時々お散歩日記

 インフルエンザって何かはもちろん知っていたけれど、自分が罹ってしまったのは、多分、記憶にある限りでは初めてだ。いやはや、かなりしんどかったなあ…。

 このコラムはタイトル通りの「お散歩日記」だ。
 僕は散歩が大好きで、暇があると(というより、時間を作っては)散歩に出かける。家の近所だったり、仕事先のあまり知らない街だったり、フラフラとよく歩いている。
 頭が空っぽな状態で、空や雲や木々や草花や野鳥や散歩する人などを眺めながら歩いていると、なぜか突然、書きたいことがハラハラと、どっかから降ってきたりすることがあるんだ。
 でも、先週からまったく外に出ていない。熱や咳のため、仕事も打ち合わせも全部キャンセルしちゃったのだから、散歩どころじゃない。月に1、2度の割合で出してもらっている「デモクラTV」も3月1日予定を休んでしまった(ご迷惑をおかけしたスタッフのみなさん、そして、代わりに出演していただいた下村満子さん、すみません!)。
 だから、今週はあまりうまく文章が書けそうもないし、おまけに外出不可だから散歩写真もない。というわけで、今回は何を書いていいのか、きちんとテーマが浮かんでこない。
 なんとか新聞や雑誌の重要な記事の切り抜きだけは続けていたので、そのファイルをめくってみる。その中から目に留まったことを、考えながら書いてみよう。
 なんだか暗然とする。ひどい話が多すぎる。

●NHK、ほんとうにどこへ行くんだろう?

 ここまでメチャクチャな人たちが我が物顔にNHKの中を跋扈しているとすれば、NHKの「報道機関」としての立ち位置はかなり危うくなる。現場の人たちは辛いだろうなあ…。
 籾井勝人という人物、NHK会長に抜擢されてよっぽど嬉しかったのか、もうはしゃぎっ放しの浮かれ舞い。タガが外れていることに自分で気づかない(もっとも、気づくようだったら、少しはまともだったかもしれないが)。
 記者会見で口走ったことを批判されても「わたし、なにか失言したんでしょうか?」。自分で言ったことの意味さえ分からない人が、自局の放送内容を理解できるとは到底思えない。
 そこへほとんど思想家気取りの作家や、まるで神憑りのような“現代日本を代表する(らしい)哲学者”などが乱入。まさにNHKは魑魅魍魎が支配する伏魔殿の様相?
 中で奮闘している人たちの士気が低下しつつあるというが、それも仕方のないことかもしれない。
 その籾井会長が、10人のNHK理事全員に、日付の入らない「辞表」を提出させた。つまり「逆らえばいつでもクビだかんネ、分かってんだろな」という意味。むろん、それは秘密のはずだったのだが、理事全員が国会で「提出しました」と証言しちゃったのだから、会長も認めざるを得なかった。
 それについて問われると「辞表を預かったからと言って、理事たちが委縮するとは思わない」「一般の社会ではよくあること」と答弁。
 「委縮するとは思わない」なんて他人の心を、なぜ読める? 籾井会長はエスパーだったのか?
 かつてNHKの不祥事続出で受信料不払い運動が起き、それに対し時の会長が理事の結束を図り「全員一丸となるため」に辞表を預かった、という事例があったとされるが、今回の件とはまったく意味合いが違うだろう。それに、彼の言う「一般社会」ってどこ? 籾井氏の「一般社会」とは、僕らのイメージする社会とはまるでかけ離れた「独裁社会」なのだろう。
 さすがの財界からもクレーム。日本商工会議所の三村明夫会頭が「通常の会社でそういうことが行われているとは聞いたことがない」(毎日新聞3月4日)と、籾井会長の辞表預かりの件を一蹴した。味方のはずの財界からも、見放されたか。
 NHK経営委員のおひとりの、神憑り哲学者の文章が、とても不気味。例えば、こんな一文(朝日新聞2月28日から孫引き)。NHK受信料の支払い拒否の意向の書簡を雑誌『正論』のコラム執筆者に送り、同誌に掲載されたその一部だ。

(略)1通目の書簡では、国旗国歌問題を扱った05年3月放送の「クローズアップ現代」を「本当に酷うございましたね。NHKが回心するまで不払ひをつづけるつもりでをります」(略)「受信料支払ひはまだまだ先のことになりさうでございます」(略)

 なお、毎日新聞(2月5日)が最初に報じた、この哲学者のある右翼幹部への追悼文はもっとすごい。

(略)「すめらみこと いやさか」と彼が三回唱えたとき、彼がそこに呼び出したのは、日本の神々の遠い子孫であられると同時に、自らも現御神(あきつみかみ)であられる天皇陛下であつた。そしてそのとき、たとへその一瞬のことではあれ、わが国の今上陛下(「人間宣言」が何と言はうと、日本国憲法が何と言はうと)ふたたび現御神となられたのである。

 天皇の神格化を行い、明確に「日本国憲法」を否定している。こういう人が経営委員として、安倍によりNHKへ送り込まれたのだ。「公共放送の公正中立性」など、誰が信じられるものか。
 会長を辞任させ、経営委員を一新しない限り、NHKはまたも受信料不払いの大嵐に見舞われることだろう。
 事実、「NHKのあり方を考える弁護士・研究者の会」が籾井会長に辞任を求める要求書を突きつけ、応じない場合は「受信料の支払い停止に踏み切る」としている。
 それでも当の籾井会長、まだ事態が呑み込めていないようだ。3日の参院予算委員会では「(記者から)質問を受けたために、結局、まぁ、言わされたというのは言い過ぎですが、そういうことで申し上げた」(朝日新聞3日)と、またしても自分の発言を他人のせいにしてしまった。
 もはや、この人は論評に値しない。
 以前、不祥事続出で受信料不払い運動が起きたとき、それでも僕はNHKの良心的で意欲的なドキュメンタリーや特集番組をなんとか支えたいという思いから、その運動には加わらなかった。しかし、今回は…。

●『アンネの日記』など、関連図書の破損被害が続く。思想・表現の自由が脅かされている。

 どう考えても、これはいわゆる“ネオナチ”同調者の犯罪だろう。ヘイトスピーチやヘイトデモが横行するような世の中が来てしまったが、今度はついに“焚書”という忌まわしいナチズムの真似まで始めたというわけだ。
 最初は共産主義者、次に社会主義者、やがて自由主義者、リベラリスト、ついには労働組合員までが狙われ襲われるようになる社会。それこそナチス政権が現出させた悪夢だったが、安倍政権発足以来、次第にそれが実際のかたちをとって我々の眼前に現れ始めている。
 「私はただの自由が好きなだけの人間。そんな私が弾圧されるなんてあり得ない」と言っている自称・自由主義者のあなた。それでは済まなくなる日が近づいているとは思いませんか?
 表現の自由への圧力は、これにとどまらない。東京都美術館では「時代(とき)の肖像」と題された彫像作品が、美術館側から「政治的作品は展示できない」として撤去を求められた(2月16日)というし、大阪では財団法人博物館「大阪国際平和センター(ピースおおさか)」が大阪市教育委員会の要請で「政府の統一的見解を指針とした改装計画」を進めていたことが発覚(3月2日)。つまり、この博物館は「政府の方針に従った展示」をするのだという。それでは、政府見解とは違う展示物は一切不可能ということになる。
 さらに、神戸市では例年5月3日に開催されてきた「憲法集会」について、神戸市と市教育委員会が「政治的中立性を損なう恐れがある」として、今回から「後援」を承認しないことにしたという。同様なことが長野県千曲市でも起きていた。
 ここでも顔を出す「教育委員会」。安倍の戦前回帰型「教育改革」を、さっさと先取りしようとしている。教育が時の政府の片棒を担いでどうするんだ! 東京新聞(4日)によれば「千曲市の担当者は、解釈改憲による集団的自衛権行使容認を目指す安倍晋三首相への配慮をほのめかしており…」という。まさに、安倍強権政治がジワジワと地方をも侵食している。
 「強いものには巻かれろ」というのが教育委員会の教育方針だとしたら、そこに「自由な発想の子どもたち」など育つはずもない。彼らはこの国を滅ぼそうとしている。
 日本国憲法に、こうあるのを知らないのか!?

第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 憲法についての講演会などは、むしろ憲法擁護義務を負う行政(公務員)が率先して行うべきものだ。むしろ、その後援をやめること(憲法擁護義務放棄)こそ「憲法違反」ではないか。
 我々の目の届かないところで進行する思想統制。息苦しさに気づいたときには遅いのだ。
 しかも、これほど権力に迎合する教育委員会という組織を、さらに思うがままにしたいと考えているのが、安倍政権の「教育改革」だ。安倍は、この国の隅から隅までを統制したくてたまらないらしい。

●私的諮問機関でごまかす安倍政治手法のキナ臭さ。

 安倍晋三首相の「私的諮問機関」であるはずの「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」が、なぜかまるで公的機関であるかのような扱いを受けて突っ走っている。
 この会の北岡伸一座長代理は、次々と危ない路線を提示する。集団的自衛権行使容認から、今度は「憲法9条の解釈改憲」への道を開くPKO(国連平和維持活動)への参加拡大を提言する。いわゆる「駆けつけ警護」をも積極的に認めようということだ。
 例えば、かなり離れた場所で日本と「密接な関係にある国」が攻撃を受けた場合、日本はそこまで駆けつけて戦闘に加わることができる、という解釈だ。これが許されるなら、もう日本の自衛隊は、世界中どこでの戦闘にも参加できることになる。
 では、「日本と密接な関係にある国」ってどこ?
 訊くほうが野暮ってもん。むろんそれは、アメリカしか考えられない。アメリカほど、第2次大戦後の世界で戦争を繰り返してきた国はない。そんな「戦争大国」につきあうとすれば、日本が戦争参加する確率は大いに高まる。なぜそうまでして、安倍は戦争したいのだろうか? 
 それにしても、安倍の「私的諮問委員会」利用のデタラメさは、ちょっと度が過ぎている。
 自分の息のかかった連中、同じ考えのお友だち、権力に擦り寄りたい茶坊主連中、そんな人選ばかりで「諮問会議」とやらをでっち上げる。そこが出してくる報告書など、最初から安倍の意に沿った中身になるに決まっている。それをいいことに「文化人・知識人・学者の方々の貴重なご提案を受けて…」と、キナ臭い政策を連発する。
 江戸時代は、こういうやり方を「茶坊主政治」と呼んだ。それにしても日本って、こんなに「茶坊主」の多い国だった?
 「私的」を「公的」にすり替える詐術。これが「安倍茶坊主政治」のもっとも薄汚い手法なのだ。
 さすがに見るに見かねて批判する人たちも出てきた。例えば河野洋平元衆院議長は、朝日新聞(2月23日付)インタビューで、次のように述べている。

(略)「安保法制懇は私的諮問機関だ。メンバーは首相が選んでおり、だれの(第三者の)同意も必要としていない。閣議決定するからいいというのも、相当違う。閣僚も首相が選んでいるからだ」と批判した。
 さらに河野氏は「首相は『最高の責任者は私だ』と内閣法制局長官を抑えようとしている。これまで積み重ねてきた議論を、私的諮問機関の結論で簡単に乗り越えるのはいかがなものか」と、法的根拠のない機関が事実上、政策決定を担う手法を非難した。(略)

 残念ながら、自民党長老たちの不安は、まだ自民党若手議員たちには浸透していないけれど、この真っ当な批判はいずれ、ジワジワと安倍へのボディブローになっていくだろう。
 いや、そうならなければ、ほんとうにこの国は危うくなる。

 

  

※コメントは承認制です。
171 NHK、アンネの日記、茶坊主政治…
ちょっと怖~い「3題噺」
」 に2件のコメント

  1. A.saigo より:

    かつても、似たような事がありました。中曽根内閣当時です。
    中曽根首相は“大統領的首相”を称し、山のように私的諮問機関を作って、自分の意に沿う答申ばかり出させました。

  2. くろとり より:

    この国は危うくなるって・・・ すでに危ういのですよ。根拠なき念仏平和主義が蔓延しているために。
    日本に対し、敵意を持つ国に囲まれ、これまで以上に敵意をむき出しにされているのにそれに対応しようとすると反対する。あなた方は日本を滅ぼしたいのですか? 
    日本から戦争を起こすことを危惧する前に日本が戦争を起こされることを危惧してください。
    すでに銃弾の飛び交わない戦争は起きています。
    国民が一丸となって日本を守っていかないといけない状況であるにもかかわらず、あなた方は敵国の味方をし、一緒に日本を滅ぼそうとしているのですよ。
    私にはそれが許せません。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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