風塵だより

 人が死ぬのに立ち会うのは、切ない。ことに、それが自分より若い人の死であるときは、なおさらに…。
 11月11日、ぼくの大切な男が死んだ。家族の一員。たった36歳だった。彼の病との苦しい闘いは、ようやく幕を閉じたけれど、遺された者たちの淋しさは、日が経ってもなかなか消えない。
 むろん、ぼく以上に辛い想いをしている家族もいる。

 若い死は、ほんとうに哀しい。
 年齢順に去っていくのは仕方ない。親を送り、先輩を弔うのは、ぼくのような年齢になれば、ある意味で諦めなくてはならない人生の流れだ。けれど、逆はいけないよ。死だけは、年功序列でいってほしい。バカめ。

 ぼくは、泣くことなど忘れていた。いろいろな話を聞いたり本を読んだりして、胸がジンッと熱くなることはあっても、もう泣くなんてことは、ずいぶん長い間経験していない。
 なのに、ぼくの中に、まだあんなに涙が残っていたのかと、自分でも驚くほどの涙がこぼれた。

 葬式というのは、わずらわしいものだ。死のすぐ後で、葬儀社の人とお通夜や告別式、その他もろもろの打ち合わせ。なんでそんなことまで今、考えなければならないのか…。
 だけど多分、これは煩雑なやり取りで、死の切なさを忘れさせようという、先人の知恵かもしれない。確かに、死の哀しさを、周りの人間たちは一瞬忘れていた、と思う。

 ぼくらは、親しい者の死を、そう簡単には受け入れられない。繰り返すが、それが若い死であれば、なおさらのことだ。
 だが、その若い死が現実的なこととして、今、眼前にある。

 11月20日、南スーダンへ、自衛隊の先遣部隊が国連平和維持活動(PKO)の任務にあたるために出発した。
 今さら言うまでもないけれど、安保関連法というよく分からない法律に依拠する「駆けつけ警護」を新たに付与された部隊だ。

 戦いの真っ只中に行くのだ。安倍晋三首相も稲田朋美防衛相も「戦闘ではなく衝突」などと言ってごまかすけれど、言葉を弄んではいけない。
 国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長ですら、その所見として「南スーダンの現地情勢はカオス(混沌)状態にある」と述べている。そんな場所へ、わざわざ自衛隊を送り込むのは、いったい何を狙ってのことか。

 戦闘だろうが衝突だろうが、そこでは政府軍と反政府軍が戦火を交え、数百人規模の「戦死者」が出ているのが現実だ。そんな場所へ、若い自衛隊員たちはわざわざ出かけて行く。死が待っているかもしれない場所へ。

 ニュース映像では、泣きながら彼らを見送る家族の姿が映し出されていた。戦時中の記録映像の中の、戦地へ赴く出征兵士たちを旗を振りながら見送る人たちと、ぼくには重なって見えた。
 リクツはいろいろあるだろうが、戦地へ銃を持って出かけて行くのは同じではないか。

 稲田防衛相は18日、南スーダン情勢については「現在、比較的落ち着いているが、楽観できる情勢ではなく、しっかり見ていく必要がある」とした上で、「新たな任務についての命令を発出したのは私自身。すべてのことについての責任は、私にある」とも述べた。(19日付各紙)
 すべての責任は、私にある…。言葉が軽すぎる。政府首脳は何かと言えば「責任は私にある」と口走るけれど、ではいったい、これまでどんな責任の取り方をしてきたというのか。
 万が一、自衛隊員に“戦後初の戦死者”が出た場合、安倍氏と稲田氏はどう責任を取るつもりなのか、それをはっきりさせてほしい。
 家族にどうやって詫びるのか。詫びれば命が戻ってくるとでも思っているのか。カネでカタをつけようというのか。

 今回に関しては、人の、それも若い人たちの命がかかっている任務だ。銃を持ち、“カオス状態の戦地”へ赴くのだ。
 現地では、政府軍すら統制を失い、国連職員やNPOスタッフの命を奪い、レイプするなどの蛮行を繰り返しているという。そんな場所へあえて自衛隊員を派遣する意味を、ぼくはどうしても理解できない。

 ぼくは切なかった。哀しかった。若い死をただ見つめるだけで、何もできなかった自分が、とても辛かった。
 同じことを、涙で見送った自衛隊員の家族に味合わせたくない。若い死を、ぼくは見たくない。その死に泣き崩れる家族の姿を、ぼくは絶対に見たくない。

 22日早朝、福島や宮城で、また大きな地震があった。
 東京でも、かなり揺れた。寝ていたぼくは飛び起きた。カミさんが2階の寝室から駆け下りて、テレビをつけた。「東北地方で地震」と聞いて、即座にカミさんの発した言葉が「原発は大丈夫?」だった。
 案の定、福島第二原発3号機の使用済み核燃料プールの冷却が、この地震によって停止したとの報。ここには2500体以上の核燃料が保管されている。この冷却停止状態が続けば、どんなことになるのか。背筋が冷える。
 幸運なことに大事には至らず、約1時間半後に冷却再開との続報。
 しかし、少し大きな地震が起きるたびに原発の心配をしなければならない国っておかしいと、なぜ素直に思えないのだろう?

 日本列島は別名「災害列島」でもある。
 自衛隊とは読んで字のごとく、自らを衛る(まもる)隊(組織)なのだ。災害列島であれば、この国に住む人々を衛る任務こそ、何よりも優先されるべきものだ。遠く1万キロ以上も離れた異国のカオスの中に、わけの分からぬ任務を付与されて赴くよりも、自国の住民たちの安全を確保する任務に邁進するべきではないか。

 異国での若い死は、なんとしてでも避けるべきだ。
 危険な異国での、ストレスの激しい任務を終えた若い自衛隊員の帰国後の自死は、異常なほどの高率だという。もし今回、幸運にも何事もなく南スーダンから帰国できたとしても、その後の心の危険度は高いままだ。

 ぼくは、もう若い死を見たくない。

 

  

※コメントは承認制です。
97 もう若い死は見たくない…」 に1件のコメント

  1. 鳴井 勝敏 より:

    アメリカ海兵隊のドキュメントを観た。帰国後の海兵隊員に対し、精神ケアに関する開発はほとんどなされていないのだ。戦闘行為後の生存は、死亡よりも辛いのかもしれない。
    「すべての責任は、私にある」。責任があると責任を採るとは違う。責任を採るとは聞いたことがない。       「戦闘ではなく衝突」「玉砕ではなく撤退」。良く似ているではないか。事実を直視できない日本人の体質なのだろうか。言葉の軽さは人間の軽さ。安倍氏始め、周りの面々も甲乙付けがたい。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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