この人に聞きたい

福島第一原発事故の後、事故の原因や被害拡大の経緯を明らかにするため、国会が設置した「国会事故調」(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)。しかし、1年半あまり前に公表されたその委員会報告書が、十分に社会に周知され、再発防止に役立てられているといえるでしょうか? 
今回の「この人に聞きたい」は、事故調事務局の一員を務めた石橋哲さんに、事故調の活動に高い関心を持って見ていたという南部義典さんが聞き手となってインタビュー。国会事故調の意義と役割について、そして石橋さんが社会人・学生有志と一緒に立ち上げた「わかりやすいプロジェクト 国会事故調編」についてお話を伺いました。

石橋哲(いしばし・さとし)
1964年和歌山県生まれ、87年東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行入行。2003年5月産業再生機構参加、2006年12月クロト・パートナーズ設立。主に事業会社における事業・組織再構築にかかる計画策定・意思決定行程の支援面で活動中。東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)に調査統括補佐として参加、プロジェクトマネジメントなどを担当した。現在「わかりやすいプロジェクト 国会事故調編」を推進している。
南部義典(なんぶ・よしのり)
1971年岐阜県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の憲法調査特別委員会(公聴会)で公述人を務めた。著書に『動態的憲法研究』(PHP・共著、2013年)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。→Twitter →Facebook
1年以上放置されたままだった
「7つの提言」

南部
 前回お話を伺ったように、国会事故調の報告書では国会に向けた「7つの提言」が大きな柱になっているわけですが、ではその国会は、提言をどう受け止めたのでしょうか? 報告書提出から、すでに1年半が経過したわけですが…。 

石橋
 報告書では、7つの提言の後に「提言の実現に向けて」と題した文章を掲載しました。その中にはこうあります。「国会に対しこの提言の実現に向けた実施計画を速やかに策定し、その進捗の状況を国民に公表することを期待する」。7つの提言を、すべてすぐに実行してくださいといっても無理がある。ただ、どんな段取りでどんなことをやるのかという計画やその進捗をまずは示してほしい、そうすれば国民の側も「あとはここが足りないんだな」「次はどうするんだろう」と考え、国会に対して質問できると考えたのです。民間では大きなプロジェクトをきちんとやっていくには実施計画は必須です。
 しかし、この「実施計画」も、現時点で策定されたという話は聞いていません。

南部
 そうですね。そもそも、報告書が提出された2012年7月5日というのは、まだ民主党政権、野田内閣のときでした。その前後、社会保障・税の一体改革に関する法案の採決をめぐって国会は混乱状態にあり、7月11日には小沢一郎さんたちのグループが離党して新党「国民の生活が第一」を立ち上げます。さらに8月初めには、「生活」を含む野党6党が内閣不信任案を共同提出するという、そういう時期でした。政治が空転状態になっていて、報告書の提言をまともに受け取れるような状況ではなかったんですよね。
 ただ、昨年末の衆議院選挙を経て、今年1月の通常国会でようやく衆議院に「原子力問題調査特別委員会」が設置されることが決まり、今年4月8日にその第1回委員会が開催されました。これは一応、〈規制当局を監視する目的で、国会に原子力に係る問題に関する常設の委員会等を設置する〉とある報告書の提言1に沿ったものといえそうです。もっとも「特別委員会」であって常設委員会といえるのかというのは議論のあるところではありますが…。
 さらに、参議院はもっとやる気がなくて、ずっと特別委員会が設置されないままでした。参院選が終わった後の今年8月に、衆議院と同じく「原子力問題特別委員会」がやっと設置されましたが、報告書が提出されて1年以上経ってからなわけで、国会の受け止めが十分だったとは言えないように思います。

石橋
 衆議院の原子力問題調査特別委員会は、たしかに提言1に沿ったもののように見えるんですが、ただこの特別委員会が監視する対象は、原子力規制委員会なんですよね。提言1の「監視」の目的は規制当局の独立性を担保することですので、そこでいう〈規制当局〉というのは、規制委員会だけを指すのではなく、行政全般です。提言2以降で書いた、「危機管理体制の見直し」「被災住民に対する対応」など、そのすべてについて国会が監視してくださいと申し上げているわけで、これは当然規制委員会だけでできるものではないんです。それ以外の組織が担う部分も含め、原子力行政全体の運用の隅々まで国権の最高機関である国会が監視すべきだということなんですね。

南部
 その意味では、衆参両院に原子力問題調査特別委員会を設置するだけでは、監視機関としても十分とは言えませんね。現に、実効的に動いていませんし。

石橋
 ちなみに、4月に原子力問題調査特別委員会が開催され、元国会事故調委員の皆さんが参考人として招致されたときには、私も事務局として陪席させていただいたのですが、参考人は議員からの質問に答えるだけで、逆に議員に対しては質問してはいけないということを初めて知って驚きました。当然、委員長の許可がなければ発言できません。議員と参考人とのあいだでディスカッションができないんですね。報告書の提出以来、なぜ国会がこの提言を正面から受け止めて実施計画を策定しないのかと非常に不思議だったのですが、国会の場できちんとした議論が行われない、それを通じて建設的で問題解決型の政策をつくり上げていくということができていない、そのあたりに根本的な原因があるんじゃないかという気がしました。

国会が継続監視すべき事項は、
いくつもある

石橋
 また、報告書では7つの提言とは別に、付録の2として「国会による継続監視が必要な事項」を挙げています。ここにも重要なことがたくさん書いてあって、本当は提言の一部として本文に含めておきたかったくらいなんです。

南部
 たしかに、重要な項目ばかりですよね。

石橋
 例えば、避難区域の設定。〈原子力事故発災時の避難の実効性を確保する観点から、避難経路などを含め、避難区域の見直しがなされる必要がある〉と述べています。
 原子力の安全を考える際には、「5層の防護」という考え方があります。1層目の防護は故障の防止、何か異常が起きてもその拡大を防ぐのが2層目、それが事故にならないようにするのが3層目。4層目は放射性物質の飛散をいかに防ぐかなどの「過酷事故の悪化防止」、そして5層目が、いかに迅速に秩序ある撤退を行って、住民を被曝から守るかという「原発外の対応」。これは、IAEAが標準として定めている考え方です。
 ところが、これも事故調の調査の中で、班目春樹・元原子力安全委員会委員長や寺坂信昭・元原子力安全・保安院長がおっしゃったことですが、日本ではそれが3層目までしか考えられていなかった。そして、福島の事故が起こった後に原子力規制委員会が定めた新規制基準も、実は4層目までしかカバーしていなくて、5層目は地域防災計画の中で定める、となっているんです。

南部
 地域防災計画は各自治体がそれぞれ定めるもので、国会が直接制定するわけではありませんから、各自治体任せになってしまう可能性がありますね。
 しかも、実はその4層目を定めている規制基準は、法律ではなくてあくまで委員会規則です。委員会規則のような府省令は、法律と違い国会で議論されて制定されるものではない。おそらくほとんどの国会議員は、それがいつ制定されるのかも、その中身も知らないままで決められていくんですよね。

石橋
 そのあたりも含めて、国会が継続的な監視をすべきだ、と報告書には書かれていますから、7つの提言とともにそれを実行していってほしいのですが…。こういうことを言うとよく「国会事故調は原発に反対なのか」と言われたりもするのですが、事故調は反対とも賛成とも言っていません。原発が必要か不要かについては国民的な判断がなされるものですが、いずれの政策決定が行われるにしても、例えば避難経路の確保などについても、せめてちゃんと世界標準にしましょう、その行程を実効的にしましょうということを言っているだけなんです。

南部
 しかし、報告書が出た後に衆議院選挙があり、今年の夏には参議院選挙もあり、ということで、国会には新しい議員の方たちがかなり増えている。そうするともう、報告書の中身はおろか、もしかしたら報告書の存在自体知らない方が多数いるんじゃないかという懸念も、正直なところありますね。

石橋
 うーん。ちょっと手前味噌になってしまいますが(笑)、もしそういう議員の方々がいれば、まずは「わかりやすいプロジェクト」でつくったストーリーブックやイラスト動画を見ていただきたいです。非常に短くまとめていますので、省いているところもたくさんあって「いや、これは違う」と思われることもあるでしょうが、それはそれでいい。そこから疑問を持って、いろいろ調べたり、議論したりしてみようと思う、その入り口になるツールだと思っていますので。

憲政史上初だった
国会の行政監視

南部
 最後にもう一点お伺いしたいのは、もし万が一、再び福島と同じような重大事故が起こってしまったと仮定した場合、石橋さんはその調査が、今回の国会事故調と同じような形で行われるべきだとお考えですか? もちろん、ああした事故は二度と起こってはならないことなのは言うまでもありませんが。

石橋
 今回の国会事故調は、「憲政史上初だ」としばしば言われました。そこにはいろんな意味が含まれていると思います。一つは、国権の最高機関である国会が行政を監視するという本来的な役目が、情けないことですが日本の憲政史上初めて、党派や政治的利害を超えて本格的に実行されたということ。私も最近知ったのですが、国会の機能としては立法よりも行政監視のほうが、むしろ先に立つものなんですね。

南部
 そうですね。議会制度というのが、そもそもそういう意味でできたものですから。日本において、行政監視機能が今までまったく意識されてこなかったことのほうが、異常といえるかもしれません。

石橋
 そしてもう一つ、国会議員でもなく行政でもない、民間出身の完全な第三者による機関が国会の中にできたということも、おそらく憲政史上初だったと思います。ただ、世界ではどうなのかと考えてみると、実は日本以外では日々普通に行われていることなんですよね。

南部
 そのとおりです。

石橋
 アメリカではスリーマイルやチャレンジャーの事故をはじめ、年間100件くらいこうした形の調査をやっていると聞いたことがあります。議会もしくは大統領が、完全独立した第三者の委員会に委託するという形ですね。英国でも、狂牛病の問題が発生したときに、EUに依頼して第三者委員会を立ち上げさせました。委員長を務めた黒川先生は、英国の元外務省職員に「日本では初めてなんだ」という話をしたら、「アンビリーバブル」と言われました、とのことでした。
 世界でやっていて日本でできないということはないでしょうし、それだけ多くの国々がこのやり方を取っているということは、それだけのメリットがあるということでしょう。そしてそれは、利害関係がなく、当事者から高い独立性を保つ人たちが調査を行うということ。そして、その調査や議論の過程を公開して、後世に再度「あのとき、なぜこの委員会はこういう判断をしたのか」と検証できるようにしておくことが重要なんだと思います。
 ちなみに、報告書の提言7では「独立調査委員会の応用」と題して、国会が民間中心の専門家からなる独立した調査委員会を課題別に立ち上げられる仕組みをつくるべきだと述べているのですが、ここで重要なのが、その調査委員会立ち上げの目的を〈廃炉の道筋や、使用済み核燃料問題等、国民生活に重大な影響のあるテーマについて調査審議するために〉としてあること。つまり、原子力の問題に限らず、〈国民生活に重大な影響のあるテーマ〉全般について、同様の調査委員会が設置されるべきだ、と読めるんです。我々は原発の事故調なので、原発についてのご提案をしましたけど、他のテーマについても有効な仕組みだと思うので。

南部
 ああ、なるほど。消費者問題については昨年に消費者安全調査委員会が設立されるなどの動きがありますが、そのように国民の苦情を汲み取って行政監視や救済に結びつける組織が、国の機関とはある程度独立して、必要なのかもしれません。

石橋
 私は、こうした独立した第三者委員会がもっとたくさんできて、さまざまな問題に関する資料収集と調査分析・選択肢提示はそこが担当する、議員はそれをもとにした判断だけを担うということになればいいと思っています。それによって、さまざまな利害関係から離れた客観的な調査が可能になるし、議員も本来的な政治活動にもっと時間が割けるのではないでしょうか。
 今年5月、国連人権委員会の特別報告者であるアナンド・グローバー氏が、福島での調査を終えての報告書を出されました。そこでは、「もっとも不利益を強いられている人たち――福島の場合なら被災者――が意思決定プロセスに入る」ことの重要性が指摘されています。被災者一人ひとりの主体的な地位を確立することこそ政策の透明性や信頼性を確保するし、現実に即した内容になるので実施段階に入った後もスムーズに進む、軌道修正もしやすいというんですね。国会事故調にも福島県大熊町から蜂須賀禮子さんが委員として加わりましたが、振り返ればそれは非常に重要なことだったと思います。

南部
 そうした仕組みが実現すれば、日本の社会も政治も少しは変わっていくのかもしれません。

石橋
 そうですね。もちろん、そうして「変わっていく」ことには、痛みも伴います。でも、そこは腹をくくって、痛みを克服しつつ不断の改革に向けた努力を尽くすことが、将来の世代から未来を託された国民一人ひとりの使命ではないかと思っています。
 そのためのツールとして、国会事故調の報告書はとても有効なものだと思います。ぜひ「わかりやすいプロジェクト」をきっかけに、一人でも多くの人に内容を知っていただきたいですね。

(構成・仲藤里美/写真・塚田壽子)

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国会は事故調報告書をどう受け止めてきたか
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  1. magazine9 より:

    衆議院の原子力問題調査特別委員会がようやく立ち上がったときには、南部さんもコラムでその意義を解説し、事故調の報告書という「貴重な財産」を、決して蔑ろにするべきではないと指摘されていました。このコラムでは、今回の記事中にも登場する、自身も被災者である元事故調委員、蜂須賀禮子さんの特別委員会参考人質疑での発言が引用されています。〈(報告書完成後の)国会の対応は、大変申し訳ございませんが、私、被災者にとっても歯がゆいことでした〉――こうした問題を放置したままで、何が「積極的平和主義」なのか、との怒りがこみ上げてきました。

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