沖縄タイムス・新沖縄通信 別冊

 会員制市民ネット「デモクラTV」では「沖縄タイムス・新沖縄通信」という1時間番組を毎月最終月曜日午後8時からオンエアしています(以降はアーカイブでいつでも視聴可能です)。これは「沖縄タイムス」と「デモクラTV」の共同企画で、毎月の沖縄での出来事や、沖縄基地問題などを分かりやすく解説する番組です。さらに「別冊」として、テーマごとに短くまとめた30分間の解説番組を10本制作しました。このコーナーでは、その「別冊」を解説とともにご紹介していきます。

(第4回)

沖縄に米軍基地集中のわけ

 2015年、作家の百田某氏の暴言が問題になりました。
 「普天間は、昔は田んぼだった。沖縄の人たちは基地の周りに行けば商売になるといって、基地周辺に住み始めたのだ。だから、いまさら住宅地にある基地が危険だとか騒音がうるさいというのはおかしい」と言い放ったのです。
 ほんとうでしょうか。
 少し知っている人に聞けば、あるいは少し調べれば、すぐにわかることですが、百田氏はそんな手間も惜しんだようです。普天間の一帯は、基地になる前は約9000人が住む生活の場でした。学校も役場もありました。街道には有名な松並木もあったのです。写真が残っていますが、美しい並木道でした。
 沖縄戦で上陸した米軍は、住民を家から追い出して強制的に収容所に入れ、その間に土地を奪いそこに基地を造ってしまったのです。収容所から解放されても、住民は先祖代々住み馴れた地にも立ち入れず、大切な一族の墓にもお参りできず、少しでも元の土地に近いところにと、基地の周囲に住まざるを得ませんでした。これが歴史的な事実です。
 日本が独立し、沖縄が米軍施政下におかれていた時期には、本土の基地を沖縄に移転し拡張するために、アメリカ民政府は「土地収用令」によって、住民に土地を低廉な地代で貸すか、銃剣を突きつけブルドーザーで家を押しつぶし強制的に接収するか、という不条理な二者択一を迫りました。沖縄県民が今も「銃剣とブルドーザー」と言い伝える米軍の横暴でした。
 この時、米軍が振るった住民を人とも思わない強権、筆舌に尽くしがたい暴力、暴虐は深く県民の記憶に刻まれ、今の基地問題につながる原点となっています。問題の本質を知るために、沖縄の米軍基地建設の歴史的経緯を知らないといけません。
 日本国憲法が適用されず、人権や財産権、自治権など普遍的な権利が守られない沖縄では、庶民の弱さを共に認識し合い、互いへの情けと命の尊さの考えに立脚した住民同士の助け合いの思想を基調に、団結し自らを守る、地を這うような運動がわき起こっていきます。巨大な権力に向かって、生存権を勝ち取っていく闘争を始めていくのです。それは「島ぐるみ闘争」と呼ばれました。
 1950年代半ば以降、本土から基地がどんどん沖縄に移っていったため、沖縄の基地負担が増え続けました。本土で反対運動が起こったことがその遠因です。本土での反対運動は、米軍にとって厄介なものでした。1955~60年に、現在の東京都立川市で闘われた「米軍立川基地拡張阻止闘争」などがその象徴的な例です。
 ところが、沖縄はそのころ、米軍が完全に支配できる「占領地」でした。そこで、本土よりも簡単に基地が造れる沖縄に、米軍基地が集中することになったというわけです。
 50年代、本土の33都道府県に300以上の米軍基地がありました。旧日本軍の基地を接収してできた基地です。52年に主権を回復すると、基地返還が進んで4分の1に縮小しますが、逆に沖縄では2倍に拡大されます。当初、本土に9割あった基地は、60年頃には本土5:沖縄5の比率になります。
 さらに、60年代半ば以降、本土では基地の集約化が進みさらに縮小。沖縄には、東京や福岡などから移駐した部隊も加わって、本土3:沖縄7に上昇します。
 2015年時点での沖縄の在日米軍基地負担は、74%になっています。日本国の総面積のたった0.6%しかない小さな沖縄という島に、74%もの広大な米軍基地が存在しているのです。沖縄は、その負担をこれ以上、背負うことは耐えられないと主張しているだけです。成り立ちをみても、本土の人も無関心を装うことは道義的にもおかしいことといえるでしょう。
 ぜひ、沖縄の人たちの主張に耳を傾け、現状を変える行動に結びつけてほしいと思うのです。

(宮城栄作/沖縄タイムス東京支社編集部長)

 

  

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沖縄のことをもっと知ろう「沖縄タイムス・新沖縄通信 別冊」第4回」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    ヘリパッド建設の反対運動が起きている高江では、派遣されていた大阪府警機動隊員が差別発言をして問題になりました。この問題を取り上げた「新沖縄通信 特報版」の動画を、コラム「風塵だより」で紹介していますので、こちらもあわせてご覧ください。
    沖縄県民の想いや精神的・物理的な負担は、その苦しく長い歴史について知ることなしに理解することはできません。今年、米軍属の男性によってうるま市の女性が殺害された事件がありました。その抗議の県民集会で、大学生の女性が政府と本土に住む人々に向けて「第二の加害者は誰ですか?」と訴えかけたことは忘れられません。沖縄の基地負担が増えていった経緯を見ても、「他人事」の振りはしていられないはずです。

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