世界から見た今のニッポン

 21世紀に入ってすでに十数年が経った現在、ドイツは経済的にも、政治的にも欧州を牽引する存在となった。経済破綻したギリシャをはじめ、経済情勢が厳しい国々は、財政規律を求めるドイツ、さらには中東や北アフリカからの難民の受け入れに積極的な姿勢をみせるドイツに反発している。
 フランスの哲学者、エマニュエル・トッドは、著書『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』などで、ドイツの覇権主義に警鐘を鳴らしている。難民政策を巡っては米国のトランプ大統領との間で不協和音が聞こえる。英国がEU離脱を決めたのは、「EUのなかのドイツ」が「ドイツのEU」になってしまったという選挙民(とりわけ高齢者層)の見方があるといわれている。
 本当にそうなのか? メディアによる報道に接するたびに疑問に思っていた昨年夏、ディミトリ(ディマ)・コンゼヴィッチから連絡があった。
 彼に会うのは7年ぶりだった。日本で政権交代が起こった2009年の夏、インターンシップで来日したディマは、日本の選挙戦をつぶさに観察し、その内容を「第51回 世界から見た今のニッポン 日本とドイツ――新しい政治潮流の予兆」にまとめてくれた。
 その後、日本では東日本大震災が発生。福島第一原子力発電所が重大事故を起こし、政権は再び自民党に戻った。その間、ディマはこれまで主にしていたドイツ緑の党ユースの州事務局長の職から離れ、英国の大学で経済を学んだ後、同国のシンクタンクOverseas Development Institute (ODI)の一員として、東ティモールに赴いた。2002年にインドネシアからの独立を果たした同国で、財務省の財政改革委員会の一員として働いているという彼と、いま世界各地で起こっている事柄についてざっくばらんに話し合った。

(芳地隆之)

歴史の連続性と独自性

 話は「世界中に拡散するテロ」について。対テロ戦争という言葉は、9・11の米国同時多発テロを機に語られるようになったが、私は言葉の矛盾を感じていた。というのも、特定の領土をもたない、しかも構成員が時代や状況によって変わる組織を根絶するといいながら、為政者たちのイメージは国家間戦争のそれのように聞こえるからだ。しかし、ディマは21世紀特有の現象とはみていなかった。

 「1970~1980年代に起こったテロ事件――IRA(アイルランド共和軍)、ETA(バスク祖国と自由)、PKK(クルディスタン労働者党)など――を思い出してほしい。当時からテロは深刻な問題として捉えられていた。イスラム過激派のテロについていえば、その根っこは19世紀の欧米の帝国主義に原因がある。列強によって様々な民族や宗派が混在するアラブの地域に人工的な国境線が引かれてしまった、そこに原油などの資源を巡る対立が絡んでくることで、地域間の紛争が生じてしまった。1990年代初めにフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』という本が出版されたよね。同書は『冷戦が終わり、自由と民主主義の価値観が世界を覆って、歴史が終わる』とうたった。ところが西側社会のイデオロギーが勝ったわけではなかった。つまり、いまも歴史は続いている、ということだろう」

 ただ、20世紀のテロと、現在、世界で頻発しているそれの違いは、多くの難民を生んでいる点だ。英国がEU離脱を決めたのは、難民をこれ以上受け入れたくないということが大きな理由のひとつだった。

 「現在のシリアやアフガニスタンからの難民の流入は、将来、アフリカ大陸からのそれの予兆に過ぎないかもしれない。現在の7~8億の同大陸の人口は40年後には、その2倍の14~15億人になるといわれているからね。君は『それらの国々の経済が発展していくことで、その流れは抑制できるのではないか』と期待を述べているけれど、ぼくは懐疑的だ」

なぜ国内格差が拡大するのか

 私は、『資本主義の終焉と歴史の危機』という本で述べられていたように、原油をはじめとする資源の価格が高騰し、新興国が続々とプレーヤーとして登場するなかで、アフリカが「最後のフロンティア」と呼ばれていることを想定していた。著者の水野和夫氏は、先進国の企業が安い賃金を求めて製造拠点を転じてきて、「最後のフロンティア」をもって、世界から「周辺」がなくなると書いていた。
 ディマはそれに対して「製造業の移転はこれ以上行われない」という意見だった。

 「第2次世界大戦後、アジアでは日本が経済復興を果たした後、製造業を海外に移転することで、工業化が韓国、東南アジア諸国、そして中国へと広がっていった。それに従って、日本や韓国の主要産業が繊維などの労働集約型軽工業から重工業に、さらに知識集約型へと変わっていった。製造業の移転を受け入れた途上国では雇用が生まれた。いずれ途上国もハードからソフトに経済の中心が変わっていくと予想されているけれど、たとえば中国では、経済発展によって製造業からサービス産業へと国内産業の中心がシフトしていく前に産業空洞化が起こってしまった」

 製造業のオートメーション化がさらに進んだことで、もはや安い労賃を求めて、さらなる途上国へ生産拠点を移す必要がなくなったということである。つまり製造業の移転は中国やインドでストップし、その後に続くはずだった途上国での雇用は増えず、仕事は単純労働ばかり。当然、低賃金なので、若者は未来への展望をもてないから、豊かな国への移民を考えるようになる、とディマは言うのである。
 ちなみに、『資本主義の終焉と歴史の危機』は、先進国と途上国との賃金格差が縮まっていくと同時に、国内の格差が拡大するだろうと指摘した。

 「日本やドイツにおける製造業では、オートメーションによって単純労働から人々を解放したけれど、技術がどんどんと発展していくなかで、高度な技術が求められる知的労働とそうでない労働の間での収入の差が大きくなっている。トーマス・フリードマンは2005年に書いた『フラット化する世界』で、情報通信技術の発展や中国やインドなど新興国の経済成長によって世界経済は一体化し、同等な労働条件での競争が行われる時代になると予言していた。同書には、どこかの海辺などのリゾート地にいても、パソコンがあれば仕事ができるというライフスタイルも描かれていたけれど、実際はどうだろう? ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京など、富が集中するところに人も集まるようになっていないだろうか」

 日本では東京一極集中が進んでおり、地方が疲弊している。大都市圏に本社を置く大手メーカーには地方に生産拠点を置く必要性が薄れているのであるから、構造的には都市圏と地方との格差がこれから絶望的に広まるかもしれない。

トランプとメルケルの違い

 「だから、現状のグローバリゼーションが変わらなければいないわけだ。1990年代に起こったストリートデモなどはアンチ・グローバリズムの運動だったけれども、当時は『一部の若者が道楽でやっている』というような目で見られていた。ところが、いまでは『フィナンシャル・タイムズ』が『グローバルエリートは自国の国民のことを忘れてはいけない』と書いている。英国のEU離脱に賛成票を投じた労働者階級、トランプを支持した層の多くは、自分たちが国内のエリートたちから忘れられた存在と感じていたのだろう」

 だから、日本の自動車に市場を席捲されないように輸入関税を上げろ、というトランプの主張は受け入れられたわけだ。かつてヘルムート・シュミット(旧西ドイツ首相。2016年11月に死去)が、2008年に起きたリーマンショックに関して、「危機の要因は金融に対して政治家が管理・監督を怠ってきたことにある」と批判したことがあった。
 グローバル化によって政府が果たすべき役割が限られていくことに対する不安が、ナショナリスティックな風潮を強くしているのかもしれない。トランプとメルケルはグローバル化に対して同じ問題意識をもっているが、それを解決するための処方箋として、前者がその風潮を煽り、自国の利益中心に進めるのに対して、後者は、複数の国々がお互いに協議し、妥協点を探しながら解決策を探していくことを重視している。

 「今日の問題の多くは、国際間の協力によってのみ解決可能だと思う。気候変動がもっともいい例だ。1980年代の有名な考え方に『グローバルに考え、ローカルに動く』というものがあったことを覚えてる? それがいま、より求められているんじゃないかな」

ドイツの難民政策の根底にあるもの

 ドイツが積極的に難民を受け入れている一番の理由は、労働力の確保だという論調もあるが、ディマの答えは明確だった。

 「ぼくは人道的、そして歴史的な理由によると考えている。ナチスが政権を奪取してから、多くのユダヤ人や共産主義者がドイツを逃れて、主に米国へ向かった。西ドイツの元首相、ヴィリー・ブラントも戦時中はノルウェーに亡命しているし、ドイツが戦争に負けて、一部の領土を失うと、その土地に住んでいた人々が追われた。戦後ドイツの人口の4分の1は難民だったといわれる」

 その原因をつくったのはドイツ自身である、第2次世界大戦で行ったことに対する罪の意識が、現在の難民受け入れに先導的な役割を果たすドイツのベースにある、とディマは言う。彼自身が旧ソ連ウクライナのドイツ系住民として1992年にドイツに移住したこととも関係があるだろう。1990年代のドイツには旧ユーゴスラビアからの難民が流入しており、ディマが当時通っていた学校にはボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、アルバニアなど、たくさんの難民の子どもが通っていたという。
 彼と会う数日前、『朝日新聞』にハンブルク在住で日独双方の言語で小説を書いている多和田葉子さんのEUに関するコラムが掲載された(「英のEU離脱、ドイツから見えたこと」)。そのなかで彼女は、自由や民主主義がEUに豊かさをもたらしているとし、アジアにおいても同じようなことが起こってほしい、そのためには日本、中国、韓国、北朝鮮、台湾の間で歴史の検証をしなければならない、と書いていた。日本がグローバリゼーションによる問題を解決するために、アジア諸国と「お互いに協議し、妥協点を探す」しかないとすれば、どうすればいいのだろうか。

 「あるエコノミストが、グローバライゼーションで誰が得をして、誰が損をしているかを論じていた。得をしているのは全体の1%、残りの99%のうち、とくに失っているものが多いのが中間層だ。日本やドイツにおける平均給与の額は、ここ10年、上がっていないんじゃないかな。日本の若者にはストレスが溜まっているように見えるけど、不満を語るのはプライベートな空間だけ。もっとパブリックに呼びかけた方がいいと思う」

 ディマはそんなヒントを残して、勤務先の東ティモールへ帰っていった。

ディマ・コンゼヴィッチ(Dima Konsewitsch)1987年、旧ソ連ウクライナ共和国生まれ。ドイツ系住民として1992年にドイツのハノーファー市に帰還。ライプニッツ・ハノーファー大学で経済学を専攻するとともに、ドイツ緑の党・ニーダーザクセン州ユースの事務局長を務める。その後、英国の大学で経済を学び、同国のシンクタンクOverseas Development Institute (ODI)の一員として、東ティモールに赴任。同国財務省の財政改革委員会の一員として働いている。

 

  

※コメントは承認制です。
第62回21世紀はグローバルに考え、ローカルに動く時代」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    ディマさんと2009年にお会いした際は、日本とドイツの選挙のやり方の違いについて、レクチャーいただき、トークライブも一緒に行いました。それから7年。再会した彼は、エコノミストになっていました。その彼にして、ヨーロッパの難民問題について、ドイツがそれを受け入れているのは、経済のためではなく、過去の歴史がそうさせているのだと、きっぱり。ドイツの信念がそこにある、と感じました。

  2. 多賀恭一 より:

    株式市場での投資は、既に人工知能に支配されている。
    どの会社を繁栄させ、どの会社を倒産させるのかは人工知能が決めている。
    今後は、人工知能による人事システムを採用する企業が繁栄するだろう。
    誰を採用し、誰を解雇するか人工知能が決めることになる。
    既に人類は人工知能に支配されているのだ。

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