この人に聞きたい

戦後70年目の今、この国の形が大きく変わろうとしています。
なぜこのようなことになったのか? いつからこの事態が進んでいたのか? 塾長こと伊藤真弁護士に、くわしく解説いただきました。3回連続でお届けします。

伊藤真(いとう・まこと) 弁護士・伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。また「一人一票裁判」訴訟の原告団弁護士としても活躍中。『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生 のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)など著書多数。近著に『けんぽうのえほん/あなたこそたからもの』(大月書店)。
自民党改憲案を「ゴール」とする
大きな流れがつくられようとしている

編集部
 昨年7月1日、安倍政権は、これまでの政府が憲法上認められないとしてきた集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行いました。さらに今年4月には、18年ぶりに日米ガイドライン(防衛協力のための指針)が改定され、それを受けて安保法制の整備が進むなど、「平和国家」日本のあり方が、大きく変えられようとしています。こうした今の状況について、「憲法」の観点からまず解説いただけますでしょうか。

伊藤
 まず押さえておかなくてはならないのは、昨年7月の閣議決定はたしかに重要ですが、それだけが問題ではないということです。それ以前——第一次安倍政権のときから、「戦争ができる国づくり」は着々と進められていました。あの閣議決定も、その一連の中での出来事だと位置付けておく必要があります。
 第一次安倍政権のときには、内閣府の外局であった防衛庁が、独立した省庁としての防衛省になり、教育基本法は改正され、憲法改正手続法が制定されました。
 そして第二次安倍政権での、秘密保護法の制定、武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則の制定、他国軍への支援を一部解禁する新ODA大綱の閣議決定…こうした流れの中で、7月1日の閣議決定があったわけです。

編集部
 集団的自衛権の行使容認だけが突然行われたわけではなく、大きな一つの流れの中にある出来事だと。その「流れ」はどこに向かうものなのでしょうか?

伊藤
 自民党は野党であった2012年に、憲法改正草案を発表しましたが、あれがいわば一つのゴールになっているのだと思います。
 例えば、閣議決定された集団的自衛権の行使容認は、改憲案の9条2項に「自衛権の発動を妨げるものではない」と書かれています。また、9条の2第4項には「(軍事)機密の保持に関する事項は、法律で定める」と書かれていますが、これは秘密保護法の制定によって達成されました。それから、9条の3では国民の国防の義務が定められていますが、これは、愛国心教育や領土問題に関する教育を強化するなどの教育への介入を通じて、事実上進められつつあるといえるでしょう。
 さらに、9条の2第3項では、「法律の定めるところにより」国際社会の平和と安全を確保するための活動を行うことができる、とあります。憲法の歯止めはなく、法律で決めさえすれば、国際協力の名目で国防軍が自由に世界で軍事行動を取れるという条文ですが、まさにこれが、今回の安保法制の整備で具体化してきていますね。そして、98条に新設されている緊急事態条項は、今後明文改憲の大きな目玉として扱われることになるでしょう。

法整備が進んでも
すぐには「過激」なことは起こらない

編集部
 明文での「改憲」はまだ、一度も行われていないにもかかわらず、改憲草案に書かれていたことが、さまざまな形でどんどん実現してきている…。

伊藤
 そう、「ゴール」に書かれていることが、順々になし崩し的に実現されて、いわば実質的な「改憲」が行われてしまっているんです。
 日本はこれまで憲法の下、徹底した恒久平和主義を取ってきました。自衛の名目であっても海外での武力行使は一切しないと、歴代の自民党政権でさえ言い続けてきた。それを変えようというのですから、これは国の形を、180度違うものに——と言ってもいいくらい大きく変える行為です。
 であれば、本来は主権者である国民の意思を汲み上げて、根本法である憲法を変えて、それに従って法律を変え、憲法の解釈や運用を変えていく、というのが筋だと思うのですが…

編集部
 いま行われていることは、そのまったく逆ですね。

伊藤
 そのとおりです。まず、日米軍事共同訓練を頻繁に行うなどの形で運用を変え、閣議決定で憲法の解釈を変え、現場の運用基準にすぎないガイドラインを改定し、それに合わせて安保法制などの法律をつくり、そして最後の仕上げで明文改憲に持っていく。まさに本来とは逆の方向で、大きく国の形を変えようとしているわけです。まさに、法の下克上です。

編集部
 そこには、どんな狙いがあると思われますか?

伊藤
 一つは、2013年7月に麻生太郎元首相が「ナチスドイツでは、国民の知らないうちに憲法が変わっていた、あの手法を学んだらどうか」と言っていますが、まさにそのとおりのことをやりたいんじゃないでしょうか。まあ、実際のナチスの手法とはまた違うのですが、メディアを手なずけながら、国民の周りの情報を統制して、その隙に実質的に憲法を変えていくということですね。
 それともう一つ、実際に憲法改正がなされたときには、すべて準備万端整っていて、本格的な軍事行動にすぐ踏み出せるというふうにしておきたいのでしょう。だからそれまでは、閣議決定をした、法律を整備したといっても、実際に集団的自衛権を行使したり、自衛官を危険な場所に送ったりといった「過激」なことはおそらくしないと思います。そんなことをしたら、いくら法律があっても当然「憲法違反だ」という批判が高まるでしょうから。

編集部
 表面上は「何も変わっていない」かのような状態を続けるということですか。

伊藤
 同時に、護憲派を徹底的に貶めるでしょうね。「ほら、法律を変えても何も変わらないでしょう。一部の人たちはすぐ戦争が起こるとか自衛官が犠牲になるとか言っていたけど、そんなことはなかったでしょう。あの人たちは嘘つき、被害妄想ですよ。それよりも政府を信用してください」——こんなふうに言うんじゃないでしょうか。
 そうして国民を安心させたところで、いよいよ明文改憲に持ち込む。それも、緊急事態条項のような反対しづらいところから始めて、まさに国民を改憲に「慣れさせて」おいて、最終的に9条を変える。そして日本を戦争ができる「普通の国」にするというところに持っていきたいのだと思います。そうなればもう、反対したくても「違憲だ」という主張はできないわけで、我々にとって最後の切り札がなくなってしまう。それを狙っているのではないでしょうか。

編集部
 そういう一連の流れの中に、いま私たちはいる…。

伊藤
 その中での閣議決定であり、安保法制の整備だということです。まもなく導入されるマイナンバー制なども同じ流れの中にあると思いますし、原発再稼働の動きもそうだといえるかもしれません。あれだけの大事故を起こしておきながらいまだに脱原発に至らないのは、それがこうした大きな流れの中に位置付けられるものだからだと思います。アメリカとの関係や、原発を潜在的な核抑止力として用いたいという考えが、その後ろにあるのではないでしょうか。

地理的制約も、「切れ目」による制約も
取り払われた新ガイドライン

編集部
 第一次安倍政権から続く、大きな「流れ」。それは今年に入って、さらに本格的に加速しているようにも思えます。4月に合意された日米ガイドラインは、一連の流れの中においてどういった意味を持つのでしょうか。

伊藤
 昨年の閣議決定では、集団的自衛権の名目で自衛隊が海外に出かけて武力行使をすることが認められました。今回のガイドラインはさらに、それ以外のさまざまな名目で自衛隊が世界中で活動することを可能にするものです。
 1978年に合意された最初の日米ガイドラインは、日本への武力攻撃があった際に、日米がどう軍事協力するかについての指針でした。それが1997年の改定ガイドラインでは、日米が軍事協力する範囲が「日本周辺での」有事、いわゆる周辺事態にまで広がります。しかしこれはまだ、日本を中心とする同心円がやや外側へと広がった、と表現できるものでした。今回のガイドラインは、それをさらに広げるというのではなく、まったく同心円とは無関係なところでの協力についても認めているんです。

編集部
 ガイドラインの目的に「アジア太平洋地域及びこれを超えた地域が安定し、平和で繁栄したものとなる」ことが掲げられていますね。

伊藤
 日本が直接攻撃を受けていなくても集団的自衛権の行使は可能とし、「日本に重要な影響を及ぼす事態」であれば、日本周辺でなくても他国軍への後方支援が可能とするなど、地理的な制約が取り払われています。さらには、宇宙やサイバー空間での軍事協力についても触れていますよね。これがつまり、今回のガイドラインのキーワードの一つである「グローバル」です。
 そして、もう一つのキーワードが、平時から緊急事態まで「切れ目なく」です。これまでの日本は、さまざまな「切れ目」をつくることで、自衛隊の活動を限定してきました。平時と有事、警察力と防衛力、個別的自衛権と集団的自衛権…あえて「切れ目」を明確にして、「この先は認められない」と言ってきたわけです。その切れ目をなくすということは、自衛隊がずるずると世界中どこへでも出かけていってしまえる、その活動に立憲主義的なコントロールがまったくかけられないということになってしまいかねません。

編集部
 しかも、このガイドライン合意にあたっては、国内でまったくと言っていいほど事前の説明、議論がありませんでした。内容ももちろんですが、その手続きもめちゃくちゃと言っていいのでは。

伊藤
 ひどいですね。ガイドラインは法的には政府に義務を負わせるものではないので、条約の承認手続違反だとは言えないのですが、実際にはこの内容に沿って今後、国内の法整備が進められていくわけです。安倍首相は、アメリカ連邦議会上下両院合同会議での演説で、「夏までに法律を成立させます」という約束までしてきてしまっています。
 その後の安全保障法制についても、与党協議という密室の中でほぼ形を決めて、閣議決定をして…というので、いきなり法案が出てきてしまった。安保法制ってもともと難しくてわかりにくいものだし、国民には何をやっているのかよくわからないまま、最後は国会でも強行採決なんてことになりかねない。完全な国会軽視、国民軽視だし、誰の顔を見て仕事をしているのか、ということだと思います。
 そもそも、意思決定の方法や手続きを大切にし、そこに至るまでのさまざまな議論を重視するのが憲法というものです。集団的自衛権の行使を容認した閣議決定もそうですが、こうして適正な手続きに価値を置かない政府というのは、そもそも憲法や法を平気で無視する人たちなんだな、ということがよくわかります。

(その2に続きます)

(聞き手 塚田壽子/構成・写真 仲藤里美)

 

  

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伊藤真さんに聞いた(その1)
この国は今、どこに向かおうとしているのか?
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    国会では連日、安保関連法制をめぐる議論が行われていますが、「国民に丁寧に説明する」という言葉は詭弁にしか聞こえません。安倍首相は圧倒的多数を背景に「異論には耳を貸さず、自分のやりたいようにやる」とばかり、憲法も法的手続きも無視し、国の理念や制度をどんどん壊していく有様は、見ていて怒りと不安が増すばかりです。次回は、安保関連法制がどのように改正され、それによって何が変わるのかについて、解説いただきました。

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