが許されるなら、どんな議論にも負けない。まさに無敵である。

 ありえないことをさも事実のように言う「安倍話法」の典型が次の例。
 オリンピック招致の際の「アンダー・コントロール」発言、歴史に残る大ウソだったが、いつの間にか話題に上らなくなった。
 福島原発事故の現状、特に汚染水処理の手に負えない状況を見れば、これ以上はないほどのひどい大ウソだったことは歴然なのだが、マスメディアはあまり「アンダー・コントロール」を追及しなかった。
 これは「国家行事である東京オリンピックの邪魔をしてはいけない」という、マスメディアの自主規制が強かったことにもよる。ここにもマスメディアの劣化を見てしまう。

 事の本質を覆い隠して、それを自分の都合のいいように使う。
 あの人質事件でさえ、集団的自衛権行使や自衛隊の海外派兵の理由にしようというのだから、ほんとうに唖然とするしかない。

 さらに、今度はODAを、軍事目的(政治的手段)に使おうという話が出て来た。どこまでやるのか、安倍は!
 ODAとは、政府開発援助。これまでは、一応、いわゆる途上国向けのインフラ整備や物資補給など、人道援助に限られていたのだが、その対象を相手国の軍にまで広げるというのだ。このことについて岸田文雄外相は「相手国の軍への支援は、あくまで非軍事に限られる」と述べているが、こんなリクツが通るなら、もはやなんだってあり、である。「非軍事に限られる軍への支援」って、話していて自分でおかしいと感じないのだろうか。感じないとすれば、その人の感性はどこか歪んでいるとしか思えない。
 だいたい、軍事と非軍事をどうやって区別するのか。軍への支援として民生用(?)トラックなどを贈ったとして、それが軍事に使われないと、いったい誰が保証するのか。
 先週もこのコラムで少しだけ触れたが、いわゆる「イスラム国」の宣伝映像に、重装備の兵士を満載した日本製トラック数十台の車列が写っていた。どういう経緯でそのトラック群が「イスラム国」の手に渡ったのかは分からないけれど、あの映像こそ、民生用と軍事用とをきちんと分けることができないという証明ではないか。
 安倍政権のODAのなし崩し的な軍用化が、いずれ紛争地に流れる無辜の民の血を増やすことになる。安倍は「戦後レジームからの脱却」というスローガンに自己陶酔して、ほんとうに危険水域へ踏み込んでしまったのだ。

 もうひとつ、「安倍話法」のいやらしさを指摘しておく。言葉の言い換えだ。このODAの変質についても、これまで使ってきた「政府開発援助」をなぜか「開発協力大綱」と言い換えている。さすがに軍隊への支援を「援助」とは言いにくかったか。「協力」としておけば、やがて武器供与などの純軍事支援もやりやすくなると考えたのか。
 そういえば「武器輸出」を「防衛装備移転」と言い換えてしまったこともある。こういった言葉の言い換えも「安倍話法」の特徴のひとつだが、やることが、なんとも薄汚い。
 姑息な側近や官僚どもの悪知恵が、すっかり安倍を毒している。

 この国を安倍に任せておいてはならない、と本気で思う。

 

  

※コメントは承認制です。
17 「安倍話法」という詐術」 に5件のコメント

  1. ピースメーカー より:

    >ね、わけ分からないでしょ?

     いえ、分かります(笑)。
     要するに、安倍首相は「カマをかけた」のです。
     この「安倍話法」によって、小池晃議員(だけでなく、共産党や殆どの「首相責任論者」)が「①首相が中東歴訪で行うべき『演説』は、どういうものであるべきだったのか?」「②ISILの人質事件に対して日本はどの様なスタンスで臨むべきだったのか?」「③そもそも、テロ事件を頻発させるISILに対して、日本はどの様に対峙すべきなのか?」という事をキチンと考察していないのにも関わらず、拙速に責任追及を行った事が日本国民に知れ渡ってしまったのです。
     もし、それらの考察を行い、明確なスタンスが確立していれば、小池議員は安倍首相のカマかけに引っかからずに的確に切り返し、安倍首相をギャフンと言わせていたでしょう。
     「安倍話法」は無敵ではありません。
     安倍首相に対する過半数の日本人の認識が鈴木さんと同様ならば、彼は失墜します。

  2. 松宮 光興 より:

    議論の場であるべき国会が、言いもしないのに「テロリストを利する発言」と言われたのでは、まともな審議になりません。思想の相違や、主義主張の違いなら兎も角、こんな駄々っ子のような政権は一刻も早く退陣してもらわなくてはなりません。
    3月22日には日比谷野音に駆けつけます。

  3. 問題は安倍総理が反論してきたことじゃなく、小池さんとこのボスが下の人の批判を抑えてることでしょう。

  4. akai より:

    記事拝読しました。
    odaに関する部分については、あくまでも非軍事目的に限る、と言うのは崩さないと思います。
    それよりも懸念するのは、軍に支援することで、
    その軍は非軍事部分に日本のodaをあて、浮いた予算を軍事目的に使うということです。
    これでは、間接的に軍事目的としているのと変わりませんし、そこの部分の確認は取れないと思います。
    これは、当然政府は理解していると思います。

    であれば、自衛隊を派遣して、非軍事目的の活動で、赤十字の補助をするという方が、戦争弱者の救済になると考えています。
    余談ですが、知る限りジュネーブ条約に言及する議論がないのが不思議です。
    ただ、自衛隊という単語だけで、アレルギーを起こす人はいますからね。国連PKOですら。

    それと、先の小池議員の件は、質問する側が拙いですね。
    認識はあったのかなかったのかを質せば良かったでしょうに。
    ただ、安倍総理の回答が必ずしも的外れとは思いません。
    日常会話であっても、相手の質問の意図を汲んで、受け答えするということはありますから。

    それと、安部話法とおっしゃる言葉の言い換え、これは安倍総理に限らず、大手マスコミもしていることじゃないでしょうか?
    言葉より本質を見極める方が重要なのは、安倍総理の話に限りませんよね?

  5. 浅野良雄 より:

    私も、コミュニケーションを研究している者の一人として、安倍首相の答弁手法に危険性を感じていたので、まったく同感です。質問者は、従来型の質問形式ではなく、時にはテーマを絞って、安倍首相の答弁手法のみを徹底的に追及してはいかがでしょうか。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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