伊藤真のけんぽう手習い塾

戦争をたくらむ人たち

 8月は原爆投下、ポツダム宣言受諾など重大事件が多く、いやでも戦争を想起させます。原爆などの大量破壊兵器が使用される戦争では一般市民の犠牲者が圧倒的に多く、軍隊によって市民を守ろうとすることがいかに非現実的であるかよくわかります。
 私にとっては核兵器の使用など絶対にあってはならないことなのですが、核保有国にとっては現実の選択肢の一つとして議論の対象とされます。今、アメリカ国民はガソリン代や食材の高騰、銀行の倒産などの経済不安とともにイランとの戦争が始まるのではないかという不安にも怯えている人が少なからずいるようです。
 ネオコンといわれる人々がイランにどう攻撃させようか、戦争のきっかけ作りにやっきになっているという話が聞こえてきたり、いやペンタゴンは反対だからそれはないだろうとか、仮にオバマが大統領になってもイラン戦争を回避できないように仕向けていくはずだとか物騒な話題をよく耳にします。
 イラクとアフガニスタンで疲弊しているアメリカはイランと戦争をする余力などないと思われるのですが、それでも戦争を続けさせたい勢力があるのでしょう。イラン戦争が現実的なものとしてよく議論の対象になっています。
 軍事力による紛争解決が無力であることを世界に見せつけたイラク戦争ですが、必ずしも豊かな強国ではないイラクすらアメリカは適切にコントロールできませんでした。ここで通常ならば、軍事力の無力さを学ぶはずなのですが、アメリカの一部の人たちはそうではないようです。
 アフガニスタンとイラクの戦争で多くのアメリカ軍兵士が死亡し、軍人のなり手がいないなら、日本に協力してもらおう。日本の自衛隊に国際貢献の名の下でイラク戦争と同様にイランでも兵士や武器の輸送を担ってもらおうと考えます。そして、その要望を日本に押しつけ、それに応えるために日本では、自衛隊海外派兵恒久法の制定によって万全の準備を整えておこうとするのです。

イラクへの自衛隊派兵の実態

 国際貢献の名の下で行われているイラクへの自衛隊派兵はけっして人道支援ではありません。イラクの罪もない民間人を大量に虐殺する兵士を輸送し、戦争に加担していたことは、2008年4月17日の名古屋高裁イラク派兵違憲判決の中で詳細に事実認定されているところです。
 判決文の中では、ファルージャ掃討作戦について、「クラスター爆弾ならびに国際的に使用が禁止されているナパーム弾、マスタードガス及び神経ガス等の化学兵器を使用して、大規模な掃討作戦が実施された。残虐兵器といわれる白リン弾が使用されたともいわれる。」と表現しています。わざわざ、「国際的に使用が禁止されている」とか「残虐兵器」という言葉を使って、その実態を暴いています。
 そして「航空自衛隊は、・・・現在に至るまで、アメリカが空挺隊員輸送用に開発したC-130H輸送機3機により、週4回から5回、定期的にアリ・アルサレム空港(クェートの空港です)からバクダッド空港へ武装した多国籍軍の兵員を輸送していること、これは陸上自衛隊のサマワ撤退を機にアメリカからの要請でなされたものであり、アメリカ軍はこの輸送時期と重なる平成18年8月ころにバクダッドにアメリカ兵を増派し、同年末ころから、バクダッドにおける掃討作戦を一層強化している」と指摘し、まさに「多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っている」と認定しました。そして、これを「自らも武力の行使を行ったと評価を受けざるを得ない行動である」と断定しています。
 それにしても、ここでもわざわざ「アメリカが空挺隊員輸送用に開発したC-130H輸送機」、「アメリカからの要請でなされたもの」(別の箇所ではアメリカからの強い要請といっています。)という表現を用いて、いかに日本とアメリカが軍事的に一体化しているかを強調し、日本がこの戦争の加害者として加担しているという明白な事実を私たちに突きつけています。
 ひとたびイラン戦争が始まったら、イラクすらコントロールできなかったアメリカは、イラクのとき以上の協力を日本に求めてくると思われます。これはなんとしても阻止しなければなりません。自衛隊派兵恒久法制定を絶対に許してはなりません。

核拡散か核廃絶か

 ですが、それ以上に懸念されることは、核の使用です。イラク、アフガニスタンでは軍事力によって解決できなかった。軍事力は無力なのだから対話の道を選ぼうとするのが分別ある人間の選択だと思うのですが、そうではなく、逆に通常兵器が無力なら核を使おうと考える人たちがいるというのです。
 NPT(核拡散防止条約)が機能しなくなると、オイルマネーを潤沢に使えるアラブ諸国がこぞって核開発をはじめ、世界は一気に核を含む軍拡競争へと暴走してしまいます。中国やロシアがアメリカに核放棄や軍縮を提案しても、説得力がありませんが、日本は被爆国として、9条を持つ国として、大きな発言力があるはずです。
 2005年のNPT再検討会議では残念ながら合意形成に失敗し具体的な成果が得られませんでした。2010年の議定書採択に向けて、国際社会は今、誰でも核を持てる世界にしてしまうのか、核廃絶の世界へ向かうのかの岐路に立っています。原爆に代表される大量破壊兵器を使わせない、戦争のない平和な世界を築くために日本にできることはまだまだあるはずです。
 先日、米原子力潜水艦の放射能漏れの情報が数ヶ月たってやっと外務省に入り、さらに外相はCNNの報道で事実を知ったといいます。横須賀への原子力空母配備に反対する住民運動が高まりを見せているこのタイミングでのこうした対応は、あまりにも国民を愚弄にしています。日本はこうした情報にもっと敏感でなければなりません。
 低炭素化政策に名を借りた原子力発電推進キャンペーンや、原子力空母の安全性への無頓着さ、そして国連での核廃絶への消極姿勢は、米国盲従の姿勢として何か共通するものを感じます。
 アメリカに追従して、戦争に加害者として加担するのではなく、このあたりで本気で核廃絶に向けての行動を起こさないと日本の存在意義はますます薄れてしまうでしょう。原爆の日は単に被害者を悼むだけの日ではないはずです。
 まずは、現在、加害者として加担しているイラク、アフガニスタンの戦争から一日でも早く、自衛隊を撤退させることです。そして、イラン戦争を引き起こさせないように外交努力を尽くし、核兵器廃絶に向けたイニシアティブをとっていくことが、被爆国としての日本の責任です。
 名古屋高裁の違憲判決によって、ボールは国民の側に投げ返されました。いつも言っているように司法判断をどう受け止め、どう尊重するかは、政治部門そして国民の責任です。幸い私たちには選挙権という強力な手段があります。戦争と平和、そして核廃絶を考えさせられるこの時期だからこそ、私たちができることは何かを考え、政治家がどのような発言をし、どう行動するかをしっかりと監視しなければなりません。

 

  

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伊藤真

伊藤真(いとう まこと): 伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。近著に『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)がある。

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