この人に聞きたい

「今」の問題を解決するために、
過去と向き合う必要がある

編集部
 従軍慰安婦の問題についてもう少しお聞きしたいのですが、世界中にさまざまな国の軍隊がある中で、「慰安所」というシステムを持っていたのは、日本だけなのでしょうか?


 ドイツ軍が、東ヨーロッパのほうでつくっていたようです。まだあまり研究がないので分からないところが多いですが。ただ、本当に至るところにつくっていたと言えるのは日本軍ですね。

編集部
 そこには、どんな原因や理由があったと思われますか。


 やはり、人権という思想が欠けていたのだと思います。たとえば、イギリスではもう19世紀末に、公娼制が人権侵害だとして廃止されている。もちろん売春は実態としてあるけれども、公として認めることは世論が許さないというわけです。それが、日本では警察が公然と全面協力してやっていたわけで、やはり人権感覚の致命的な遅れがあったのではないかと思いますね。

編集部
 今年の夏には、米下院本会議で「第二次世界大戦中の従軍慰安婦問題に関して、日本政府の謝罪を求める」という内容の決議案が可決されましたね。


 あれも、「女性の人権」という発想から生まれたものです。それも、現代でも頻発している戦時性暴力をなんとかしなくてはならないという問題意識が出発点です。
 今、あちこちで戦時性暴力が起きている。それはなぜかと考えたときに、最初の大規模で組織的な戦時性暴力であった日本軍の慰安婦制度を、戦後の戦犯裁判で罰せずに放置してしまったことがもともとの間違いなんだというところにたどりついた。日本が、というだけではなくて、連合国側もその問題にきちんと取り組まなかったという反省がそこにはあるんです。
 今の世界中で頻発している戦時性暴力をなくすためにこそ、過去の慰安婦制度をきちんと犯罪として認めて、それに対する償いをやるべきだ。それを日本が先頭を切ってやってほしい、そうすればそれが世界の模範になるだろう、そういうことですね。

編集部
 単に、「日本の過去の犯罪」を糾弾しているだけではないんですね。


 念頭に置いているのはあくまで「今」の問題。今起きている問題をどう解決するのか、そのために国際社会の対応が問題だという考え方です。ところが、日本人にはそういう、今世界で起きている戦時性暴力をどうするのかという発想がまったくない。だから、「なぜ昔のことを、しかもなぜアメリカに言われなくてはならないのか」となる。
 国連人権委員会(※)での議論も完全に、さきほど紹介したような視点からのものです。今ある問題の出発点が日本軍の慰安婦制度であって、それをきちんと反省しなかった日本の対応、そしてそれを許した国際社会のあり方にこそ問題がある。そしてその解決は、被害者の名誉を回復するという、女性の人権の問題であって、国家間の賠償とは違う問題だという捉え方なんですね。

※1996年に国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」、同じく1998年に採択された「マクドゥーガル報告」では、ともに付属文書の中で日本の従軍慰安婦制度について取り上げている。

編集部
 しかし日本では、あの国会決議や国連人権委員会の報告を、「今世界で頻発し続けている戦時性暴力をなくすために、日本は従軍慰安婦問題にちゃんと取り組むべきだ」という視点から捉えた報道などはほとんどなかったように思います。


 国際社会のそうした議論は、日本ではシャットアウトされてまったく入ってこない。だから、発想がすごく古いんですね。「人権」という発想がなく、全部国家間の話としてとらえて、首相が謝ればそれでいいとか、国家賠償したからもう終わりだとかいう考え方をしてしまう。実は、慰安婦問題に限らず、あの戦時中の犯罪の処理の仕方が、戦後の現在に至るまでの世界のいろんな問題を引き起こしているんだという発想が、日本にはない。日本人の歴史認識の中で、戦後60年間がほとんどブラックボックスのように欠落してしまっていて、戦争中に起きた問題が今とどういうふうにつながっているのかという意識がまったくないんです。

編集部
 戦争中の問題は戦争中の問題としてだけ捉えていて、現在の問題とのつながりが無視されてしまっている。


 たとえば韓国です。韓国で今も日本軍による強制労働や従軍慰安婦の問題が取り上げられるのは、それが現在の韓国自身の問題でもあるからなんです。
 軍事独裁政権時代の問題を清算するというのは、日本の植民地時代の遺産を清算するということでもある。韓国軍はそもそも日本の軍隊だったし、警察は朝鮮総督府時代の警察を引き継いでいるし、当時の対日協力者は、戦後もずっと権力を握り続けていた。つまり、韓国の戦後の歴史を総括しよう、反省しようとするときには、日本の植民地時代の問題にも取り組まざるを得ない。植民地支配の清算は今韓国で進んでいる民主化の動きの中の一つなんです。
 ところが、日本ではその植民地時代の問題への取り組みだけが取り上げられて、「なんで韓国はいまだにそんなことばかり言っているんだ」というふうに批判される。しかしあれは、反日ではなくてむしろ今の韓国の政治社会そのものに対する自己批判であって、自分たち自身のあり方にもう一度メスを入れて、問題点をすべてさらけ出そうとしているんだと捉えるべきです。
 逆にいえば、日本がそうした、戦前戦中から戦後にかけての総括を、まったくできていないということでもありますね。

編集部
 なるほど、そう考えると、日本社会において根強く残る男女差別や女性の人権への意識の低さについても、やはり「従軍慰安婦問題」をうやむやにしてきたことが、大きな影を落としているというか・・。ジェンダーについては、むしろ今、後退している状況ですからね。今からきちんと検証し、「戦争犯罪」だったことを明らかにすることが、「女性の人権」を回復するためにも、最も必要なことに思えてきました。
 戦時中の問題を、ただ「過去のこと」として捉えるのでなく、それがいかに現代の問題につながっているのかという視点から見つめ直し、検証すること。それこそが、今の日本に求められていることなのかもしれませんね。
 長い時間、ありがとうございました!

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林博史さんに聞いた(その2)なぜ今、過去と向き合うのか」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    過去の過ちを検証するのは、決して糾弾のためではなく、
    同じ過ちをふたたび現代に生み出さないため。
    ここに、私たちが学ぶべき、重要なメッセージがあるのではないでしょうか。
    皆さんのご意見もお待ちしています。

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