この人に聞きたい

東京をはじめとする都市部で、大きな社会問題となりつつある「孤立死」。「ひとりで死ぬ」ことが必ずしも不幸とはいえないけれど、家族をはじめとする人間関係の形が、かつてとは大きく違いはじめているのは確かなようです。現代日本の都市部における、「生」や「死」をめぐる現場の状況とは、そこから見えてくるものとは――。僧侶として、貧困や自殺、孤立死などの問題に深くかかわり続けている中下大樹さんにお話を伺いました。

中下大樹(なかした・だいき)
1975年生まれ。真宗大谷派僧侶。大学院でターミナルケアを学び、真宗大谷派住職資格を得たのち、新潟県長岡市にある仏教系ホスピス(緩和ケア病棟)にて末期がん患者数百人の看取りに従事。退職後は東京に戻り、超宗派寺院ネットワーク「寺ネット・サンガ」を設立し、代表に就任。「駆け込み寺」としての役割も担う。在宅ホスピスケアに関わりつつ、自殺問題や貧困問題、孤独死問題等、「いのち」をキーワードにした様々な活動を行っている。ブログ→http://ameblo.jp/inochi-forum/
地域の「セーフティネット」だったお寺

編集部
 中下さんは、真宗大谷派の僧侶でいらっしゃいますが、檀家制度を超えて、貧困や自殺、また被災地支援など、幅広い社会問題にかかわって活動をされています。今、主にどんな取り組みをされているのかをお聞かせいただけますか?

中下
 まず、僧侶として、お寺をもっと一般の方にも身近な存在にしていけないだろうか、ということで、2008年に超宗派の僧侶仲間とともに「寺ネット・サンガ」という団体を立ち上げました。僧侶のほか、医師や看護師、弁護士、福祉関係者など、「いのちの現場」や人生の終末期にかかわる仕事をしている人たちのネットワークです。
 特に東京にいると、観光地としてのお寺を訪ねることはあっても、それ以外ではあまり行く機会はないし、縁遠い存在であることが多いですよね。でも、例えば東日本大震災の被災地では多くのお寺が避難所として、あるいは遺体安置所として使われていたように、本来お寺というのは、もっと住民と距離の近い、社会のセーフティネット的な場所であるべきだし、そうでなければ存在意義がないと思うんです。
 それで、サンスクリット語で「仲間」とか「志を持つ者」という意味の「サンガ」という言葉に、寺が社会の受け皿になる、という意味を込めて「寺ネット・サンガ」と名付けました。今、宗派を超えて数十のお寺が趣旨に賛同して、会員になってくれています。

編集部
 具体的には、どんな活動をされているんですか?

中下
 葬儀や通夜、お墓やお寺との付き合い方についてなどはもちろん、介護について、相続についてなど、人生の終末期にかかわる包括的な相談・支援ですね。いろんな分野の専門家がいるので、ここに来れば、幅広いさまざまな問題の相談に乗ってもらえるという、いわば「ワンストップサービス」のようなものです。
 それから、たいていのお寺は数百年の歴史を持っていますけど、企業でそのくらい続いているところってなかなかないですよね。その意味でもお寺というのは貴重な社会資源なんだから、それをもっと一般の人に活用してもらいたいという思いもあって…まずは僧侶との距離を縮めてもらおうということで、だいたい月に1回、「坊さんとコンパ」、略して「坊コン」(笑)と題するセミナーを開催しています。あと、東京にあるさまざまな慰霊施設をめぐるなどのツアーも実施していますね。
 それからもう一つ、僕が共同代表を務めている団体が、2009年に設立した「葬送支援ネットワーク」です。

誰もが「尊厳ある最期」を迎えられるように

編集部
 そちらでは、どんな活動を?

中下
 「サンガ」は広く一般の方を対象にして活動していますが、「葬送支援」は基本的に、路上生活者、生活保護受給者など、経済的な余裕がない方が対象です。私たち宗教者と、あと葬儀社さんにご協力いただいて、路上であれ病院であれ身寄りのない方が亡くなられたときのお世話を、火葬から納骨、供養まで、我々がボランティアですべて担えるような仕組みを構築しています。
 なぜそうした仕組みが必要かというと…一時期、貧困ビジネスという言葉が話題になりましたけど、僕はその最たるものが葬儀業界だと思っているんです。

編集部
 どういうことですか?

中下
 そもそもビジネスというのは情報格差があって、消費者が商品について知らなければ知らないほど成功しやすいものですけど、葬儀についてなんてなかなかみんな普段考えないでしょう。100万200万とかかる、人生最大の買い物の一つなのに、多くの人がリサーチも何もせずに決めてしまう。だからある意味で「無法地帯」になってしまっているんです。
 で、身寄りのない人が亡くなった場合、特に福祉事務所などに何も希望を伝えていなければ、行政が提携している葬儀会社に機械的に回され、荼毘に付されることになります。そうすると、生花や遺影写真、御位牌や読経なども一切ありませんし、その人を知っている人たちが故人を悼む場もない。長い間人生を精一杯生きてきた人の最期としては、あまりにも寂しい形になってしまうんです。
 しかも、生活保護を受給していた人の場合、東京都だと亡くなると役所から約20万円の「葬祭扶助費」が出ます。それなのに、棺などは最低ランクの安いもの、大柄なご遺体なのに、普通サイズの棺に無理矢理入れられたりすることもよくあって…費用を最低限に抑えて、差額は葬儀会社の懐に入る――ということが、当たり前のように行われているんですね。

編集部
 それはショッキングな話ですが…苦情を言うご遺族もいないわけだから、なかなか公にはなりにくいですね。

中下
 でも、例えば長く病気をされていた方などで、事前に福祉事務所に「この方については、私たちが最後のお弔いまでやるから」と伝えておけば、ベルトコンベア式に葬儀社に回されることはなく、私たちが火葬やお弔いを担当することができます。その場合は、お花も買って、故人を知っている人たち――路上生活者でも一人暮らしの人でも、何らかのつながりは必ずありますから――が一杯飲みながら思い出話をしたりできる場を設けることもあります。葬祭扶助費の限度額の中でも、十分そういうことはできるんですよ。お盆やお彼岸には、超宗派の僧侶で合同法要も行っています。
 福祉事務所も今、ソーシャルワーカーがあまりにもたくさんのケースを抱えていて…正直なところ、生きている人のことを考えるので精一杯で、亡くなった人のことまでは面倒を見られない、という部分があるんです。その中で、誰もが最低限の尊厳ある最期を迎えるためのお手伝いができれば、と思っています。

編集部
 そうした団体での活動に加えて、個人としてもさまざまな活動をされているんですよね。

中下
 今、特に力を入れて取り組んでいるのはいわゆる「孤立死」の問題ですね。路上生活者以外でも、特に東京では孤立死が今、とても増えていて…。東京における、一世帯あたりの平均人員数って、すでに2を切ってるんですよ。全国平均はまだ2.4~2.5くらいなんですけど。

編集部
 ああ、何年か前に「初めて2を切った」といってニュースになっていましたね。

中下
 つまり、例えば「サザエさん」のような、両親と子どもがいて、おじいちゃんおばあちゃんやきょうだいがいて、という家族像は、完全にマイノリティだということです。特に、僕が暮らしている新宿区は1人暮らしの割合が非常に高くて、世帯平均人員は1.65。つまり、3世帯のうち1世帯は1人暮らしだということです。今後もますます割合は高くなっていくでしょうね。国は今、医療費を減らすために「病院死から在宅死へ」と盛んに言っていますが、いくら家に戻っても、そこで介護をしてくれる家族がいないのが現状なんです。

編集部
 「在宅死」というと、なんだかいいイメージで語られることが多いですが…。

中下
 必ずしもそうとは限らないのが現状なんですよね。特に、都内はその傾向がとても強いので…。民生委員などから連絡を受けて、亡くなられた方の葬送支援をすることもありますし、自分が住んでいる地域で、一人暮らしの高齢者や病気を抱えている方への「見守り」もしています。空いている時間に「どうですか」と様子を見に行って…今のところ、そうして定期的に顔を見に行っていた方が亡くなったことはないのですが、その近くの部屋や同じ建物で、ということはけっこうありますね。

編集部
 どこにそうした一人暮らしの高齢者などがいるという情報は、どうやって手元に集まってくるんですか? 当たり前ですが、どこかにリストがあるわけではないですよね。

中下
 1件孤立死などの問題にかかわると、そこから芋づる式にいろんな人とつながっていくんです。例えば、孤立死された方の別居の子どもさんにお会いしてみると、その方も経済的に余裕がないうえ、周囲とほとんどかかわらずに家に閉じこもって暮らしていて、放っておけば同じように孤立死しかねない状況にあった、とか…。貧困の連鎖という問題もそこにあるんだと思います。

格差の拡大と地域の「スラム化」現象

中下
 あと、最近とても多いのが、自殺未遂者に関する相談です。1日に、だいたい10本くらいの電話を受けますね。
 年間、約3万人が自殺しているといわれるけど、それはあくまで「成功」したケースですよね。未遂に終わった人は、わかっているだけでその10倍以上、30万人から60万人いると言われていて…さらに言えば、死にたいと思いながら実行には移さずにいる人は、もっと多いということになるわけですけど。特に、いわゆる「生活保護バッシング」の後は、そうした自殺未遂者への対応を求める電話が一気に増えました。

編集部
 それは、中下さん宛に電話がかかってくるんですか? 

中下
 そうです。ネット上でも番号は公開していますし、誰かに電話番号を聞いたなどで当事者が直接かけてくる場合もあります。あと、自殺しようとして「失敗」した人を警察が保護した場合、普通なら家族に迎えに来てもらうんですが、聞いてみると頼れるような家族も友人もいないという。週末は役所も閉まっていて保護を頼めないのですが、かといって、いつまでも警察においておくわけにもいかない。…となったときに、「中下というやつがこういうときの支援をやってるらしいぞ」ということで、警察から電話がかかってくる…というケースも多いですね。都内にいるときは自分で対応して、話を聞いたり支援団体を紹介したりしますけど、東京を離れているときは仲間に行ってもらったりするときもあります。
 先ほどの孤立死の話もそうですが、ある住宅で自死や孤立死があると、その物件の価値はがくん、と下がります。もともと、生活保護受給者を含め経済的に苦しい人たちが住んでいる場所って限られていますよね。以前、新宿区の大久保にある木造アパートで起こった火災が象徴的ですが。

編集部
 2011年の火災ですね。5名が亡くなられましたが、入居者の大半が高齢の生活保護利用者だったことが後で分かりました。

中下
 収入が少ないから物件を選べないし、生活保護を受けていると入居を断られることも多い。そして、そうした低所得者層が固まって暮らしている住宅では、経済的な理由などから自殺や孤立死が非常に多い傾向にあります。そうすると、さらに物件の価値が下がって、そんなところには住みたくないという人が出てきて、徐々に周辺地域全体が「スラム化」していってしまうんですね。

編集部
 低所得者層が多く暮らすエリアで自殺や孤立死が多発して、それによってさらに物件価値が下がり、ますます低所得者層だけが集まるエリアができてくるという…。もちろん、それがすぐさま「スラム化」とは言えませんが、なかなか入居者の見つからない物件も増えるでしょうし、空き家が増える、商店が移転してしまうなどの現象が重なって治安の悪化に結びつく可能性も十分にありますね。

中下
 一方で、高所得者層ばかりが住んでいるエリアもあるなど、僕が暮らしている新宿区内、そして都内でも、どんどん格差は広がってきています。この問題は、社会全体の縮図ともいえますが、放置すればするほど根は深くなり、状況は悪化していくのではないかと考えています。

その2へつづきます

 

  

※コメントは承認制です。
中下大樹さんに聞いた
(その1)
孤立死、自殺、貧困――都市の「いのちの現場」から見えてくるもの
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    誰にとっても「他人事」とは言えない孤立死や自殺の問題。その現状は、もっと広く知られるべきではないでしょうか。
    次回は、中下さんが僧侶の道を選んだ理由、そして「いのち」に関わる問題に関心を持たれたきっかけや、その背景にある思いについて。ホスピス勤務時代の経験についても、詳しく語っていただいています。
    さらに詳しくお話を聞きたい! という方は、1月31日(金)に新宿で開催される「マガ9学校」へ。やはり貧困や自殺の問題に取り組み続けてきた作家の雨宮処凛さん、原発事故の後に福島から東京へ家族とともに避難してきたシンガーのYukariさん、そして中下さん、同世代の3人が、それぞれの経験を語り合ってくださいます。詳細・申し込みはこちらから!

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