風塵だより

 水木しげる先生の「ゲゲゲの鬼太郎」は、最初は「墓場の鬼太郎」だったと思う。主人公が妖怪なんだから、墓場がよく似合う。
 ぼくは妖怪じゃないけれど、けっこう墓場が好き。まあ、墓場というのはあまり気持ちいい言葉じゃないから、墓地とか霊園と言い直そう。
 ぼくは東京の西の多摩地区、府中市というところに住んでいる。この街の名所(?)のひとつが「多磨霊園」である。

 府中って妙な街で、他に有名なところといえば、東京競馬場、多摩川競艇場、府中刑務所、旧関東村(旧米軍基地)、府中自衛隊基地、それに大國魂(おおくにたま)神社…など。墓地に公営ギャンブル場に刑務所に旧米軍基地に大きな神社…。かなり不思議な街だよね、お国自慢じゃないけれど(笑)。
 でもまあ、とても緑の濃い街だし、大きな公園が多い。多摩川も近いので散歩コースには事欠かない。ぼくは、わりと気に入っている。
 ただし、最近は府中駅周辺の凄まじい再開発で、中心部はもうメチャクチャ。やたらと巨大ビルの林立する味気ない街になってしまった。だから、その辺りには、ぼくは滅多に行かない。
 あとは、ユーミンの歌『中央フリーウェイ』に出てくるサントリービール工場。それに東芝工場。
 このふたつの企業が持つ「東芝ブレイブルーパス」と「サントリーサンゴリアス」という、ラグビーの強豪チームの街でもある。今シーズンはサントリーが絶好調で、古豪の東芝はなぜか絶不調。それでも、来年の1月7日に味の素スタジアム(ここは調布市だけれど)で行われる府中ダービー「サントリー vs. 東芝」を、ぼくは必ず観戦に行く。

 とまあ、どうでもいい前置きだけれど、ぼくの散歩コースのひとつが、この多磨霊園なのである。
 静かだ。盆か彼岸でもなければ、いつだってひっそりしている。たまに流れてくるお線香の匂いが、なんだか懐かしい。気分が落ち込んでいるときは、ここを散歩するのがいちばんだ。ダウン気味の人にはピッタリの場所ともいえる。なにしろ墓地だもの。
 しかし、ここは知る人ぞ知る桜の名所で、枝垂れ桜の道は、季節には花見客でけっこうにぎわう。墓場だから、酒を飲んで浮かれ騒ぐ連中はいないし、静かに花を愛でる人たちがそぞろ歩いているだけという、なかなか“いい感じ”の名所なのである。
 秋は紅葉。真っ赤な葉々がハラハラと風に舞いながら散る様は、まるで一幅の絵のようで、これも知る人ぞ知る…のである。
 正門から入って間もなくの右手には「外人墓地」もある。横浜の、歌に歌われたような観光名所とは違い、ひっそりと薄暗い。よく見ていくと、中国や朝鮮韓国の人たち、それにどうも中近東やトルコ系(?)の人たちのものらしい墓が並んでいる。
 もう知っている人もほとんどいないだろうけれど、日本における外国人タレントの草分けのようなロイ・ジェームスなんて人の墓もあった。
 異国の死。もう詣でる人もいないのか、草ぼうぼうの荒れ果てた墓が、他よりも目につく。ここには淋しい風が吹いている。

 多磨霊園は1923年(大正12年)に造営された公園墓地だということもあり、軍人や明治元勲の墓が多いのが特徴のひとつだ。
 たとえば「名誉墓域」というメインストリートに並んで鎮座している東郷平八郎と山本五十六の超有名軍人の墓は巨大で、他を睥睨し圧倒している。他にも将軍や首相、大臣など、立派な墓が目立つ。西園寺公望や高橋是清なども眠っている。
 でも歩いてみると、軍曹だとか二等兵など下士官や兵卒の小さな墓もたくさんある。死んでからも、階級は厳然としてあるのだな…と、なんだか切ない気持ちにもなったりもする。

 墓地の散歩は異界への扉。
 時折、知った名前の過去の有名人に出会う。そういえば、ぼくが好きだった三島由紀夫の墓もここだ。かなり前だが、熱狂的な三島信奉者(?)が彼の墓を暴いて骨を盗み出した、なんて事件もあったな。
 様々な墓の中でぼくがいちばん好きなのは、北原白秋の墓標。すっきりした明朝体の字体がなかなかのセンス。さすが詩人。

 この霊園の西側には、浅間山(せんげんやま)という小高い丘のような山がある。府中市でいちばんの高地だというが、せいぜい数十メートル。この街は、わりと平べったい土地なのだ。
 浅間山は雑木林がうまい具合に残されていて、ちょっとした「野鳥の天国」である。季節のいい折には、大勢の野鳥マニアたちが高性能のでっかいカメラを担いで、浅間山の野鳥ポイントに集結している。
 霊園にも、野鳥たちがたくさん飛んでくる。ぼくがこれまでに確認したものだけでも、コゲラ、シジュウカラ、シメ、ムクドリ、ツグミ、ヒヨドリ、エナガ、メジロ、ガビチョウ、モズ、ジョウビタキ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ、オナガ、ワカケホンセイインコ(これは外来種が野鳥化したもの)などなど。おっと、カラスとスズメを忘れていた…。
 小さな双眼鏡を持って、こんな鳥たちの姿を追いながら散歩するのもけっこう楽しい。

 人それぞれに性格があるように、墓にも“墓格”があるようだ。生前のその人が偲ばれるような雰囲気の墓もあるし「墓は家である」と個人よりも家格を重んじた厳めしいものもある。
 でも、たまには「こんなところだったら、眠ってもいいな」と思えるような、静かで優雅な墓も見つかるからおもしろい。

 墓は、もしかしたら別世界への渡し船なのかもしれない。
 それに乗って、我等はいつか空の海を渡る。
 輪廻転生。
 別世界で、ぼくは生まれ変わるのか。

 だけど、生まれ変わりたいと思える世の中が、はたしてぼくを待っているのだろうか?
 毎日新聞(12月19日付)に、ぼくがかつて大好きだったシンガーのインタビュー記事が載っていた。山崎ハコさん。その末尾で、ハコさんは次のように言っていた…。

…生まれ変わったら、女がいいか男がいいかと聞かれます。私は決めています。もう生まれてこないと。人生をめいっぱい、思い残さずに生きたいから。(略)反省はしても、責めないように。生きていることを楽しみたいです。

 そんなふうに生きられたら素敵だと思う。
 ぼくは、もうそれほど長くは生きていないだろう。平和で静かな世の中が来ればそれでいい。でも、多分、そんな世の中は当分やって来そうもないから、ぼくも、もう生まれてこなくていいや。

 オスプレイが傍若無人に飛び回るのを再開した、というニュースを読みながら、なんとなくこんなことを思っている午後…。
 ああ、ぼくにとってとても嫌な年だった2016年が、もうすぐ終わる。

 ところで、話はまったく変わるけれど、山崎ハコさんの『きょうだい心中』は、日本の音楽史に残る傑作だと、ぼくは個人的に思っている。

 

  

※コメントは承認制です。
101この船に乗って、我等はいつか空の海を渡る」 に6件のコメント

  1. 鳴井 勝敏 より:

    人類の為に、地球単位で思考できる人物が育つ土壌が日本にできないものか。隠れ支援者で十分だ。教育改革なくして社会の発展はない、という発想が生まれないものか。子どもの今喜ぶ顔ではなく、将来喜ぶ顔を見る。そんな教育が家庭、学校でできないものか。人と同じことをして恥ずかしいと思う文化が育たないものか。    不透明軟弱な代だ。だからこそ硬派で行かなければと思っています。鍛えた精神力、洞察力。来年もよろしくお願いいたします。

  2. 浅間山は、春のムサシノキスゲとキンランの咲く頃がいいですよね。多摩霊園は最近木を刈り過ぎ。たまには多摩川渡ってうちの多摩市の方にも来て下さい。聖蹟記念館から多摩よこやまの道を全部歩くといい運動になります。あと百草園の七生丘陵ハイキングコースなんかもお勧め。

  3. あじまー より:

    多磨霊園には遺骨こそありませんが、沖縄知事を務めた島田叡さんの墓もあります(合掌)

  4. 鈴木耕 より:

    はい、たまにはそちらへも脚を延ばしていますよ。桜が丘公園は、大好きな散歩コースです。けっこう起伏があって、楽しいですよね。小学校の脇の道を延々と歩くのもいいですねえ。

  5. 鈴木耕 より:

    ありがとうございます。
    探してみますね。

  6. 鈴木耕 より:

    こちらこそ、ご愛読ありがとうございます。来年もよろしく、です。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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