風塵だより

 歴史に「もし」は許されない。それを承知で言うのだが、もし、あのとき……だったら、と想像することがある。例えば、2011年3月11日、もしあのとき自民党政権だったなら……と。

 先日、映画『太陽の蓋』を観た。あの未曾有の大災害のとき、民主党・菅直人首相官邸で何が起きていたかを描いた作品だ。
 ある人がこの映画について「菅首相をまるでヒーローのように描いているのが興ざめだった」という感想を述べていたが、そういう見方ができないわけじゃない。
 しかし、あのとき原発事故関連の情報が、ほとんど官邸に上がってこなかったのは、その後の調査でもはっきりしている。情報がない中では、いかに権力中枢の官邸であっても右往左往せざるを得ない。肝心の情報がないのだから、怒鳴り合うしか術はない。これはまさに、菅首相が怒鳴る映画である。
 
 ではなぜ、情報が途絶したのか? それは、東京電力という、当時、絶対的な力を持っていた巨大企業の傲慢さと、それに癒着していた経産省などの官僚機構の思い上がりのせいではなかったか。
 「よけいなことは知らなくていい。我々専門家に任せておけばいい」という彼らの意識。
 ところが、その専門家集団は、実は他人任せ。専門知識は細分化され、自分がかかわった部分以外についてはほとんど無知。だから、全体像を把握できる「ほんとうの専門家」などはいなかったのだ。映画では、内閣府原子力安全委員長だったあの班目春樹氏らしき人物が、原子炉爆発の報に「あちゃー!」と頭を抱えてうずくまるシーンも出てくる。
 連日開かれていた記者会見で、まともに質問に答えられる専門家はほとんどいなかった。「メルトダウン」を口にした担当者はすぐに更迭された。まさに情報隠蔽の典型例。「僕は東大経済学部の出身なので、詳しいことは分からない」と開き直った保安院の幹部もいた。
 そんな中で、菅首相は自らヘリで原発事故の現場へ飛び、情報を出さないことに苛立って(菅氏はすぐに怒るので「イラ菅」と呼ばれていた)、東京電力本店へ自ら乗り込む。
 映画はこんなストーリーだが、それは多分、かなり事実に近い流れだったと思う。これが菅首相への批判の嵐の原因になったのだが、あのとき、民主党内閣はほかに何ができただろうか?

 そこで、「もし」である。あのとき、もし自民党政権だったら、原発はどうなっていただろうか?

 原発事故への対応は、もっと的確にできたか?
 原子炉爆発は予測できなかったのか?
 原子炉冷却のための注水はスムーズに進んだか?
 バッテリー不足で電源回復できなかったという事態は防げたか?
 原子炉爆発を防ぐためのベントはできたか?
 原子炉爆発の連鎖は想定していたか?
 東京電力からの情報はきちんと届いたか?
 メルトダウンを正しく発表したか?
 4号機プールの危険性を認識していたか?
 専門家会議は機能したか?
 原発所員たちの撤退を巡るゴタゴタは防げたか?
 津波想定を握りつぶした責任は?

 もっとたくさんの「?」があるだろう。だが、上記のどれひとつでも、自民党内閣だったら解決できただろうか。とてもそうは思えない。それまで「原発安全神話」を振りまいてきた当の自民党が、的確な対応策を持っていたとは、考えられないのだ。今の自民党と同じように、何が起きても責任を誰かに押しつけて、逃げの一手だったのではないか。
 当時の状況の中で実際に巻き起こったのは、凄まじいまでの菅首相バッシングだった。それは、菅内閣全体と民主党を巻き込んで、まるで巨大なストームのように全マスメディアを席巻した。

 思い起こしてほしい。
 例えば、菅首相が独断で注水中断を指示したとして、一部のメディアが激しい批判。それは後にデマだと分かった。そして、デマを振りまいたひとりが、なんと安倍晋三氏であったという事実。
 また、次の野田佳彦内閣の鉢呂吉雄経産相が、原発周辺の市町村を視察して「人っ子ひとりいない、まるで死の街だ」と語ったことが不謹慎だと、異常なほどの批判を受け、退陣に追い込まれた。だれもいなくなった街を「ゴーストタウン」「死の街」と呼ぶのはありふれた表現。なぜそれが不謹慎なのか、今となってはほとんど意味が分からない。意味がよく分からないほどに、あのころのマスメディアの狂乱ぶりはひどいものだった。
 菅首相を叩き民主党内閣を批判し、さらに民主党そのものをバッシングすることが、なぜかマスメディアの仕事みたいな状況になっていたのだ。

 当時の自民党内部に、原発の専門家がいたとも思えない。だとすれば、もしあのとき、自民党政権だったとしても、結局はあの映画と同じように、官邸は右往左往の蜂の巣状態だったろう。
 だが、ひとつだけ違うことがあったかもしれない。それは、あれほどの政権批判は起きなかったのではないか、ということだ。

 自民党から民主党へ政権交代したのは2009年。それは、自民党政治の金権腐敗に憤った有権者の反乱ともいうべき民主党の地滑り的大勝利だった。なにしろ、1党としては戦後最多の308議席を獲得しての政権交代だったのだ。
 しかし、慣れない政権運営に、民主党鳩山由紀夫政権は四苦八苦。特に、沖縄の米軍基地をめぐる迷走ぶりは目に余った。ぼくも強く批判した憶えがある。ところが後に鳩山氏が語ったところによれば、外務省から官邸への情報は、まさに隠蔽と歪曲。鳩山氏の判断を、結果的には大きく誤まらせることになった。
 アメリカの意向を伺うことが外交だと信じ込んでいる外務省の幹部たちは、沖縄米軍基地の移設など、絶対に認めるわけにはいかなかった。「普天間飛行場は海外へ。最低でも県外」と述べた鳩山氏だったが、やがて外務官僚の教化(?)によって「学べば学ぶほど、米軍基地の県外移設は困難だということが分かった」と後退し、ついに普天間飛行場の「辺野古移設」を認めてしまう。政治の官僚支配である。
 それが長い間、自民党政権にベッタリと寄り添ってきた官僚たちのやり方だったのだ。あの狂乱怒涛の菅首相バッシング報道は、そんな官僚たちが仕掛けたものだったのではないか。

 官僚機構とマスメディアの癒着は、自民党時代にほぼ完成していた。つまり官僚たちは、いずれ自民党が復活すると考え、民主党政権には面従腹背、表面的には従うふりをしつつ、腹の中では舌を出していた。政権馴れしていない民主党は、官僚機構とその裏にいる自民党に手もなく捻られたわけだ。
 あのときの民主党に対する「だらしない」「任せておけない」「何も決められない」「無責任」「お坊ちゃま集団」「国の方向を歪める」などというマスメディアによる批判が、今も多くの有権者に強烈に刷り込まれている。それらの情報の出どころは、多くが中央官庁だったのだ。

 安倍内閣の支持率は、依然として50%を上回って高止まりしていると、各マスメディアの「世論調査」は伝えている。だが個別の項目を見てみると、決して安倍内閣の政策が支持されているわけではないことがよく分かる。

 秘密保護法には反対が多く、
 安保関連法にも反対が多く、
 憲法「9条」改定にも反対が多く、
 原発再稼働路線にも反対が多く、
 アベノミクスは崩壊し、
 日銀の金融の異次元緩和路線は失敗し、
 物価の2%上昇は実現せず、
 景気は上向かず、
 そのために消費税10%を先送りし、
 TPPはトランプ氏によって崩壊したにもかかわらず強行採決し、
 反対の多い原発輸出や武器輸出を解禁し、
 それらを成長戦略の柱と位置づけ、
 沖縄では何度選挙で負けても米軍基地強化を推進し、
 辺野古や高江の反対運動を力で圧殺し、
 駆けつけ警護では自衛隊員の命を危険にさらし、
 安倍構想の中国包囲網は霧散し、
 フィリピンのドゥテルテ大統領にははしごを外され、
 トランプ氏にいち早くご機嫌伺いに駆けつけて失笑され、
 外交の失敗を各国へのカネのばら撒きで覆い隠そうとし、
 反対多数のカジノ解禁を強引に推し進め、
 年金法案にも反対多数で、
 にもかかわらず国会では強行採決を繰り返す……

 これらが、現在の安倍政権の動向なのだが、支持率は依然高止まり。だが、世論調査で面白いのは、安倍内閣支持の理由のトップが常に「ほかによさそうな人がいないから」「ほかに任せられる党がないから」であることだ。
 ここが、あのころの民主党政権と違うところなのだ。徹底的な官僚(省庁)の抵抗にあって、ろくに政策(例えば「コンクリートから人へ」)を実行できずに崩壊した民主党政権の残滓が、マスメディアによって、いまも有権者の頭に刷り込まれたままだからだ。

 最近の国会議員選挙での自民党の得票数は、まるで増えてはいない。にもかかわらず圧勝する。なぜか? 単純な計算だ。
 かつて民主党へ投票した約3千万人(2009年衆院選)のうち、2千万人もが投票所へ足を運ばなくなったからだ(2012年衆院選)。自民党が勝っているのではない。野党がコケているのだ。
 その大きな原因のひとつが「民進党(民主)はだらしない。信用できない。任せておけない」というマスメディアによって刷り込まれた有権者の感覚。それが今や、SNSを通じて一般にも広がってしまった。
 「アイツが悪い」と言う人に「どこが悪い?」と問い返しても、あまり大した答えは返ってこない。「じゃあ、コイツはいいの?」と訊けば「アイツよりはいい」。ほとんど中身がない。

 ぼくは、民進党の支持者ではない。民進党の蓮舫代表・野田佳彦幹事長の路線には、そうとうな拒否感がある。しかしそれ以上に、現在の安倍政権にはまったく賛成できない。理由は、明確に上の項目で述べたとおりだ。
 またしても1月解散説がささやかれている。きちんと野党共闘路線を構築して、安倍政権へ一矢報いなければ、と思う。

 と、ここまで書いてきたとき(12月13日)、参院内閣委員会で「カジノ法案」が自民や維新の賛成多数で可決されたとの報が入ってきた。ん?
 民進党の難波奨二議員が委員長を務める委員会だから、徹底的に抵抗するものと思っていたのだが、自民の修正案を受け入れて、あっさり採決に同意してしまったのだ。なんだ、こりゃ?
 蓮舫代表は「廃案に追い込む」と言っていたはずではなかったか。こんな、カネまみれの法案の採決を容認してしまうとは、いったいどういう野党なのだろう。民進党内には「IR推進議連」に属している議員が34人もいるという。だから、こんなみっともない結果になったのか。

 民進党は、もう分裂したほうがいい。そう思うしかない……。 

 

 

  

※コメントは承認制です。
100高止まりする安倍内閣支持率の謎」 に4件のコメント

  1. 樋口 隆史 より:

    もはや内閣支持率とやらもかつての大本営発表と同じと思っています。カジノ法案が通って、これからはパチンコと公営賭博だけではなくなるわけです。わたしはあまりそういうことには詳しくないものの、カジノの運営とシステムについては国際的に凄まじいノウハウと力を持った集団があちこちに存在するらしい。それらが日本にやってくる。とにかく悪いことが起きないように願うだけです。

  2. なると より:

    今の民進党を見て「なんだ、こりゃ?」と思うことはあるのに、かつての民主党政権については「官僚に妨害された」という発言をそのまま鵜呑みにしてしまう、鈴木氏のその純粋さがむしろわかりません。

  3. より:

    民主党政権・民進党の戦略どちらにも強いアレルギーがあるのは、私も多くの国民と同じ。でも、だからといって自民、特に安倍政権には、もやもやが消えない。この記事は少しもやもやを晴らしてくれましたが・・・

  4. 鳴井 勝敏 より:

    >あの狂乱怒涛の菅首相バッシング報道は、そんな官僚たちが仕掛けたものだったのではないか。
    彼等には憲法99条(憲法尊重擁護義務)に優先する行動基準があるようだ。外部からの指摘や批判に晒されることが少ない彼等。時流に媚び、自己保身に長け、上司におもねる風土。加えて、マウンティング根性がとても醸成し易い環境である。憲法を読むことも学習することも、その必要性を全く感じさせないのではないだろうか。だとすれば、既述の指摘は十分に考えられる。
    > 世論調査で面白いのは、安倍内閣支持の理由のトップが常に「ほかによさそうな人がいないから」「ほかに任せられる党がないから」であることだ。
     老若男女問わず今まで何度耳したことか。これからも続く様相だ。憲法破壊を目指す自民党。その先の光景を想像できないほど国民は疲弊しているのだろうか。そんな中、目が離せないのはマスメディアの動向だ。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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