伊藤真のけんぽう手習い塾

沖縄で考えたこと

 先週は伊藤塾のスタディツアーで塾生を連れて沖縄に行っていました。今年のテーマは沖縄戦と「集団自決」です。教科書検定における軍命削除問題を実際に現地で見て聞いて感じて考えようというものです。
 憲法を学習する際に避けて通れない論点のひとつに教科書検定問題があります。3次にわたる家永訴訟は、表現の自由や教育権の所在が重要論点ですが、9条との関係も深いテーマです。一度このマガジン9条でもしっかり検討しなければいけないと思っています。
 今回の軍命削除問題も、「軍隊は国民を守らない」という真実を実証している歴史的事実を教育現場で子どもたちに教えたくないという意図が感じられます。世界大戦において民間人を巻き込んだ最後の地上戦を経験した沖縄から見る9条や安保条約は本土から見るものとはまったく違っています。
 国の側、権力を持つ者の側、多数者の側から見るのではなく、個人の側、民衆の側、少数者の側から9条や憲法を見直すと改めてその意義が明確になるものです。

武力による自衛、の意味するもの

 さて、それでは前回まで整理してきた論点について検討していきましょう。 まず「武力による自衛」が目的に適合するように機能するための前提条件を憲法の観点から考えてみることにします。
「武力による自衛」か「非暴力による抵抗」かという問題提起の際には、「武力による自衛」という言葉を、自衛隊のような武力組織と米軍のような通常の軍隊の双方を含む概念として使っています。
 したがって、もう少し丁寧な問題提起をするなら、国外からの攻撃から国民の生命・財産を守るという目的のためには、手段として、1.「軍隊による自衛」(9条改憲により自衛軍を持つ)、2.「自衛隊による自衛」(現状維持)、3.「非暴力による抵抗」(自衛隊改組をめざす)のいずれを選択するべきなのか、という方が正確です。
 もちろん、現行憲法を前提にした場合は2.か3.という選択になります。さらに改憲を視野に入れると、1.も選択肢に入ってきます。ここでは、まず、改憲派が主張する1.軍隊による自衛つまり、9条2項を削除して自衛軍を持つという方法が立憲主義的にみて機能する前提条件を考えてみます。要するにどのような条件が整えば、軍隊を正しくコントロールして国民の生命・財産を守るという目的に適合する組織として維持できるのかということです。また、軍隊を持った場合に決断しなければならない、いくつかの論点も指摘していくことにしましょう。
 自衛軍という軍隊が、国家という組織ではなく、国民の生命と財産を守るものとして機能するためには、まず、軍隊の目的を軍事の常識とは異なるものとして規定しなければなりません。軍事の常識に従えば、軍隊は国民を守るものではなく、国家という組織を守るものとなるからです。
 右派や復古主義的改憲派も天皇制や日本の伝統文化を守るために軍隊を持つべきだと考えているようです。国民が命を投げ出しても守るものがあるのだ。そうした個人を超えた価値を守るために軍隊があるという考えがあることは認めますが、憲法の個人の尊重(13条)という基本原理に反します。
 憲法の根本の価値観を個人よりも国家優先にする自民党の新憲法草案のような前提に立てば、こうした目的の軍隊もあり得るのでしょうが、個人の尊重という価値観そのものを否定する考えを前提にすることはできません。あくまでも一人一人が幸せになることが大切だという個人の尊重を前提に考えるとすると、軍隊の目的もあくまでも国民を守るものになります。天皇や国家ではなく、国民を守るものだという目的を改憲派の中で合意できるものなのでしょうか。
 この前提が確保できないのであれば、国民を守るための軍隊というまやかしの表現は使ってほしくありません。はっきりといざというときには国民を犠牲にしてまでも国家を守るための組織だと明確に国民に説明するべきです。その上で国民の賛成を得て、改憲するのが筋でしょう。
 国民が自分たちを犠牲にしてまでも軍隊によって国家を守ることができればそれでよいと考えて改憲に賛成したのであれば、少なくともその軍隊は民主的正当性を持つことになります。まずはこうした軍隊の存立目的に関する国民への説明と納得が前提として必要となります。

文民統制が機能できるための条件

 次に、軍隊が正しくその目的適合的に機能するためには、文民統制(シビリアンコントロール)が必要となります。憲法に文民統制が規定されて初めて、憲法によって軍事力を統制することが可能となります。軍隊という最も人権侵害の危険の高い行政組織を正しく機能させるためには、軍隊の行動自体を軍人以外の文民のコントロールの下におかなければなりません。
 では、文民統制が機能するための条件は何でしょうか。第1にコントロールする側の文民が正しい情報を得ることができることが必要です。第2に文民が得た情報に基づいて正しい判断ができる能力を持っていることが必要です。第3にその判断が正しかったかを検証することができることも必要です。
 さて、こうした前提は今の日本の政治家や官僚に期待できるものでしょうか。防衛省の一連の不祥事を差し引いたとしても、そもそも軍人以上の専門知識を文民が持つことは不可能だと思われます。能力や適正の問題もさることながら、必ず、防衛秘密であるとか、同盟国を危険にさらすなどの理由をつけて軍隊に都合のよいように情報が操作されます。
 たとえ軍隊に悪意がなくとも、防衛に関する情報をすべて公開してしまったら安全保障の体をなさないのは確かです。防衛に関する情報はそもそも民主的判断に必要だからという理由ですべて開示することが不可能な情報なのです。こうした限られた情報で的確な判断が可能でしょうか。
 少なくともドイツの軍隊のように議会に徹底した統制権を与え、通常ならば軍事機密として公開されないような事項でも、議会を非公開にして議論によって対応することが必要です。核ミサイルが飛んでくるような緊急事態でもミニ議会を開いて議決するというくらいの徹底した民主的統制を貫徹することが、議会制民主主義が未成熟な日本で可能かどうかをしっかりと検証しなければなりません。
 元陸上自衛隊イラク先遣隊長の佐藤正久参院議員が、派遣先のイラクで味方の他国軍隊が攻撃を受けた場合、情報収集を行うという名目で駆けつけ、戦闘に巻き込まれる形を作って応戦する考えだったことを明らかにしています。
 これは単なる個人的な感想にすぎませんが、この発言と同様に、いざ自衛権を行使しようとするときには、国会の事前承認など得てからでは遅いと現場が判断して、独自の行動に出てしまう危険性が高いように思えてなりません。使命感に燃えている軍人であればあるほど、議会の承認など待っていられないといってミサイルのボタンを押してしまう危険性があります。だからといって、あらかじめ現場の判断にゆだねてしまったのでは文民統制ではなくなります。
 そして、文民統制をする文民の側も、入手した情報に基づいて、本当に国民の生命、財産を第一に考えて正しい判断をするという保障はありません。国益という名の下にアメリカの利益を第一に考えてしまったり、多額の政治献金をしてくれる軍需産業や、天下り先の利益を優先してしまったりする可能性をゼロに近づけるための制度的担保を構築しなければなりません。しかし、それが可能でしょうか。
 元軍人には専門知識があるからといって、政治家になって文民統制の担い手になったのでは、官僚の天下りと同じ失敗を引き起こすことになりますから、軍人出身者はいっさい政治家になれないという規制は厳格に守られなければなりません。自衛官出身者が堂々と国会議員になってしまうような感性をもっている日本で、こうした厳格な文民統制が可能かも疑問です。

軍縮を前提に軍隊を持つ困難

 次に軍縮を可能とする前提を確保できることが必要と考えます。自衛軍はあくまでも国民の生命財産を守ることを目的にするのですから、そのために必要な軍事組織に限定するべきです。つまり、たとえ軍隊を持ったとしても常に軍縮の方向へのベクトルはもっておくべきなのです。
 いくら自衛権を行使するための軍隊を保有したとしても、世界の平和的安定や戦争のリスクを最小限にしていくための努力を日本は率先してするべきだからです。ところが、軍事組織というものは放っておくと、自己増殖を始め、軍需産業と癒着する傾向を持ちます。
 軍隊を持ったとしても自衛のため必要最小限のものに限り、かつ軍縮の方向へ向かうための仕組みをあらかじめ憲法の中に取り込んでおくことはかなり困難なことではないでしょうか。自衛のためなら核まで持てるという政府解釈を許さないような歯止めが必要です。こうした解釈を許してしまうようでは、憲法がなんの歯止めにもならないからです。
次回も引き続き、軍隊を民主的にコントロールするための条件を検証していきます。

 

  

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伊藤真

伊藤真(いとう まこと): 伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。近著に『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)がある。

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