わたしたちの日韓

歴史認識をめぐる論争、ヘイトスピーチの蔓延…
近年で最悪ともいわれる状況を迎えている日韓関係。
けれど、こんなときだからこそ、
国境を越えた「わたしたちの日韓」という視点が必要だーー。
在日コリアン3世のルポライター、姜誠さんはそう語ります。
対立する二つの国の国民同士ではなく、
「日韓」という一つの地域に暮らす住民として、
この地域に、お互いの国に、どう平和を築いていくのか。
連載を通じて、じっくり考えていきたいと思います。

第2回

世界遺産登録をめぐる日韓の対立。
何が問題なのか?

智恵の欠けている日韓の外交担当者

 「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録をめぐり、日韓の政府が激しく対立しています。
 長崎県の軍艦島など、明治期の日本の勃興を支えた23施設を世界文化資産として登録しようという日本に対し、韓国が「植民地時代、23施設中7施設で約5万7900人の朝鮮人が強制労働に動員された歴史があり、世界遺産としてふさわしくない」と、ユネスコへの登録申請に反対しているのです。
 5月22日、東京で日韓政府の担当者がこの問題について協議しましたが、「登録の対象は日韓併合以前の1850年代から1910年まであり、批判は的外れ」と主張する日本に、韓国側は「世界遺産の基本精神に合わない」と一歩も譲らず、論議は平行線をたどったままです。
 どうして日韓両政府はここまで対立を深めるのでしょうか? 私はこうした局面でこそ、両国間のトラブルがいたずらに政治問題化しないよう、日韓の外交担当者が智恵を絞るべきだったと思います。

世界遺産にふさわしくないという
朴クネ政権の主張は的外れ

 まず朴クネ政権の対応から考えてみましょう。今回、官邸の肝いりで九州・山口とその関連地域8県にある23施設を世界遺産に申請しようという動きが浮上すると、韓国は頭ごなしに登録反対を打ち出しました。
 それでなくても日韓政府は3年近くも首脳会談が開けない異常な状況が続いています。両国関係のこれ以上の悪化を防ごうとするなら、違う対応があってしかるべきでした。
 そもそも、「強制労働の歴史があるから、世界遺産にふさわしくない」という韓国政府の主張は的外れです。
 世界遺産登録がスタートしたのは1978年からですが、対象となるのは人類の輝かしい歴史を示すものだけではありません。戦争や災害、深刻な人権侵害などによってもたらされた悲しみや痛みを象徴する遺構物も世界遺産になっています。
 そのもっとも典型的な例はアウシュビッツ強制収容所でしょう。ナチスドイツによるユダヤ人虐殺の舞台となったこの施設には遺産指定以来、毎年、世界から多くの観光客が訪れ、戦争や人種差別の愚かさを学んでいます。
 1996年に指定された広島の原爆ドームも同じ文脈の世界遺産と言えます。原爆ドームを訪れ、核兵器のもたらす悲惨さを知ることで、世界の多くの人々が核のない世界を希求するようになるのです。負の歴史を刻んだ世界遺産は人間に新たな気づきや教訓を与えてくれるのです。
 そのことがちゃんと理解できていれば、朴クネ政権は何も色めき立って、23施設の登録申請に反対する必要などなかったのです。この23施設のうち7つもの施設で、過酷な強制労働があった事実はあまり知られていません。しかし、安倍政権が登録を申請すれば、その「埋もれた歴史」がむしろ掘り起こされ、世界の多くの人々に知ってもらうことができます。
 だから、韓国側は「日本政府による23施設の登録申請を歓迎する。ただし、施設の公開にあたっては他の世界遺産と同じく、人類の負の歴史、つまり1910年以降の朝鮮人など、旧植民地出身者が強いられた強制労働の歴史についても展示することを期待する」と、意見表明するだけでよかったのです。
 これなら、韓国政府は日本側の面子を傷つけず、なおかつ、日韓併合後の植民地支配の歴史を人々の記憶にとどめるという自らの希望も実現できます。
 なのに、朴クネ政権は原則的に反対、登録阻止を叫び、日韓関係をこじらせてしまいました。外交のプロなら、もう少し工夫を凝らせないものか? 朴クネ政権の対日外交は柔軟性を失っているように思えて仕方ありません。

不都合な歴史に目をつむると批判されても
仕方ない安倍政権

 それでは安倍政権の対応はどうでしょうか? もっとも気がかりなのは、登録申請の対象期間を1910年以前に限った理由を、世界に向けて合理的に説明できていない点です。
 西洋以外ではもっとも早く産業化を達成し、「東洋の奇跡」と賞賛された明治期の遺構物を登録することに狙いがあり、そのため、対象期間は明治末までの1910年までに限ったというのが安倍政権側の言い分ですが、これらの遺構物は1910年以降も存続しています。韓国が問題視している強制徴用は1940年代の出来事です。
 なぜ、その期間をわざわざ省くのでしょう? 穿った見方をすれば、自国のすばらしい部分だけにスポットライトを当て、1910年以降の「不都合な歴史」にはことさら目をつむろうとしていると受けとめられても仕方ありません。
 日韓政府の対立を受け、ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)は日本に対し、「申請した施設の歴史の全容がわかるようにすべき」と勧告しています。イコモスも安倍政権の登録姿勢に疑問を感じていることは明らかです。
 安倍政権が申請時期を1910年以前に限ろうとすればするほど、世界は「日本は自国の栄光だけをアピールし、負の歴史については認めようとはしない」というマイナスの印象が広がりかねません。こうした安倍政権の動きは長いスパンで考えれば、日本の国益を損ねかねないと危惧します。

日韓が折り合うポイントは
ダークツーリズム

 観光学にダークツーリズムという概念があります。戦争や災害など、人類の悲しみの跡をたどり、学ぶ旅のことです。先に紹介したアウシュビッツ強制収容所や広島原爆ドームの観光はダークツーリズムの典型と言えます。
 もし今回の日本政府の登録申請が認められると、対象となった23施設には大勢の観光客が国内外から訪れることになるでしょう。
 その時、その観光コースにダークツーリズムの視点が導入されれば、日韓は折り合うことができるはずです。
 明治期の日本の発展はめざましいものでした。その事実は歴史に特筆されても一向に不思議ではありません。
 しかし、近代において日本という国民国家がめざましい発展を遂げたその陰には、いくつかの戦争や近隣諸国の植民地化という負の歴史も刻まれていたのです。そのことを日韓双方が認め、ダークツーリズムの要素が観光コースに導入されることを条件に、日本は世界遺産登録を進める、一方の韓国は異議申し立てをせず、逆に登録実現に向けて協力するという合意をすればよいのです。
 こうすれば、この一件で日韓が対立する必要はなくなると思うのですが、どうでしょう?

 

  

※コメントは承認制です。
第2回世界遺産登録をめぐる日韓の対立。何が問題なのか?」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    負の歴史があるのなら、対話を通じて、それをどう乗り越えて、どう次世代に生かすのかを考えるべきではないでしょうか。歴史にきちんと向き合う姿勢があるならば、「時代が違う」というだけで批判を無視することはできないと感じます。近隣国との対立、ましてや他国との戦争は、国家にとってコストの大きいもの。それを上手に避けるのが外交の要だと思うのですが…。

  2. Shunichi Ueno より:

    光があれば陰がある。富岡製糸場には女工哀史があり、長崎の教会群にはキリシタン弾圧の歴史がある。世界遺産は歴史のミルフィーユとして鑑賞すべきもの。意固地になる当局者より、一般の人々の方が見方を分かっていると思います。

  3. 大曽根 より:

    日本のナショナリズムも問題ですが、それ以上に韓国政府がナショナリズムをあおってきた結果だと思えます。反日教育を受けてきた大衆は、なにかがあるといっせいに反日に流され、政府が冷静に対処しようとしても、それを許さない空気になっているようです。また、韓国マスコミの程度の低さが韓国民の反日をさらにあおっていようです。日本でもマスコミ不信が言われてますが、先日、韓国新聞の日本語版を見てあきれました。虚実ないまぜの反日一辺倒で、これでは日韓友好など夢の夢でしょう。

  4. 練馬大根 より:

    100%善の国も100%悪の国も存在しない。歴史には必ず光と影の2つの側面があると思います。
    ただ欲を言えば「朴大統領は~すべきだった」という後悔の形ではなく、
    「今からでも遅くはないから、朴大統領は今までの感情的ともいえる非礼を日本に謝罪し、
    未来志向の観点からこれらの産業遺産の登録に協力することを表明すべきだ」
    という提言であればより建設的な意見となったかと感じます。
    韓国内では併合時代の遺産は全て「悪辣な日帝」というダークツーリズムの対象
    にしかなっていないので、これを機会に影の部分のみでなく、
    光の部分(併合時代、朝鮮の産業発展に貢献し、人口が倍増したこと等)
    も紹介できるようになれば、これらの産業遺産も日韓が協力して世界遺産に
    申請できるでしょうし、両国の利益となっていくのではないでしょうか。

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姜誠

かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。

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