風塵だより

政界は選挙一色

 選挙が近い。参院選は7月には実施される。衆院選も同時に行われるのではないか、という観測がしきりに流されている。いわゆる衆参ダブル選挙だ。そのムードを作りだしているのは、安倍内閣そのものだ。

 二階俊博総務会長ら自民党首脳は「衆参同時選があってもおかしくはない」と繰り返すし、山口那津男公明党代表までもが「安倍総理がご決断なされば、それを受けて対応する」と、ほとんど同時選を容認するようなことを記者会見で述べている。

 政界では「解散風は吹きはじめたら止まらない」という。街角にはもう、参院だけではなく、衆院の立候補予定者たちのポスターもベタベタと貼り出されている。浮き足立っている議員たちは、国会でまともな議論をしている余裕もない。あれだけ批判を浴びた安保関連法についても、この国会で取り上げる予定はないという。ほとんど職場放棄だ。

 しらけている有権者をそっちのけで、政界は選挙一色である。

野党統一候補と「さくらの木」構想

 全国各地で野党共闘が進みつつある。4月初旬の段階で、全国に32ある参院1人区では、15区で野党統一候補が決定したようだし、これからあと10区で野党協力が成立しそうだとの情報もある。ただ民進党の一部には、依然として野党協力に反対するグループも存在する。

 そんな煮え切らない民進党に業を煮やし、新たな「確認団体」を創立して比例代表に候補者を擁立しようという「さくらの木構想」も出てきた。これは、イタリアで政権交代の立役者になった中道左派連合「オリーブの木」をモデルにしたもの。代表には、安保法廃止の先頭に立つ小林節慶大名誉教授が就任予定とも聞く。野党議員の一部と市民団体メンバーらが参加する。40人以上の議員たちの参加も視野に入れているというから、大きなムーブメントになる可能性を秘めている。

米著名学者のアベノミクス批判

 対する自民党はどうか。

 安倍首相は、アメリカなどから著名な経済学者を招いてご意見をうかがうという「国際金融経済分析会合」なるものを急きょ開催。そこでノーベル賞受賞学者のクルーグマン氏らから「消費増税には反対」という意見を引き出し、それをもとに選挙前に「消費税引き上げは延期」という有権者の受け狙いの方針を示すつもりのようだ。何でも選挙に利用する。

 ところが、そのクルーグマン氏が、自身のツイッターで秘密とされていた会合の内容をほぼそのまま暴露した。そこでは「商品価格の下落ではなく、需要不足こそが問題」とか「難民問題は経済には影響しない」「マイナス金利をこれ以上進めるのは無理がある」「アベノミクスは金融政策偏重に過ぎる」などと、安倍経済政策そのものの批判ともとれる議論を展開している。アベノミクスを一刀両断で切り捨てたのだ。

 お墨付きを得ようとした安倍官邸は、逆に世界に向けて赤っ恥をかいた形となった。

 アベノミクスは失敗、という評価がほぼ定着し始めた。TPP問題も、米大統領の有力候補者たちが揃って「TPP反対」を言い出したため、先行きはまったく見えなくなった。

劣化する自民党

 「保育所落ちたの私だ!!!」のツイートが火をつけた怒れるママたちの反乱は、政府の対応のあまりのお粗末さで逆に火に油を注ぐ結果になっているし、安倍内閣の各閣僚のおバカぶりには開いた口が塞がらない。

 甘利前経済財政担当相の金銭疑惑は、ご当人が「睡眠障害」とやらで雲隠れしたまま。もしこのまま済まされるようであれば、もはやこの国に司法も正義もないに等しい。検察や警察は、沖縄辺野古や国会前でのデモ参加者を抑圧するばかりで、ほんとうの巨悪は野放し、ということになる。

 そこへ、自民党議員たちの、まさに呆然とするような暴言妄言失言の連発連打。浮気発覚、経歴詐称の疑い、報道圧力、国会会期中の愛人とのハワイ旅行、セクハラやパワハラ疑惑も続々と発覚中…。

 これが国会議員? 冗談じゃない!

 その上、自民党所属の地方議員たちの劣化ぶりも、それに拍車をかけるから始末が悪い。

 それだけじゃ終わらない。今度は自民党の次期選挙の有力候補者とされていた人たちにも、同様のスキャンダル頻発。有名人だというだけで引っ張り出すからこんな始末になる。

 ここまで来ると、自民党という政党そのものが劣化していると言うしかない。いくら一強多弱の政治状況だとしても、この自民党の体たらくはひどすぎませんか?

安倍首相が強気な理由

 それでも安倍首相は、衆参同時選に打って出るつもりらしい。ノブスケじいちゃんから受け継いできた念願の「憲法改正」の発議のために必要な、衆参両院の3分の2議席獲得にも、自信を見せているというから不思議である。

 こんなスキャンダルまみれの自民党の状況の中で、なぜそんな自信が持てるのか? 親しい政治ジャーナリストの分析を聞いてみた。

 妥協の末にやっと発足した民進党の支持率が、まったく上がってこないからですよ。いまの支持率の状況が続くようなら、自民党は勝てると踏んでいるんです。

 安倍官邸は当初、民主党と維新が一緒になれば、少なくとも20%程度の支持率に達すると思っていたようです。ところがふたを開けてみると、民主・維新の合計支持率をも下回って、各メディアの調査では、上限がやっと15%前後という結果。つまり『新党への風』が、まったく吹いていない。これが安倍総理の強気の背景です。

 この状況だったら、少なくとも1人区では負けるわけがない。そこへ、衆参同時選にはあれほど反対していた公明党が、なぜか急に軟化。これには、各選挙区でのそうとうのバーターがあったようですが、山口代表はあっさり安倍首相の意向を飲んでしまった。公明党はもう、与党内での右傾化の歯止めの役割をまったく放棄してしまったと言われても仕方ない。

 多分、この公明党の容認によって、同時選の芽は8割ほどにまで膨らんだと見ていいでしょう。

 新党への風が吹いていない。簡単に言えば、そういうことだ。業界団体と創価学会という固い組織票があれば、風の吹かない民進党などに負けるわけがない…と。

 普通なら、あれほど大騒ぎして発足した「民進党」なのだから、多少の風は吹いてもおかしくはない。少なくとも、両党のこれまでの支持率の合計は上回るだろうと関係者は思っていたようだが、大外れ。

 まあ、それも当然ともいえる。憲法、沖縄米軍基地、原発、消費税などの諸問題に関して、民進党内の意見が一致しているようには、とても見えない。各マスメディアはそこを突く。むろん、安倍御用達メディアのあの新聞やこのテレビ局、それにあの雑誌などは、執拗に民進党を批判する。いや、批判というより愚弄、罵倒といったほうがいい。バカにされるほうが、批判よりもキツイ。だから、民進党の支持率は伸びない。

 「民進党」という党名も、なんだかなあ…ではあるけれど。

無風下での自民党大勝利

 では、間近に迫った選挙で、またも自民党は大勝するだろうか? 実は、それほど事態は自民党に甘くはない。

 自民党が大勝した2014年の衆院選を考えてみればいい。あれほど自民党は大勝したのだから、自民党へ大きな「追い風」が吹いたと考えるのが当然だろう。しかし実際は「風」など、そよとも吹かなかったのだ。

 例えば、自民党のこの選挙での小選挙区獲得票は約2546万票、比例区では約1765万票で、獲得議席数は291(民主党は73議席)。

 では、自民党が惨敗し、民主党が歴史的な政権交代を果たしたときの2009年総選挙ではどうだったか。このときの自民党の得票は、小選挙区で約2730万票、比例区で約1881万票、獲得議席数は119(民主党は309議席)。

 一方、民主党は2009年には、小選挙区では約3347万票を獲得していたのが、2014年には約1192万票だった。

 つまり、自民党は大勝した2014年選挙での得票数は、実は大敗北を喫した2009年の得票よりも下回っていたのだ。要するに自民党への「追い風」などまったく吹いてはいなかったということだ。

 民主党が2012年、2014年に大敗したのは、小選挙区で実に2000万票もの票を失ったからであって、自民党に「追い風」が吹いた結果ではまったくない。「風」を考えるならば、「民主党へは投票したくない」という「大逆風」が吹いた結果なのである。

自民党への「逆風という風」…

 さて、ここからが本題だ。

 「風」が吹き始めたような気がするのだ、自民党への「逆風という風」が。

 最近、たくさんの自民党というハッシュタグ付きのツイートがネット上を賑わしている。曰く「#自民党なんか感じ悪いよね」「#自民党ひどすぎる」「#自民党は毎日がエイプリルフール」「#自民党春の炎上祭り」「#自民党落とすのは私だ」などなど、枚挙にいとまがない。

 これも自民党へ「逆風」が吹き始めたひとつの表れだろう。

 凄まじいとしか言いようのなかった民主党バッシングがマスメディアを賑わした2012年の総選挙の際に、最も多かったのは「民主党にだけは入れたくない」という意見だったと言われる。つまり、「民主党以外」という選択で自民党は漁夫の利を得たということだ。

 「民主党には入れたくない」→「投票しても当選しないなら自分の票は無駄になる」→「ほかに入れる党がない」→「だから投票に行かない」…。こうして2000万票もの票が民主党から逃げた。別に自民党が勝ったわけではない。民主党がひとりで大コケしてしまっただけだ。

 2012年と14年の総選挙が、連続して戦後最低の投票率を更新したことは、そういう有権者の意識を示している。

 いま、それに似たような現象が起こり始めている。「自民党にだけは投票したくない」という自民党に対する「逆風という風」。これは、安倍自民党が考えている以上に吹き荒れるかもしれない。

 各野党それぞれに大した風は吹かなくても、自民党以外という選択肢でまとまった「野党統一候補」が出てくれば、事態は大きく変わる。

 「自民党だけには投票したくない」という、自民党にとっての逆風が吹く選挙になれば、安倍改憲路線が破綻する。

 そのためには野党共闘が必須の条件となる。野党がバラバラでは、前と同じく50%近くもの「死に票」が出るという死屍累々の投票結果になるだけだ。

 ぼくは、繰り返し主張してきたように「憲法改定」よりも、まず「死に票」が膨大に出てしまう現在の選挙制度の改革のほうが先決だ、と考えている。だが、残念ながら間近に迫った選挙には間に合わない。今回は現行制度でいくしかない。

 選挙が終わったら、次に備えて「選挙制度改革」の国民的議論を巻き起こさなければならないと強く思う。

 

  

※コメントは承認制です。
70 風を吹かせよ、「逆風」という風を!」 に2件のコメント

  1. 内輪のハッシュタグで盛り上がっててもしょうがないでしょう!それじゃあ八王寺市長選で内輪で盛り上がって惨敗した五十嵐さんとか、下手すると地下鉄サリン事件でっち上げようとしたオウム真理教になりかねないよー!企業の社長でも周囲にイエスマンばっか集めるようなのは、じきに潰れるっていうじゃん!要注意!!

  2. より:

    >「自民党だけには投票したくない」という、自民党にとっての逆風が吹く選挙になれば、安倍改憲路線が破綻する。
     政権党を批判するのみではおそらく吹かないだろう。有権者はその様な光景を見飽きているからだ。 立憲主義・民主主義が崩壊、「法の支配」が崩れ、変わって登場する「人の支配」。そのような光景を想像させる広告はないものか。  映画「NO]を見た。15年におよぶチリでの軍事独裁政権による弾圧に立ち向かう広告マンの実話。「人の気持ちを動かすものはなにか」の信念を貫き軍事独裁を倒したのだ。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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