三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。

第48回

南西諸島に自衛隊を置く理由~宮古島市長に切り込む女性たち

 先月末、日本最西端の与那国島に配備された自衛隊部隊(160人)の発足式典があった。沖縄が本土に復帰して初めての自衛隊基地の新設。だが自衛隊はこれから石垣・宮古・本島・奄美に次々とミサイル部隊を展開していく。南西諸島は急速に中国を睨む「軍事要塞」に変えられようとしている。島民の運命も、いつか来た道に引きずり戻されようとしている。

 そんな流れを何とか止めたいと、先週、乳飲み子を抱えたお母さんたちが宮古島市庁舎に詰め掛けた。自衛隊配備を推進する下地市長に直談判するためだ。
 「てぃだぬふぁ 島の子の平和な未来をつくる会」(てぃだぬふぁの会)の女性たちは怒っていた。自衛隊基地と地下水の保全をめぐって学術的な検討が進められている審議会を密室で行わないで欲しいと要請し、市議会で採択されたにもかかわらず議事録が開示されないのだ。下地市長は「開示はするがすべて終わって結論がでてから」と突っぱねている。

 山や川がない平らな宮古島は、すべての水を地下水に依存している。ミサイル基地の配備計画は情報が何も明かされない。住民が不安におびえるのは自衛隊の是非以前の問題だと世論を高めていった結果、防衛省は先月末、突如「地下水審議会」に提出していた協議書を取り下げた。水源地に掛かる福山地区への配備計画は、とてもじゃないが島民の理解が得られないと悟ったのだろう。福山地区の計画は事実上白紙撤回となったのだ。
 これで今計画の審議会はいったん終了するから、議事録は公開されるはずだ。彼女たちはそう主張するが、下地市長は「審議会はまだ終わっていない」として議事録の開示に応じない。「新たな候補地を選んで再び防衛省から協議書が上がってくるから、審議会は継続中だと解釈している」と苦しい理屈をこねている。

 一体どういう施設ができ、どんな運用が見込まれているのか、市として把握しているはすの情報さえまるで市民に公表されない。それなのに「疑問があるなら防衛省が説明会をすると言っているからその場で聞いたらいい」「納得するかどうかは皆さん次第だ」とかわすだけの市長に対して、「てぃだぬふぁの会」共同代表の石嶺香織さんは声を荒らげた。

 「ちょっと待ってください。そしたら市長の役割ってなんですか? 防衛省が市民に直接説明し、市民が防衛省に意見を言う。それだけですか? 防衛省の説明を受けて宮古島市が市民に図って、そして市民が受け入れるか受け入れないかを決める。そのプロセスが全部抜けてるんですよ。市長は市民の意見を代表するために存在するんでしょ?」

 たたみ掛けて楚南有香子共同代表が市長に問う。
 「市長は有事の際、自衛隊は宮古島の市民を守るのが任務であると認識していますか?」。怒りに満ちた横顔はまるで切れ味の鋭いナイフのようだ。

 「市民も守るし、宮古島の国土も守るんじゃないですか?」と言う市長に対し、有香子さんは続ける。

 「有事の際の自衛隊の任務はまず『国土を守ること』です。国民の命を守るのは、国と地方自治体、行政の仕事です。有事の際の避難計画、国民保護計画も策定せず、自衛隊配備を推し進めるのは宮古島市がやらなければいけない義務を放棄しているに等しい」

 「防衛省の資料を見ますと、配備されるのはどう見ても可動式のミサイルです。島中を発射台にできる。イコール、島中が標的になると言うことです」

 「その上、防衛白書には、宮古海峡を宮古島と沖縄本島からのミサイルで挟み撃ちにすることによって、脅威である隣国の艦隊が太平洋上に出ないようにすると明記されています。それは言われている『宮古島を守るための最小限の装備』でないことは明らかです。隣国の艦隊を宮古海峡で止めるのは何のためですか? 市長はどう考えますか?」

 下地市長は絶句した上で「…島嶼防衛は必要だと思いますよ…」とようやく答えたのに対し、有香子さんは語気を強めて言った。

 「太平洋に艦隊が出て行くのを止めるんですから、答えは1つ。アメリカを守るためです。宮古島への自衛隊配備が宮古島市民の生命財産を守るためと言うのは、マヤカシです」

 今回の映像を見て、ここまで責め上げられたら市長もかわいそう、と同情する方もいるだろう。なにもこの市長個人が、島民など存在しないかのような身勝手な日米軍事作戦を編み出し、遂行しようとしているわけではない。ただ自衛隊が来たほうが都合のいい、ささやかな事情があるだけだろう。本気で「警備員を置いたら安心だ」と思うくらいの、人を疑わないハッピーな人なのかもしれない。

 しかし、このお母さんたちが見つめているものは次元が違う。パワーの源が違うのだ。天から子を授かり、島の土にしっかり根を生やして太い幹で立ち、島の宝をこれから育て上げていくために、それを邪魔するものは利権だろうが国家権力だろうが無限に伸びる枝葉で振り払っていく。その雲を突き抜けて天の力をも動員するような「大地と神に守られた正しさ」は女性の天性なのだ。
 女性が神と呼応して家族を守り、ムラを守る。それこそ沖縄の祭祀の中心をなす信仰であり、特に宮古島の女性のDNAの中に色濃く、脈々と受け継がれていると私は感じている。

 市長に迫る時には迫力ある女性たちだが、一人ひとりはとても穏やかで可憐な女性だ。石嶺香織さんは宮古島の織物に魅せられて、宮古伝統の織りだけでなくあらゆる織物の可能性を追求して自宅に2台の機を置き、3人の子育ての合間に機織を続けている。彼女の左手に握られた白い綿がスルスルと糸になっていく様子を見て、この繊細な指で美しい布を織り上げるような女の子のどこに、市長に、そして国家権力に立ち向かっていく力があるのだろうと糸車をまわす姿を見ながらますます不思議に思った。
 「てぃだぬふぁの会」を立ち上げてまだ1年にもならないが、いても立ってもいられなくなって政治活動など無縁だったお母さんたちと繋がり、がむしゃらに自衛隊問題に向き合ってきた。でも本当は一刻も早く終わらせてゆっくり機に向き合いたいと言う。

 子育て期間は大変で、とても社会問題と向き合えないと言う人も多いが、子育て期間だからこそ子を守るために湧き出す無尽蔵のパワーが享受できたり、祖先や子孫、大地や神とのつながりからインスピレーションを得たりする体験ができるのかもしれない。彼女たちに限らず、戦争法案や原発で動き出した若いお母さんたちの団体を見ていて、そう思う。

 今回の宮古の勉強会に、オリバー・ストーン監督や言語学者ノーム・チョムスキー氏など世界の有識者と辺野古を繋ぐ役割を果たしている女性、カナダ在住の乗松聡子さんが参加してくださった。沖縄の基地問題を英語と日本語で積極的に発信し続けている中で、南西諸島の自衛隊配備が沖縄だけではなく日本の命運を左右する問題だと大いに危惧して、わざわざ宮古島を訪ねて来てくれたのだ。

 彼女はこう切り出した。
 「まず、アメリカの人たちは自分の国がよその国に800も1000もの基地を持っていることを知らない。ましてや70年前に、帝国日本をやっつける名目で上陸し、正義の味方であったはずの米国が、そのまま居座って沖縄を、日本を侵略し、植民地化し続けているなどとは夢にも思わない人ばかりなんですね」

 そして先島への自衛隊配備は日本の中でこそ黙殺されているが、国際社会の中では決して小さなニュースではないと指摘した。

 「与那国島への100人だか160人の自衛隊配備なんて国際的に注目されていないだろうと思うかもしれませんが、そんなことはないです。だって日本の一番最西端で、問題になっている尖閣諸島の近くに日本がレーダー基地を置いたって報道されてるんですよ。これは中国から見たらものすごい危機感、脅威感、挑発として受け止められる。やっぱり英語で記事を読むと、ああ、日米が中国に対して挑発を仕掛けてるなっていう。英語で読むとわかるんですよ、それ。日本語で読むとね。なんだか念のために自衛隊を置いておく、と思えちゃうんですけど」

 「海外から見たら事実上の『日本軍』が戦闘体制になった。それもレーダーだけでなくミサイル部隊を置いて、ディフェンスからオフェンス、攻撃態勢を作ろうとしていることはしっかり世界に報道されています」

 このところ、私も人に話すチャンスがあるたびに「攻撃機能を持った自衛隊の部隊を中国の近くに配備する。かつて日本はそんなことをやったためしはない。これを中国がどうみるか。あおっているのはどちらなのか」と、先島への自衛隊配備が日本の運命の重大な転換点になっていると説明するが、県外だけでなく県内も含めて反応は鈍い。でもそれはとんでもない認識違いだと思う。

 集団的自衛権を手にした自衛隊を「専守防衛でいわゆる軍隊ではない」などと思っているのはもはや日本人だけだ。自衛隊は今後、中国の台頭で軍事的なバランスが目減りする一方のアメリカ軍を支え、もとい、先に消耗する先兵となって韓国軍とともに中国と向き合わされる、アメリカ軍の下部組織のような軍隊として縛られていくだろう。日本人が南西諸島に警備員を置くつもりで自衛隊を置いているとしても、対外的には乗松さんの言うように米軍とともに中国を威嚇する攻撃態勢に入ったとしか映らない。

 防衛省は「島を守るための最低限のミサイル」と説明しているがおかしな話だ。軍艦が近くから攻撃したら応戦できるかもしれないが、中国本土から射程県内にある宮古島を攻撃されたら撃ち返せないのだから、どちらにしても島を守れない。逆に中国が海洋進出しようと思えば真っ先に標的になるだろう。とりあえずは防衛白書にあるように宮古―沖縄本島、宮古-石垣の海峡を通さないための飛距離のあるミサイルを置くのだから、それは「公海だが通ったらここから攻撃する」と世界に宣言しているようなものだ。

 どこかの国の船が公の海を通ってどこかの国を攻撃しに行こうが、知ったことではない。武器がなければ眺めているしかない。ところが、両側にミサイルを置いてしまえば、友だちやボスから「まずお前のところで止めろ。威嚇しろ」といわれたら断るわけにいかなくなる。それは誰にとって都合のいい装置なのか。ミサイルを置いたほうが安心だという人はこの点をよく考えてみて欲しい。

三上智恵監督新作製作のための
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『戦場ぬ止み』のその後――沖縄の基地問題を伝え続ける三上智恵監督が、年内の公開を目標に新作製作取り組んでいます。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

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第48回南西諸島に自衛隊を置く理由~宮古島市長に切り込む女性たち」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    総務省のHPにも掲載されている昭和19年前後の宮古島の状況をみると、軍による飛行基地のための強制的な土地接収、そして農地接収に苦しんだ人々の様子が垣間見えてきます。与那国島での自衛隊発足式は、そんな「いつか来た道」を思い起こさせる風景だったのではないでしょうか。これまで政治とはかかわりのなかった多くの人たちが全国で行動を起こしています。それぞれが、いまつながっていかなくてはいけない時期なのだと強く感じます。

  2. L より:

    宮古には戦争中に何万もの日本軍がやってきて忽ち島は飢餓に陥った。軍は畑まで取り上げ島人に銃を突きつけたという。”補充兵われも飢えつつ 餓死兵の骸焼きし宮古よ 八月は地獄”の碑がある。また、民家を接収等して17箇所の慰安所を設けた。心ある島人によって数カ国語で記された祈念碑が建てられた。米軍の上陸こそなかったが軍の存在故に猛烈な砲爆撃が繰り返された。飢餓と攻撃の中でマラリアが猖獗を極め、部落ごとなくなった例もあったという。4・14東京特報は、米軍とともに沖縄を再び捨石にする自衛隊の戦争計画を暴露した。沖縄戦の教訓は「軍は国民を守らない。軍がいるから殺される」。小銭に転ばぬてぃだぬふぁの会の活動に賛同します。

  3. 別所正則 より:

    しらなかったです。よくわかりました。まったく、報道されていないですね。

  4. upu より:

    沖縄本島に住んでいる人たちは米軍がいるから安全であるでしょう。ところが先島に住んでいる我々を誰が守ってくれるというのだ。守ってくれるものを置くななどと薄情極まりない。自衛隊がいてもいなくてもすでに宮古島は標的にされているだろう。わずかな稼ぎから税金を納めている以上、強力な道具を持ったものに守られ、安眠したい。無責任なことは言わないでほしい。

  5. 新美益子 より:

    ミサイル配備の目的を見抜く目は宮古島の人々の中でも、この女性たちが一番鋭いようですね.基地が守るのは市民ではないことは過去の戦争や紛争が明らかにしています.本土の軍事施設への米軍の容赦ない爆撃の記憶はまだ消えていません・この時代錯誤の施策、一緒に止めましょう

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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