風塵だより

 5月15日、沖縄が日本へ「祖国復帰」してから44年が過ぎた。沖縄では、さまざまな催しが開かれていた。だが、沖縄の人々は、ほんとうに「今のような日本」へ復帰したかったのだろうか?
 作家の高橋源一郎さんが、朝日新聞(5月14日)に、沖縄を旅して「歩きながら、考える」という文章を寄稿していた。その中に、次のような一節があった。

(略)2007年、沖縄戦における「集団自決の強制」という記述が、高等学校歴史教科書から、「日本軍の命令があったか明らかではない」として削除・修正させられた。この検定結果を撤回するよう求める決議は、沖縄のすべての市町村で可決された。
 あるいは、沖縄の本土「復帰」を目指した「沖縄県祖国復帰協議会」にも、初期には、保守的な性格の団体も加わっていた。
 当時の記録を読むと、敗戦で日本から切り離された彼らがともに目指したのは、なにより、本土に「復帰」し、日本国憲法が自分たちにも適用されること、そのことで、奪われていた平和と人権を獲得することだったことがわかる。沖縄の人たちが、党派を超えて戻ろうと願ったのは、単なる祖国日本ではなく、「日本国憲法のある日本」だったのだ。(略)
 辺野古のゲート前で座り込みを続けるある男性は、こんなことをいった。
 「米軍は表に出てきません。わたしたちが反対のために座り込むと、機動隊が排除のために出てきます。当初は沖縄県警の機動隊でした。最近では、東京の警視庁から来た機動隊がその役目を担っています」
 何より印象的なのは、東京から来た機動隊は、ときに「笑いながら」、反対派を排除してゆくことだ、と男性はわたしに呟いた。それは沖縄の機動隊員には見られない表情だった。
 「アメリカ」の代わりに、自分たちの前に立ちはだかる「日本」。その「日本」は、戻りたいと切望した「日本国憲法のある日本」なのだろうか。(略)

 帰るべき祖国を、沖縄はいま、失いつつあるのではないだろうか。沖縄の人たちが胸をかきむしるほどの思いで望んだ「祖国復帰」に対し、祖国であるべき日本が、その代償としての苦行をこの小さな島に押しつけている。巨大なアメリカ軍基地の存在だ。それを覆い隠すために、「カネという汚れた武器」を使って人々の分断を図る。それが現在の沖縄と日本政府との関係ではないか。この島の現状ではないか。
 沖縄の人たちにとって、「米軍占領下で無権利状態に置かれた自分たちにも『日本国憲法』を与えてほしい」という、切実な希望の灯だった「日本国憲法」を、いま安倍首相は掻き消そうとしている。沖縄の望みと安倍政権の思惑の決定的なズレである。沖縄が切望した「日本国憲法」がなくなるのであれば、祖国復帰のスローガンは色あせていく。

 本土の多くの人たちは、いまだに「沖縄は他県に比して多くの予算を貰っているではないか」「米軍基地が沖縄の経済を支えている」「基地がなくなれば沖縄は生きていけない」「中国の脅威を防ぐためには沖縄の基地が必要」「基地反対派は左翼」「反対派は日当を貰って運動をしている」…などという、根拠のないデマ(というしかない)を信じ込み、沖縄の声に耳を傾けようとはしない。そして、本土のマスメディアも、そんな誤解の上に成り立つ沖縄像を払い去ってはくれない。
 こんな状況下では、少数とはいえ、夢物語や居酒屋論議ではなく、「沖縄独立論」を真剣に議論しようとする人たちが出てくるのは、当然の成り行きではないか。

 ぼくの机の上に、1冊のブックレットがある。『それってどうなの? 沖縄の基地の話。』(おきなわ米軍基地問題検証プロジェクト編)という、56ページの小冊子である。
 「もくじ」には、以下の項目が並んでいる。

1・基地 2・海兵隊 3・日米安保 4・尖閣・南西諸島「防衛」 5・中国 6・沖縄経済・財政 7・米兵・地位協定 8・運動

 つまり、沖縄問題に関しての疑問や噂、中傷などについて、易しい言葉できちんと説明して誤解を解きたい、という意図で編まれた小冊子なのだ。中身を少し見てみよう。たとえば、こんな具合だ。

日米安保

 Q 基地をなくしてどうやって沖縄を守れるのか。基地をなくす方が人権問題である。

 A 普天間飛行場は沖縄の基地面積のわずか2%でしかありません。普天間を使う海兵隊がいなくなっても、極東最大といわれる嘉手納飛行場が残ります。嘉手納飛行場だけでも米軍プレゼンスは十分です。
 そもそも沖縄の防衛義務は自衛隊が担っています。1970年、日米が交わした「日本国による沖縄局地防衛責務の引き受けに関する取極め」、いわゆる久保・カーチス協定でそう協定しています。陸自、空自ともミサイル防衛部隊を沖縄に配置し、不審機へのスクランブルも航空自衛隊の任務です。尖閣諸島の防衛も一義的には日本側の債務とされています。
 沖縄の海兵隊は海軍の船で太平洋地域を巡回し、留守が多いのです。在沖海兵隊の主要任務は沖縄の防衛ではありません。

尖閣・南西諸島「防衛」

Q 尖閣有事の際は、在沖海兵隊がただちに出動してくれる。

A 島嶼防衛の一義的な責任は自衛隊が担う、米軍は支援と補完をする、と「日米防衛協力のための指針」で決められています。アメリカは、尖閣が日中どちらに帰属するかには中立という立場で一貫しています。
 沖縄から海兵隊が戦地に向かうには、米軍佐世保基地配属の強襲揚陸艦(ヘリ空母)ボノム・リシャールに、オスプレイと地上戦闘部隊を搭載します。佐世保から沖縄までは直線距離にして800kmあり、船を持ってくるのに丸1日かかります。ただちに出動できません。
 航続距離が長く、飛行速度が高いオスプレイが尖閣まで一飛びと信じ込まされている人も多いでしょうが、機体がヤワなオスプレイは、戦火が飛び交う戦場では使えません。南スーダン反政府ゲリラの銃に撃たれたら逃げる輸送機が、中国軍に対して何ができるのでしょうか。このことは、アメリカ議会の2011年調査報告書の中に「イラクで、オスプレイは脅威が小さい戦場で効果的に使われた」とあることからも自明です。
 そもそも、尖閣の小島に海兵隊を運んでも、中国海軍の艦砲射撃の餌食になるだけです。海兵隊が尖閣に直行することはありえません。

沖縄経済・財政

Q 沖縄の経済は、基地に依存している。

A 基地経済への依存度は、復帰の年(注・1972年)の15%から15年ほどで5%程度に減りました。この数字はその後も5%前後で推移してきましたが、これは観光収入の約半分で、県経済に与える影響は小さいと言えます。それでも基地がなくなればこの所得はなくなりますから、その分基地に依存しない経済を工夫していく必要があります。
 一方、基地がなくなると経済が良くなるとの議論もありますが、返還跡地にできたおもろまちやアメリカン・ビレッジがそこら中にできるというのは、さして夢膨らむ話でもありません。とはいえ、基地返還跡地が地元経済のプラスになった例は米国でもたくさんあります。要は、私たちのジンブン(知恵)を総動員して素敵な空間を創り出そうという事です。(略)

Q 沖縄振興予算は、基地負担と引き換えの優遇措置である。

A 沖縄県の自治体への国の補助事業と、国の直轄事業を合算して財務省に計上するものが「沖縄振興予算」と呼ばれます。
 他府県では、国土交通省、農林水産省、経済産業省などの国の事業官庁が、その府県における国の直轄事業を各省予算として、ばらばらに計上しているものです。沖縄県に関してだけは、内閣府沖縄担当部局が各省庁の沖縄分を合算し一括して、財務省に計上する仕組みとなっています。計上後の予算の執行権限は、また各省庁に戻されるということで沖縄分を一括計上するときの看板のようなものです。
 これは1971年に北海道開発庁の仕組みをモデルとして作られたもので、米軍基地の存在とは無関係に沖縄の振興開発はなされるべきとされましたので、とくに基地負担の引き換えとして法制度に明白にされた優遇予算ではありません。
 したがって、基地がある市町村と、基地がない市町村とで、あるいは賛成する市町村と反対する市町村とで、振興予算に差がつくことはありません。
 法制度上も基地負担の引き換えが明瞭なのは、沖縄振興予算ではなく、防衛省が実施する事業の予算です。「沖縄米軍基地所在市町村活性化特別事業(通称・島田懇談会事業)」は、基地がある故に特別に出される補助金であり、さらに基地建設の見返りとして特徴を持つのが、駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法(いわゆる「米軍再編特措法」)です。これは、基地があるかないか、あるいは、基地建設に賛成か反対かで、補助事業予算が配分されるか配分されないかが決まります。名護市では建設に反対派の市長が当選しましたので、名護市への米軍再編交付金の交付は、停止されています。

運動

Q 沖縄の基地反対運動は日当2万円が支給されている。

A そのような金を誰が持っているのかを考えたら、いかに荒唐無稽な嘘かがわかります。沖縄の基地反対運動の中心を担ってきた労働組合、特に、教員組合と自治労は、組織が弱体化していて、これは全国と同じ傾向です。沖縄の「革新政党」も、かつてほどの組織的基盤があるわけではなく、自分達の存続で精いっぱいです。
 全国から大きな寄付を集めた辺野古基金は、当然のことながら、その会計は慎重に運営していて、言われるような日当が出ていないことは、会計報告を見れば明らかです。
 中国からの資金援助があるという話が広く流布していますが、9・11後に、世界的に外国為替の管理が厳しくなっており、そのような流入があれば、当然日本政府が補足しています。
 辺野古で座り込みをして、警察や海保に威嚇されるのが、どれほど怖いことか分かりますか? 悠々と、どころではないですよ。沖縄の、特に米軍施政を経験した50代以上の人々の、強い想いを理解出来ないから、このような話が広まるのでしょう。

 ほんのサワリだけを紹介した。
 ぼくは何度も沖縄を訪れている。そのたびに、いつも辺野古と高江に立ち寄る。そして、少額ではあるけれど、必ずカンパをおいてくる。日当どころかこちらが出すのである。だから「反対派に日当が出ている」などという話を聞くと、怒りを通り越して、バカバカしさに笑うしかない。

 この小冊子は、実にうまく構成してある。沖縄に関する誤解や意図的な誹謗中傷をただ否定するだけではなく、きちんとデータを挙げて反論し、ひとつひとつを説明している。ぜひ、多くの人に読んでほしい。

 奥付に「編集・発行:沖縄米軍基地問題検証プロジェクト 頒価100円」と印刷されているが、実は無料で内容のすべてを読むことができる。

 この小冊子のPDFファイルは、こちらからダウンロード(無料)できます。お問い合わせは電子メールでお願いします。

 ほんとうに、たくさんの人に読んでほしい。そして、沖縄のことを考える資料にしてほしいと心から思う。

 

  

※コメントは承認制です。
75 それってどうなの?
沖縄の基地の話。
」 に3件のコメント

  1. 田中 郁夫 より:

    いつもこの欄、愛読しています。紹介のあった「沖縄の基地の話」はぜひ読んでみたいと思います。
    ところで、補足は「捕捉」ですね。サワリは、ここでは、話の最初の部分(音楽用語でいえばイントロ)の意味で使われているようですが、語源は浄瑠璃のいちばん聞かせどころをいうことから、話の要点(サビの部分)なのだそうです。私も誤解していました。文化庁の「国語に関する世論調査」(2007年)でも本来の使い方と誤用との逆転現象が起きていると出ていました。蛇足ながら、少し気になったものですから。

  2. Syunji Yamamuro より:

    それってどうなの?沖縄の基地の話

    読みました。目から鱗でした。本土の信州暮らしの者ですが、今までどれだけ政府(権力といいたい)側に都合のいい話にを信じ込まされていたか。それを利用されていたか。
    一番驚いたのが海兵隊の実情について。分かりました。そして今はこう言います、海兵隊?そんなものいりません。そして、辺野古の新基地は反対です。

  3. 保守ルベラル より:

    「それってどうなの?沖縄の基地の話」1-10・・・「沖縄には、面積で、日本の米軍基地の74%が集中しているというのは、負担を誇張するための数字の操作であり、自衛隊との共用施設の中では、23%でしかない」について疑問を持ったので以下に意見を言わせていただきます。

    23%も一部不正確ならば、74%が正しいとするのも正確ではないですよ。

    「共用施設を含めば沖縄への基地集中は23%」論を批判する根拠として、

    「北海道の別海矢臼別大演習場は、自衛隊演習場の中で最大の1万7千ヘクタール近い面積を誇る。しかし米軍演習は年に1度、1週間程度」

    「そのような自衛隊の演習場まで米軍との共同使用施設として数えているために、北海道の数字が跳ね上がり、沖縄が相対的に低くなっている」

    を挙げてます。確かにその問題はあるし、北海道の自衛隊演習場が含まれる、23%というのは沖縄の負担割合を正確に表わしてません。

    しかし問題はそれだけではなく、拓殖大学の惠隆之介氏によると、「共用施設」には、横須賀、横田、厚木、岩国など、米軍が常駐する、本土の巨大米軍基地があるのも事実です。

    従って「専用施設」とすると、それらの基地が分母に含まれなくなってしまうのです。沖縄タイムスはこの両方に触れるべきだと思います。基地負担をシェアしているのは本土の基地周辺住民も同じです。「74%」を使うのでは彼らを排除する事になり、失礼なことです。

    面積を基準とした場合、沖縄への集中率は、

       「23%より高く、74%よりは低い」

    が客観的です。

    さらに米兵の数は、沖縄と本土で大体半々です。それも触れるべきだと思います。

    補足ー沖縄経済の基地依存が5%というのもおかしいですよ。この数字には政府の振興費などが含まれていません。あまりに一方的な数字を並べるのでは結局、23%を言い立てるのと変わりません。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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