風塵だより

 ぼくには、取り立ててこれといった趣味はない。
 何かを蒐集することもないし、ファッションにも興味はない。「男のおしゃれ」なんて記事や広告を見ると、思わず「ごくろうさん」と言ってしまう。
 食通なんてとんでもない。とりあえずお腹がいっぱいになれば満足で、それにビールがあれば、まったく文句はない(食べ物の好き嫌いはけっこう激しいけれど)。
 車はきちんと走ってくれるだけで十分。現在の愛車は10万キロをとうに超えたポンコツ。最近はドアキイが効かなくなったり、メーター類が誤作動したり。さすがに、そろそろ買い替えようと思っている。多分、それがぼくの人生最後の車になるだろうから…。
 旅は好きだけれど、近いところへ車で出かけるくらいが関の山(沖縄には毎年通っているけれど、これは例外)。外国旅行は、仕事でイヤになるほど行っていた時期があるので、もう今更、である。
 カミさんは「あなたはお金のかかる趣味がなくて、ほんとうに助かるわ」と、褒めてくれているような呆れているような…。

 そんなわけで、ぼくの数少ない趣味といえば、ありきたりだけれど、本を読むこと、散歩すること、それにスポーツ観戦。これはほとんどラグビーばかり。いや、決して流行の「にわかラグビーファン」ではないんですよ。もう50年にも及ぶ筋金入りのラグビーファンですって。
 ただし、最近では実際に競技場まで出かけるのが億劫になり、もっぱらケーブルTVのスポーツチャンネルでの録画観戦ばかり。このチャンネルでは、ラグビーW杯の全試合をオンエアしているので、全試合観戦踏破を目論むぼくはものすごく忙しい。反安保法制・反安倍デモや集会には、なるべく参加するようにしているので、その合間を見ての観戦だから、けっこう大変なんだ。
 日本という国には、特に最近、いろいろと不満もあるけれど(むろん、安倍首相のせいだ)、ラグビーに関しては、もう大声で日本を応援してしまう。南ア戦なんか、正直、涙ぐんでいた。これまで、世界の強豪国相手にどれだけ大差で負けても懲りずに応援してきたぼくに、とうとう至福のときを味わわせてくれたんだもの、感動だったよ。

 以上が、ぼくの趣味の話だが、実は大事な趣味がもうひとつある。映画を観ること。ぼくの生涯でのたったひとつの贅沢、100インチのスクリーンとプロジェクターとBOSEのスピーカーのセット。部屋がないから、家族が寝静まった深夜、居間でセット。年間200~300本の映画を観る。ただし、これもケーブルTVの「スターチャンネル」からの録画が主だから、お金は大してかからない。DVDなんか滅多に借りないので、TSUTAYAのお世話になることもない。しかもこのチャンネルは、古い名画なんかもけっこうあるので、ぼくにはちょうどいい。

 先日『やかまし村の子どもたち』という映画を観た。
 魂が画面に吸い込まれていく…そんな夢のような時間を過ごさせてくれる映画だった。1986年のスウェーデン映画、監督はラッセ・ハルストレム。たった3軒しか家がない「やかまし村」の6人の子どもたちの日常を、淡々と、しかも優しさを込めて写し出す、それだけの映画。
 小さな冒険、白夜の納屋での肝試し、かわいそうな犬をひきとる話、村の祭り、町への買い物での失敗…、何ということのない子どもたちの日々。まるでおとぎ話の絵のような村の風景。こんな美しい場所が世界にまだある、という驚き。ハルストレム監督の作品にはほかに、『ギルバート・グレイプ』(レオナルド・ディカプリオの障碍児の演技が心に沁みた)や『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』などがあるが、どれもぼくの好きな作品だ。
 
 スウェーデンは有名な福祉社会国家だ。多分、この映画の穏やかさには、そんな背景があるのかもしれない。だからといって、ぼくはこの国を理想国家だというつもりはない。
 ある人が言っていた。「どこかの国を理解しようと思ったら、その国のミステリーを読むのがもっとも分かりやすい」。つまり、ミステリーは人間の暗部、社会の闇、国家の恐怖などを映し出す。
 ぼくは最近、北欧ミステリに凝っている。あの大ベストセラーになった『ミレニアム』(スティーグ・ラーソン)に驚いたのがきっかけだった。むろん、『刑事マルティン・ベック』シリーズ(マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー)は大好きだったけれど。そして『刑事クルト・ヴァランダー』シリーズ(ヘニング・マンケル)が、現代スウェーデン社会の複雑さを描き出す。まるで世界の理想郷のように喧伝された高度福祉社会を実現した北欧諸国であっても、移民やマフィアなどの問題で揺れ動く国際社会から無縁ではいられないことを教えてくれる。
 夢のような風景の中でのびやかに走り回っていた、あの「やかまし村の子どもたち」は、いま、どんな大人になっているだろうか。

 高度福祉国家でさえそうなのだ。では、日本はどうか。毎日の新聞を見ていると、なんだか辛くなることばかり。

  • あれだけの反対にもかかわらず「平和安全法制」というまやかしの名前の「戦争法」が、ついに強行成立されてしまった。
  • この法律の反対運動の先頭に立ったSEALDsの中心メンバーは、ネット上で「殺害予告」に晒されたという。政府に反対すれば脅迫される。イヤな時代になってしまった。
  • 沖縄・辺野古の工事作業を、政府は1カ月の中断期間が終わるや否や再開。翁長沖縄県知事の国連人権委員会での訴えにも、菅官房長官は「辺野古が唯一の解決策」と木で鼻をくくった発言の繰り返し。なお、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部の嘉治美佐子大使が、翁長演説に政府見解を繰り返すだけの反論。沖縄の苦悩を理解しようという態度は皆無だった。
  • その菅官房長官、映画監督の想田和弘さんに「#菅官房長官語で答える」という傑作な皮肉を奉られる始末。その想田さんのツイートがものすごい勢いで増殖中。
  • マイナンバーの通知カードが、今週から発送され始めた。多くの個人情報(資産から年収、家族も含めた疾病履歴まで)が政府の把握するところとなる。監視社会の足音がする。
  • そのマイナンバーをNHK籾井会長が「受信料徴収に使用したい」と発言。すぐに姑息な使用法を思いつくところはさすが。しかも籾井会長、同じ記者会見で「安倍チャンネルと呼ばないでほしい」と懇願。そう呼ばれていることだけは認識しているらしい。
  • 自衛隊の海外派兵の準備が進む。南スーダンでは、例の「駆け付け警護」が現実になるかもしれない。これはもう、自衛隊員が実際に銃を持って戦うということだ。死ぬかもしれない、殺すかもしれない。
  • 防衛装備庁というデタラメ造語の官庁が、防衛装備品の海外移転のために発足した。「防衛装備品の海外移転」って何だ? 
  • TPP交渉が大筋合意だという。何のために結ぶのか? ぼくらの生活にどんな影響があるのか? この国の食糧自給率がさらに低下、いわゆる「食糧安保」は壊滅するだろう。誰が儲け、誰が苦しむか。
  • 川内原発2号機が1号機に続いて、14日にも再稼働の予定という。猛暑の今夏も、原発電力などまったくなしでも悠々乗り切れたというのに、なぜ今、動かす必要があるのか。
  • 一方で福島事故原発では高濃度汚染水(148万ベクレル/1リットル)が洩れた(9月29日)。汚染水漏れは続く。「アンダーコントロール」などと言ったのはどこのどいつだ!
  • 汚染水流出の責任を問うて、2013年9月に「福島原発告訴団」が東京電力の新旧役員32人を告発していたが、福島県警が2年も経ったこの10月2日、ようやく書類送検した。だが、肝心の事故の責任はいまだに放置されたまま。それでも、告訴団の訴えを東京第2検察審査会が認め、東電幹部3人の強制起訴となった。
  • アメリカでは福島事故の際「トモダチ作戦」で福島沖に停泊した原子力空母「ロナルド・レーガン」の乗組員たち250人以上が「放射線被曝による障害」を裁判に訴えている。一方、日本では、事故原発から20キロも離れていない楢葉町で「避難指示」が解除され、住民へ帰還を促している。米兵は障害を訴え、楢葉町住民は帰還を要請される。どうにも理解できない。
  • そんな原発状況の中で、あの事故の後、電力会社や関連団体に天下りした国家公務員OBが少なくとも71人に上る、と東京新聞(10月4日)が伝えている。担当官庁の経産省からは17人もが天下り。これが原子力ムラの実力というヤツか。金臭と腐臭と死臭まで漂ってくる。
  • しかもあろうことか、原子力規制庁からは大量の内部資料がダダ漏れ。毎日新聞(3日)によれば、漏れた資料には沸騰水型原発設備の解説80ページ分も含まれているという。さらにひどいことに、どこから漏れたのか、規制庁にも特定できていないというからズサンさもここに極まる。よくそれで原子力「規制委」などと言えるものだ。『天空の蜂』ではないけれど、テロの危険性など考えたこともないような能天気ぶり。
  • バングラデシュでは、日本人の農業従事者が暗殺された。例の「イスラム国」が「反イスラム十字軍連合国への報復」という声明を出した。現地の日本人たちは「これまで対日感情は非常に良好だったのに」と困惑しつつ「ついに日本人もテロの標的にされ始めたのか」という不安が高まっているという。なぜ、日本人がテロの恐怖に晒され始めたか。それは、安倍外交に大きな原因があるというしかないだろう。
  • だが安倍首相は、またしても国連という場で、「シリア難民問題に970億円を拠出する。しかし、難民受け入れよりは日本国内の女性や高齢者の活躍できる社会を目指す」と、またも金権外交で世界に恥をばら撒く。これに対し緒方貞子元国連難民高等弁務官は「とても耐えられない感じ」と日本の難民政策を厳しく非難した。本気で情けない。
  • 菅官房長官、福山雅治さんと吹石一恵さんの結婚にこと寄せて「ママさんたちが子どもを産んで国家に貢献してくれればいいと思う」と、まるで「産めよ増やせよ」という戦時中の標語のような発言。
  • 戦時中を髣髴させるのなら、安倍首相にかなうものはいない。今度は「一億総活躍社会」ときた。まさに「進め一億火の玉だ」「一億総玉砕」の再来。安倍の頭の中は『気分はもう戦争』(矢作俊彦、大友克洋)なのだろう。

 少し新聞のファイルをめくっただけで、気の滅入る記事が山盛り。ラグビーの大健闘で盛り上がるスポーツ界だが、今度はそこへ「野球賭博」という冷水が浴びせられた。
 でも、大村智さんのノーベル生理学・医学賞受賞、梶田隆章さんの物理学賞で少しは気分が明るくなった。そう、だから落ち込んでなんかいられない。

 野党共闘の動きや安保賛成議員への落選運動、多くの大学で教員有志や学生たちが連帯の声を挙げ始めたし、各地のデモも収まる気配はない。なんとしてでも、こんな安倍自民党政治を終わらせようという多くの人たちの意志は、決して挫けてはいないのだ。
 だからぼくも呼びかける。
 まだまだ、闘いはこれからだ…と。

 

  

※コメントは承認制です。
48 『やかまし村の子どもたち』…」 に1件のコメント

  1. 島 憲治 より:

    民主主義で救えない人を救うのが裁判所の使命。今度は、人権最後の砦である裁判所が試される。まさか、最高裁判所が「高度に政治性のある国家行為につき裁判所が判断すべきでない」という理論(統治行為論)を使い憲法判断を避けるのか。そして、自らが2回も違憲状態と断じた国会へ判断を委ねる等という矛盾した行動を採るのか。 今度は、三権分立崩壊の危機に差しかかった。
    立憲主義、法の支配を死守できるか。またも、主権者の出番である。つまり、主権者一人一人の立憲主義、法の支配に対する熱い思いである。国の存亡という危機意識である。そして、その思いを裁判官に伝え、裁判官の背中を押してあげるのも主権者の役割と考えている。
    「人は、年を重ねるだけでは老いない。理想や情熱や希望を失った時に、初めて老いが来る」。 まさに、闘いはこれから。 これからも力強いメッセージお待ちしています。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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