風塵だより

 6月4日、衆議院憲法審査会で、与野党の参考人として呼ばれた3人の憲法学者が、3人とも異口同音に「安保関連法案は違憲である」と述べたことが、大きな反響を呼んでいる。新聞は「潮目が変わった」とまで書き始めた。何を言われても蛙の面にションベン(汚い言葉で失礼!)を決め込んでいた安倍内閣だが、自民党内は大混乱に陥っている。
 むろん、自民党自らが招請した長谷部恭男早稲田大学教授については、その人選について党内から猛反発。

「誰だ、あんな学者を自民推薦で呼んだのは!?」
「そもそも、あんな人を呼んでくるのが間違いだ」
「自分のところで呼んでおいて、自分が唾を吐きかけられるとは、なんたるザマか」
「長谷部氏が、杉田敦氏(法政大学教授)との朝日新聞での連続対談で、どんなことをしゃべっているかくらい、きちんと調べていなかったのか?」
「オウンゴールだ」
「船田元(自民党憲法改正推進本部長)は、どう責任をとるんだ?」

 どんなに騒いでみたって、後の祭り。とくに「自民・公明・次世代の3党推薦」の長谷部参考人の「違憲発言」は、自民党へボディブローのように効きはじめている。
 
 実際、菅官房長官は大慌てで会見し、釈明に追われた。
 「違憲との指摘は当たりません。私どもとはまったく考え方が違う。法解釈として、論理的整合性と法的安定性は確保されています」と述べ、さらに「まったく違憲ではないという著名な憲法学者はたくさんいる」と強弁したが「ではそれは誰か」については、具体的な人名を明かすことができなかった。
 知人のジャーナリストは「まともな憲法学者で、あの安保法案が合憲だ、なんて言える人はほとんどいない、ということがバレちゃったわけですよ」と言う。その通りなのだろう。
 機を見るに敏な公明党は、さっそく逃げの一手に出た。毎日新聞(6月6日付)に、こうある。

(略)参考人を巡っては、自公の食い違いも表面化した。4日の憲法審に招いた長谷部恭男早大大学院教授について、自民党の船田元憲法改正推進本部長は「自民、公明、次世代の党の3党推薦」と説明していた。これに対し、公明党の井上義久幹事長は5日の記者会見で「公明は(参考人の人選に)関わっていない」と否定。「審査会の運営をよく考えるべきだ」と自民に注文を付けた。(略)

 しかし、同じジャーナリストの話では、自民党の事務方が公明党へ連絡していたのは事実だという。こういうことだ。
 「安保関連法案についての自公合意の進み具合に、あれは北側一雄副代表のやりすぎであって、支持母体の創価学会員からは、安保法制については、そうとう不安の声が上がっている。それを無視して突っ走る北側副代表への批判がかなり強まっている、との党内事情があるんです。そこで、党内のガス抜きに、井上幹事長があんな発言をしたわけです。
 そんな公明党のお家事情に配慮して、自民党が今度は、公明党には連絡はしたが、きちんと了解は得ていなかった、と、苦しい言い訳を始めましたね。まことにみっともないありさまです…」。
 これが同氏の解説である。なるほど、である。

 この週末に行われた各マスメディアの世論調査でも、「安保関連法案に反対」は軒並み過半数を超えているし、「法制に不安を感じる」を足せば70%以上もの人が「反対ないしは不安」を表明している。
 中でも面白い(?)のは、安倍内閣支持で突っ走っている読売新聞である。読売の先週末(6月5日~7日)の世論調査の結果を示す。

◆現在、国会で審議されている、集団的自衛権の限定的行使を含む、安全保障関連法案についてお聞きします。

 ◇安全保障関連法案は、日本の平和と安全を確保し、国際社会への貢献を強化するために、自衛隊の活動を拡大するものです。こうした法律の整備に、賛成ですか、反対ですか。

  賛成40% 反対48% 答えない12%

 反対が賛成を8%も上回った。ところが、同じ読売新聞が5月に行った調査結果は、以下のようなものだった。

◆自民党と公明党は、集団的自衛権の限定的な行使を含む新たな安全保障法制について合意しました。これについてお聞きします。

 ◇新たな安全保障法制は、日本の平和と安全を確保し、国際社会への貢献を強化するために、自衛隊の活動を拡大するものです。こうした法律の整備に、賛成ですか、反対ですか。

  賛成46% 反対41% 答えない13%

 まあ、設問のひどさには、読めばすぐに気がつくだろう。
 なにしろ政府が説明しているとおりに「日本の平和と安全を確保し、国際社会への貢献を強化するために、自衛隊の活動を拡大する…」と、臆面もなく書くのだから、読んでいるこちらの方が赤面してしまう。「安倍広報新聞」と揶揄されるのも無理はない。
 まったく、これほどロコツな“誘導設問”にはお目にかかったことがない。読売の設問担当者には、羞恥心が完全に欠如している。もしも、それが読売新聞の“社是”なら仕方ないけれど。
 それはともかく、こんなロコツな誘導にもかかわらず、先週末の調査では、賛成が46%→40%、反対が41%→48%、と劇的な変化を見せているのだ。安倍内閣ベッタリの読売のこんなひどい設問にさえ、ほぼ半数の人が「反対」と答えている。
 困り果てている読売の担当者の顔が見えるようだ。
 確かに「潮目」が変わり始めている。

 憲法学者たちの反対の声も大きくなり始めた。毎日新聞(6月7日付)は以下のように伝えている。

 安全保障関連法案の衆院審議が続く中、京都大名誉教授で憲法学者の佐藤幸治氏が6日、東京都内で講演し、「憲法の個別的事柄に修正すべきことがあるのは否定しないが、根幹を変えてしまう発想は英米独にはない。日本はいつまでぐだぐだ(根幹を揺るがすようなことを)言うのか、腹立たしくなる」と述べ、憲法を巡る現状へのいらだちをあらわにした。(略)
 講演は「立憲主義の危機」と題するシンポジウムで行われた。続く討論で安保法案について、樋口陽一・東京大名誉教授が「(関連法案の国会への)出され方そのものが(憲法を軽んじる)非立憲の典型だ」(略)

 憲法学者たちの危機感は、大きな流れを作りだしている。
 6月3日には、参議院議員会館で「安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法学者の声明」が発表された。ここには、呼びかけ人・賛同人として38人の学者が名を連ねていたが、その後、この趣旨に賛同する学者は続々と増え、9日現在で、すでに200人を超えたという。
 つまり、現在日本の名だたる憲法学者のほとんどが、この声明に賛同しているわけだ。学問の世界では、もはや安倍自民党は完全に敗北を喫した。それが、3人の参考人の「違憲意見」(シャレではない)によって、ジワジワと世論に浸透し始めた、というのが現状だろう。

 この「潮目の変化」に、自民党は大慌て。
 もし、菅官房長官の言うように「違憲ではないという著名な憲法学者がたくさんいる」のなら、そういう方々を集めて大々的なシンポジウムでも開けばよさそうなものだが、それは無理のようだ。菅氏の言う「著名な憲法学者」たちは、どこへ隠れてしまったのだろう?
 焦った谷垣禎一幹事長は、党の会合で、全選挙区の支部長に、法案を説明する街頭演説や集会を開くことを指示した。
 7日の日曜日、谷垣幹事長自ら自民党の街宣車に乗り込み、吉祥寺や新宿などへ繰り出した。ところがこれが惨憺たる結果。なにしろ、圧倒的に多かったのは、この「戦争法案」に反対する人たちの数。自民党の街宣車の周りは黒い背広の男たち、公安警察ばかりが目立った。
 この様子は、ネット上の動画でたくさん流れているから、見た人も多いだろうが、谷垣氏の演説など「戦争反対」「9条壊すな」「安倍は辞めろ」という声にかき消され、ほとんど聞き取れない有り様。山谷えり子国家公安委員長も「在特帰れ」との声を浴びせられる始末だった。
 安倍首相が口癖のように言う「国民のみなさまに丁寧に説明して、理解していただく」ことなど、まったくの画餅だ。

 さらに、この惨状に拍車をかけたのが、例によってわけの分からぬ発言を繰り返す中谷防衛大臣だ。6月4日の衆院平和安全特別委員会(これもひどいウソツキなネーミングだなあ)で、辻元清美民主党議員の質問に対して、次のように答弁したのだ。

辻元議員:(憲法審査会での参考人の憲法学者)3人は非常に権威があります。その3人とも口をそろえて違憲だと述べました。政府は一回、本法案を撤回されたほうがいい。
中谷防衛相:政府としては国民の命と平和な暮らしを守っていくために、憲法上、安全保障関連法制はどうあるべきかは、非常に国の安全にとっては重要なことだ。こういった観点で与党で議論をして、現在の憲法を、いかにこの法案に適用させていけばいいのかという議論を踏まえて、閣議決定を行った。

 これを聞いて、ぼくは耳を疑ったのだった。
 えっ――――っ? 「憲法を法案に適用させていく」????
 これでは、法案が憲法の上位に来ることになるではないか。いくらなんでもひどすぎる。自衛隊という武力組織のトップに立つ防衛大臣が「憲法より安全保障法制を上に見ている」という認識。
 これから先、この中谷発言が導火線となって安倍内閣の爆裂に至るかもしれない。いや、マスメディアが先頭に立って、この発言を問題化させていかなければおかしいのだ。
 
 さまざまなことが重なって、政府自民党は、今国会の会期中(6月24日まで)の、安保関連法案の衆院採決を断念したようだ。むろん、会期延長で採決に持ち込もうとするだろうが、これほどデタラメが露呈した「戦争法案」を成立させるわけにはいかない。
 ぼくは、何度でもデモに参加する。

 

  

※コメントは承認制です。
33 安倍政権、潮目が変わったか…」 に4件のコメント

  1. 野々村尚史 より:

    抑々論として、憲法学者は、安倍氏が、芦部信喜氏を知らないと言い放った時点で猛烈に怒るべきだった。安倍氏のこの発言は、憲法学者がやっていることは、実務上何の意味もないと言い放ったに等しく、憲法学がどのように精緻な議論をしようとも、その営みに全く興味がないといっているのであって、憲法学者の存在は不要といったに等しい。憲法改正がライフワークといいながら、憲法学を学ぶ学生に圧倒的に読まれている教科書を著した芦部氏の名前すら知らないというのは、安倍氏が天才的な法学的素養を持っているという事になる。法律実務にあたる者で、条文だけ読むだけで一人前の法律実務家になったという人はいないのではないか。ところが安倍氏は、法律の条文だけ読めば、その法律の解釈適用が出来るのだというのだから、憲法学者の存在が不要という態度を取れるのだろう。即ち、条文のみで日本国憲法を改正するといえるほど憲法に通暁している安倍氏は史上稀にみる法学的才能を持った天才なのかもしれない。但し、安倍氏がこの様に俄に信じがたいレヴェルの法学の天才であったとしても、憲法学者の存在を否定する態度は正当なものだとは言えない。安倍氏は天才で、条文のみで現行憲法の欠点を知る事が出来たとしても、安倍氏は自分の考えを国民に説明する義務があり、その時には、国民は現行憲法をどのように理解しているかという事を知っておく必要があるはずだ。その時に、憲法に関心を寄せる多くの人々が手に取る芦部氏の著作を手に取ることは不可避のはずだ。安倍氏が天才的な法学的素養を持ち、条文のみから正しい憲法解釈をなしうるとしても、その天才の産物たる氏の憲法正解と、国民の憲法理解が一致するという保証はないのだから。今回参考人招致された憲法学者も舐められたものだ。最高裁の判決すら、自民党にとっては問題ではないのだから、いわんや憲法学者の学説など物の数でもないという事なのだろう。自分たちに好意的な説をとる学者の名前も知らないという自民党の政治達。此処まで、その存在理由を無視される日本の憲法学者は、気の毒としか言いようがない。

  2. ホタル より:

    怖いのは、アベ一派がまさにカエルの面に小便でもって、非論理的な根拠を臆面もなく挙げ連ねて「これは憲法の枠内の解釈です」と言い続けたのち強硬採決に踏み切って、責任感も良心も麻痺しきった自公議員がロボットのように賛成して、数の暴力で法案可決させてしまうかもしれないこと・・・・。
    ・・・そして立憲民主主義がなし崩しに崩壊の道を辿ってしまうかもしれないこと。

  3. 島 憲治 より:

    「現在の憲法を、いかにこの法案に適用させていけばいいのかという議論を踏まえて、閣議決定を行った。」   法の下克上を吐露する防衛大臣。国会の場で、しかも躊躇なくここまで本音を吐くとは凄い。これは一人でなせる業ではない。安倍内閣の体質を代表していると評価出来る。さらに凄いのは、そのことを多くの国民が強く支持していることだ。
     官房長官、「違憲との指摘は当たりません。私どもとはまったく考え方が違う。法解釈として、論理的整合性と法的安定性は確保されています」と述べた。ここまで来ればもう憲法は邪魔だろう。目指すは憲法廃止か。      平和を目指し、国民の生命、財産を守る為に、平和を破壊、国民の生命を危険に晒し、国民の財産を侵害する「戦争法案」。安倍内閣を支持する国民は一体どのような国を目指そうとしているのだろうか。それとも唯々、「まさに」「絶対に」「ハッキリ申し上げておきたい」等という意味のない常套句を信じているだけなのだろうか。                            

  4. jzn7 より:

    3人の学者が、「違憲」と断じたことで、すがかんぼうちょうかんは「ごうけんというがくしゃはたくさんいる」と発言した。それを特別委員会で追及されると、答弁に窮して「数ではない」と逃げ、「合憲か否かを決めるのは学者ではなく最高裁だ」と言った。
    官房長官は忘れてしまったようだが、4日に「違憲」と断じた3人は、単なる学者ではなく、憲法審査のために、各党から推薦されて出席し、あの発言をしたのだ。自分で推薦した人物が、期待と違う発言をしたらそれを無視することが、「卑劣な行為」だという認識もないのだろうか。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

最新10title : 風塵だより

Featuring Top 10/114 of 風塵だより

マガ9のコンテンツ

カテゴリー