この人に聞きたい

東京電力福島第一原発事故から5年半が過ぎました。今年3月末時点で、福島県が行っている「県民健康調査」によって、甲状腺がんまたは「疑い」と診断された子どもは173人。内科の臨床医でありながら、関東や福島県での甲状腺検診を続けている牛山元美さんに、いま放射能汚染地域の子どもたちに何が起きているのか、そして母親たちが感じていることについて伺いました。

牛山元美(うしやま・もとみ)神奈川県にある、さがみ生協病院の内科医として勤務。二男の母。原発事故後、被ばくによる健康影響を気にする母たちの声に応えながら、関東や福島県で甲状腺エコー検診を実施。ベラルーシで、現地の医師による甲状腺検診研修も経験。関東子ども健康調査支援基金協力医。2016年3月より、「311甲状腺がん家族の会」世話人を務め、現在は「3.11甲状腺がん子ども基金」顧問。
福島県内には「県民健康調査」に
疑問を抱く母の声がある

編集部 牛山先生は、神奈川県内のさがみ生協病院で内科医をしていますが、月1回、福島県でも子どもたちの甲状腺検査を行っているそうですね。福島県では、福島県立医大を中心に「県民健康調査」が行われていて、事故当時18歳以下だった子どもを対象に甲状腺検査が行われていますが、それとは別に甲状腺検査を行っているのはなぜでしょうか?

牛山 「県民健康調査」での検査や結果の通知の方法をめぐっては、お母さんたちから改善を求める声が上がっています。私は2012年から月1回、福島県内の病院で当直をしているのですが、福島のお母さんたちから寄せられた「子どもが『県民健康調査』を受けたけど、A1とかA2とか書かれた紙をもらっただけで、よくわからない。もう1回診てくれませんか」という声に応える形で甲状腺検査を始めました。当直の日の昼間に、子どもの甲状腺検査を行っています。

編集部 県民健康調査の結果の知らせ方に、問題があるということでしょうか?

牛山 「県民健康調査」では、保護者の立ち合いはできないし、医師ではなく技師が検査を担当している場合もあるため、その場で診断を下せないんです。結果は、エコー画像を医師が見た後で、下のような簡単な解説を添えて書面で知らされます。

【県民健康調査における甲状腺検診の判定結果】
A判定(A1)結節又はのう胞を認めなかったもの。
(A2)結節(5.0 ㎜以下)又はのう胞(20.0 ㎜以下)を認めたもの。
B判定  結節(5.1 ㎜以上)又はのう胞(20.1 ㎜以上)を認めたもの。 なお、A2の判定内容であっても、甲状腺の状態等から二次検査を要すると判断した場合は、B判定としている。
C判定  甲状腺の状態等から判断して、直ちに二次検査を要するもの。

編集部
 「A2 結節(5.0 ㎜以下)又はのう胞(20.0 ㎜以下)を認めたもの」と書かれていても、普通のお母さんは、それをどう受け止めていいのかがわからないですね……。

牛山 親が知りたいのは、一般的な解説ではなくて、わが子の具体的な状況。だから、子どもの検診に立ち会って、エコー画像を見ながら医師の説明を受けるのがいちばん。私が関東や福島県で行う甲状腺検査も、保護者に立ち会ってもらいます。やっぱり、目の前でエコー画像を見せながら説明すると、お母さんたちは本当に安心するんです。同じことを「県民健康調査」で行うには、いろいろハードルがあります。

編集部 具体的にはどんなハードルがあるのですか?

牛山 一つには、小児の甲状腺を診られる医師の少なさですね。甲状腺の病気って、大人には割と多いのですが、子どもには珍しい。だから福島県に限らず、小児の甲状腺を診られる医師は全国的にみても少ないんです。また、福島の「県民健康調査」では、情報公開請求をしないと子どものエコー画像を入手できないことになっています。

編集部 わが子の健康に関する資料を、行政文書と同じ手続きを踏まなければ入手できないなんて……。入手したエコー画像をもって県内の病院に行けば、医師による説明を受けることはできるんですか?

牛山 難しいと聞いています。福島県内で小児の甲状腺を診断できる医師のほとんどは、「県民健康調査」の委託医ですから、県立医大との関係を気にします。「県民健康調査」と違う診断をしてしまったら、県立医大の把握しているデータが変わってしまい、信頼を損ねる可能性がある。その辺りは本当にナイーブな問題というか、県内の医師は難しい立場に立たされていると感じます。

編集部 でも、病気の不安を抱える立場として、セカンドオピニオンを求めるのはごく当たり前ですよね。福島県で、「県民健康調査」以外に子どもの甲状腺検査を受けられる機会はないのですか?

牛山 地元のお母さんたちが立ち上げた団体が、県外から医師を招いて甲状腺検査を行うこともありますが、どうしても定員が少なくなるし、期日も限られます。だから、わざわざ県外の病院まで行って、子どもに甲状腺検査を受けさせている保護者もいますね。その場合は当然、交通費も検診費も自己負担です。
 「県民健康調査」の目的は福島の人たちの健康を見守ることですが、本来の意味で不安を解消するという視点が十分ではないと感じることが多々あります。この調査には、まだまだ改善の余地がある。お母さんたちの率直な声が聞き入れられるよう、県外の医師という立場からできることをやっていきたいと思っています。

関東でも子どもの甲状腺検診が
求められている

編集部
 先生は、勤務している神奈川県内のさがみ生協病院でも甲状腺関連検診を行っていますね。

牛山 地元のお母さんたちから「子どもの甲状腺を診て!」と言われたのがきっかけです。

編集部 福島県内でさえ「事故は終わったこと」と捉える人が多くなるなか、神奈川県で子どもの甲状腺検査を求めるお母さんがいるのですね。

牛山 甲状腺がんの一因ともいわれる事故当初の放射性ヨウ素による被ばくの実態はほとんど解明されていないし、さがみ生協病院のある相模原でも、多くの人が事故前より高まった放射線量のなかで生活せざるを得なくなったのは事実。健康調査を行いながら、子どもたちの健康状態を見守っていくのは必要だと思います。
 実際、一度に診ることができる子どもの数が少ないのもありますが、検診の募集をかけるとすぐに定員が埋まります。事故当初からずっと気にかけていたというお母さんもいれば、子どもが生まれたのをきっかけに被ばくを気にし始めたというお母さんもいます。
 

編集部 さがみ生協病院では、具体的にどんな検査を行っているのでしょうか?

牛山 甲状腺エコー検査はもちろん、心電図や血液検査も行っています。事故当時福島県にいた方は無料です。それ以外の方は、一人1万円弱かかるのですが、事故から5年以上たった今でも予約が絶えません。みなさん「異常なし」という結果が出ると、ホッとされますね。でもそれよりも、事故の影響への不安を話せる環境があることに、すごく安心してくださいます。
 私は循環器内科の医師で、本来の専門は不整脈やコレステロール値などです。しかし原発事故後、専門医の指導を受けて甲状腺検診を始めました。当初は、専門外の自分にできることってあるんだろうか、と躊躇する気持ちも少なからずあったのですが、ときには涙を流しながら「子どもに外遊びをさせてもいいんでしょうか」とか「子どもの修学旅行先の放射線量が高いんです」などと、率直な不安を口にするお母さんたちを前にして、臨床医だからこそできることがあると思うようになりました。
 お母さんたちが求めているのは、検診だけじゃなくて「被ばくへの不安を医師に聞いてもらう場」でもあるんです。臨床医として一番大切なのは患者さんの訴えをよく聞くことです。目の前の受診者の話に謙虚に耳を傾けることの大事さを、実感しています。
 患者さんには、内部被ばくの専門家・松井英介先生監修の「健康ノート」で事故後からの体調の変化を記録するよう勧めるほか、「11311疫学調査団」にも参加できるようにしています。

編集部 関東や東北など、福島県以外の放射能汚染地域での健康調査が必要かどうかについては、環境省が2012年に行った調査を基に議論がされていますね。

牛山 青森県、山梨県、長崎県で、3〜15歳の子ども、合計4365人を対象に行った調査ですね。調査終了後の追跡調査で一人、甲状腺がんが判明しました。それを10万人あたりに直すと、22.9人が発症する計算になります。その当時、福島県で甲状腺がん、またはがんの疑いとされていた子どもは103人。10万人中34.8人の割合でした。
 この数字をもとに、環境省は「福島と、それ以外の地域で小児甲状腺がんの発生割合を比べても1.5倍の差しかないから、ほとんど同じでしょう」と主張しました。

編集部 「ほとんど同じ」と言われても、親としては納得しにくいですよね。

牛山 本来は、がんがたった一人しか見つからないような人数の調査は統計学的には信頼性が低いと言われており、もっと大人数を調査すべきなんです。
 結局その後、福島県を含む放射能汚染地域での健康調査の実施などをめぐり議論していた環境省の専門家会議(東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議)では、「福島でも、他県と甲状腺がんの発生率が変わらず、(県内に)放射線の影響が出ているとは考えにくい。だから、より放射線量の低い福島県以外では健康調査をする必要はない」という方向性が示されました。

編集部 まるで、「福島県以外の地域では、被ばくした人はいなかった」と言っているかのようです。

牛山 でも、この状況に危機感を感じたお母さんたちが団体を立ち上げ、福島県以外の放射能汚染地域で甲状腺検診を始めたのです。資金集めから機材の整備、医師のコーディネートまで、全てお母さんたちが行います。みんな、普段は専業主婦をしていたり、パートをしていたりする普通の人たちです。

編集部 そうやって立ち上がった団体のひとつで、関東のホットスポットを巡回する「関東子ども健康調査支援基金」には、牛山先生も協力医として名を連ねていますね。

牛山 はい。「相模原で甲状腺検診をしている医者がいる」と聞きつけたお母さんが「今度、私たちが行う検診の見学に来てください」と連絡をくれたのがきっかけです。「関東子ども健康調査支援基金」でも、甲状腺検診の開始当初は、島根県や北海道の医師を呼んで検診をしながら、将来まで安定した検診体制を築けるようにと、地元の医師に積極的に見学を呼びかけていたらしいんですよ。
 まぁ、私は当時そこまでの事情は知らなくて「呼ばれちゃったな」くらいの気持ちで見学に行ったんです。2014年の5月でした。でも、そこでの出会いがきっかけになって、関東各地で検診するようになりました。

編集部 牛山先生が、福島県を含む放射能汚染地域の母親たちの声に応えて甲状腺検診などを続ける原動力は何でしょうか?

牛山 ……自分も当事者である、という意識だと思います。事故直後、私も不安でどうしようもなかった。とにかく胸騒ぎがして、診察にも身が入りませんでした。胸騒ぎの原因は、「わが子を守りたい」という思いだったんです。原発事故によって、私や私の子どもは、被ばくリスクを負わされる被害者の立場になってしまいました。そう気づいて、私はすぐに子どもたちを九州の親戚の家へ避難させました。安全な場所に避難させたことで、安心して診察に励めたのです。
 原発事故後、福島県を含む広い地域の人たちが、ある日突然被ばくリスクを負わされた当事者となってしまったと、私は思っています。放射線は、どんなに微量であれリスクがあります。これは科学的にも明らかなことです。でも、正しい知識を持てば被ばくを避けることもできるし、健康への影響を少なくすることもできる。健康調査は、そのために欠かせません。
 「程度の問題」「全員を助けてあげることはできない」という声があるかもしれない。でも、私は自分も当事者の立場だと自覚しているからこそ、誰かが切り捨てられてしまう線引きに納得することはできません。
 福島県内でも、それ以外の放射能汚染地域でも、「子どもへの健康影響が心配だから、調べてほしい」といった、すごく当たり前の願いが聞き入れられにくい現状があります。それを、同じ当事者として、また医師として、変えていきたいと思っているんです。

構成/片山幸子(エディ・ワン)・写真/マガジン9

(その2に続きます)

 

  

※コメントは承認制です。
牛山元美さんに聞いた(その1)
県民健康調査は、「わが子を守りたい」の声に応えているか?
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    県民健康調査の事務的な解説からは、不安を抱える親の気持ちに寄り添おうという姿勢が感じられません。誰も経験したことのない事態に対する不安やリスクをどう減らすのか、国や専門機関が率先して対策を行うべきですが、親として当たり前の希望さえかなえられていないのが実態です。来週公開予定の「その2」では、被ばくのリスクや放射能の不安について口にさえしにくいという、福島県内での状況についてお話しいただきます。

  2. お園 より:

    我が子を守りたい!と言う想いは
    本当に切実です。

    私も一協力者になりたいです。

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