三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

沖縄・普天間基地へのオスプレイ配備をめぐる抵抗運動の様子や、新たな米軍基地建設計画が進む沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いたドキュメンタリー映画『標的の村』を撮影した三上智恵さん。辺野古や高江の 現状を引き続き記録するべく、今も現場でカメラを回し続けています。その三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムがスタートです。毎週連載でお届けします。

第4回

「標的の村」高江の今。
~8月26日、公道に迷彩服の米兵が現れ、上空にはオスプレイが飛んだ~

 映画『標的の村』の舞台、東村高江区はアメリカ軍のゲリラ訓練場に囲まれてしまっている。
 沖縄戦でこの島を占領した米軍は、憲法も適用されない沖縄県民の「財産権」「平和的生存権」など考える必要はなかった。好きなところを好きなだけ、「基地」として取り上げた。

 その結果、高江は今も文字通り、訓練場の延長線上に暮らしを営んでいる。民間地域と区別するフェンスの一つもないことから、迷彩服を着て顔に泥を塗った兵士の集団が目をギラギラさせながら民家の庭に出てくる、という事も珍しくない。

 それだけでもぎょっとするが、彼らが手に銃を持っていたら、のどかな里道にライフル銃をガチャガチャさせながら現れたらどんな気持ちになるだろうか。
 住民が「鳥やイノシシと間違われて」撃ち抜かれた過去の事故の記憶が甦る中で、立ちすくむ住民の恐怖や悔しさがわかるだろうか。

 ついに始まった海底ボーリング作業を止めたいと、キャンプシュワブのゲート前に3700人が集まった8月23日、高江の座り込みテントの近くに銃を持った兵士たちが現れたと聞いて、きょう(26日)、その映像を確認しに高江に行った。
 銃の携行は、民間地域では自粛することになっている。

 すると、なんときょう26日も、銃を持った一団がかつての闘争の舞台、N4テント(※)のそばから茂みの中に入っていったという。その様子は写真をご覧いただきたい。直後、オスプレイが高江の空を低く飛んだ。

※N4テント…「N4地区」と呼ばれるエリアに設置された座り込みテント。なお、N4地区で建設中だったヘリパッド2カ所は今年7月に完成。沖縄防衛局は、これまで高江のヘリパッド建設と引き替えとされてきたはずの米軍北部訓練場一部返還を待たず、この2カ所のヘリパッドを米軍に「先行提供」する方針と伝えられている。

今日高江を飛んだオスプレイ。
撮影:大西章さん 撮影場所:高江 N4付近 撮影日:2014年8月26日

 銃を持った兵士が徘徊し、オスプレイが頭上を飛ぶ。
 『標的の村』の映画が多少ヒットし、現状の認識を広めたといったところで、高江の状況は何一つ良くなってはいない。

 動画を撮影した田丸さんは、その時工事が迫るN1地区の裏手の入口を一人で監視していた。みんなが辺野古の集会に出かけ、留守を守っていたところ、地響きとともに大型米軍車両が農道に現れた。そのまま住宅地域を通るのではと心配になってあとをついて行ったところ、民間地域で銃をもって次々に降りてきた。
 撃たれることはないとわかってはいても、恐怖を感じつつカメラを回したという。

撮影:田丸正幸さん 撮影日:2014年8月23日

 かつては銃弾を装填した銃を肩から下げて、隊列を組んだ兵士が民間地域を闊歩する、そんな光景は沖縄では日常茶飯事であった。
 しかし、再三自粛を要請した結果、「施設間移動に限り携行を認める」ことになったはずだった。

 しかし、そんな軍隊と地元との取り決めは、他もそうであるように常に有名無実である。どんなルールを勝ち取って、違反を追及しようにも、「訓練上、必要だった」のオールマイティーカードを相手に渡してしまっている日本は最終的には手も足も出ないのだ。

 そればかりか政府は今、これから工事に入るN1地区のゲートのテント小屋がある場所を、県道であるにもかかわらず米軍の施設区域内に変更しようと奔走している。

 反対運動のテント・車・人々がいる路肩を米軍区域とすることで、そこで24時間監視する住民らを締め出そうという作戦だ。
 抗議行動をするなら車道に出ろ、と言わんばかりの危険なやり方ではないか。米軍が基地の拡張を日本国に申請しているならまだしも、反対運動を抑え込まんがために県民の生活道路の一部を自ら米軍に差し出すとは。

 いや、それも、アメリカ軍が使うわけではない。路側帯に入ったら「刑特法違反で逮捕しますよ」と威嚇するためだけの、日本側のルール変更だ。
 同じ理屈で、辺野古では工事区域の数倍の面積が「制限水域」とされ、キャンプシュワブが使うわけでもないのに提供水域が拡大されてしまった。

 軍事優先で、国民の権利はいくらでも制限されていく。そんな恐ろしい国になっていることを国民は理解しているだろうか。

 夏休み明けの高江。きょうも銃を持った兵士が通学路を歩くかもしれない。
 みんな自由に泳いでいた辺野古の透明な海は、10日前にフロートで区切られ、中に入ったら数十人の海上保安庁が飛び込んで抑えに来る。
 それがきのうきょう、ここで起きている現実だ。

 高江を見過ごしていると、あなたの暮らす場所が、いつか高江になる。
 辺野古のSOSに気づかぬふりをしていると、あなたのSOSをスルーする国になる。

 頬っ被りしてやり過ごす人々の集団が、明日の恐怖社会を引き寄せてくるのだ。



撮影:大西章さん 撮影場所:高江 N4付近 撮影日:2014年8月26日

三上智恵監督新作製作のための
製作協力金カンパのお願い

沖縄の基地問題を描く、三上智恵監督新作の製作を来年の2015 年完成を目標に開始します。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

◎製作協力金10,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画HPにお名前を掲載させていただきます。
◎製作協力金30,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画エンドロール及び、映画HPにお名前を掲載させていただきます。
※掲載を希望されない方はお申し込みの際にお知らせ下さい。

■振込先
郵便振替口座 00190-8-513577
名義:三上智恵監督・沖縄記録映画を応援する会

 

  

※コメントは承認制です。
第4回 「標的の村」高江の今。~8月26日、 公道に迷彩服の米兵が現れ、上空にはオスプレイが飛んだ~」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    豊かな色濃い緑に覆われ、本当に平和そのものの、思わず深呼吸したくなるような光景が広がる高江の集落。それだけに、そこに突然ずかずかと現れる「戦争」の姿を思うと、胸が詰まるような思いにとらわれます。
    三上さん監督の『標的の村』では、かつてベトナム戦争の時代、高江の住民たちが米兵たちの訓練に「ゲリラ役」として駆り出されていたという事実も明らかにされていました。「国策」の陰で、常に踏みつけにされ、「穏やかに暮らしたい」という願いを奪い去られてきた人たち。それは、すぐ目の前にある「私たち」の姿なのかもしれません。先週もご紹介しましたが、こちらのサイトにある「抗議先一覧」などを参考に、ぜひ行動を!

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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