風塵だより

 国会は、もはや機能不全。甘利明経済財政政策担当相の口利き疑惑から始まって、遠藤利明五輪担当相も同じ疑惑、丸川珠代環境相の「1ミリシーベルトは何の根拠もない」発言、島尻安伊子沖縄北方担当相はなんと「歯舞」を読めず立ち往生、そこへ今度は高市早苗総務相が「電波停止も」と報道の自由抑圧への、常軌を逸した危険な答弁。

 これほど一気に閣僚たちの疑惑や問題発言が続くのは、さすが安倍内閣だなあ、と呆れるしかないけれど、そこへ若手議員たちも追い打ち。「安倍チルドレン」たちの程度の低さが次々に露呈する。
 甘利氏の代わりにTPP署名式に出席した高鳥修一内閣府副大臣が、場違いの和服で大はしゃぎして顰蹙をかった。はしゃぎ過ぎて自分のブログで「ブルーチーズが美味しかった」などと書いたのはご愛敬だろうが、現地での警護態勢をも全部ブログで公表してしまった。むろん、警備計画は極秘にするのが当たり前で、さすがの安倍内閣も高鳥副大臣を厳重注意せざるを得なかった、というお粗末。
 週刊誌報道からワイドショーの格好の餌になったのが、育休議員(?)宮崎謙介議員の不倫騒動。この人は、安倍官邸の激怒を買い早々に議員辞職に追い込まれた。しかし宮崎議員の浮気騒ぎは、閣僚たちの不祥事と比べたらどうってことはない些細な出来事だろう。安倍官邸はそれをうまく逆手にとって、閣僚たちへの批判を逸らす効果を演出したという見方もある。それが宮崎議員のあっけにとられるほど早い議員辞職会見だったというのだ。ちょうどタイミングのいいスキャンダルだったわけだ。
 また、ヘイトスピーチまがいのヤジで有名な山田賢司衆院議員の、かつて公設秘書だったN氏が遺体で発見されたという事件が発生した(2月11日)。山田議員の地元の神戸新聞が報じたものだが、N氏は死の直前まで、自身のブログなどで山田議員の金銭疑惑を告発していた。自殺とはいわれているが、その死因にさまざまな憶測が飛んでいる。これなど、単なるスキャンダルというにはあまりに重い事件だ。ところが、地元紙以外のマスメディアではほとんど報じられていない。どうも、妙な気配だ。

 しかし、これらの中でもっとも大きな問題だといわなければならないのは、高市早苗総務相の発言だ。これは、島尻氏の無知や丸川氏の暴言とは性質が違う。それこそ、この国の「報道の自由」を脅かす極右の危険な発言なのだ。まさに「ナチスに学べ」だ。かつて高市氏は『ヒトラー選挙戦略』というナチス礼賛本に推薦文を寄せていたという過去があるのだが、その考えを今でも堅持しているらしい。
 放送法4条にいう「政治的に公平な放送」というのは「倫理規定」、つまり放送局が自律的に行うべきものであって、政府が一方的に判断してはならない、というのがこれまでの多くの学者や専門家たちの見解であった。放送法76条には「放送法に違反した放送局には最大3ヵ月間の運用停止を命じることができる」と定められているが、高市総務相はこれを「放送法4条・政治的公平」にも適用できる、としたのだ。
 しかも、これまでの政府見解では「放送局の番組全体を見て判断する」というものだったのが、高市氏は「ひとつの番組」にも適用できる、と拡大解釈。つまり「番組を見て、その放送局全体を判断し、電波停止処分もあり得る」と、これまでの政府見解を変更してしまったのだ。
 しかも、それを安倍首相自身も追認してしまった…。

 2月15日の衆院予算委でのこの件についての審議を見ていたが、まあ、凄まじいと言っていいほど荒廃したやりとりだった。
 高市総務相は、安倍答弁を真似たのか、民主党の山尾志桜里議員が「総理の答弁を求めます」と言っているにもかかわらず、なぜか首相の代わりにしゃしゃり出て、訊かれてもいないことについて延々と喋りまくる。それを竹下亘委員長も注意しない。山尾議員は呆れ返って二の句が継げない。
 安倍首相の隣席の麻生副総理がそれを見てニタニタと笑いながら、山尾議員を指して何か口走る。総理と副総理が一緒になってヤジを飛ばす…。
 見ていて悲しくなった。

 それはともかく、安倍政権は、得意技の解釈改憲を「放送法」にも応用したわけだ。もはや、何でもありの安倍内閣なのである。このように、憲法や法律を、時の政権の都合のいいようにどんどん拡大解釈していけば、法治国家ではなくなる。
 しかも、当の安倍首相自身、思想・表現の自由について、ほとんど無知だということが、同じ山尾議員とのやりとりで明らかになった。こんな珍妙な質疑応答だ(注・小原美由紀さんの書き起こしから、抜粋させてもらいました)。

山尾議員: もう一度、訊ねます。「(表現の自由の)優越的地位」というのはどういう意味ですか? 私が訊きたいのは、総理が知らなかったからゴマ化したのか、知っていても勘違いしたのかを知りたいんです。どっちですか?
安倍首相:ま、これは、あの、ま、いわば法的に、正確にお答えすればですね、経済的自由、そして、えー、精神的自由より優越するという意味においてですね、えー、この表現の自由が重視をされている、ということでございます。
山尾議員:今、事務方から教わったんだと思います。なぜ、精神的自由は、経済的自由に優越するんですか? 優越的地位だということは、何をもたらすのですか?
安倍首相:ま、いわば表現の自由がですね、この優越的地位であるということについてはですね、これはまさにですね、経済的自由よりもですね、精神的自由がですね、優越をされるということであり、いわば、表現の自由が優越しているということでありますが、…いずれにせよですね、それをですね、そうしたことを今、この予算委員会でですね、私にクイズのように訊くということ自体が意味ないじゃないですか!

 まあ、こんなやりとりがしばらく続くのだ。これを見て(読んで)、いったい何を議論しているかお分かりになる方がいるだろうか。安倍首相は、質問の意味を理解しているようにはとても思えない。事務方がすかさず首相席に駆け寄り耳打ちしたことを、オウム返しに喋るだけだが、中身を理解していないからわけの分からないシドロモドロの答弁になる。それだけは自分でも気づいているらしく、最後には例によって「クイズのようなことを訊くな」と逆切れしてしまうのだ。
 これが最近の、国会の最高の議論の場とされる予算委員会での光景だ。切なくなるほどの荒廃ぶりじゃないか。

 麻生太郎氏がポロリと漏らしたように「ナチスの手法を学ぶ」のが、いまや安倍政権の手法になっている。「表現の自由」を牛耳るために、報道の首根っこを押さえこんでしまう、というのがナチス・ヒットラーのやり方だったことを忘れてはならない。
 報道の自由が死ねば、国民が何も知らされないまま、危険な方向へ国家は暴走する。歴史には謙虚に学ばなければならない。

 毎日新聞(2月12日夕刊)「特集ワイド」が、報道の自由について、以下のように書いていた。
 

安倍政権で低落、世界61位に

(略)日本の「報道の自由」は外国人記者から見ると、どんな水準なのか。国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が02年から発表を続ける「世界報道自由度ランキング」を見てみよう。
 日本は小泉政権時代に26~44位で上下した後、政権末期の06年に51位にダウン。民主党政権時代の10年に11位と西欧諸国並みの水準まで上がったのに、13年に53位と急降下した。
 昨年3月の発表では61位まで落ち込み、先進国では最下位だ。ちなみに韓国は60位。産経新聞ソウル支局長が朴槿恵大統領の名誉を傷つけるコラムを書いたとして14年10月に在宅起訴された後、昨年12月に無罪判決が出たのは記憶に新しいが、その韓国より海外からみればランクが低いのだ。
 13年に急落したのは、民主党政権時代も含め、福島第1原発事故に絡む情報統制と秘密保護に関する法制定の動きが理由だ。民主党時代にランクが上がったのは、フリーランスや外国人を制限していると国際的に非難される記者クラブの運用で、改善があったことが影響したと見られる。(略)
 しかし、12年の第2次安倍政権で状況は逆戻り。昨年9月、首相が自民党総裁に再選された直後の会見で「新三本の矢」なる構想が発表された時、質問は自民党記者クラブの所属記者だけに限られた。「新三本の矢のゴールは、どうみても非現実的。外国人記者が質問できたら、ゴールが間違っていませんかと聞いたのに」とメスメールさん(仏人記者)。「外国人記者外しは、逆に言えば、日本人記者の質問は怖くないと政権・与党になめられているということ。それに対して、なぜもっと怒らないのですか」
 昨年11月、外国人記者が驚く“事件”が起きた。国連で「表現の自由」を担当するデビッド・ケイ特別報告者が昨年12月1日~8日に訪日調査する日程が決まっていたにもかかわらず、日本政府は2週間前になって予算編成期であることを理由に延期した一件だ。(略)
 その後、4月12日~19日に訪日することで再調整されたが、海外には、日本は逃げ腰の対応をしたという印象を与えた。(略)

 この記事を書いている記者にも、この記事を掲載した毎日新聞にも「じゃあ、あなたのところはどうなのよ。記者クラブに今も安住しているんじゃないの」と訊いてみたいところだが、少なくとも、この程度の忸怩たる思いは持ち合わせているのだろう。
 ならば、記者クラブの廃止や開かれた会見の設定など、毎日新聞に率先してやってもらいたいものだと思う。そして、外国人記者に指摘されたような「日本人記者の質問は怖くないと政権・与党になめられている」ことを、もっと恥ずべきではないか。

 日本における内閣首脳の記者会見などを見ていると、ほんとうにイライラしてしまう。ほとんどがお気に入りの記者たちのゴマすり質問ではないか、と思えるのだ。
 たとえば、質問を受ける側が、質問者を「名指し」する場面が目立つ。つまり、質問記者の所属と名前を、受ける側がすでに知っているということだ。普段からナアナアのつきあいの“成果”なのだろう。顔や名前の知られていない記者は、ほとんど指名されない。しかも、質問内容まで、事前にかなり分かっていることが多いという。だから、事前に通告のない質問をされるとトンチンカンな答えをしてしまう。

 安倍首相は昨年9月、国連総会に出席するための訪米中に、記者会見で、「シリア難民問題への追加の経済支援を表明したが、難民の一部を日本に受け入れる考えはないのか」と外国人記者に問われて、こう答えた。
「人口問題として申し上げれば、我々は移民を受け入れる前に、女性の活躍であり高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。同時に、この難民問題においては、日本は日本としての責任を果たしていきたいと考えております。それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えていくために、日本は日本としての貢献をしていきたいと考えております」…。
 質問の意味を分かっていない、というより、思いがけない質問に焦ってわけの分からない答えをしてしまった。「難民問題」を問われて「日本の女性や高齢者の活躍」と答える…。呆気にとられたであろう外国人記者たちの顔が目に浮かぶようだ。
 まさに、国際的に恥をかく、とはこういうことだ。
 日本のお気に入り記者たちとはナアナアで質疑応答できるけれど、それが通じない未知のジャーナリスト相手だと、こんなわけの分からない答えをしてしまうという典型的な例だ。
 だから、最近は外国人記者クラブでの記者会見には、自民党首脳はまったく応じなくなった。
 2014年9月、当時の国家公安委員長兼拉致担問題当大臣だった山谷えり子参院議員が、日本外国特派員協会での記者会見に出席。山谷氏としては、拉致問題に関しての意見表明の場と考えていたらしいが、質問は「在特会など右翼との交友関係」に集中。シドロモドロになった山谷氏は、答えに窮したまま会見を終わらざるを得なかった。ここでも、日本人記者とのナアナア質疑が通じなかったわけだ。
 これに懲りて、以後、政府・自民党幹部は外国人記者クラブでの会見に一切応じていない。むろん、海外メディアからは「日本政府及び自民党は、厳しい質問に怖気づき、外国人記者クラブの会見を逃げている」との批判を浴び続けている。

 それはともかく、こんなふうに国際的には見られている「日本の報道の自由度」が、高市氏の発言でさらに低下させられかねない状況なのに、当のテレビ界からはほとんど批判の声が聞こえてこないのは、いったいどうしたことか。「見ざる言わざる聞かざる」を決め込んで、「触らぬ神に祟りなし」と首を引っ込めた亀のようだ。
 これでは「報道の自由度ランキング」は、もっともっと下がるだろう。中国や北朝鮮などの報道規制を批判するのはいいとしても、自国の「報道の自由度」がここまで低評価だということに、なぜ日本国民はもっと危機感を持たないのだろうか。それとも、あの安倍首相のように「日刊ゲンダイが私の批判をしているのだから、報道の自由はあるじゃないか」などとうそぶくのだろうか。

 また3・11が巡って来る。5年が経ったのだ。
 あの日から、この国の深い底で、何かが崩れ始めた…。

 

  

※コメントは承認制です。
64「報道の自由度61位」の国で…」 に2件のコメント

  1. L より:

     マスメディアはネトウヨと同じで、海外については嬉し気に批判・非難し、国内については外人が褒めていると垂れ流す。そして、国内の問題には、黙るか政府や自民党などの作った広報資料をコピペするばかりですね。
     総理府広報部大手町支所だの同神南支所だのと呼ぶべきでしょう。一応、別資本だから同東新橋ご勝手連とか同台場お仲間連というべきかな。

  2. かさ より:

    海外の記者に取材を受けない=海外で日本のことが報道されないことで
    海外の国々にとって日本の重要性が加速して落ちる、ということはあるのでしょうか。
    実際海外メディアを見ているとほとんど日本関連のニュースは流れてこないけれど
    興味がない以上に情報を締め出しているのもその理由にあるのか、とこの記事を読んで思ったのですけど

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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