わたしたちの日韓

歴史認識をめぐる論争、ヘイトスピーチの蔓延…
近年で最悪ともいわれる状況を迎えている日韓関係。
けれど、こんなときだからこそ、
国境を越えた「わたしたちの日韓」という視点が必要だーー。
在日コリアン3世のルポライター、姜誠さんはそう語ります。
対立する二つの国の国民同士ではなく、
「日韓」という一つの地域に暮らす住民として、
この地域に、お互いの国に、どう平和を築いていくのか。
連載を通じて、じっくり考えていきたいと思います。

第8回

日韓首脳会談を終えて

中身に乏しい日韓首脳会談

 ようやく日韓首脳会談が実現しました。じつに3年半ぶりのことです。
 隣国の首脳同士がこれだけ長い期間、言葉を交さないというのは異常です。その異常な関係にやっとピリオドが打たれたという意味では、日韓首脳会談は大きな意義がありました。これで滞りがちだった民間交流にも弾みがつくはずです。
 ただ、会談の中身を精査すると、成果と呼べるほどのものはありません。会談のための会談だったと呼んでもよいほどです。
 日韓の両首脳が会ったことが成果――。
 そう表現せざるを得ないほど、中身の乏しい会談でした。

朴クネ大統領が会談に応じた背景とは?

 日韓首脳会談がこれほど長い間開かれなかったのは、朴クネ大統領の政治姿勢が主因です。朴大統領は大統領就任直後から、安倍政権に歴史の直視を求め、慰安婦問題の解決なしには首脳会談には応じないという姿勢を崩しませんでした。
 その姿勢に変化が現われたのは今年のゴールデンウィーク過ぎでした。韓国経済の失速を懸念する財界や保守系メディアから、「歴史問題と経済・安保問題は分けて、日本と交渉すべきだ」という2トラック論が公然と語られるようになったのです。
 加えてアメリカからの圧力も見逃せません。南シナ海を埋め立てて基地建設を進める中国をけん制するためにも、同盟国である日本との関係改善を韓国に強く望んだのです。
 こうした事情もあって、朴クネ政権は当初のハードルを取り下げ、ほぼ無条件で安倍首相との首脳会談に応じる方針へと転じたのです。

安倍政権にも責任の一因

 ただし、会談のパートナーである安倍首相にも責任がなかったわけではありません。「対話のドアはいつもオープン」と言いながらも、その一方で村山談話、河野談話の見直しをちらつかせ、あわよくば、「戦後レジームからの脱却」の一環として、意に染まない両談話を上書きしたいという願望を隠そうともしませんでした。もちろん、日韓の懸案となっていた慰安婦問題についても、解決に動く気配はありませんでした。
 これでは朴クネ大統領も対話条件のハードルを下げることができません。交渉の成立には双方の妥協が必要です。歴史認識で強硬姿勢を崩さない安倍首相に、朴クネ政権はますます頑なにならざるを得なくなってしまったのです。
 こうした政治レベルの冷却を受け、日韓のさまざまな協働や交流も下火となってしまいました。その意味で、朴クネ大統領、安倍首相の責任は重いと、わたしは考えています。

注目フレーズ「妥結」の中身とは?

 それでもまったく成果がなかったわけではありません。当初、聞かされていた日韓首脳会談の時間は30分間というものでした。これでは儀礼的な挨拶をするだけで終わってしまいます。とてもではないけど、政治的決断をともなう合意を両首相が行なうのは困難と取材記者らは受けとめていました。
 それがいざふたを開けてみると、1時間45分もの会談に延長されたのです。その延長時間の大部分は慰安婦問題に割かれたと聞いています。
 その結果、出てきたのが「早期妥結に向けて、協議を加速させる」という首脳合意です。
 日本政府は慰安婦問題も含めて、1965年の日韓条約で「請求権問題はすべて解決ずみ」という従来の立場を崩していません。だから、「解決」という言葉は使えず、「妥結」という表現になったのでしょう。
 韓国側も「妥結」の上に「早期」ということばがあれば、受け入れることができます。
 韓国外交筋では「妥結」について、「肯定的に解釈してほしい」と言うのみで、その内容については公表していません。しかし、これまで9回に及ぶ外務省局長級会議でもまったく進展のなかった慰安婦問題について、両首脳がさしで話し合った結果、利害に折り合いをつけることを意味する「妥結」という言葉が引き出され、しかも「早期」というフレーズを強調し、それが日韓国交回復50周年を迎える年内を示唆すると説明できるなら、国民も十分に納得すると判断したのでしょう。

法的責任と道義的責任のはざま

 現時点ではその「妥結」の内容や方向性を示す材料はありません。しかし、ある程度の予測は可能です。
 韓国側は日本に慰安婦問題の法的責任を求めています。一方の日本政府はすでに日韓条約で請求権問題は解決した以上、さらなる法的責任を認めることはできないと、この要求を拒否してきました。
 その代わりに浮上したのが、道義的責任ならば認めることにやぶさかではないという動きです。事実、民間から寄付を募り、それを原資に元慰安婦に「償い金」を渡すという「アジア女性基金」のアイデアも、道義的責任論がベースとなっています。
 もう一点、「賠償金」と「補償金」の違いにも韓国側はこだわっています。「補償金」は違法性がないのに、結果として損害が発生した場合に支払われるお金です。一方、「賠償金」とは不法行為によって生じた損害に対して支払われるお金のことです。
 そのため、韓国では慰安婦問題の解決にあたり、「法的責任」を伴う「賠償金」が支払われるべきだという主張が根強いのです。
 ただ、「道義的責任」しか認めることのできない日本にすれば、「賠償金」は払えず、「補償金」名目の償い金を支払うのが精一杯となります。
 日韓首脳会談の直前、日韓議員連盟の幹事長を務める河村建夫元官房長官が、アジア女性基金が2007年に解散した後、外務省が始めた「フォローアップ事業」の拡充を安倍首相に直訴しています。
 こうした動きを踏まえるなら、「妥結」の落しどころは「法的責任」と「道義的責任」の間になることが考えられます。それもあくまでも名目は「道義的責任」による「補償金」でありながら、そのお金が日本政府の国庫から支出されるなどで、実質的に「法的責任」を認めたと等しい形になるなら、日本も韓国も受け入れは可能となります。
 こうした解決法が可能になるかどうかは、ひとえに安倍首相と朴クネ大統領の政治決断にかかっています。双方の国民をそれで説得できるかどうか、あるいは今回の会談でその可能性について首脳同士が話し合ったのかどうかが、今後のカギになるはずです。

ゴールポストを動かすという批判

 大切なことは、こうした政治決断を政治リーダーが行なえるよう、日韓の人々が後押しをすることです。
 その後押しのために日韓それぞれの人々が必要とする「まなざし」があります。
 まず日本から韓国へのまなざしについて言及したいと思います。
 今回の日韓首脳会談で日本側からさかんに語られたフレーズがあります。それは「ゴールポストを動かすのは韓国」という批判です。
 たしかに慰安婦問題の対応や日本への要求は大統領ごとに変わっています。日本側からすれば、大統領が代わるごとに異なる解決策を要求されるのでは「せっかく努力したのに、ゴールポストを動かされてはたまらない」と苛立つのは当然でしょう。
 ただ、日本の人々に知ってほしいのは、ゴールポストが動くのには、韓国なりの事情があるという点です。
 日韓条約締結時、韓国の国力は弱く、日本に対して植民地支配の清算など、正当な要求ができなかったという認識が韓国内で広がりつつあります。植民地支配の清算問題はもっぱら、経済協力問題にすり変えられたという反省です。
 当時の朴正煕政権は、疲弊していた国民経済を発展させる資金に困っており、日本からの資金導入を急ぐ必要に迫られていたのです。その結果、韓国政府は日本からの経済援助と引き換えに、徴用工などの個人補償の権利を外交的に保護する権利を一切放棄したのです。慰安婦にいたっては、その補償対象にすらリストアップされることはありませんでした。
 時が過ぎ、韓国は民主化を遂げます。軍事独裁のような強権政治がなくなり、それまで声を上げることのできなかった弱者も声を上げることができるようになりました。
 慰安婦問題でしばしばゴールが動くと日本から見える現象は、じつはこうした韓国社会で切り捨てられた弱者の声が顕在化し、時の政治権力状況によってその要求が取り入れられたり、遠ざけられたりした結果、生じているのです。
 わたしが日本の人々に望むのは、圧政の前に声を潜めていた韓国内の弱者がようやく声を上げることができるようになった歴史的経緯に対する寛容なまなざしです。そのまなざしがないと、「解決のゴールポストを動かし続ける韓国は狡猾でけしからん」という皮相的な理解になってしまいます。

好韓派の日本人まで切れるワケ

 一方、韓国側も日本に対してこれまで以上の事実認識、そして寛容が必要となります。
 慰安婦問題について、日本の人々はかなり真摯な謝罪、反省をしているというのが、在日コリアン3世であるわたしの受けとめ方です。
 1992年に訪韓して何度も謝罪をした宮沢喜一元総理をはじめ、その後の河野談話などで、その意図はかなり明確ではないでしょうか? 
 韓国で批判の強かったアジア女性基金についても、日本国民からの寄付に加えて、3名の首相経験者のお詫びの手紙や医療福祉支援事業の費用が国庫から支出された事実を考えれば、単なる道義的責任以上の性格も含まれていたと再評価すべきではないでしょうか?
 そして何より見逃してならないことは、民間の多くの日本人がこの問題に心を痛め、元慰安婦の女性らに心を寄せているという事実です。
 ところが、こうした動きはあまり韓国内では報道されません。それどころか、右派の政治家や著名文化人からの「慰安婦などいなかった」などという発言のみが大きく報道されることもあって、あたかも日本すべてが慰安婦問題に対して反論しているかのような印象が定着しています。
 2000年代の日韓ワールドカップや文化交流を通じて、日本の韓国理解は飛躍的に高まりました。韓国に好感を抱く日本の人々は80年代、90年代に比べてずっと増えているのです。
 ところが、2012年の李明博前大統領が竹島(独島)に上陸した頃から、そうした韓国に好意を抱く人々の口からも、「韓国の反日は度が過ぎる」とのセリフが聞こえるようになりました。
 こうした状況を韓国は軽視すべきではありません。日韓の交流や協働の延長に出現する「わたしたちの日韓」を望むなら、韓国は画一的な日本批判をやめるべきでしょう。韓国のどんな振る舞いに日本の人々が苛立っているのか、「謝罪が足りない」だの、「歴史修正主義」などという決めつけを避け、その声に真摯に耳を傾ける必要があります。
 日韓関係は国民感情の好悪によって、大きく左右されます。そしてそのアップダウンが激しいことも特徴です。それは互いがそれだけその存在を意識し、それぞれの評価を気にかけているからなのです。
 そう考えれば、日韓の首脳会談の成り行きなど、たいして気にかける必要などないのかもしれません。
 日韓が仲良くなる方法はごくごくシンプルです。日韓に住むわたしたち一人ひとりが互いの声に耳を傾けること、そして敬意と寛容を抱き合うことなのです。

 

  

※コメントは承認制です。
第8回 日韓首脳会談を終えて」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    関係正常化にむけて、少なくとも前進の姿勢をみせた日韓首脳会談。具体的な内容はこれからで、まだ多くのハードルは残っていますが、感情的な対立をむやみにあおるような声に惑わされず、誠実に両国が政府レベル、市民レベルで歩み寄る努力を続けていくしかありません。

  2. とろ より:

    日本は今の状態でも困らないんだから、別に歩みよる必要はないでしょう。向こうから来るのを待っていればいい。外交は仲良くすることじゃないんだから。
    それに、もうすぐあっち側の国になるんだから。

  3. 大曽根 より:

    会談からしばらくたって、内容がわかってきました。「早期妥結に向けて、協議を加速させる」ためには少女像の撤去が前提、と安倍総理が言ったようですが、この当然の要求を朴大統領は「無理」と拒絶したようで…すなわち「解決できませんね」を確認した会談だったようですね。
    この記事は「お互いに協力」ということを主眼にずっと書いています。それは正しい指摘だと思うけれど、それを日本人に言っても無駄なのではないでしょうか? 「お互いに」ということを向こうが拒絶しているのが現実だからです。記事を韓国語に翻訳して、韓国人に読ませたほうがいいのではないでしょうか?

  4. Toro より:

    韓国の方や、日本のリベラルとよばれる人々の「日韓双方による歩み寄りが必要だ」という
    意見には正直違和感があります。
    少なくとも、日本大使館の前や海外に次々立ててる慰安婦少女像なるものは撤去して頂い
    てからです。
    国を代表する大使館に対して大変失礼な話ですし、プレートに刻まれていると言われている
    日本軍が数十万人の女性を拉致したなのどの虚偽、妄言は日本人としては看過出来る話では
    ありません。ゴールポストを動かしたり、最高裁の判決などの韓国の国内事情などは知りま
    せんし、国際条約は通常は国内法より上位ではないのでしょうか?
    外国の報道関係者を逮捕起訴したり、仏像を盗んでも返さなくて良いというのは・・
    このままでは明治の偉人福沢諭吉の言葉が脱亜入欧が事実であったと感じてしまいます。
    良い意味で福沢諭吉の言葉を裏切って欲しいものです。

  5. 日本国憲法活かしませんか。 より:

    日韓基本条約だって日本は韓国併合の責任を取らない当事者抜きの政府間合意日韓両方の憲法に違反する違憲な合意をしてきたのは明らかであり日韓基本条約は国交正常化を残しつつ日韓併合の責任を負う者に改定しないといけない。もちろん性暴力被害者当事者の声を反映させ日韓慰安婦合意も破棄し国際人権基準に沿った救済と学び舎のように教科書記載することが日韓関係改善に不可欠です。

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姜誠

かん・そん:1957年山口県生まれ(在日コリアン三世)。ルポライター、コリア国際学園監事。1980年早稲田大学教育学部卒業。2002年サッカーワールドカップ外国人ボランティア共同世話人、定住外国人ボランティア円卓会議共同世話人、2004~05年度文化庁文化芸術アドバイザー(日韓交流担当)などを歴任。2003年『越境人たち 六月の祭り』で開高健ノンフィクション賞優秀賞受賞。主な著書に『竹島とナショナリズム』『5グラムの攻防戦』『パチンコと兵器とチマチョゴリ』『またがりビトのすすめ―「外国人」をやっていると見えること』など。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」にて韓国ニュースを担当。

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