時々お散歩日記

 かつて、会社を辞めるときに、僕はお世話になっていた方々に「退職の挨拶状」を出してお礼に替えた。その末尾に、こんな拙い句を書き添えた。

 風やんで 本の匂いの 街を去る

 36年間に及ぶ「本の街」での暮らしへの、僕のサヨナラだった。そして「これからは『悠々自堕落』をモットーに、立派な『平和ボケ老人』として過ごしたいと思います…」などというひねった一文も付け加えた記憶がある(もうその「挨拶状」がないので、正確な文章は憶えていない)。
 けれど、それは「カッコつけ」でも何でもなく、金はなくとも慎ましく静かな生活に入るんだ、という、ささやかな僕の思いだったのだ。それを「去る」という言葉に込めたつもりだった。
 それが、どうもそうはいかなくなった。

 あの悲惨な福島原発事故と、その後の政府や東電の対応への腹立ち。それに輪をかけたのが安倍の再登場。ぞわぞわと背筋を虫が這い回るような気味の悪いことばかりを、安倍は繰り返す。
 「平和ボケ老人志願」の僕でさえ黙っていられず、いろんな集会や学習会、デモなどに顔を出すようになってしまった。会社をリタイアしてからも、いただく名刺がまるで減らない。それだけ様々な方たちにお会いして教えを乞うている、ということだ。
 「オレの平穏を返せっ!」と、安倍に向かって叫びたい今日この頃だ。

 安倍政策のひとつひとつを取り上げていけば、まさにその危なさにはキリがない。とにかく安倍は「平和」という言葉を憎悪しているとしか思えない突っ走りぶりだ。
 特にこのところ目立つのが、教育への政治介入。
 沖縄県竹富町での「つくる会」系教科書の押し付けや教育委員会制度の改悪もさることながら、教科書への強圧的指導は目に余る。韓国や中国がどう思おうとかまわない。「政府見解を載せない教科書は不合格にするぞ!」と脅迫する。とにかく「正しいのは日本だ(いや、安倍だ)と教えろ!」と言っているとしか思えない。ケンカを売っているみたいだ。
 「アッチが悪いんだから、コッチもやってやるぅ!」
 それに乗っかって、マスメディアが煽り立てる嫌韓反中。なにしろ、首相自らがそう思っているんだから、週刊誌だってやりたい放題。これでは、穏やかな外交なんかできっこない。
 アメリカでさえ危惧する「日本と近隣諸国との軋轢」。軋轢が高じれば、平和が脅かされるのは当たり前の理屈。それを助長しておいて「軍事費増額」「武器輸出3原則の破棄」、そして「自衛隊の国軍化」へと続くのだから、周辺にキナ臭さが漂うのは避けられない。
 キナ臭さをさらに拡大させているのが、「集団的自衛権行使の容認」へ向けての、ほとんど執念ともいえる安倍の前のめりの姿勢だ。そこを突破口にして、まずは「解釈改憲」で外堀を埋めた後、本丸の「憲法改定(特に9条破棄)」へひた走る戦略らしい。

 消費税が8%へ引き上げられた。多分、アベノミクスはここから失速するだろう。景気が上向くわけがない。
 森永卓郎さんが「週刊プレイボーイ」(4月7日発売)で、次のように言っている。

 「アベノミクスで景気回復だとか、今年の春闘では久しぶりに賃金のベースアップが達成されたとか騒いでいますが、今のタイミングで増税することは自殺行為としか言いようがありません」
 「ベースアップといっても、トヨタでさえひと月たった2700円のアップです。全企業を平均すると0.5%程度の賃金上昇に過ぎません。一方、物価は増税分と合わせて約4%も上昇しますから、実質的には約3.5%も賃金が目減りしたことになるのです。これは戦後最大の所得減少ですよ」
 補足説明すると、今回の増税分は3%だが、消費税は保険や医療、教育などの適用外の分野もある。その分を差し引くと、概算で約2.5%、物価が上昇することになる。さらに総務省統計局が発表したデータによると、今年2月の消費者物価指数は昨年の同月と比べて1.5%の上昇だった。
 つまり今回、日本の物価は(2.5と1.5を足して)昨年比で約4%上昇した計算になる。一方、賃金は0.5%しか上がらないのだから、日本国民は実質的に3.5%貧しくなったともいえる。景気回復を実感できない人が多いのも当然だろう。

 むろん、賃金上昇の恩恵を受けている人たちもそれなりに存在する。だが、中小零細企業の労働者、非正規社員(派遣やアルバイト)、年金生活者などは、ますます苦しくなっているのが現実だ。
 消費税施行直前の駆け込み需要で、大型商店はある程度にぎわったけれど、4月に入って店頭は閑古鳥。収入が減り物価が上がれば、購買意欲が薄れるのは当然。もはやアベノミクスは、第3の矢だか第4の矢だか知らないが、どこへも飛べずに失速寸前なのだ。

 だから安倍は、「原発輸出」に躍起となっている。起死回生の奥の手、というわけだ。
 なにせ、1基契約できれば数千億円の巨大プロジェクト。それにメンテナンスや技術移転での収入も同じくらいの額になる。これを何十基も輸出できれば、それこそ“♪~財界は喜び庭 駆け回り、政治家はコタツで丸くなる~”というわけだろう。
 安倍は「武器輸出解禁」+「原発輸出」で、平和国家の称号を踏みにじろうとしているのだ。
 4月4日、トルコに原発を輸出できるようにするための原子力協定を、衆院本会議で自民・民主・公明の賛成多数で可決。日本企業による両国への原発輸出が実質的に認められた。
 原発メーカー幹部を引き連れた「安倍御一行さま」が“黒いセールスマン”となって、各国を歴訪した成果が実ったというわけだ。
 それにしても、情けないのが民主党である。共産・社民・みんな・生活・維新・結いの各党が、この協定の反対に回る中、民主党は賛成票を投じた。同党の菅直人氏や生方幸夫氏、近藤昭一氏、辻元清美氏、篠原孝氏らは欠席や退席で一応反対の意志表示をしたけれど、大勢は賛成した。これが「2030年代には原発稼働ゼロ」との公約を掲げた党のていたらくなのだ。あまりのひどさに声もない。
 しかも、この党の有名議員のひとり原口一博氏は、自らの公式ツイッターでこんなことを書いていた(4月5日)。

 安全保障・危機管理の基本はコミットメントだ。核は、目を背けてはけしてならない現実だ。空理空論ではなく核不拡散・廃絶のためにも日本のコミットメントを増やすことが大事だ。しかも先に述べたように唯一の被爆国としても、かつ核技術の集積を持つ日本は、これを活かす責務がある。

 これが“野党”の言うことか! 支離滅裂もここまで来るとリッパ! 言い訳にしてもリクツがまるで通っていない。
 「被爆国として、また核技術の集積を持つ日本」であるならば、それを廃炉技術へ発展させて「脱原発・核廃絶」への先陣を切るのが、「唯一の被爆国」として、また世界に放射能をばら撒いた当事国として、それこそ当然の「責務」ではないか。
 「2030年代に原発稼働ゼロにする」とした自分の党の公約との整合性はどうなのか。それにはまったく触れていない。政治家とは論理の人でなければならないのだが、原口氏はその意味からも、完全に失格である。
 民主党の「原子力協定賛成の論理」が原口氏程度であるなら、もはやこの党に一分の期待も持てない。

 だがそれでも、最大の責任が、民主党ではなく、安倍自民党にあることは確かだ。
 この協定、かなり危ない。
 「平和目的のための原子力の利用における協力のための日本政府とトルコ共和国政府との協定」というのが正式名称で、A4判29ページにも及ぶ文書だが、例によって「平和」の大安売りだ。

(略)原子力の安全、核セキュリティ及び核不拡散が確保される方法で原子力の平和的利用を追及するという両締結国の誓約を再確認し、平和的目的のための原子力の利用及び原子力の安全の保証についての協力の重要性を強調して、次のとおり協定した。(略)

 危ない内容の時ほど「平和」という言葉を乱発する。その典型のような文章だが、ことに問題なのは、上記の文章の中の「安全の保証についての協力」という部分だろう。
 誰が、いったいどのような方法で、原発の「安全を保証」するのか。
 実は、日本には「輸出原発の安全審査」をする機関がないのだ。かつては、原子力安全・保安院が、一応はその役割を担っていた(はずだった)。しかし、福島原発事故対応のあまりのひどさに批判集中、組織は解体され、原子力規制委員会へと実質的に吸収された。
 では、規制委が輸出原発の安全審査をすることになるのか。どうもそうではなさそうだ。規制委は、日本国内の原発の安全審査はするけれど、輸出については関与しない方針なのだ。とすれば、誰が審査するのか?
 安倍は「世界最高水準の安全基準をクリアした原発を輸出する」と、いつもと同じように口あたりのいいペラペラ舌で強調する。だが実際は、原発メーカーが「規制委が定めた規制基準をクリアしました」と自己申告すれば、誰もそれをチェックしない。
 かくして、まず最初に、三菱重工業と仏アレバ社(例の放射能除去装置を売り込んだフランス大手の原発企業)の企業連合が、トルコの黒海沿岸シノップ地区へ原発4基を建設することになる。数兆円の受注だ。
 ほんとうに大丈夫なのだろうか。トルコは、この地域有数の地震国である。何度となく大地震に襲われている。それが原発を襲ったらどうなるか。福島事故の二の舞にならないか。
 もしそうなったら、誰が責任をとるのか。売り込んだ日本政府か、実際に建設した原発メーカーか?
 福島原発事故の責任をまったく取ろうとしない原発メーカーが、トルコでの事故責任をとるとはとても思えない。とすれば、日本政府か。そうなれば、またもや我々の税金に羽が生える。
 そんなことを、安倍は少しでも考えただろうか。アベノミクス第一で、とてもそんなところまで想像力は及んでいそうもない。

 実例がある。
 米カリフォルニア州にサンオノフレ原発があった。あった、と過去形にしたのは、住民の反対運動によって、すでに廃炉が決定済みだからだ。
 この原発をめぐって、日本の原発メーカー三菱重工業が、原発の運営電力会社サザン・カリフォルニア・エジソン社(SCE)から多額の損害賠償を請求されている。
 三菱重工業はこの原発へ蒸気発生器を納入したのだが、それがトラブル続きのため、ついに原発停止に追い込まれたと、SCEが主張しているのだ。機器納入時に結んだ責任上限額は1億3700万ドル(約137億円)だが、アメリカでは懲罰的賠償という巨額の裁定がなされる例も多く、いったいどれほどの額になるか予想もつかない。
 SCE側は三菱重工業に対し、「原発停止に伴う代替電力確保のための費用」の請求も視野に入れているというから、天文学的金額の訴訟にもなりかねない。だが、安倍や日本の原発メーカーにとって、そんなことはどうでもいいらしい。とにかく目先のカネだ!
 僕には、そのあたりの感覚の鈍さが信じられない。日本で起きたことが、なぜトルコで起きないと断言できるのだろうか。

 目先の利益よりも、どこよりも早く「廃炉技術を確立した国」として、世界から頼られる日本になるほうが、よっぽど「国益」にかなう方向だと、僕は思うのだが……。

 いろいろと考えていると、ほんとうに暗い気分に陥りそうだが、ま、最近の散歩中に写した花々の写真で、少しは和んでください。

 

  

※コメントは承認制です。
175 安倍“黒いセールスマン”の原発輸出」 に1件のコメント

  1. a87427 より:

    こんにちは福島市のa87427と申します。本名を書かないといけませんか?。下記のブログで発言しています。19年2月生まれの70歳です。
    全く失礼ながらまるっきり思想が似通っていて、驚いています。さすが同世代でわれわれの世代は同じ結論だと思っています。
    私のブログには福島県からの避難者の方もいます。
    遠くに避難している人のために福島の情報を発信しています。
    誰にも理解されず少数派と思ってあきらめていましたが、当ブログさんにお目にかかり本当に心強く思いました。これからご指導を賜りたくご挨拶申しあげます。
    本日の記事転載させていただきます。よろしくお願いいたします。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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