時々お散歩日記

 知人に五味正彦くんという男がいた。僕とは大学の同期。なんとなく顔見知りだった。あの疾風怒濤の時代に、いろんな場所で顔を合わせた。だから、なんとなく顔見知り…という関係。
 その彼が、「模索舎」という不思議な書店の創設者だと知ったのは、ずっと後のことだった。
 この書店、いまも新宿にあるが、ミニコミ誌や自主出版物を主に扱うというそれまでにはないタイプだったので、僕も時々通った。五味くんとは卒業後、連絡はなかったのだが、そこで彼に再会した。
 五味くんの求めに応じて、僕が勤務していた出版社の本を「社員割引」で買ってあげたことも何度かある。
 一緒に酒を飲んだことは数回。たまに「反原発デモ」でバッタリ会ったりした。彼とは、そんな仲だった。
 そんな五味くんが、食道癌を患い死去したのは、昨年の9月のことだった。行きつけの酒場のミヤコさんから「五味さんが、かなり危ないそうよ」という電話をもらい、共通の友人に入院先を聞いたときには、残念ながら、すでに遅かった。

 最後に彼と会ったのは、この新宿のミヤコさんの酒場だったと思う。70年代の雰囲気がいまも残る地下の酒場。僕が久しぶりで顔を出すと、五味くんがカウンターで、戸井十月さんと並んで談笑していた。僕も加わって、3人でとりとめのない話で夜が更けた。
 ああ、その戸井さんも、もういない。
 時は流れ、ぼくはとどまる……と書いたのはアポリネール。
 同世代の友人たちが、僕をおいて去ってしまう。そんな年齢に、僕も足を踏み入れたということだ。

 彼をよく知る人たちが集って、「五味正彦さんを偲び、語る会」を開くという知らせがきた。開催日は3月30日。
 僕は迷った。
 どうも、こういう会は苦手だ。彼の思い出をどう語ればいいのだろう。年上の方や公的な付き合いの方の「偲ぶ会」などには、僕も出席する。しかし、同じ世代で同じ志を持ち、同じ時代に生きた人を“偲ぶ”のは、とても切ないし、淋しいんだ。

 同じ日に、僕の地元で「反原発デモ」がある。それと、時間が完全にダブっていた。デモは1時半集合で、2時出発の予定。五味くんの「偲ぶ会」も2時開会。
 この日、東京はすごい荒れ模様の天気。多分、参加者はとても少ないだろう。だから僕は、デモに参加することにした。
 五味くんも「そのほうがいいよ」と、笑ってくれるはずだ。「オレ、あっちに行っても、反原発デモを組織するからな…」と、ニヤリ頬をゆるめながら、そう言いそうな気がしたんだ。

 ほんとうに、ひどい天気だった。
 僕は、いつも「晴れ男」を自慢しているけれど、僕の自慢もまったく効き目がなかった。雨はそれほど激しくはなかったが、風が荒れ狂う。「ひとりでもやる!」と、主催者のひとりの女性が頑張っていたが、やはり参加者は少数。指を折ることもなく数えられた。16名だった。
 それでも、この天気にもめげず、よく16名も集まったものだ、と感心した。デモは、強風と雨の中を、元気に出発。元気に、とは言いながら、風で傘が役目を果たせない。参加者の何人もの傘が、骨を折られてしまった。そうなると、もう濡れ鼠。
 いや、強風が雨を巻くので、傘があってもあまり役に立たない。僕の傘は最後まで頑張ったのだが、それでも僕はぐちゃぐちゃに濡れていた。傘が壊れてしまった参加者は、僕以上。
 そんな悪天候に抗して、デモは東芝の工場を目指して進む。工場の正門の前で「東芝は原発製造をやめろーっ!」「原発輸出をするなーっ!」と、シュプレヒコールをあげた。
 原発メーカーの責任を問う「申し入れ書」を手渡そうとしたけれど、警備員さんは受け取りを拒否。それでも、シュプレヒコールは工場内へも届いていたことだろう。

 そんなこんなで、3時半ころ、ようやく解散地点の公園にたどり着いた。いやはや、僕も、デモにはけっこう参加してきたけれど、こんなすごいデモは初めてだった。
 皮肉なことに、デモの終わりごろから雨は小降りになり、薄日も差し始めていた。それでも、濡れた衣服はかなりきつい。気温は低くはないものの、濡れた体は寒気がする。インフルエンザが治ったばかりなのに、また風邪なんかひいたらつまらない。自宅へ帰って着替えなければ、ということで、早々と引き上げた。
 五味くんも、「風邪ひくなよ」なんて、呆れて見ていたかもしれない。
 これが「原発イヤだ! 春嵐デモ」の恐るべきデモの顛末である。
 いったい誰だ、春嵐デモなんて名付けた人は! と主催者に文句のひとつも言いたくなったけれど、天候ばっかりは誰のせいにもできないし…。

 それにしても、このデモの主催者「原発イヤだ!府中」の人たちの活動は、なかなか意欲的だ。
 4月19日(土)14時からは、府中市中央文化センターというところで「原発怪獣、リニア新幹線上陸!」という学習会を開くという。もし、ご興味があれば、こちらでご確認を。
 チラシには、こんなことが記されていた。

 品川から名古屋までわずか40分で走る「夢の超特急」リニア新幹線。しかし、大量に電力を使うという事実を知っていますか。ルート上の山梨県大月市の変電所まで50万ボルトの送電線を引くことが、柏崎刈羽原発の増設・再稼働の理由にもなっています。
 9兆円もの総工費を掛け、原生林の残る南アルプスを貫き、電磁波を撒き散らしながら、原発で走るリニア新幹線は「夢の超特急」などではなく「原発怪獣」なのです!
 この学習会は2012年に「南アルプスをリニア新幹線が貫くとき」を、岩波書店「世界」に執筆したフリーライターの宗像充さんを講師に迎え、意外と知られていない原発とリニアの関係に迫ります。
 果たして、原発怪獣リニアの正体とは!?

 うーむ。原発再稼働の裏には、こんなこともあったのか。聞いてみたくなったな…。

 

  

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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