この人に聞きたい

自助・共助の強調は、
国の責任放棄

編集部 先日国会を通過した社会保障制度改革推進法案(8月22日に施行)にも、そうした方向性がはっきりと反映されています。

稲葉 一番問題なのは、法律の冒頭部分。第2条の「基本的な考え方」にはこうあります。「自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していくこと」。
 つまり、国が主体となって国民の生活を支えるのではなくて、家族でまず助け合ってください、国民が互いに助け合ってください。その仕組みを国が支援しますよ、という言い方。国が国民の生活に責任を持つということを否定しているわけです。例えば貧困による餓死者が出ても、それは自助や共助が足りなかったから。一義的に責任があるのは家族や国民であって、国ではないということになってしまう。これはもう、国による生存権保障を定めた憲法25条の解釈改憲と言えると思います。

編集部 最低生活保障に対する「国の責任」を回避しているわけですね。

稲葉 これを読んだとき、「どこかで見たことがあるな」と思ったんですけど、考えてみたらそれは北九州市の事例なんですね。
 1980年代、北九州市は主産業だった炭鉱の閉山などもあって、生活保護受給率が全国で一番高かった。それで、なんとか生活保護費の総額を抑制したい厚生省が市の福祉事務所に官僚を送り込んで、直轄で福祉行政を行っていました。結果として、全国でも一番厳しい水際作戦が展開されたんです。
 のちに元職員が内部告発をしましたけど、全体の保護世帯数をコントロールするために、新規に生活保護の給付を決めたら、同じ数だけこれまで給付していた人を打ち切るということが行われていたそうです。結果、2005年から3年連続で餓死事件が起こって大問題になりました。生活保護を金額とか人数とかいった外枠からコントロールしようとすると何が起こるかというのは、すでにそうして実証済みなんですよね。
 そして、そのとき当時の北九州市長が言ったのが「これからは地域の支え合いを強化していく」ということだった。行政が責任を持って住民の生活を支えるのではなくて、家族や地域の支え合いに責任を転嫁する。今政府がやろうとしていることは、それとまったく同じです。
 そもそも、貧困拡大の最大の要因は自公政権時代の規制緩和であって、それによって非正規雇用が増えたことが現状につながっているのに、自民党などの政治家はそこを改めもせず、問題をすべて「家族」に押し付けようとしているわけで…。単なる「無策」よりもさらにひどいと思います。

「かわいそうだから助けよう」
の危険性

編集部 本来は、前回おっしゃっていた「ナショナルミニマム」の考え方からすれば、国民・住民の生活を支える一義的な責任は、やはり国や地方自治体にあるはずですよね。

稲葉 その根拠になるのが憲法25条ですが、私はこれは、実は憲法9条と同じくらい「ラディカル」な理念を語っているものだと思っているんです。

編集部 どういうことでしょう?

稲葉 先ほど、今の生活保護法ができたときに、扶養義務に関する欠格条項が削除されたと言いましたけど、実はそのとき、もう一つ削除された欠格条項がありました。それが「素行不良な者」なんです。
 つまり、どんなに嫌な人でも(笑)、多くの人が共感できないと思ってしまうような人でも、最低限度の生活は支える。それが現在の生活保護制度の理念であり、その基盤になっている憲法25条の考え方なんですよね。
 もちろん、その「ラディカルさ」に一般の意識がなかなかついていっていないという部分はあります。例えば、自分が共感できないような人のために、自分が払っている税金を使われたくないという声は当然あるでしょう。でも、じゃあ例えば「素行不良な者」には保護を適用しないとして、「素行不良」とは誰がどう判断するのか、ということです。
 ギャンブルを一切しなければいいのか、余計なことを言わずにおとなしくしていればいいのか。そうして保護の要件に道徳的な価値観を持ち込むことで、恣意的な判断で排除されてしまう人が出てきかねないんです。

編集部 役所や政府にとって「都合のいい」人だけが救われる、ということになってしまうかもしれない…。

稲葉 そう。だからこそ、生活保護法が定める無差別平等の原則は重要なんです。
 これについては実は、注目を集めた「派遣村」のときも、すごく危ういなという思いがありました。もちろん、それまでずっと「ない」ことにされていた貧困問題が、派遣村によって一気に可視化されたことの意義は大きかったと思うんですが、一部で「派遣村といいながら、もともとホームレスだった人が混じっているのはおかしい」みたいな批判も出てきたんですね。
 つまり、世間的な意識はあくまで「20~30代の若い男性労働者が、住むところもないような状況に追い詰められているのはかわいそう」。裏を返せば50~60代の、ずっと日雇いで建築現場で働いてきたような、いわゆるホームレスの人たちはその「かわいそう」の対象ではなかった。テレビなどの取材もたくさん来ましたけど、必ず「若い人を」と言われる。彼らは若い人、それも男性にしか興味を持っていなかったんですよね。

編集部 実際には、それほど若くない世代にも、女性にも同じように「追い詰められた」状況にいる人はたくさんいたわけですが…。

稲葉 しかも、貧困の問題に注目が集まったといっても、それは「あの人たちはかわいそうだから救済しないといけない」という取り上げ方がほとんどでした。支給されたお金を持っていなくなっちゃった人がいたことに対してもバッシングが起こりましたよね。結局、「かわいそうだから救済しないといけない」という目線は、「かわいそうに見えなければ自己責任で切り捨ててもいい」という考え方に、ころっと転じてしまうんだと思います。

編集部 「けなげ」で「かわいそう」な被害者像が求められて、そこからはみ出したとたんにバッシングを受ける。障害者や被災者の取り上げられ方にも共通するものがありますね。そうではなく、どんな人であっても最低限の保護を受ける権利がある、というのが25条の考え方なのですが…。

「自分たちの足下で人が死んでいる」ことに
衝撃を受けた

編集部 さて、最後に稲葉さん自身のお話もお聞きしたいのですが、貧困問題などこうした社会的な活動に取り組まれるようになったのはどうしてですか?

稲葉 私は、両親が広島で入市被爆している被爆二世なんですね。そのときの話などを親から聞いて育ったことで、戦争とか平和とかの問題に関心を持つようになって。大学生のころから湾岸戦争やイラク戦争の反対運動などにかかわっていましたが、貧困問題に取り組むようになったのは1994年ごろからです。

編集部 それは、何かきっかけが?

稲葉 当時はバブル経済が崩壊して、野宿の人が増えはじめた時期でした。特に、新宿駅の地下道にダンボールの「家」がずらっと立ち並ぶ場所があったんですが、1994年の2月に東京都がそれを「目障りだ」というので強制排除するんですね。地下道の一部はフェンスで封鎖されて。そのやり方があまりにひどいということで、仲間とその反対運動にかかわるようになったんです。
 活動しはじめて一番驚いたのは、路上では餓死や凍死が日常茶飯事になっていたことでした。新宿区内だけで当時、年間40~50人が路上で亡くなっていて。福祉事務所の対応も今よりひどくて、野宿の人が病気になって相談に行っても、「あんたはまだ働けるんだから、日雇いの仕事でもして、自分で稼いで病院に行きなさい」と追い返されるような状態でした。だから、「あんなところ二度と行きたくない」と、具合が悪くなってもなかなか役所に相談に行かない人も多かった。
 私自身も、夜回りをして野宿の人たちに声をかけて歩く中で、餓死・凍死寸前の人に何度も出会いました。しかも、救急車で病院に運んでもらっても、差別されてきちんとした治療を受けることもできず、そのまま次の日には亡くなっていく…。湾岸戦争やイラク戦争の問題も重要だけど、実は自分たちの足下で人がどんどん死んでるじゃないか、それをなんとかしなきゃいけないと思うようになりました。

編集部 それが現在の「もやい」につながっていくんですね。

稲葉 夜回りや炊き出し、生活保護申請の手伝いなどの活動を続けるうちに、徐々に行政の対応も改善されてきて、野宿生活から抜け出す人も増えてきた。そこで出てきたのが、部屋を借りるときの連帯保証人をどうするかという問題なんです。それで、各地で同じように野宿の人たちの支援をしていたメンバーが集まって話し合う中から、「もやい」が立ち上がったという流れですね。

編集部 今は、主にどんな活動を?

稲葉 立ち上げのきっかけであるアパートの保証人提供事業は今も続いていて、11年間で約2000世帯の連帯保証人になってきました。家賃を滞納したときの相談に乗るなどのアフターフォローや、亡くなられる方がいたときは部屋の片付けなども引き受けます。
 あと、生活に困っている人の相談に乗る「生活相談・支援事業」のほか、誰でも気軽に来られる交流サロンを開いたりもしています。貧困状態にある方というのは、経済的な貧困と同時に、保証人を頼める相手がいないことに象徴されるように、人間関係も非常に希薄な状態に置かれていることが多いんですね。生活保護を受けてアパート生活をはじめたけれど、1週間誰とも話をしていない、なんていう人もいる。サロンを通じて、そういう人たちの「横のつながり」もつくっていければと思っているんです。サロンから派生した活動として、フェアトレードのコーヒー豆を元ホームレスの人たちが焙煎して販売する「こもれびコーヒー」事業もおこなっており、居場所づくりの活動は広がっています。

NPO法人自立生活サポートセンター・もやい
こもれびコーヒー(インターネット販売もあり)

〈イベント案内〉
*りんりんふぇす Sing with your neighbors~「THE BIG ISSUE」support live vol.3
http://singwithyourneighbors3.jimdo.com/
日時:10月6日(土)開場 14:00/開演 14:30
料金:2000円 (税込・入退場自由) 会場:梅窓院 祖師堂

*反貧困世直し大集会2012「世の中なんとかしたくない?~あなたの声を聞かせてください。」
http://antipoverty-network.org/
日時:10月20(土)11:00~15:00 パレード出発16時(予定)
場所:芝公園4号地(東京都港区)

固定ページ: 1 2

 

  

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

各界で活躍中のいろいろな人に、9条のことや改憲について どう考えているかを、聞いています。

最新10title : この人に聞きたい

Featuring Top 10/109 of この人に聞きたい

マガ9のコンテンツ

カテゴリー