風塵だより

 3月14日から、宮城県仙台市で国連防災世界会議が開かれた。安倍首相は、この催しの開会式や首脳級会合、災害と女性をテーマにした関係会合などで、相次いで演説をした。しかし、数度の長い演説の中で「原発事故」に触れたのは、たった1回。それも、首脳級会合で「福島第一原発事故を踏まえ、長期的視点に立って、さらなる防災投資に取り組んでいる」というたった一言だけだった。
 安倍首相が、原発事故をどう見ているのかがよく分かるエピソードだ。もっとも、いまだに「原発事故はアンダーコントロール」であり「汚染水は原発港湾内で完全にブロックされている」などと平気で述べるのが、安倍腹心の菅官房長官なのだから、首相自身も触れたくはないのだろう。触れれば、自らのウソがばれてしまう。
 そのくせ、原発再稼働には異様なほど前のめり。だから、批判的意見など聞く耳を持たない。たとえば、ドイツのメルケル首相の来日に際して行われた記者会見の場でのこんなやり取り。

 ドイツ人記者「ドイツは福島原発の事故を受け、脱原発へ政策を変換した。しかし、日本は再稼働を目指しているという。原発事故を経験した当の日本がなぜ脱原発へ向かわないのか」
 安倍首相「低廉で安定的なエネルギー供給の責任がある。厳しい基準をクリアしたと原子力規制委員会が判断した原発は再稼働していきたい」

 この問答、まったく噛み合っていない。安倍首相は、質問の意味を理解していない。というより、質問をまるで聞いてないようだ。
 記者の質問は「なぜ脱原発へ向かわないのか」である。ならば答えは「それは、こういう理由だ」でなければならないはずだ。
 多分、官僚が事前に渡しておいた「想定問答集」に従って“淡々と”答えたのだろう。「原発に関して聞かれたら、質問の内容はともかく、こう答えれば逃げられます」とでも言われていたのか。
 国内での記者会見の場でも、今までこういう「安倍話法」で言い逃れをしてきた。それにほとんど反論しないのが日本のマスメディアの記者たちだから、外国人記者もこれでごまかせると踏んだのだろう。

 事故原発の原子炉内の核燃料は、すべてメルトダウンしているだろう。“だろう”としか書けないのは、誰も見た者がいないからだ。核燃料はデブリ(核燃料の溶けた塊)になってしまっている。近づけば即死。
 そんな状態にあるものを、どうやって取り出して安定的に処理できるか。これから気が遠くなるほどの年月をかけて取り組まなければならない。口が裂けたって「アンダーコントロール」なんて言える状態じゃないんだ!

 原発事故の収束に至る長い年月とは裏腹に、安倍政権下で、もうひとつの「メルトダウン」が恐るべきスピードで進行している。「憲法のメルトダウン」である。
 安倍は、国民の考えなど聞こうともせずに、閣議決定や公明党との与党協議などで、憲法そのものをドロドロに溶かそうとしている。
 本来ならば、国民的大議論を経て、それを背景にした国会での真摯な議論が前提でなければならないはずの「この国のかたち」に関わる大きな曲がり角を、安倍はいともあっさりと曲がろうとしている。
 今年に入ってからの新聞記事の見出しを拾ってみても、それはよく分かる。ぼくが購読している朝日、毎日、東京の新聞3紙から、抜粋してみた(「→」は、ぼくなりの「注」)。その流れの速さに、めまいがしそうだ。

ODA 軍事転用の恐れ 新大綱「積極的平和主義」を反映(朝日1月9日)→「政府開発援助(ODA)」を「開発協力大綱」と言い換えて他国軍への援助も可能に。言葉の言い換えは自民党のお家芸。

特定秘密に382項 指定範囲見えにくく(東京同10日)→始まった特定秘密指定。国民を目隠ししてしまう範囲が広がり始めた。

「存立事態」概念を明記 集団的自衛権行使向け検討、武力攻撃事態法(朝日同10日)→「日本が直接攻撃されなくても、我が国の存立が脅かされる事態」という、どうとでも取れる「事態」。戦争が近づく。

防衛費過去最高に 4兆9800億円 南西諸島を強化 来年度予算(毎日同11日)

改憲「まず環境権や私学への公費支出」菅官房長官(朝日同11日)→国民の抵抗の多い9条は先送りで、まず国民を改憲慣れさせようということ。

電話閣議決定 導入へ グレーゾーン事態 自衛隊出動迅速判断(朝日同15日)→国会承認は事後、関係閣僚が電話で自衛隊出動を決めるという恐ろしさ。

東大、軍事研究一部容認「一切禁止」から指針変更(東京同17日)→大学も安倍の前に膝を屈したか。

自衛隊の海外拠点強化 防衛省検討 ジブチ、有事対応も 安保法制の転換先取り(朝日同19日)→国民の知らぬ間に、いつの間にか実質的な日本の基地が海外にできていた…。

自衛隊活動拡大 潜む危険 南スーダン防衛相視察 安保法制にらむ 首都除き不安定 どうなるPKO法の制約(朝日同21日)

地理的制約に首相は否定的 集団的自衛権(東京同21日)→要するに、世界中どこへでも自衛隊を派兵したいということ。

首相「侵略」文言なぞらず 戦後70年談話「未来志向」で 中韓の反発必至(毎日同21日)

安保法制整備アクセル 首相「人質事件」に便乗? 対「イスラム国」で後方支援なら…「米と一体視」強まる恐れ(東京同28日)→安倍首相の中東訪問の際の演説等が及ぼした「人質事件」への影響…。

邦人救出に自衛隊も 政府想定問答 安保法制整備なら(朝日同28日)

自公の安保協議 閣議決定どう反映【後方支援】海外派遣、恒久法を迫る自民【集団的自衛権】武力行使 どこでどんな場合 【邦人救出】自衛隊の活動どこまで拡大(朝日2月1日) →公明党がズルズルと…。

9条改憲に首相が意欲 人質事件で自衛隊任務拡大(東京同4日)

日本人人質事件、首相「支援表明は重要」、「2億ドル演説」危険性問われ 9条改正に含みも(毎日同4日) →人命さえも改憲に利用する安倍首相。

自民・高村氏、後藤さんの支配地域入り「蛮勇だった」(朝日同4日夕刊)→ここまで冷酷な意見を述べるのが自民党副総裁。

考える道徳へ転換 学習指導要領 文科省が改定案(毎日同5日) 

国民投票 参院選後に 首相、憲法改正へ意向 
憲法改正 踏み込む首相 参院選へ機運高める思惑 緊急事態・環境権 テーマ絞る
(朝日同5日) →ついに具体的に改憲の時期まで言い始めた。

沖縄県知事上京 首相、閣僚が面会拒否 基地移設工事は推進(東京同7日) →どこまでも沖縄の民意を無視し続けるという「民主主義」。

ODA 他国軍支援を解禁 非軍事限定 新大綱、閣議決定(朝日同10日夕刊) →またも“閣議決定”で、国の針路を歪めてしまう安倍政権。

自衛隊、米軍以外も防護 政府方針 平時、豪州など念頭(朝日同13日) →ついに「米軍防護」という枠まで取り払った。いつでもどこでも戦闘可能。

首相「戦後以来の大改革」 施政方針演説 官邸主導姿勢示す(朝日同13日) →妙な言葉づかいで、安倍首相の興奮度が分かる。

集団的自衛権行使の具体例 首相、機雷除去挙げる 国会答弁(朝日同17日)

邦人救出「米などと協力」 首相答弁 自衛隊連携 より鮮明(東京同18日)

防衛装備庁 10月にも新設 研究と調達統合 国際開発・輸出窓口に(朝日同18日) →ついに、武器の他国との共同開発や輸出へ。ここでも「武器」を「防衛装備品」と言い換えるごまかし。

自衛隊派遣 恒久法 公明が容認 厳格手続き条件(毎日同18日) →公明党のいつもの手。ちょっとだけ抵抗したフリをして結局認めてしまう。

自衛隊海外派遣 武器・弾薬提供 解禁も 政府、恒久法の制定方針 公明懸念 活動内容 大幅に拡大(東京同19日) →これはもう「派遣」ではなく「派兵」と呼ぶべきだろう。公明はここでも…。

「周辺」の制約削除 提案 政府 後方支援、自公協議へ(朝日同20日) →「周辺事態法」から「周辺」を削除。つまり、日本周辺ではなく世界中どこへでも自衛隊を“派兵”できるようにするということ。

70年談話 有識者懇人選決まる 目立つ「安保人脈」 中心に首相ブレーン(東京同20日) →安倍首相得意の手法。自分の息のかかった“有識者”を集めて、自分に都合のいい答申を出させて権威づけする。 

PKO武器使用拡大 法改正方針 政府、治安維持可能に(毎日同21日) →PKO 法(国連平和維持活動)の拡大解釈。治安維持任務とは、戦闘に巻き込まれる可能性大。

憲法改正へ「最後の過程」首相が認識(毎日同21日)

あいまい表現を利用 「周辺事態」を骨抜き、「恒久法」制定訴える 政府提示案(朝日同21日)

「戦闘」への関与強まる 恒久法素案【アフガン戦争】本土での支援可能、【イラク戦争】激戦地近く活動も(東京同21日)

自民・高村氏 武器使用緩和 新基準を 自衛隊派遣恒久法制定にらみ(東京同22日)

改憲国民投票実施「再来年春までに」 講演で首相補佐官(東京同22日) →ヤバイ話には必ず顔を出す礒崎陽輔補佐官。彼が観測気球を挙げ、その後に安倍が出てくる、といういつもの段取り。

「辺野古」2800人集会前 米軍、反対派2人拘束 基地内立ち入り疑い 名護署が逮捕(東京同23日) →弾圧止まず。

日教組巡る発言 首相が訂正「補助金、誤解だった」(朝日23日夕刊) →こんな低レベルのヤジを首相が飛ばすという国。

「文官統制」見直し法案 防衛省方針 制服組、背広組と対等(朝日同24日)→こうなれば「文民統制」もやがて危うくなる。

「改憲」原案作成目指す 自民、運動方針案を了承(東京同25日) →自民党が野党時代(2012年)に作った「日本国憲法改正案」があまりに極右的だとの批判が強いので、多少の修正を加えようという意図らしい。

恒久法 武器使用を拡大 政府・与党 PKOと同様(毎日同26日) 

憲法改正「2段構え」 自民党推進本部が再始動 「改憲慣れ」も狙う ①各党理解得やすい条項 ②首相持論の前文・9条(朝日同27日) →こういうのを「衣の下から鎧」という。

武器使用の要件限定 新設の恒久法 正当防衛などを検討(朝日同27日)
日本人救出 閣議決定で 政府提案「輸送」より厳格基準(朝日同27日夕刊)
人質奪還も排除せず 安保法制 与党協議で政府側(東京同27日夕刊) 
→どんどん「危険水域」に突入していく様子がありあり。

「軍部独走の反省でない」「文官統制」で中谷防衛相(東京同28日) →いかに戦後生まれとはいえ、この発言は勉強不足もはなはだしい。

安保法制協議 周辺以外で船舶検査 政府提案 武器使い強制も(東京同28日) →武器を使って強制となれば、武力衝突は避けられない…。

公明「文官統制」廃止を了承 法改正案6日にも閣議決定(東京3月4日) 
→またも公明党…。

自衛隊派遣に3原則要求 安保法制 公明、歯止め狙う(朝日同4日) 
→公明党のポーズ?

乱立 五つの「事態」 集団的自衛権行使へ改正案 境目あいまい 整理難題 高村氏、公明説得に自信(朝日同5日) →最初から足下を見られている公明党。

集団的自衛権行使 明確基準なく法制化 政府が素案 「存立事態」追加 きょう与党に説明(東京同6日)

国内平穏でも武力行使 「存立事態」政府の解釈次第(東京同6日) →さすがに警鐘を鳴らす新聞。

政府、派遣要件など提示へ 公明要望受け 安保法制7分野で(朝日同7日)

「文官統制は文民統制守る手段」否定 歴代政府見解と矛盾 都合よく自衛隊運用懸念も(東京同7日) →矛盾があろうが知ったことではない安倍内閣。

運用権限 制服組に集中 改正案閣議決定「文官統制」撤廃(朝日同7日) 
→こんな重要なことも「閣議決定」で。

(ドイツのメルケル首相来日)
歴史・原発 日独の距離感 【日】首脳会談認識触れず 【独】「過去と向き合う」強調、【日】再稼働の推進を明言 【独】脱原発 福島きっかけ(朝日同10日)
→両首脳の言葉を聞いていて悲しくなった人も多かっただろう…。

恒久法、後方支援に限定 「歯止め」公明に配慮 PKO5原則の扱い焦点(朝日同11日) 

自衛隊派遣 人道支援に新5原則 政府提示 国連決議なくても(毎日同13日夕刊) →ついに「国連決議無視」まで踏み込んだ安倍政権。

安保法制 公明が大筋合意 自衛隊派遣「一定歯止め」(朝日同14日) →やっぱりなあ公明党、というしかない。何が「歯止め」?

「八紘一宇」を礼賛 参院予算委で自民・三原(じゅん子)氏(東京同17日)
→もはや、開いた口が塞がらない。この言葉が使われた時代の背景を知っての上の発言かっ! こういう人が国会議員であるという国の悲劇…。

 以上、かなり端折った上での見出しのみの抜粋だけれど、最近の凄まじいスピードでの「憲法メルトダウン」ぶりがうかがえると思う。
 安倍首相は、国会でも記者会見でも、他人の言うことにはまったく耳を貸さず、一方的に自分の思いをまくし立てる。だから、国会審議もほとんど議論のすれ違い。
 なにしろ、国会無視でやりたいことはみんな閣議決定で押し通すのだから、憲法も何もあったもんじゃない。もっとも、安倍が憲法をきちんと読んでいるとはとても思えないが。
 しかも、ここにきて公明党の堕落ぶりは目に余る。最初は抵抗のそぶりを見せるが、結局は自民案に飲み込まれていく。
 もし近い将来、日本が外国で戦闘(戦争)に巻き込まれる(いや、率先して介入する)ような事態になったとき、その責任のかなり大きな部分を公明党も負わなければならない。
 それでいいのか、創価学会・公明党支持者のみなさんは…。

 ぼくは、憲法のメルトダウンだけはどうして許すわけにはいかないと、強く思っている。

 

  

※コメントは承認制です。
22 憲法メルトダウン」 に1件のコメント

  1. 島 憲治 より:

     憲法を学ぼうとしない人達には「憲法」はただの紙きれに見えるのかも知れない。
     参議院予算委員会で社民党の福島瑞穂さんが「集団的自衛権」について質問していた。ことは戦後の安保政策を180度変えるというテーマだ。だが、国民対する悩み、緊張感が全く感じられないのだ。「想定問答集」に従って淡々と答えていたのだろう。テレビは5分ほどで切った。
      お友達には耳を貸すが異論には耳を貸さない。政治を職業とする人には不適切な耳なのだ。民主主義制度の下では最良の結論を得るため議論討論が欠かせない。気色ばむ光景がしばしば見られるのは議論討論の未熟さの表れと見る。
     耳を貸さないばかりではない。過去から学ばず未来を語るのだ。未来からは学べない。過去からしか学べないのだ。これは短絡的で性急な思考が横行、とても危険なことだ。しかし、この程度では安倍政権の支持率は微動だもしない。安倍総理の暴走よりこちらの方がもっと怖い。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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