この人に聞きたい

雑誌『自遊人』編集長及び(株)自遊人 代表取締役の岩佐十良さんは、「メディアは発信する情報に最後まで責任を持つべき」を企業理念に掲げ、出版業だけでなく、自社の田んぼを管理し、栽培や食品の企画・仕入れ・販売なども行ってきました。岩佐さんは、なぜ9年前に移住を決めたのでしょうか? 日本の米どころ魚沼に暮らし、日本の農業の将来をどう思い描いていたのでしょうか? そして迎えた3・11は? などについてお伺いしました。

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いわさ・とおる1967年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業後、編集プロダクションを立ち上げ、1999年に「食と旅」をテーマにした雑誌『自遊人』を立ち上げる。創刊15年目の2004年に、東京・日本橋から新潟県南魚沼市に会社を移転し、米作りを始める。現在は株式会社自遊人代表取締役、日本全国の「本物の食品」を販売するショッピングモール「オーガニック・エクスプレス」運営責任者、農業生産法人「自遊人ファーム」代表。株式会社「膳」取締役。著書に『一度は泊まりたい有名宿 覆面訪問記』(角川マーケティング)、『実録!「米作」農業入門』(講談社)。
前向きに生きるために必要なのは、
正しい現状の認識

岩佐 先日、福島に行って、福島の人とこれからのことについて話をしました。彼らが言うには、原発事故で一番たくさん出た放射性物質のセシウム137の半減期は30年だから、60年後、100年後は、1/10ぐらいには減っているだろう。そのときは、問題なくまた福島に住むことができるだろう。で、問題はそれまでの間をどうやって繋ぐかだ、という話になったのです。
 とても前向きで重要な視点だなと思いました。原発事故によって起きてしまった放射能汚染の問題は、科学で解決していかなければいけないことでしょう。できるだけ細かく正確に汚染状況を計測して、土壌も水も農産物も検査して、それを全部くまなく発表して欲しい。するとその数値を元に、計算が成り立ち、生産者にとっても我々にとっても、これからの計画が立てられます。
 それなのに、なぜこの汚染の数値が、政府や行政機関から、次から次へと発表されないのか…。実は今、僕が一番もどかしく思っているのは、このことなのです。

編集部 国も行政も計測していないわけではないと思いますが、データはどこへ行けば見られるか? 一般公開されているのか? 非常にわかりにくいですね。個人で放射能測定所を開き、牛乳や野菜や灰など一般の人から持ち込まれた食品を計っている人が、子供たちが食べるものだから給食を計りたいと申し出たところ、「計るな」というお達しが出たという話も聞きます。

岩佐 これまで日本は、食品の残留農薬にしても添加物にしても、世界で最も厳しい基準を設けていました。それなのに事故後は、セシウムもヨウ素も世界の基準値を大きく上回る暫定基準値で大丈夫だと言い出した。

 大気や土が汚染されてしまったという事実については、我々はもうある程度腹をくくらなくてはならない。だからこそ何を食べるのかというのが、大事になってくるわけです。そのために科学的で客観的な判断材料が必要なのです。
 それなのに政府は、データを明らかにしないで、「住んでも大丈夫」「食べても健康に影響は出ないとだけ言い続ける。そんなこと言われたって、誰も信じないですよね。
 これまでは、生産者に対しての農薬の扱いについてもすごく厳しかったんです。農業技術が進んできたこともあり、化学物質については数値による取り決めがあって、危険なものについては厳密に制限されていました。なのに、こと放射性物質のことになったら、急にアバウトな感じになって、「よく分からないから、フィーリングで決めとこうか」とでも言っているようにさえ僕には思える。これにはすごく違和感があるんです。

編集部 そこに精神論がくっついてくる場合もありますよね。にこにこしている人は大丈夫で、くよくよと心配している人には、影響が出るとか。

岩佐 魚沼でも微量にセシウムが検出されたお米があります。で、これをどうするかというと、今年は販売できないけれど、来年からは出さない作り方をしようと、やっているわけです。土壌に肥料としてカリウムを多めにやるとか、これまで中干ししていたけれど、それはやめてみるとか。いろいろとやり方があるわけです。で、魚沼の土壌で大丈夫だとしたら、福島の会津のお米も大丈夫なんですね。汚染の程度が同じぐらいだから。中通りあたりだって、出ないところまでもっていけると思う。このように、これはどう考えても農業技術と科学の話なのに、一律で5000ベクレル以下の田んぼは作付けしても大丈夫とか、検出されても500ベクレル以下のお米は健康被害が出ない、と言うのはおかしいでしょ。

編集部 だから余計に不信感がつのってくるし不安がおさまらない。細かく線量を計り、その情報公開をやっていれば、それぞれ対策がとれて、前向きに何をしていくべきかがわかるのに。

岩佐 これまで日本の消費者というのは、科学的な検査や根拠に基づいて書かれてある食品表示のラベルを見て、安全かどうかをちゃんと判断してきていたんです。それなのに、まるでいんちき商法やいんちき宗教並みに「大丈夫です。とにかく信じなさい」みたいなことを国が平気で言う。
 そういった中で、汚染の少ない地域である西日本のものを食べたいというのは、それはもう本能でしょう。人間の防衛本能みたいなものです。特に子供を持つお母さんは、ちゃんと裏付けのあるデータを示して説明しないと、絶対に納得しないと思います。

編集部 福島で行われている田畑の除染については、どう思いますか?

岩佐 今言われている田畑の除染は、表土の3〜5センチを剥いでどこかに持っていく、ということですが、その部分に作物の生育にとって大切な有機物があるので、ナンセンスだと思います。それよりは、今の土壌中にどれだけ放射性物質が入っているかを計って、作物になるべく移行しないような方法を技術的に考えた方がいいと思いますよ。物理的に放射能物質を取り除くことよりも、科学的にどうするかを考えた方がいい。だって物理的にゼロにすることなんて、どうしたって無理でしょう。だから科学技術に期待をして、線量の低いところにひとまず移住をして、帰るようになるまでの間を繋ぎましょう、という話をするべきだと思います。そして、本当に汚染がひどくて、帰れない地域や人々については、国民全員でフォローするべきだと思う。でも今だと、その地域が果たしてどこのエリアなのか、ということもちゃんと示されていませんね。

編集部 国民全体でフォローというのは?

岩佐 僕はそれについては、自分たちのできることだけをやればいいし、このことを、ずっと考えながら生きていくことしかできないとも思うのです。それから、日本経済が沈没してしまうと、公的に支えることもできなくなるわけだから、普通に働いて正しく経済をまわす、ということも重要なことではないでしょうか。何もボランティア活動に行くことだけが、支えることではない、と思うのです。

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