この人に聞きたい

国は都合の悪いことを
国民に隠してきた

編集部 アメリカ以外の国々との関係でいうと、先日ある韓国人の知人にこんなことを言われました。「日本人がここまで竹島の問題について知らないということを、韓国人は知らない」と。韓国では領土問題についてかなり教育されているのに、日本では竹島のことを知らない人も多いことに違和感があるようでした。

孫崎 逆に言うと、韓国も日本と同じように、自国に不利なことは何も教えていないんですよ。そして、国際司法裁判所で決着をつけましょうよといっても、韓国は決して賛成しません。日本が間違っていると言うのなら、国際司法裁判所で日本人を諦めさせたらいいわけですが、「国際司法裁判所は信用できない」と言って応じないのです。しかし、国際司法裁判所はどんな政治家よりも信用できる機関です。ちゃんと資料をまとめ、それを把握しながら判断するのですから。

編集部 それでは、尖閣諸島の問題も国際司法裁判所に持っていけばいいのではないでしょうか?

孫崎 私はそれが一番いいと思いますよ。尖閣問題と竹島問題の両方を国際司法裁判所に持っていけばいいんです。今、一番問題なのは、日本も中国も韓国も、自分たちの不利な情報を出さずに国民を煽っていることです。本来であればプラスの面と同時にマイナス面についても説明しなければなりません。
 こういうことは、領土問題だけじゃなくて原発の問題においても同じです。もっとも肝心なのは、原発がどこまで命に影響を与えるのかという問題なのに、それをすっ飛ばしてエネルギー総合安全の観点だけで原発依存度を何%にしようかという議論しています。官僚や政治家は、大事な問題について全ての情報を出して判断するということをしなくなりました。

編集部 近年、ずっとそういうことが行われてきたんですね。

孫崎 だけど、今回の原発問題で国民はそのことに気がついたわけです。『戦後史の正体』も、日米安保の事実をわかりやすく書いたところ、驚いて読んでくれる人が大勢います。

編集部 この本にも書かれていますが、TPPのことも大きな問題ですね。

孫崎 TPPの一番重要な問題は、医療保険制度が壊れることです。もし日本がTPPに参加したら、現在は禁止されている混合診療(保険診療と自由診療を組み合わせて行う医療のこと)が解禁され、医療における自由診療の割合が大きく上がるでしょう。みんな民間の医療保険に入らざるを得なくなり、それを狙ってアメリカの生命保険会社が進出してくる。彼らからしたら、日本は大きなマーケットですから。そうなったら、今の国民皆保険制度が崩れてしまいます。

編集部 そうなると、今のアメリカのように、お金のない人は無保険で、診療費が払えないから病院に行けない、ということにもなるわけですよね。

孫崎 そして、そうした米国企業の進出を担保するのが、TPPに含まれる「ISD条項(投資家対国家の紛争解決の条項)」です。これは、インベスター(投資者)が、国家の政策によって投資の利益が保護されなかったと感じたときに相手国家を訴えられる制度。生命保険だけではなく農産物でも何でも、国内法のさまざまな規制によって投資者が「期待値を損なわれた」と思ったら訴訟を起こし、日本に罰金を課すことができるのです。しかし、これはほとんど知られていません。

編集部 TPPの問題については、農業の問題くらいしか注目されていませんが、ほかにも大きな影響があるのですね。しかし今、TPP参加に反対を言っている政党は、「国民の生活が第一」など少数です。

孫崎 そう。だから、本当に政治家が劣化して、ものを考えずに自分の地位を得るための存在になってしまったと思います。

外交をうまく進めるには
「相手の利益」を考えること

編集部 さて、孫崎さんはずっと外交官でいらっしゃいましたが、「外交」というのは非常に幅広いお仕事ではないかと思います。例えば外交官の力によって、外国との間に何か取り決めをするときの条件が大きく変わる、結果として国益にも大きな影響を及ぼすといったこともあるのではないでしょうか?

孫崎 私が外交官だった時、情報収集衛星の導入についてアメリカと交渉したことがありました。1998年に北朝鮮の「ミサイル」発射実験がありましたよね。それを機に日本は、情報収集のために独自の衛星を持とうとしたのです。ところが、アメリカは「我々が情報を渡すから、日本は別なところに資金を使え」と拒絶しました。私はなぜアメリカがそういうかを把握し、交渉を重ねて、結果的に情報収集衛星の導入を実現できたんです。外交をうまく進めるには、「私たちはこう思っている」というだけではなく、「相手が何を思っているか」を知り、自分のやりたいことが「相手の利益にもなっている」ことを伝えるのが重要だと感じました。
 外交というのは強く自分の立場を主張すればいいんだという人がいますが、そんなことでは絶対に合意できません。常に、相手の利益に立って、自分の意見を主張することが大事です。

編集部 領土問題における「棚上げ論」にも通底する考え方ですね。

孫崎 そういうことです。総取りはしない。50/50でいいじゃないですか。

編集部 他国といい関係を築いていくために、そうした高度な「外交」ではなく、市民ができることもあるのでしょうか?

孫崎 一番は、事実を理解していくことです。事実がわかれば、日本人は動きます。今まではあまりにも事実ではないことを信じてきましたから、それを解きほぐさなければなりません。

編集部

 やはり自分で情報を得て自分で考えるということなのですね。日本人が、今まで最も苦手としてきた部分かもしれませんが、3・11を機にそこが一番変わりました。希望は捨てないでいたいですね。本日はありがとうございました。

(聞き手 塚田壽子 写真・構成 越膳綾子)

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『戦後史の正体』(創元社/孫崎 享)
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