この人に聞きたい

2016年8月15日、東京メトロ銀座線青山一丁目駅で、盲導犬を連れて歩いていた視覚障害者の男性がホームから転落し、死亡するという悲しい事故が起きました。この事故を受けて、社会福祉法人 日本盲人会連合組織部長の藤井貢さんに今回の取材を実施。しかし、10月16日に再び、大阪の近鉄大阪線河内国分駅で、視覚障害者の男性がホームから線路に転落し死亡するという事故が起きてしまいました。この2つの駅にはいずれもホームドアの設置はありませんでした。これらの事故はなぜ起きたのか、そして再発を防ぐために何ができるのか――藤井さんのお話から考えていきたいと思います。

藤井貢(ふじい・みつぐ)1952年生まれ。1977年、広島県福山市に就職。中途で視覚障害となり、中途障害者の就労継続と就労問題に取り組む。2013年3月、福山市を退職。その後、福山市視覚障害者支援センター所長、福山市視覚障害者福祉協会役員などを歴任。現在は、全国61の視覚障害団体の連合体である日本盲人会連合の組織部長(理事)を務める。
事故は、なぜ起きたのか?

——銀座線青山一丁目駅で発生した事故から、ちょうど1カ月が経ちました(※取材は9月中旬に実施)。日本盲人会連合では、事故を受けての現場調査や声明文の発表などの取り組みをされていますが、改めて、今回の事故をどう受け止めていらっしゃいますか。

藤井 まず申し上げたいのは、今この事故で一番辛い思いをされているのは亡くなられた方のご家族だということです。私たちの取り組みがご家族の心情に沿ったものなのか、ひょっとすると背いていることもあるのではないかとの心配もしているのですが、亡くなられた方の無念とご家族の悲しみを胸に抱きながら、この取り組みを続けているということをご理解いただきたいと思います。
 実は、私自身も30年くらい前にホームから転落したことがあるのです。「あっ、転落する!」と気づいても、目が見えませんので地面に落ちるまで距離感も分かりません。おかしな表現ですが、ひたすら地面に叩きつけられるのを待つしかありませんでした。そのときは電車が来なかったこともあり、私は何とかホームをつかむことができて、他の人に助けられました。しかし、いまでも駅で柵のないホームに立つと恐怖を覚えます。
 私の場合は電車がたまたま来なかったので助かったのですが、この事故に対しての使命感というか、自分のこととして受け止めています。これから安全な駅を増やして、亡くなった方に報いなければなりません。

——藤井さんは8月15日の事故の後、青山一丁目駅のホームに調査に行かれたそうですね。

藤井 はい、8月19日に行きました。とにかくホームが狭いという印象でした。銀座線のホームは古いので、現在のように電車が頻繁に到着することを想定した構造ではありません。柱がホーム上にずらっと並んでいて、さらに通路を狭くしています。それから、電車が侵入したときの音が激しく、圧迫感がありました。大きな音がすると、恐怖で萎縮して反射的に逃げたくなります。しかし、ホームが狭いので逃げようがない。電車が上り・下りのどちらから入ったのか分からないくらい、音が激しいのです。
 現地では、様々な側面から調査しましたが、そもそも「防げる事故」ではなかったのか、ということを考えることが大事です。あらためて駅とは本当に危険な場所であることを再認識しました。

事故があった、銀座線青山一丁目駅の下りホーム(渋谷方面)

——8月末から、日本盲人会連合のホームページやメーリングリストを通じて緊急アンケート調査を実施されましたが、どのようなことが見えてきましたか。

藤井 今回のアンケート(危険と思われる東京都内の駅ホーム実態調査アンケート)は、都区内の危険な駅ホームについて聞いたものです。回答には、地下鉄よりもJRのターミナル駅での人混みについて挙げた人が多くいました。たとえば飯田橋駅のホームの形が曲がっていることや、渋谷駅のホームと車両の高低差、利用客が多いのにホームドアが付いていないことなどが、危険だと思う理由に挙げられていました。

——アンケート結果を見て、転落や半身落下の経験があると回答した方が多いことに驚きました。

藤井 2011年にJR目白駅で視覚障害者の転落事故があったときにも調査をしたのですが、このときは日常的に鉄道を利用する人のうちの4割が「転落経験あり」と回答しています。また、2013年に行った全国調査では、駅をよく利用する人もしない人も含めて約500名から回答をいただいたところ、約1割の人が転落経験ありと回答しました。これは大変深刻な結果だと思います。

視覚障害者だけの問題ではない

藤井 今回の事故を受けて、予防策としてホームドア設置に対する関心が高まってきています。実は、この話題になると「視覚障害者のためにホームドアをつくるなら、その設置費用を当事者が負担すべきだ」という意見がでるのですが、国交省の公表によると、昨年は3千600件ほど転落事故があったそうですが、このうち視覚障害者は80余名なのです。

——視覚障害者ではない人のほうが圧倒的に多い。つまり、転落事故を防ぐことは、視覚障害者だけの問題ではないということですね。

藤井 転落防止は、国民全員の安全の問題です。国も一定の予算(補助金)を付けて、ホームドアの設置を推進していますが、負担の割合が、国が3分の1、自治体が3分の1、事業者が3分の1になっていることが、設置を推進するネックになっています。それぞれが負担を受け入れないと、新しいホームドアは作れないんですね。もう少し、3つの負担条件が整いやすい助成制度を議論していただければ、大きく前進するはずです。それから、駅の構造そのものを変えないと設置できない場所もあり、課題になっています。

——青山一丁目駅も、2018年までにはホームドアが設置される予定でした。国会ではすでに10年前から、ホームドアの設置が議論になっています。衆議院、参議院の委員会はそろって、「国は、施設設置管理者に対し、高齢者、障害者等の車いすの使用を正当な理由なく拒否すること等が起こらないよう指導すること。また、鉄軌道駅ホーム等における転落防止等のための可動柵の設置等安全上の措置が講じられるよう努めること」との附帯決議を、全会一致で議決しています。ところが、その後の政府の対応はスピード感がなく、ホーム転落事故は後を絶たない状況です。

藤井 ホームドアだけでなく、最近は駅員の数を減らすことで、人件費を抑える傾向があります。そのために監視体制というか、安全管理がちょっとおろそかになっている側面があるのではないでしょうか。

——事故後に訪れた青山一丁目駅では、事故があった側のホームには監視員が一人いましたが、その反対側のホームには誰も立っていませんでした。

藤井 事故があったのは、ちょうど混雑する時間帯でもあって、ホームには1時間だけ一人の監視員が配置されていたようです。ただ、この問題は監視員個人への責任追及のようになってしまっては、解決にはつながりません。監視に当たる前にどのような研修を受けられていたのか、駅員や監視員が今後どういう対応をすれば事故が防げるのか、そこを併せて検討する必要があると考えます。

下りホームには警備員が立っているが、上りホームにはいない

日常の「声かけ」が命を救う

——ホームドアの整備は急務ですが、それを待つだけでなく、周囲にいる私たちも事故の予防にかかわることができるはずです。いわゆる「声かけ」です。ただ、駅で視覚障害者の方を見かけても、どのように声をかけていいのか迷うことがあります。声かけの判断やその方法について教えてください。

藤井 駅などで視覚障害者に危険を知らせるときには、「そこの白杖をお持ちの方」「盲導犬をお連れの方」というふうにおっしゃってください。「危ないですよ」と言われても、私たちからは、声の主が誰に向かって声をかけているのか、わからないことがあるからです。できるだけ正面にまわって、声をかけていただくほうがいいです。「お手伝いしましょうか」と、肩をトントンと軽く触れていただいて、おっしゃっていただくことも助かります。「あなたに声をかけている」ということを示していただくことが重要なんですね。
 危険を回避させるために誘導する時は「右に寄ってください」などの言い方は避けてください。自分を基準にした右・左なのか、相手を基準にした右・左なのか分からず、間違えてしまう可能性があります。「白杖をお持ちの手のほうへ、逃げてください」とか、そういうふうにおっしゃっていただけると分かりやすいです。

——つい相手の方の手を引いてしまいそうになるのですが、それは危ない行為なのでしょうか。

藤井 誘導しようと相手の体を押したり引いたりするのは、とても危険です。腕を引っ張られることで体の方向が斜めに向いてしまい、方向が分からなくなってしまいます。「自分の右ひじをお持ちください」などと声をかけて、相手に持ってもらうと安全に誘導できます。
 それから、白杖を持つことは絶対に避けてほしいのです。白杖は、常に足元を確認するために必要なので、それが自由に使えなくなると非常に恐怖感をおぼえます。見える方は小さな段差を無意識によけられますが、私たちはつまずいたりしてしまう。足の裏と白杖で安全を確認しているので、白杖をつかまれると確認する術が一つ無くなってしまうのです。誘導してくださるときには、階段の昇り降りや狭い場所での曲がり角などでは、子どもやお年寄りの手をひっぱるときのように、少しゆっくりと注意していただけると助かります。

——「盲導犬を連れている方に話しかけてはいけない」というのは誤解ですか?

藤井 はい。それは、よく誤解されていることです。盲導犬に触れたり、声をかけたりするのは避けてほしいのですが、盲導犬を連れているご本人に話しかけるのは何も問題はありません。危険な状況やご本人が道に迷っている様子のときは、むしろぜひ声をかけてあげてください。その際には「そこの盲導犬をお連れの方…」という具合に声をかけると、相手も気づきやすいです。

——逆に声をかけない方がいいのは、どういう時でしょうか?

藤井 道路や階段を一生懸命に歩いている時は、集中しているので、急に声をかけるとびっくりするかもしれません。駅の構内や横断歩道の前で迷っている様子の視覚障害者の方を見かけたら、迷わず声をかけてください。

誰にとっても生きやすい社会を

——視覚障害者の方が何に困っていて、どうやって状況を判断しているのかを知ることも大事ですね。視覚障害者の方が白杖で音を立てて歩くのを、「うるさい」ととがめた人がいて、ネット上で一時期話題にもなりました。

藤井 人混みや前から人が近づいているような状況では、わざと白杖で音を立てることがあります。また、点字ブロックの凹凸がすりへっていて踏んでもよく分からないようなときにも、白杖をすべらせるようにカチャカチャと音を立ててブロックを確認することがあります。お互いの危険を回避するために存在を知らせている音だということをご理解ください。
 私たちは、人混みの中では、できるだけ歩幅を小さくして、ぶつからないようにと配慮をしています。それでも、白杖が他の人に当たってしまうこともある。だから、いつも緊張した意識をもって歩いています。階段では、前の人と距離を保っていないと白杖がぶつかって危険です。しかし、前の人と間を空けると、今度はそこに横から割り込んでくる人がいるわけです。私たちは見えないけれども、前の人との距離感を常に意識しています。それを分かってもらおうと、わざと音を立ててカタカタとさせるのです。

——視覚障害者の立場になって日常生活を見ていると、駅のホームだけでなく、歩道上にもたくさんの危険があるように思いました。点字ブロックの上に駐輪したり、物を置いたりしている光景もよく目にします。先日、藤井さんが出演された報道番組では、歩道上のビニール袋に白杖を引っ掛けてしまったシーンがありましたね。

藤井 歩道に落ちているビニール袋に白杖がひっかかると、急に白杖が動かなくなるので混乱します。また気づかずに踏んで、すべってしまうこともある。最近は歩道を通行する自転車が増えました。歩道を歩いていると、スピードを出した自転車と衝突して白杖の先を折られることがあります。通りすがりにハンドルが当たるようなことは、しょっちゅうです。歩きスマホの人も増えていますが、さらにスマホをしながら自転車に乗る人も出てきて、いつ衝突するかわからないという危険が増えている状況です。

——自転車にぶつかって白杖が折れることもあるんですね。

藤井 白杖は、身体を支える杖ではありません。硬くてひっかかってしまうと逆に危険なので、簡単に折れたり曲がったりするように、壊れやすくできているものなのです。私たちは常に身体の1メートルくらい前を確認するために白杖を前に出しているのですが、その上をまたぐ方もいてひやっとしますよ。

——本人は「うっかり」なのかもしれませんが、視覚障害者の方にとっては大きな事故や怪我につながりかねません。まだまだ社会の理解は足りていないように思います。

高田馬場駅から1キロ以上ずっと続く点字ブロック。日本盲人会連合会のビルの前で途切れてしまう。

藤井 自分たちの思いや言葉を届けるために、もっとがんばらないといけないと思うのですが、社会の中で視覚障害者は「少数派」のため、前に出て自分たちの要望を伝えようとすると、バッシングや心ない中傷を受けることもあります。それで、どうしても控えめに発言をせざるを得ないところがあるのです。

——弱者が生きやすい社会は、誰にとっても生きやすい社会であると思います。誰もがいつかは高齢者になるし、障害者になる可能性もある。結局はみんなの問題のはずですね。今回の事故は、国、自治体、事業者だけでなく、私たち一人ひとりの姿勢、向き合い方も問われていると思います。少数派を、少数派として固定し続けることは、本来の民主社会とはいえません。事故を二度と繰り返さないため、国、自治体は、新たなルールづくりに挑むべきだと思っています。

藤井 本当にその通りだと思います。一方で、あの事故以来、視覚障害者に対する声かけが、約3倍から5倍に増えました。これは、本当に良い傾向です。いつも事故直後は話題になるのですが、時間が経つと忘れられてしまう。どうか一時的なものとして終わらせずに、「自分の問題」として継続してみなさんに考えてほしいと思います。

(取材・構成/南部義典、マガジン9 文中写真/南部義典)

 

  

※コメントは承認制です。
藤井貢さんに聞いたなぜ、視覚障害者のホーム転落事故が相次ぐのか」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    10年前からホームドアの設置が議論になっているにもかかわらず、ホームからの転落事故は後を絶ちません。青山一丁目駅での事故を受けて今回のインタビューを行ったあと、大阪でも同様の事故が起きてしまいました。「防げる事故」を起こさないために、国がすべきこと、私たちにできることの両方があるように思います。多数派、少数派はグラデーションでしかありません。誰にとっても生きやすい社会であるために、これらの事故を自分のこととして考えなくてはいけないと思います。

  2. 鳴井 勝敏 より:

    >「視覚障害者のためにホームドアをつくるなら、その設置費用を当事者が負担すべきだ」という意見がでるのです
    > 視覚障害者の方が白杖で音を立てて歩くのを、「うるさい」ととがめた人がいて、ネット上で一時期話題にもなりました。
    >社会の中で視覚障害者は「少数派」のため、前に出て自分たちの要望を伝えようとすると、バッシングや心ない中傷を受けることもあります。
     バブル崩壊後の日本人の劣化は目を覆うばかりだ。しっかり、国民は自信を失ってしまったようだ。そうであればあるほど戦いを止めてはならない。諦めてはならない。みんな違って、みんな一緒、実現の為に一人一人ができることを実践したいと思う。そして、障がい者が日常生活に不便なのは、健康な人達が国の構造を造ったったことにあることを忘れないようにしたい。                                       

  3. 樋口 隆史 より:

    先日、名古屋の地下鉄でホームドアが設置されたプラットフォームを利用する機会がありましたが、電車を待つ間、とても安心感がありました。また、何となく殺伐とした感じを受けやすいプラットフォームがなぜか暖かい場所に見えました。健常者にとっても、実はプラットフォームは怖い場所なのです。意見もいろいろあるでしょうけれども、国際的なスポーツ競技大会などに多額のお金を掛けるよりも、こういった基本的な社会資産にもっとお金を使って欲しいと心から思います。

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