わたしたちの日韓

歴史認識をめぐる論争、ヘイトスピーチの蔓延…
近年で最悪ともいわれる状況を迎えている日韓関係。
けれど、こんなときだからこそ、
国境を越えた「わたしたちの日韓」という視点が必要だーー。
在日コリアン3世のルポライター、姜誠さんはそう語ります。
対立する二つの国の国民同士ではなく、
「日韓」という一つの地域に暮らす住民として、
この地域に、お互いの国に、どう平和を築いていくのか。
連載を通じて、じっくり考えていきたいと思います。

第1回

「わたしたちの日韓」が必要と考えるワケ

お祝いムードない日韓正常化50周年

 日韓基本条約が結ばれ、日本と韓国が国交を正常化してから、来月6月22日で50周年を迎えます。
 本来なら、日韓間にお祝いムードが広がり、修交50周年を祝うイベントなどが大々的に催されてもよさそうなものですが、現実にはそのような気運にはなっていません。
 日韓関係がいま、どうにも冷め切っています。私が日韓関係の取材を始めて20年以上になりますが、最悪の時期と言ってもよいかもしれません。
 2002年から2003年にかけて、日韓はサッカーW杯の共催や「冬ソナ」ブームに象徴される文化交流で、互いに親近感を深めました。当時の日韓世論調査でも「相手国に親しみを感じる」、「どちらかというと親しみを感じる」とする回答が、日韓ともに5割を大きく上回っていました。 
 ところが、昨年12月に内閣府が行った調査では「韓国に親しみを感じない」と答える人が66.4%と、「親しみを感じる」日本人(31.5%)のじつに倍以上になっています。韓国側も2000年代前半までは3割ほどにすぎなかった「日本を嫌い」という回答が67%までに増加してしまいました(2014年 朝日新聞憲法日中韓3か国世論調査)。

妙に持ち上げたり、貶めたり

 どうにも日韓がギクシャクしてしまったなあ――。
 そう実感することがあります。
 私はいま、TBSラジオの「荒川強啓 デイ・キャッチ!」という番組で、韓国ニュースを解説するという仕事をしています。
 その放送で朴クネ政権を批判すると、ネットの書き込みなどを中心にけっこうな反響があります。
 私も取材者としてウォッチドッグ(権力監視)の役目を果たさなければいけませんから、当然、政治権力への批判はします。日本のジャーナリストがいまの安倍政権を監視・批判するように、韓国人の私も朴クネ政権の政治の進め方におかしいところがあると思えば、それを口にします。ごくごく、当たり前のことです。
 政権発足から3年目に入った朴クネ政権ですが、及第点にはとても達していません。
 昨年はセウォル号事故の事後処理をめぐり、国会が空転し、政権が公約に掲げていた重要な法案をほとんど仕上げることができませんでした。セウォル号事故当日に、「男性と密会をしていた」との疑惑を題材にコラムを書いた産経新聞ソウル支局長を捜査のために長期間、出国禁止にするという愚挙をしでかしたこともありました。今年、韓国が報道の自由度で世界60位に沈んだ(日本は61位!)のは、この言論弾圧めいた一件が響いているのはまちがいありません。
 今年に入っても政権幹部への裏金疑惑が浮上し、李完九首相が辞任するなどの混乱が続いています。さっそく後継選びが始まっていますが、朴クネ政権になって首相選びはこれで6度目です。かなりの異常事態で、これでは「任期3年目で早くもレイムダック化した」との声が上がるのも無理はありません。
 ところが、こうしたことをラジオでお話すると、「韓国人でさえ、こんなに朴クネ政権を批判している」と、妙に私の発言を持ち上げる書き込みがネットにあふれます。私の発言を根拠に、「同国人からも見限られる朴政権とは付き合う必要がない。即刻、韓国とは断交せよ!」と主張する書き込みもあります。
 その一方で、日韓関係にからんで安倍政権の歴史修正主義的な点を批判すると、「反日韓国人が日本のラジオ局に潜りこんでいる。警戒せよ」などという書き込みが相次ぐのです。
 自らの「嫌韓」を正当化するために利用しているのでしょうが、妙に持ち上げられたり、貶められたりするこちらはたまったものではありません。

「知日好韓」から「反日嫌韓」へ逆戻り

 韓国の「反日」も高まっています。日本との友好や連携を重視する「知日」派が社会の隅っこに追いやられ。原理原則的な「反日」が勢いを強めています。とくに対日外交が自由闊達さと柔軟性を失っていることは気がかりです。
 外交に100点満点の勝ちはありません。粘り強い交渉を通じて、双方が受け入れ可能な合意点を探るのが外交です。
 しかし、朴クネ政権は原則的な「反日」を堅持するのみです。日本帝国陸軍の元将校で、日韓条約締結の際に植民地支配の清算よりも経済協力(日本からの資金導入)を重視した朴チョンヒ元大統領への「親日」批判は、いまも根強いものがあります。
 それだけに実娘である朴クネ大統領からすれば、国民から「親日」と目されて支持を失わないよう、日本には常に原則的な立場で対処するという姿勢を崩すことができません。
 しかも、日本の政権が韓国に寛容ならまだしも、安倍政権は歴史認識などで、韓国の立場と真っ向から対立しています。だから、慰安婦、歴史、領土、靖国参拝といった日韓間の懸案については厳しく日本に注文をつけるという形になってしまうのです。その意味で、日本の安倍政権と韓国の朴政権の取り合わせは最悪と言っても過言ではないかもしれません。
 とにもかくにもこうした経緯で、いまの日韓は関係が良好だった2000年代前半の「知日好韓」からふたたび、「反日嫌韓」へと逆戻りしてしまいました。残念なことです。

それぞれの民主社会をも蝕む

 アパートならば隣人が気に入らなければ引っ越すということもできるでしょう。でも、隣国同士ではそれもできません。だったら、互いの言い分に耳を傾けて争いや対立のタネを少なくし、少しでもよりよい関係を築いていくしかありません。日韓もそうすべきです。
 また、一国の国益だけでなく、北東アジアという域内の利益、つまり「域内益」を重視するならば、日韓はそれぞれの殻に閉じこもるのでなく、両国の交流、連携、協働を深めるべきです。もはや、人々の暮らしの安心・安全、繁栄は一国のみでは達成できないからです。二国間、あるいはマルチな国家間で超国家的な制度を構築するなど、国境を越えた国家間協力は不可欠なのです。だから、「わたしたちの日韓」が必要となるのです。
 もう一点、別の理由で「わたしたちの日韓」が必要だと感じることがあります。それは日韓が対立を深めれば深めるほど、この地域での「域内協力」を描けなくなるばかりか、日韓それぞれの民主的な社会基盤が壊されているのではないかと痛感しているからです。
 「反日嫌韓」が叫ばれるほど、日韓間の対立は先鋭化し、双方のナショナリズムが高まります。ナショナリズムは見知らぬ人同士を「同胞」とみなして統合を促す一方で、「われわれ」と違う「他者」を峻別し、不寛容に分離・排他するという作用をもたらします。
 そのプロセスでは「他者」への理解と寛容を主張する人よりも、「他者」を排除して攻撃する、より「大きな声」の持ち主がメインストリームで存在感を高めるのです。
 この「大きな声」の人たちが国外を敵視しているだけなら、まだましです。ところが、こうした「他者」への不寛容なまなざしはいずれ、国内の異質なマイノリティにも向かいます。そこでは多様性が軽んじられ、多様な生の可能性が閉ざされます。とくに日韓のように、単一民族史観が幅を利かせる国では、単一文化ナショナリズムは人々を国籍や民族、性別などで分断させるだけでなく、その強い同調圧力が災いし、民主主義的な手続きや「見る」、「聞く」、「話す」といった言論の自由といった民主社会に不可欠なものすら、軽視されかねないのです。
 考えてみてください。日本では日韓関係の悪化は主に安倍政権の歴史修正主義、戦争できる国づくり、沖縄への基地押しつけ、報道の翼賛化、ヘイトスピーチの横行といった現象とシンクロしながら立ち現われてきています。その結果、日本の公共空間は妙に息苦しいものとなってしまいました。それは韓国でも同じことです。
 民主的な手続きや多様性を抑圧しようという動きと、日韓の対立を煽ろうという動きは一見別のように思えて、じつは地下茎でつながっているのではないか? ここ数年、日韓関係を見つめてきた私にはそう思えてなりません。
 隣人関係を好転させ、域内を構築するためだけではありません。日韓それぞれの民主社会が健全さを保つためにも、両国の人々は和解と協働を推し進めなくてはなりません。
 だからこそ、「わたしたちの日韓」――。
 その延長上には「わたしたちの日中」、「わたしたちの日朝」という別バージョンもありえるでしょう。
 初回ということで、ちょっと長くなってしまいました。次回からは日韓間の対立のタネを具体的に検討しながら、「わたしたちの日韓」をどうしたら構築できるか、考えてみたいと思います。

 

  

※コメントは承認制です。
第1回「わたしたちの日韓」が必要と考えるワケ」 に10件のコメント

  1. magazine9 より:

    世界を見回しても、「お隣の国と、いつもとっても仲がいい!」という国は、実はそれほど多くありません。距離的・文化的に近いからこそ、ぶつかることも多いということなのでしょう。
    けれど、だから関係を断ち切ってしまえばいい、とはいきません。姜さんも指摘しているように、一国だけで人々の暮らしは成り立たない。特に、すぐお隣の国であれば、お互いに納得できない部分もありつつ、じっくり向き合ってよりよい関係を築いていくことが何より重要なはずです。
    国境に縛られない「わたしたちの日韓」をどう構築していくか。次回以降、ぜひご期待ください。

  2. 済州島を東アジアのイビサにして、年がら年中野外フェスとかクラブイベントが行われるようにして、そこをハブにして日韓のみならず中国やロシアにまで悪影響を及ぼす。だめなら対馬でも可!

  3. 綱島 より:

    別に韓国と友好したいとは思いません。国交断絶してもいいんじゃないかと思います。断交するというと一大事に思えますが、政経分離、日本と台湾との関係と考えれば、なんの問題もない。問題視するのは米軍でしょうが、米韓関係もギクシャクが目立つ昨今、クリアできるのではないかと思います。もちろん、あえて敵を増やす必要はありませんが、相手が勝手に敵対視してくるのに、こちらが一方的に折れるという選択肢はありません。いえ、10年前までは日本が一方的に折れていました。技術移転や資本協力をさんざんやって、その結果が反日の増大。日本の嫌韓は韓国の反日のカウンターです。もう一方的な譲歩はしないという、国民の意思の表れです。にっこり笑って断交しましょう!

  4. Shunichi Ueno より:

    海峡に鏡を立てて両岸から罵りあう姿は、まるで川に映った自分に吠えるイソップの犬。
    自分で創り出した幻想に囚われている姿は滑稽そのものです。
    隣人の悪口がそんなに楽しいとも思えませんが、そんなもので盛り上がる人たちはほっといて
    「わたしたちの日韓」様々な形でぜひすすめましょう。
    反日、嫌韓の人々がそれぞれの国にたとえ1/2いたとしても、両国合わせれば、「わたしたち」は彼らの2倍存在するのです。

  5. とろ より:

    日韓関係の悪化のボタンは間違いなく韓国の前の大統領が押したわけで,その流れを朴さん受け継いだんだから,現状は至極当然。日本政府が率先して韓国嫌いな流れをつくっているとも思えないですし,というか,ほとんど韓国を無視していますよね。中国とどうにかなれば,韓国もついてこざるを得ないでしょうけども。

    もう,韓国が思うような日韓関係にはならないと思います。良くも悪くも日本人が韓国というものを知りましたから。
    新聞だけの時代なら,まだなんとかなったかもしれませんけど,ネットは規制できませんからね。
    韓国も後から後から燃料投下してますし,仲良くなる必要はないわけで,隣に住んでいる人というだけの関係になるんでしょうね。それで問題ないんですから。

  6. 板橋見学者 より:

    隣人の土地を不法占拠する。領海に浸入して密漁する。
    関係ない国まで行って根拠の無い悪口を言い立てる。文化遺産を政治の道具にする。
    自分の欠点を全て隣人のせいにする。
    このようなことをする韓国に対してどのように和解しろというのでしょうか。
    日本人、韓国人以前にヒトとして如何なものかと思えるのですが、
    9条のフィルターを通すと韓国人はみんな神様、聖人君子に見えてしまうのでしょうか。
    姜さんもどのような提案があるのか分かりませんが、上から目線ではなく、
    韓国内の問題はともかく、まず、これらの問題に対し、
    韓国の方に同じ韓国人として恥ずかしい。日本の人々が迷惑しているので
    そのようなことは止めてほしいと呼びかけるべきでなのではないでしょうか。
    これだけでもこの類の問題の9割は解決しそうな気がいたします。
    折角日本に住んでいらっしゃるのですから在日コリアン、日韓の架け橋として
    頑張って頂きたいと思います。今後のご活躍を期待しております。

  7. うろこ より:

    >日本政府が率先して韓国嫌いな流れをつくっているとも思えないです

    私はそうは思えません。今の日本の傲慢な態度は国際社会から懸念されています(言っておきますが、私は日本人ですから)
    相手が悪い、と一方的に吠えて許されるのは3歳時までです。大人がそんな態度では困ります。
    某小説家が「日本が「井の中の蛙」なのは海に囲まれた地理にも原因がある」みたいな話をしていましたね。隣の国と陸続きの国は、古代から領土をめぐっての小競り合いがあり、それが今の関係を築く基礎になっている、と。喧嘩になったら陸続きで一気に攻められますからね。日本にはその感覚がない。太平洋戦争も空襲はあったが戦場になったのは沖縄だけ。だから、海外とリアルに接することができない。ようするに世界を知らない。
    その問題が、今や最悪の形で表面化しているように思います。
    ちなみに「NO!ヘイト」という本を読みましたが、そこで「嫌韓・嫌中本」に占領された日本の書店と比べて、反日本なんてまったく置いてない韓国の本屋が紹介されていました。恥ずかしかったです。日本人として。

  8. 李 完植 より:

    「民主的な手続きや多様性を抑圧しようという動きと、日韓の対立を煽ろうという動きは一見別のように思えて、じつは地下茎でつながっているのではないか?」これは炯眼と思います。歴史的にも類似の例は枚挙に暇無いのでは。

  9. マクソン より:

    個人的な想いですが、数年前まで韓国は特に嫌いではなかったと思います。慰安婦の問題も、戦後保障の問題も、韓国の立場なら、日本を責めるのも当然かと思っていました。
    ただ、今は嫌いだと思っているかもしれません。仲良くするのは無理だろうとも思っています。
    なぜなら、「○○の起源は韓国」という主張を繰り返ししている現状をみると、まったく信用ができないのです。先日は某国のサクラの呼び方にもケチをつけた様子。中国のほうが、いくらかマシです。
    自分の考えが大局的ではないのも自覚していますが、生理的に受け付けないところまであと少しな気がしています。理性では前向きな関係にとは思いますが感情がついていきません。申し訳ないです。
    ネットが悪いような気もしています。

  10. 中野康一 より:

    コメント書いたのに、簡単に消えてしまいます。
    改善して下さい。
    お金出さないとダメか。
    コメント読んでると、みなさんほんとに本文を読んでいるのか、
    疑問に思えます。
    ヤフーとかのツイっターの書き込みもそうですが。
    全然論理的でなく、ただ感情だけで書き手に反発しているだけ
    という印象が拭えません。まるで、子供と一緒です。
    職場にもそういう人いますが。
    以前にも、韓国人の教授が書いた本を本屋で立ち読みした事が
    ありますが、文章が大変論理的でした。アメリカ人と通じるものが、
    ありました。
    日本人が書く文章は、非常にいい加減で、感情的です。
    これからの時代は、鎖国して生きてけない時代なのに、
    日本だけずっと今現在も村社会で来ています。
    これからも、ずっとそうなのでしょう。
    日本人が喋っている事は、国際的には非常識な事ばかりです。
    空気を読め、とか、常識を弁えろとか。
    自分たちの枠の中では、通用したんでしょうが、
    外へ出たらそうは問屋が卸しません。
    これから、世界の常識を知らないおこちゃまな日本人たちは、
    どうするのでしょうか。
    いいかげん、文学(お花畑)の世界を抜け出して、
    ロジックの世界で会話するべきではないでしょうか。

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姜誠

かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。

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