三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。

第49回

石垣島自衛隊配備
~狙われた開拓移民の集落〈於茂登・嵩田・開南〉~

 「一切の説明会を拒否する」「公民館を提供しない」
 そうきっぱりと言い切った3地区のリーダーたちの写真を朝刊で見た今年の1月、私は胸が熱くなった。辺野古でも高江でも、説明会の次は着工だった。そして説明会自体が決定的に反対派と容認派がいがみ合う構図を作ってしまう。基地建設に向けた「説明会」というのは鬼門で、重大な転機になる。3地区の人々は直感でそれがわかっていたのだろう。

 降って湧いたような自衛隊のミサイル部隊の配備に揺れる石垣島。普通なら容認派も反対派も「わからない点が多すぎる。まずは話を聞こう」となる流れだが、いや、説明会で既成事実化されるのはまっぴら。テーブルに着けば必ず懐柔策や条件闘争に乗る人が現れ、地域が割れる。だから説明は受けないことをそれぞれの区民総会で決めたという。

 今年1月16日、陸上自衛隊配備に反対する石垣島の地元3集落は、共同で抗議文を中谷防衛大臣に突きつけた。配備予定地に近い開南公民館(川平重治館長)、於茂登(おもと)公民館(嶺井善=みねい・まさる=館長)、嵩田公民館(金城哲浩館長、いずれも当時)だ。
 石垣島のど真ん中、沖縄で最も高い霊山「於茂登岳」のふもとに位置する3集落はいずれも開拓移民でスタートした小さな集落で、海からは遠くもっぱら農業を生業とする。

 3集落の中でも、特に全会一致で反対決議をした於茂登地区は結束が固い。58年前に沖縄本島から移民してきた25戸の家から歴史が始まっている。内陸部のやせた台地に必死にしがみついて苦楽を共にしてきた歴史を共有しているためか、土地への愛着が強い。

 「58年前の5月19日に、こっちに親父なんかが来て、12月23日に家族が来た。」
 「一次隊はその山からこっちを見て、川を渡って宿営所を建てて、そこに泊まりながら、持ってきたお家を組み立てて家族を迎えた」

 嶺井善前公民館長はサトウキビを刈る手を休めてすらすらと語った。開拓団がこの土地に入った経路から日にちから、51歳の彼が生まれる前の話なのにまるで見てきたような口ぶりだ。入植当事を知る先輩たちが農作業をしながら、酒を飲みながら、繰り返し繰り返し自分たちの開拓の歴史を誇りを持って語って来たのだろう。
 ここに来た3分の2は、戦後米軍に土地をとられて生活の場を失い、移民を選ぶしかなかった沖縄本島からの移民だ。家屋や農地を米軍に接収され、住むところも働く場所も奪われてしまった人で溢れ返っていたため、琉球政府が計画移民を実施した。国外だけでなく、未開の地が多かった石垣島や西表島にも開拓団を送り込んだ。その中で琉球政府として最後の移民になった於茂登は、いいところをとられた後で石ばかりの土地に泣かされたと言う。しかし水には恵まれていた。旱魃や台風で何度か土地を放棄しようとするも歯を食いしばって、野菜や花卉園芸で成功し、不動の地位を築くまでになった。小さな集落だが、於茂登の家はどこにも手入れされた庭があって競うように花が溢れていた。

 「米軍に追い出されて八重山移民になった。難儀してここまで来たのに、また自衛隊の基地を造られるなんてありえない。意地でもここにいる。腹は決まっている。絶対に造らせない」

 嶺井さんはもはや「青年」とは言えない年齢だが、エイサーで大太鼓を担当している。エイサーが盛んな沖縄本島中部の北谷からの移民として、石垣島にはなかったエイサーを毎年ここ於茂登のお盆の際に踊り、すっかり定着させていた。

 「もう去年で引退だと思ってるんだけどな。今年はどうしようかな」
 エイサーの話になると顔がほころぶ。いまだに米軍に奪われたままの故郷のエイサーを誇りとし、他島で60年踊り続けた嶺井さんたちの暮らしに、再び基地の暗雲が拡がる。

 嵩田公民館の金城哲浩区長は与那国の出身だ。マンゴー園とアセロラの栽培で果樹園は軌道に乗っている。ここ数年は、まだ珍しいトロピカルフルーツの「アテモヤ」作りに挑戦している。国連の職員になることを夢見て留学していた長男が、2年前、熟慮のすえ生まれ島で地域に貢献したいと島に戻ってきた。まだ認知度も低く未知数の果樹「アテモヤ」を任せたところ、試行錯誤してマーケティングの知識も駆使しながら楽しんでやっていると目を細める。せっかく息子と二人三脚で果樹園を盛り上げようと思った矢先、自衛隊配備計画を知って愕然とした。

 「たとえ十分な立ち退き料をもらっても、果樹栽培は収益を上げるまでに10年20年掛かる。じゃあ代わりの土地でというわけには行かないのです」

 物腰の柔らかい金城さんはため息をついてそういった。そして3月から故郷の与那国島に自衛隊が配備され、島の様子がすっかり変わってしまったことについても肩を落とした。

 「あの光景はなんと言っていいか…。石垣島もやがてああなるのでしょうか」

 4月22日、石垣市民会館で初めて防衛省主催の説明会が開かれた。予定地に近い自分たちの公民館で説明会を開きたいと言う防衛省の要望は強く拒否した3区だったが、石垣市民全体への説明は聞いておく必要があると判断し、4月に交代したばかりの新旧の公民館長が揃って会場に向かった。市民会館の外では自衛隊配備反対を訴える声と、それをやめさせようとする誘致派の怒号が飛び交い早くも騒然としていた。

 300人しか入らない会場は超満員だった。誘致派の議員とその支持者が前の3列に陣取り、自衛隊側の説明にいちいち細かい拍手を送っていた。この島ではめったに見ない胸に勲章のようなものをつけた制服の自衛官をはじめ黒いスーツの事務方が舞台側左手に陣取り、その中でも物腰の柔らかい沖縄防衛局の企画部長が説明に当たった。しかし、市民が知りたいこと=場所・規模・運用については何も情報がなかった。説明の4割は中国船の往来やスクランブル発進の増加など「今、いかに日本が危なくなっているか」について。あと4割は「熊本や東北の災害救助での活躍」。石垣に配備する理由やあらかじめ受けた質問に答える時間は2割ほどだったため、会場からは不満の声が噴出した。

 資料は防衛省のホームページにあるような新味のないものだったが、石垣市民に「第一列島線」の重要性を説いたのは少し驚いた。中国から見て、彼らが太平洋に出て行くのをふさぐように連なる「第一列島線」と呼ばれる日本列島から南西諸島、台湾に連なる線を示しながら、「宮古島と沖縄本島の間を中国船が頻繁に通っている」ことを懸念材料と認識し、それを防ぐためのミサイル部隊の配備であることは隠さなかった。

 配備に反対する人たちは、先島に自衛隊を配備するのは島民を守るためではなく中国の太平洋進出を防ぎ、中国海軍の動きを第一列島線内に封じ込めることが主たる目的であることを反対の理由に挙げている。それは自分たちの島のためではないし、直接的には「日本への攻撃を防ぐ」効果もない。中国の軍事的な進出を止めようという「アメリカのエアシーバトル構想」の一環だということがわかっているからである。

 「軍事的に非常に重要な地域」「宮古海峡を守る」と繰り返し強調していたが、たとえ軍艦が通過してもそこは公海であり、領土が侵されたわけでも経済水域が侵されたわけでもない。第一列島線と同時に日本の排他的経済水域の図を見せて、まるで船が通るだけで何かが侵されているような錯覚を起こしかねない説明になっていたが、「ここを通るな」と言う権利はないのに、門番のようにミサイルを配備するのは誰にとっての安心のためなのか。

 近隣国にとってみれば航行の自由があるにもかかわらず「なんかあったら撃つよ」と構えられてしまうわけで、それなら通過する側も万が一に備え、武器を島に向けながら通る緊張した海峡になる。それは小競り合いの導火線になりかねないし、万が一、どちらかが一歩踏み込んだ行動に出る場合は、当然真っ先に自衛隊の島は標的になる。

 百歩譲って「威嚇は抑止力である」としても、それは日本の国土・国益とアメリカの覇権を守るための配置であって、攻撃力を持った部隊と今後ずっと同居させられる島の住民の安全は、無防備だったころより間違いなく悪化する。第一列島線を守る話は、多くの住民にそのことを気づかせてしまったと思う。少なくても中国が石垣島を領土にしようと攻めてくるとか、それと闘ってくれる部隊が来るという勘違いを拡大する歯止めにはなる。

 配備計画の詳細が一向に明かされない無意味な説明会で、嶺井さんと金城さんは終始苦い顔をしていた。自分たちが人生をかけて向き合ってきた、花が咲き、収穫がある恵みの大地を「領土」や「海に浮かぶ発射台」としてしか見ない人たちを前に、やりきれない思いが溢れた。

 戦後も軍事利用が優先され、島民の生活が後回しにされた沖縄本島の辛酸を逃れて、新天地に根を張った嶺井さん一家。急速に要塞化されていく最西端の島・与那国にルーツを持つ金城さん一家。怒号が飛び交う中で、寡黙な二人が宿している深い怒りと悲しみに胸が詰まった。

 しかし、石垣の自衛隊配備を止める闘いはまだ歩き始めたばかりだ。誘致派のスピードに追いついていない印象がある。誘致派は今回の説明会で「段階は踏んだ」として、6月の市議会で誘致の請願の採択を狙う。時間をかければ辺野古の二の舞になる、と短期間にまとめた与那国配備の成功に続けとばかりに、防衛省は作業を加速させていく。

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『戦場ぬ止み』のその後――沖縄の基地問題を伝え続ける三上智恵監督が、年内の公開を目標に新作製作取り組んでいます。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

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※コメントは承認制です。
第49回石垣島自衛隊配備~狙われた開拓移民の集落<於茂登・嵩田・開南>~」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    「話し合いのテーブルにつかない」というのは、一見ひどく頑なな態度に見えるでしょう。しかし一度機会を持つと、「両者よく話し合った」という異なる既成事実を作られてしまい、あっという間に地域の人たちは分断されてしまう。そんなことがこれまで幾度繰り返されてきたことか。米軍基地、原発、自衛隊基地など…。素朴に疑問に思う。なぜ国家は、まじめに暮らす人々の、かけがえのない生活を破壊する、そんなものを作り続けるのでしょうか。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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