三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。

第65回

ウタの呪力について~辺野古海上工事再開

 先週から、見たこともない巨大な海底ボーリング作業船「ポセイドン」が大浦湾にやってきて、辺野古の海は戦場の様相に逆戻りしてしまった。

 大きな台船2台には、コンクリートブロックが山のように乗せられている。埋め立ての土砂を投入する際には、汚れが海中に拡散して生態系を壊すため「汚濁防止幕」を水面から海底にかけて張っていく。埋め立て工事に伴う汚濁というのはそんな幕では防げないし、海が荒れればすぐに破れるような代物だ。水中でビリビリになって用を足さない様子を水中カメラで報道した経験があるから、なんとも空しい。しかし、工程上張らなくてはならず、海底に固定するために、これから数ヶ月間はおびただしい数のトンブロックが、毎日あの美しい海にじゃんじゃん投下されるのだ。

 辺野古の海に基地を造ると決まった1997年から、辺野古のおじい、おばあたちが座り込んで止めてきたのを最初から見てきた私としては、この光景はとてもじゃないが正視できない。鬼籍に入った方々に申し訳ないし、子孫にこの海を潰して手渡すなんて、なおさら申し訳がない。20年止めてきたのに、命がけで守ってきた海だったのに、ついに目の前で海が壊されていく。去年の3月に国と和解し、工事は止まっていた。なのになぜ、また海を殺す埋め立て作業が進められることになったのか。簡単に振り返ってみる。

 2014年11月。保革を問わず、イデオロギーも今回だけは度外視して、沖縄県民は辺野古の基地建設に反対する意思を示そうと翁長知事を誕生させた。沖縄県政史上初のオール沖縄体勢で、圧倒的な支持を集めた知事の誕生。それは政府の方針と反するものではあるが、沖縄県民の生活と安全を守るためにそれしかないという局面で、県民が選択した結果である。これが民意の表れでなくてなんであろうか。さらにその直後の衆議院選挙でも、すべての選挙区で、辺野古の基地建設を容認する立場を主張していた自民党現職が議席を失う。重ねて示されたこの民意を受けて、翁長知事は辺野古の埋め立て許可を取り消した。

 日本にある米軍専用施設のおよそ74%を負担する沖縄県が、世界一危険と言われた普天間基地だけは返して欲しいと声を上げたとして、それは大それたことだろうか。普天間が消えても、基地負担はそのうちの1%も減りはしない。それなのに、さらに大きな軍港まで備えた新基地建設が、絶対の交換条件につけられるのはあんまりではないのか。これからも7割もの基地を沖縄は引き続き負って行くというのに。

 やみくもに「抑止力」という概念にすがりたい人々がこの国に大勢いて、思考を停止して、刻々と変化していくアメリカの戦略や海兵隊の役割や大国の思惑を学ぶことを怠って、「よくわからないけど、沖縄の負担を1ミリでも減らしたら自分たちは不安なのだ」と主張するなら、それは多数派のエゴというものだ。しかし、政府は「翁長知事が埋め立てを認めないのは違法だ」として知事を司法機関に訴え、昨年末、最高裁で勝ち、知事の手続きは無効化された。それによって、去年の末に辺野古の新基地建設工事は再開され、埋め立てに向けた海上工事も先週から始まった。辺野古の海上は海保の船、監視船、大小の作業船と抗議の船やカヌーチームも入り乱れて、またまた悲しい戦いの場に戻ってしまった。

 ゲートの前では、この作業に必要な資材や重機や人員を少しでも搬入させないよう阻止行動が本格化した。先週から水曜、木曜に集中行動が展開されている。400人もいたら機動隊もごぼう抜きをあきらめてくれる。しかし人数が少ない日はあっけなく排除され、その都度ゲートが開けられてしまい、基地建設作業を止めることなどできない。それでも、1時間でも座り込みで遅らせることができたら、海の阻止行動は少しでも楽になる。この寒さの中、海に出て行く仲間たちのことを思えば、陸にいるのだからはいつくばって必死に抵抗し続けるしかない。ゲートに座り込む人たちは海にいる仲間の分、拘留されている仲間の分も頑張ろうという覚悟で座っている。

 おととい、その座り込みに始めて参加するという石垣島の女性と宮古島の男性の姿があった。女性は山里節子さん。私の新作ドキュメンタリー『標的の島 風かたか』の石垣編の大事な主人公の一人であり、自衛隊配備に反対するおばあたちのグループの中心的な存在だ。もう一人は、なんと1月にこの映画の先行上映を宮古島で見て、自衛隊配備問題に取り組む島のお母さんたちのグループ「てぃだぬふぁ」に速攻で参加したという男性。

 この砂川さんは宮古島で生まれ育ったミュージシャンで、1歳児のパパでもある。宮古島市議に当選した石嶺香織さんの選挙のときには、彼女と同じように乳飲み子を背中にくくりつけて、毎日選挙応援に駆けつけた。強力なてぃだぬふぁの「黒一点」となった。自衛隊容認の市長が3選を果たし、用地取得と工事着手が秒読みになった宮古島でも、座り込みの局面があるかもしれない。今回、繰り返し排除されても隣の人と強く手を握り、祈るような彼の表情から、その痛いほどの覚悟が伝わってきた。

 それは、石垣からやってきた節子さんも同じである。でも節子さんはごぼう抜き経験者だ。世界有数のアオサンゴ群落で知られる石垣市白保の海に新空港が建設されるというときに、白保の人々は長く激しい反対運動を展開した。節子さんはその中にいた。権力者どもが庶民のささやかな生活を潰し、野心家どもが先祖の土地を売り渡す。彼らの手に委ねていたら島の生活は奪われ、戦争への道がまた開かれる。その構図は常に仕掛けられてくるのだということを身に染みて知っているからこそ、覚悟を持って辺野古高江を見つめてきた女性だ。

 しかし彼女には、ほかの島の人が持たない大きな武器がひとつある。胸に溢れる思いや信念や覚悟や怒りをエネルギーに代えて外に発散し、人の心を射抜く力さえ持つ、歌の力を身につけていることだ。それは八重山地方の宝である「とぅばらーま」という歌のことだ。今度の新作映画の中で、ロケ中に彼女が突如歌いだすシーンがある。私は石垣の言葉だから半分しかわからなかったが、胸骨の辺りから涙がせり上がってくるのを押さえられなかった。歌にこんな力があるのか、と圧倒された瞬間だった。

 うまいから聞かせる、楽しむために歌う、そのどちらでもなく、場を盛り上げるとか心をひとつにするとかでもなく、相手がひるむような歌の威力というのがあるのだということは、奄美の歌の研究で知ってはいた。テレビもラジオもない時代、夕食後の楽しみはもっぱら歌であった時代、他島(たしま=別の集落)まで出かけていって歌で交流するのが最大の娯楽なのだが、中には、歌勝負が昂じて相手を威圧し、エネルギーを奪ったり、歓迎されないことではあるが、相手を呪うような手法もあったという。まさに精神文化の深淵に漂う言葉やウタの持つエネルギーと言うのは、底なしの宇宙をもっていたのだと思う。研究報告書でしか知らなかったそんな力の一端を、節子さんの歌に感じたのは、彼女と自衛隊配備予定地に立った去年の今頃のことだった。

 その節子さんが一年経って、辺野古の闘争現場にいる。なんとも不思議な日だった。動画で紹介しているが、彼女が不当な長期拘留が続いている博治さんのことや石垣の状況をとぅばらーまの形で披露したとき、道の向こうに座っていた文子おばあがひときわ大きな拍手をし、合いの手を入れていた。節子さんの歌がたいそう気に入ったようだった。夕方、文子さんの家を訪ねたときにおばあは言った。

 「石垣の方、節子さんね? あの歌は本物だよ。あれはすごかった。だれがもできるものではない」

 とぅばらーまは八重山地方の歌で、沖縄本島の民謡とはかなり趣も違っているので、プロであっても八重山の人でなければ、とぅばらーまだけは敬遠する人が多い。だからわたしは、「おばあすごいね、八重山のとぅばらーまもわかるんだ」といったら拳を振り上げるフリをしながら怒られた。

 「あんたは、誰に物を言ってるの。とぅばらーまを知らないはずないでしょ! 私はあの人が言うのは全部わかったよ!」

 文子おばあは無類の歌好きである。小学校にも通えず27才まで字が書けなかったと言うが、古い歌の歌詞を今でもたくさん覚えていらっしゃる。記憶力は抜群にいいのだ。若いときから即興で歌を掛け合う「歌掛け」の世界で楽しんできた粋な人で、夫の三線で夜な夜な夫婦で歌遊びをしていたことがとても幸せな記憶としてあるようだ。彼女と1日一緒にいると、うちなーぐちの歌のフレーズやことわざが必ず一つ二つ出てくる。どういう意味? と聞くと、毎回丁寧に教えてくれる。それは、言葉を習うだけでなく、美学や哲学を習うに等しく、去り行く世代から未来へのとても豊かな贈り物である。ちゃんと落ち着いて筆記で残したいといつも思うが、私の民俗学者としての仕事はこのところずっと中途半端なままだ。

 節子さんはゲート前で、即興の歌を披露した。私に訳させてもらえばこうなる。

(拘留が続くリーダーの)山城博治さん
彼が体現しているのは沖縄の真心である
彼を罪びとに仕立て上げ 捕えるなんて
私は絶対に許すことができない
天の神さまも お許しにはならないでしょう

 この日、2回目のトラックの列がやってきた。排除が続いている横で、文子おばあは堂々と道の真ん中に歩み出て、先頭のトラックの前に立ちはだかった。沖縄県警が「道路交通法違反ですよ」とたしなめると「そうだよねえ。あの車。あれはどうなの。あんたたちの車は交通違反だよね!」と切り返し、その場を動かなかった。トラックの運転手に向かって同じ沖縄の人間でしょう。同じ沖縄の人間なのに! とつぶやいた。節子さんは文子さんより8歳年下で、心配そうにそっと傍に寄り添っていたが、歩道のほうに排除されていった。その時に、また節子さんの歌が私の耳に届いた。

 「あなたはなんなの? メディアなの? 歩道から撮って!」

 その瞬間、私も警察に押され、大型トラックの列は動かないおばあたちを迂回して、イラついたように私の目の前をビュンビュン飛ばしてゲートに吸い込まれていった。その間、節子さんは歌い続けていたのに、轟音でうまく撮れなかった。悔しい。でも、周りの警察官は歌い始めた節子さんを歩道まで押していくことはできなかった。さっきまでのように触れられなかったのだ。彼女の叫ぶ歌が、相手をフリーズさせていた。

 後で聞いたら、文子おばあと隣にいた辺野古に住む当山佐代子さんが、沖縄の言葉で「同じ沖縄の血が流れているのではないのか?」といった表現をその場で聞き取り、即興で歌にしたそうだ。撮りたかった。歌が生まれる瞬間を近くで撮影して、みんなに紹介するのが私の役目なのに、悔しい。

 唄島・石垣島。芸達者揃いのこの島の持つ力を、単純に歌詞を見てカラオケで歌うような現代人のやせた感覚で捕えては見誤るだろう。言葉は呪力。ウタもまた然り。

 言葉が現実を引き寄せる。まつりが予祝の言葉で溢れているのは、その力がれっきとして存在することをいにしえびとが体感していたからに他ならない。来る年の豊年を祝うことでまだ見ぬ未来の恵みが約束される。弥勒世(みるくゆー)がやってくる、とみんなの夢を見る力を唱和し、合わせて、束ねて天に響かせることで、強い力が豊穣を引き寄せてくるのだ。

 その力で「やすぃんざ」(野心家・権力者ども)のたくらみを跳ね返すこと、少なくともたった一人で歌っても相手をフリーズさせるくらいの力があることは、おととい、私が、ゲートの前でこの目で、見た。

三上智恵監督・継続した取材を行うために製作協力金カンパのお願い

 皆さまのご支援により『標的の島 風かたか』を製作することが出来ました。三上智恵監督をはじめ製作者一同、心より御礼申し上げます。
 『標的の島 風かたか』の完成につき、エンドロール及びHPへの掲載での製作協力金カンパの募集は終了させていただきます。ただ、今後も沖縄・先島諸島の継続した取材を行うために、製作協力金については、引き続きご協力をお願いします。取材費確保のため、皆様のお力を貸してください。
 次回作については、すでに撮影を継続しつつ準備に入っています。引き続きみなさまからの応援を得ながら制作にあたり、今回と同様に次回作のエンドロールへの掲載などを行うようにしていきたいと考えております。しかし完成時期の目処につきましても詳細はまだ決まっておりませんので、お名前掲載の確約は今の時点では出来ないことをあらかじめご了承下さい。

■振込先
郵便振替口座:00190-4-673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎銀行からの振込の場合は、
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番 :019
預金種目:当座
店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
口座番号:0673027
加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

◎詳しくは、こちらをご確認下さい。

 

  

※コメントは承認制です。
第65回ウタの呪力について~辺野古海上工事再開」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    政府は、高江に続いて辺野古も…とばかりのあからさまな姿勢です。地方自治とか地域移住促進とか言いながら、相変わらず首都圏から離れたところに負担を押し付けようとする構図は、もう止めにしませんか。どうか、辺野古に行ける人は駆けつけ、行けない人も自分の意思を示してほしいと願います。

  2. 田中洌 より:

    明日16日から座り込みに行く予定で一月も前から荷物をまとめていたが、12月の半ばに行ったとき右手首を痛めて、青あざはとれたけど、まだひどく痛い。その上、年金は減り、税金は凄く、物価も高くて、月12万の年金じゃとても無理と、半ばあきらめかかっていたけど、この記事を読み、唄を歌うおかんの声を聞いて、やはり、明日は無理でも2月じゅうには何とか行きたくなってしまった。

    いつものようにテント野宿で。

    心のこもったすばらしい記事を本当にありがとう。埼玉の外れに住んでいる74歳の爺より。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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