風塵だより

 鶴田浩二さんの歌に、こんなくだりがあった。「なにからなにまで真っ暗闇よ すじの通らぬことばかり…」
 1970年のヒット曲『傷だらけの人生』の一節だが、なんだか最近の世相を映し出しているようにも思える。どんどん危ない方向へ走り出していて、止めようがない。
 だけど時折、ポッと「希望の火」が灯るようなこともある。
 16日に投開票された新潟県知事選挙の結果が、小さな「希望の火」の種火に思えるのだ。

圧倒的に有利だった森候補 

 最初はどう考えても「反原発候補」が勝てそうな選挙ではなかった。
 まず、始まりが不穏だった。泉田裕彦現知事の唐突な立候補取り止め声明が混乱の発端。その陰には何か巨大な黒い力が働いたのではないか、という憶測が乱れ飛んだ。地元紙の新潟日報との確執が原因だと泉田氏は説明したのだが、どうも額面通りには受け取れない。モヤモヤした気分だけが残った。
 森民夫長岡市長が早々と立候補。彼は全国市長会会長も務めるほどの実力者で、自民公明両党の推薦を受け、県内の大多数の首長たちも支持、さらには各企業や団体からの推薦も受けて態勢は万全。地方選挙にありがちな保守系候補の圧勝の情勢だった。
 告示6日前にようやく対抗馬に名乗りを上げたのは、民進党の次期衆院選候補に内定していた米山隆一氏。ところが「連合」は傘下に「電力総連」という原発推進派の労組を抱えるために、原発容認の森氏を推薦。原発に厳しい態度の「泉田知事の路線を継承する」と唱える米山氏を、連合に頭の上がらない民進党は公認も推薦もできなかった、というお粗末。
 選挙戦終盤になって、米山氏の追い上げの勢いが凄い、と伝えられると、風に乗り遅れまいという思惑から、蓮舫民進党代表がおっとり刀で新潟入りしたが、これとて、野田佳彦幹事長が「蓮舫代表は絶対に新潟には行かせない」と息巻いたのを、なんとか振り切ってのことだった。
 もはや、民進党はガタガタである。
 この選挙の結果を受けて「共産、自由、社民の3党協力で勝ち抜いた。民進党は、衆院選での野党協力について相当な譲歩を迫られることになる」と分析する記者もいる。
 「民進党がゴネルなら3党共同候補を市民連合が擁立する形で戦う。イヤなら民進党は入らなくていい」とまで言う地方野党幹部まで現れているというのだ。現実的に考えて、それはほとんど不可能だろうけれど、今回の新潟では、民進党はそこまで言われるほどの大失態を演じたのだ。
 きちんとした「新潟知事選の総括」を公にしない限り、民進党の旗は地に堕ちたままだ。

東京電力のショック

 新潟知事選の結果にもっとも大きな打撃を受けたのは、むろん、東京電力である。7基もある柏崎刈羽原発の再稼働こそが、東電の綱渡り経営の最後の「頼みの綱」だった。だが、泉田知事の「福島原発事故の完全な原因究明がなされない限り、柏崎刈羽原発の再稼働はありえない」という主張を、米山新知事も継承すると言っている。当分の間(どのくらいの期間になるかは分からないが)柏崎刈羽原発の再稼働は難しい情勢になった。
 なにしろ、溶け落ちた核燃料の塊(デブリ)の状態がどうなのか近づくことすらできない状況で、事故原因究明など何年かかるか分かりはしない。もはや御用機関と化した原子力規制委員会が「新規制基準に合格」と言ったって、60~70%の新潟県民は承知しない。10年以上は再稼働など無理だと思われる。
 こうなると、東電の経営はいま以上に国に頼るしかなくなる。すでに8兆円を超えたとされる原発事故対策費は、さらにもう7兆円以上も必要だという。どこまで増えるのか分からない。東電1社ではもはや負担不可能。
 そこで、事故処理費を我々消費者の電気料金や税金で賄い、その上に事故とは無関係の「新電力」にも負担させようという計画が経産省から出ている。デタラメというほかない。

安倍首相の妙なリクツ 

 安倍政権にも大きな打撃だったことは間違いない。藤原道長ではないが「欠けたることのない、わが世の春」を満喫し「当たるところ敵なし」を謳歌していた安倍首相に、蜂のひと刺し。こりゃ、かなり痛いだろう。
 その安倍首相、10月16日には、衆院補選の東京10区で応援演説。東京都知事選で自民党に反旗を翻した小池百合子氏の応援に回ったことで、いったんは除名処分すらちらつかせた若狭勝氏の応援に立った。処分予定者を公認候補にする。小池ブームに乗ったのだろうが、節操のなさは超一流だ。
 安倍首相はそこで、こんな演説をしていた。いわく…
 「自民党は、都知事選においては小池さんと戦いましたが、都民の意思が示された以上、国と都が協力していくのは当然のことであります…」
 いつながらの口先男。よく言うよ、である。それならば、何度も繰り返して「県民の意思」を示している沖縄県についてはどうなのか。辺野古の米軍新基地建設反対を、あれだけ強く示している沖縄県に対し、キャンプシュワブ前では機動隊の暴力が日常化し、それがいったん裁判によって停止すると、今度はキャンプシュワブ以上の強圧的暴力を、東村高江で振るい続ける。
 それをやらせているのは間違いなく安倍政権だ。「国と都が協力していくのは当然だ」などと、いったいどの口が言わせるのか。そのリクツがなぜ「国と沖縄県」には通用しないのか?
 それにしても、新潟県でよく「反原発派候補」が勝ったものだと感心する人も多い。だが、勝つには理由がある。その勝因は5つあったと思う。

①争点の急浮上

 泉田裕彦知事は突然の不出馬声明を行った。だが、その理由がなんとも分かりにくく、ふつうは陰謀論などに縁がない人々の間にも「陰に何かある」「キナ臭い圧力があったらしい」「真実は隠されている」との疑念が渦巻いた。原発再稼働をめぐる疑念である。
 「原発の陰には何か恐ろしいものがいる」「泉田さんさえ引きずり下ろすほどの勢力」、これが「原発は怖い」に結びつく。そのため、思わぬ形で「原発再稼働の是非」が争点に急浮上した。
 福島原発事故以来、原発立地県としての新潟県民の心の底にくすぶっていた「原発への不安」が、泉田氏不出馬表明をきっかけに、一気に表面へ現れたのだ。もし、「泉田下ろし」の勢力が本当に存在したとすれば、その試みは完全に裏目に出たというしかない。
 付記しておくが、森民夫氏の県知事選出馬を受けて行われた長岡市長選では、やはり「市民の不安が解消されない限り原発再稼働には反対」と明言した磯田達伸氏が勝利した。

②政権与党の驕り 

 自民党は、多数に狎れすぎてしまったために、有権者などどうにでもなる、と高を括っていたフシがある。「反原発の風」が吹き始めたことは気配としては感じていただろうが、その風を無視。いつもながらの「経済一本やり」で突き進んだ。むろん、特定層には多少の効果があったろうが、「TPP問題」を抱える農業県でもある新潟では、かえって反発も招いたようだ。途中から現地入りした自民党幹部も原発問題に触れず、「経済重視」の政策しか訴えなかった。経済で十分勝てると思ったからである。
 しかもひどいのは、自民党が作成しばら撒いた法定ビラだった。そこには、こんなことがデカデカと刷り込まれていた。
 「共産党・生活の党・社民党がコントロールする県知事を誕生させてもいいのですか? 赤旗を県庁に立てさせてもいいのですか? 共産党・生活の党・社民党主導の知事では牽制が大混乱し、新潟県は国から見放されてしまいます!!」
 まさに、アホか、というレベル。いわゆる極右がきちんとした反論ができなくなると「国会に赤旗を立てさせるな!」などと怒鳴るのとよく似ている。これでは、逆に支持者からも「見放されてしまいます」。
 政権党の驕りが、追い詰められるとこんな低劣なレベルにまで堕落する、という典型的なビラの例である。

③マスメディアと事前調査

 当初は保守系の森氏圧勝の形勢だった。そのため、いつもの選挙なら凄まじいほどの安倍官邸のマスメディアへの圧力は、今回はそんなに大きくはなかったようだ。つまり、甘く見ていたのだ。
 現地で何が起きているか、安倍官邸もよく把握していなかったので、県民の反原発感情の高まりに気づかなかった。だから、マスメディアは安倍政権にさほど遠慮することなく、県民の動向を伝え続けた。そこで反原発がうねりになったというのだ。
 とくに、各社が行った「原発再稼働の是非」の世論調査は決定的だった。どれをとっても、県民の再稼働反対が60~70%、賛成は20%そこそこという結果。これにより、県民は自分たちが感じている「原発への不安」は正当なものだと気づいたのだ。風は増幅されたのである。

④市民の力

 安倍官邸とは逆に、市民協力はかなりうまく機能したようだ。ここで威力を発揮したのは、やはりSNSだった。
 ようやく決まった米山候補を推すネット情報は、森氏との比較においてそうとう上回っていた。しかも、これがあっという間に全国に広がった。一地方の知事選が、全国規模の「反原発選挙」に盛り上がったのだ。
 県内の「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」をはじめ、各地の勝手連的なグループはもちろんのこと、県民以外の「電話勝手連」も立ち上がり、全国から新潟県民の知り合いへの電話かけも行われた。これはかなり効果的だったようだ。たった6日前の立候補とは思えない拡がりに、ネットは大きな役割を果たしたのだ。
 米山候補の演説会場の広報などは、むしろ事務所が煽られるほどだったという。③の自民党の低劣ビラに対する反撃も早かった。「新潟県の県旗は前から真っ赤だよ」と、実際の新潟県旗をネット上に挙げて反論するなど、自民党戦略を逆手に取ったSNSが功を奏したのである。
 これからの市民選挙のひとつの模範例を示したと言っていい。

⑤民進党の不在

 逆説めくが「民進党がいなくてよかった」という言葉を関係者から聞いた。民進党には、野田佳彦幹事長に代表されるような「超保守」の議員がかなり存在する。彼らは「綱領も政策も違う党との共闘は保守層の離反を招く」として、野党共闘に後ろ向き。というよりむしろ、足を引っ張るような真似をする。これでは共闘など成り立たない。実際は、もう「逃げる保守層」など民進党支持層にはいないのに。
 今回の新潟では、民進党が出てこなかった。だから、選挙期間中に野党間で醜い争いをせずに済んだ。共産党、生活の党(現・自由党)、社民党の連携は、邪魔する民進党がいないことでかなりスムーズに連携できたという。野党3党+市民連合。これが功を奏した。
 「風」を感じた蓮舫民進党代表が、ギリギリになって新潟入りしたが、時すでに遅し。民進党がリーダーシップをとれるような状況ではなかった。
 このあと、民進党はどうするのか? それが問われる選挙だった。

 小さいけれど、これが「希望の火」である。
 鹿児島県知事選でも7月に、原発再稼働に待ったをかける三反園訓氏が現職を破って当選している。
 鹿児島の川内原発1号機は10月6日、定期点検に入った。2号機も12月には定期点検に入って運転を停止する。三反園知事は、定検後の再稼働にかなり慎重な姿勢を見せるだろう。

 全国の原発は、まさに岐路に立たされている。

 

  

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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