時々お散歩日記

 とうとう僕の相棒のパソコンが黙っちまった。7年以上もつき合ってくれたんだから、さすがに疲れたんだろう。ため込まれた資料や文章が原発だらけになっちゃったことを、少しは恨んでいたのかもしれない。「もっと楽しい話も書けよ…」なんて。
 仕方なく先週の月曜日、新しい相棒を選定、購入してきた。僕はIT関係にはとんと不案内だから、身内のよく分かっている者に、セッティング等を頼んで、なんとか動かし始めた。
 けれど、こいつがなかなか使いづらい。まあ、しばらくはお互いに相手の出方を見極めながら慣れていくしかないかな。
 今回はこのパソコンでの、初の「お散歩日記」ということになる。デビューなんだから、なんか楽しい話題からいきたい、と思いつつ…。

 かつて、僕は漫画が大好きだった。通勤の行き帰りに、いつも「マガジン」「サンデー」「チャンピオン」を読んでいた(なぜか、「ジャンプ」はちょっと苦手だったな)。でも、いつのころからか、ほとんど読まなくなってしまった。なぜだったのだろう?
 多分、年齢を重ねて、漫画のテーマの流れについていけなくなったということだったと思う。だから最近は、漫画やアニメの話題は娘から教わることが多い。
 「原発のこと、難しい単行本ばかりじゃなくて、漫画でもかなり鋭いのがあるんだよ」と娘に言われた。カミさんは、今でもけっこう漫画好き。そこで、3人で相談しながら、さまざまな「原発漫画」を探し、集め始めた。古いものには、僕が知っていた漫画もあったけれど、教わった漫画は、もう僕の想像を超えていた。みんなかなりスゴイ!
 というわけで、今回は「原発漫画を読む」の巻。

 まずは、『パエトーン』(山岸凉子)
 これは『山岸凉子スペシャルセレクションⅥ・夏の寓話』(潮出版社)の中に収録されているもので、1986年のチェルノブイリ原発事故に触発されて、山岸さんが様々な文献などを調べ、原発事故の恐ろしさを、ギリシャ神話に託して警告したもの。
 1988年に発表された作品だが、まさに日本の原発事故を先駆的に予言しているともいえる。漫画作家の恐るべき直観力である。
 なお、山岸さんは、この「お散歩日記」もよく読んでくださり、僕の『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日~5月11日』(マガジン9ブックレット、エムキュウデザイン出版部)の帯に「マガジン9というサイトの『時々お散歩日記』をのぞいてみました。私の知りたかった原発の事が一杯。皆さまも是非のぞいてみてくださいませ。私達が何に着目すべきかがわかります」という推薦文を寄せてくださった。あらためて、お礼を申し上げます。

 『ゴルゴ13 2万5千年の荒野』(さいとう・たかを、リイド社)
 これも、1984年発表という古い作品だが、まったく色褪せていない。全国民ご存知のゴルゴ13が、原発の暴走を止めるための狙撃をする。原発事故による住民被害よりも、自らの政治生命を心配する政治家や電力会社幹部たち。現在の構図とまるで変わらない。
 こんな作品が、チェルノブイリ事故のわずか2年前に書かれていたことに、僕はいまさらながら驚いた。恐るべき想像力である。

 『コミック みえない雲』(グードルン・パウゼヴァング原作、アニケ・ハーゲ画、高田ゆみ子訳、小学館文庫)
 1987年、チェルノブイリ事故の1年後に発表され、ドイツでベストセラーになった小説のコミック化作品。ドイツの原発がメルトダウン事故を起こし、逃げ惑う子どもたち。淋しげで美しいタッチの描線が印象的で、ことに、放射線障害で髪の毛が抜け落ちてしまった少女が切なくもいたましい。
 なお、この小説は映画化もされていて、その強い衝撃が、ドイツの脱原発世論に大きな影響を与えたともいわれている。

 『萩尾望都作品集 なのはな』(萩尾望都、小学館)
 帯に「『あの日』から、私は胸のザワザワが止まらなくなった。今は、きれいで美しいものは描けないと思った…」とあるとおり、あの「3・11」後の揺れ動く想いを、SFタッチで描いた作品集。
 僕個人の好みとしては、最初に収録されている「なのはな」を推す。静謐なやさしさが、しみじみと心に残った。

 『はじまりのはる』(端野洋子、講談社)
 被災地福島で生きる若者たちを主人公にした作品。酪農に未来をかけた青年たちが、原発事故で翻弄されていく。自らの力や努力ではどうにもならない現実に、どう立ち向かえばいいのか…。彼らの「はる」は、ここから始まる。だから「はじまりのはる」なのだ。

 『デイジー 3.11女子高校生たちの選択』(ももち麗子、講談社)
 原発事故をどう受け止めたのかを描く、福島の女子高校生たちの1年間の物語。中に出てくる「他県の男の人と付き合うなら、この街の出身ってこと絶対言っちゃダメよ」というセリフがあまりに哀切だ。
 復興って何? 放射能、福島差別という現実、風評被害、去っていく友人たち…。それらの重すぎる問題に、真剣に向き合わざるを得ない女子高校生たちのひたむきさが胸を打つ。
 それにしても、女性漫画家たちの感性のすごさよ…。

 『あの日からのマンガ』(しりあがり寿、エンターブレイン)
 朝日新聞夕刊に連載されていた(現在も連載中)「地球防衛家のヒトビト」は、3・11以後しばらく、ほとんど震災・原発関連一色になった。毎日欠かさず、僕もそれを恐れながら見ていた。そして、震災のわずか1カ月後から「月刊コミックビーム」に掲載された「海辺の村」「川下り双子のオヤジ」「希望(希望の上に大きな×が重ねられている)」「震える街」「そらとみず」などを収録している。
 ひょうひょうとした例の「しりあがりタッチ」の絵が、異様な迫力で迫る、コミックとしての最大限の表現。これはほんとうに歴史に残る作品。

 『COPPELION コッペリオン』(井上智徳、講談社)
 かなりズキンッとくる。なぜなら、僕の地元がハチャメチャに汚染され、破壊しつくされているからだ。精密な筆致で、僕の街(東京都府中市)の荒廃がこれでもかこれでもかと描かれる。ショックだ。
 東京お台場の原発(それほど安全だというのなら東京に原発を造ればいいじゃないか、ということで建設されたらしい)が大爆発、東京は完全に汚染地帯となった。そこへ、放射能に耐性を持つように、遺伝子操作によって生み出された子ども(コッペリオン)で組織された、自衛隊特殊部隊の少女たちが送り込まれてくる…という物語。
 原発メーカーが「三ツ星重工」と、どこかで聞いたような名前だったりするし、東京競馬場が巨大な墓地となっていたり。いやはや、スゴイ。
 この漫画が、最近、「BS11」というテレビ局からアニメ化されて放送が始まった。おかげで、また人気が沸騰している様子。地元ということもあってか、府中の本屋さんでは山積みになっていた。

 『原発幻魔大戦』(いましろたかし、エンターブレイン)
 これまで、主に釣り漫画で高い評価を受けていた作者だったが、「3.11以降の政府、メディア、官僚、財界の余りのデタラメぶりにいてもたってもいられなってしまい、連載内容を突然大変換‼ 漫画を通して普通の生活者の目線から、原発そしてTPPに異議を申し立てた‼」(帯より)
 作者の怒りが、ほんとうに真っ直ぐに、真っ当に噴出する。ことに、「首相官邸前デモ編」には、作者自身のデモ参加経験がストレートに描かれる。大飯原発再稼働を指示した野田首相(当時)への怒りは、普通人の感情そのもの。共感しつつ、僕も一緒に怒っていた。

 『ヒトヒトリフタリ』(高橋ツトム、集英社)
 この作品が、ある意味では「原発漫画」の白眉かもしれない。人気低迷でアル中ぎみの春日首相に、美少女守護霊リヨンが取り憑いた。だが、首相の余命はあと500日少々。そこへ原発事故が起き、守護霊リヨンとともに、春日首相は「脱原発」に立ち上がる、という奇想天外驚天動地の展開。
 この漫画の面白いのは、政治の現実を真正面からとらえようとしていること。なにしろ、どこかで見たような政治家キャラクターたちが続々と登場するのだ。小泉元首相、鈴木宗男氏…などによく似たそっくりさんが勢揃い。彼らが首相のブレーンとなって、脱原発を成し遂げようとするのだが、さて、春日首相の余命が尽きるまでに、結果は…?

 ほかに目についたもの。
 『白竜 原子力マフィア(1)』(週刊漫画ゴラク増刊9月15日号掲載、天王寺大・作、渡辺みちお・画、日本文芸社)
 これは長い間休載していた漫画らしいが、表紙に「永き時を経て復活!! 安全神話崩壊の禁忌!?」とある。なぜ休載になったか、なぜ復活したかは知らないけれど、やくざ漫画の殴り込みである。この回は、原発の闇を追っていた新聞記者が射殺されるところで〈続く〉…となる。さて、この後、どんな展開が待つのか?

 『いちえふ 福島第一原子力発電所案内記』(竜田一人、講談社)
 これは、「第34回 MANGA OPEN大賞」受賞作で、「週刊モーニング」2013年10月17日号に掲載されたもの。
 「福島第一原発で作業員として働いていた作者が描く、渾身のルポルタージュ」と紹介されていたとおりの漫画だ。淡々と、原発作業の実態を丁寧に描いていく。作業服やさまざまな器具、装置、免震棟などの説明も微に入り細にわたる。資料としても一級品。

 そして、最後に、厳密には漫画とは言えないかもしれないけれど、大御所漫画家のすごい作品を紹介しておこう。
 『福島原発の闇 原発下請け労働者の現実』(文・堀江邦夫、絵・水木しげる、朝日新聞出版)
 これは、名著『原発ジプシー』(堀江邦夫)をもとに、堀江さんがルポを書き、水木さんがそれに克明な絵を付けた本。しかもこれが描かれたのは、実は1979年だったというから驚くほかはない。この年の「アサヒグラフ」に文章・絵ともに掲載されたものだという。それが、3・11の後、脚光を浴び、2011年に復刻出版された、という経緯だ。
 何かに取り憑かれたように、精密に克明に、細部の機器やケーブルの1本1本までを描きつくした水木さんの、執念を感じさせる1冊なのである。これが、1979年(スリーマイル島原発事故の年)に発表されていたという事実に、やはり作家の直観力の凄まじさを感じざるを得ない。

 ざっと、目についた限りの漫画を挙げてみた。むろん、もっとたくさんの「原発漫画」が産み出されているだろう。もし、ほかにご存じであれば、ぜひ教えていただきたい。
 さまざまな力を集めて、原発の問題に切り込んでいければいい。僕はそう思っている…。

 

  

※コメントは承認制です。
155 「原発漫画」の奥深さ」 に6件のコメント

  1. 山下太郎 より:

    4つしか読んでない!!
    こんなにあるんだ、、知らなかった、、

  2. 根本敬の聞くも涙、語るも鬼畜な名作『タケオの世界』が、『はだしのゲン』論争の時から、ずっと無視されてるんだけど…。

  3. 風の里農場 より:

    大月書店から出版されている本があります。
    [増補版]まんが 原発列島です。
    http://www.otsukishoten.co.jp/book/b88379.html
    増補版は2011/04/25出版ですが、初版は1989年だったそうです。
    私は3,11のあと増補版を購入して読みました。

  4. 鈴木 耕 より:

    いろいろと教えてくれて、ありがとうございます。できる限り、集めたいと思っています。でも、お金がなあ…。

  5. 関あかね より:

    水木さんのしか持っていません。少しづつそろえていこうと思いました。

  6. 斗和 より:

    こんなにあるとは知りませんでした・・・! 内容も興味深そうです。
    クリエイターの方々の表現力に、何だか心に灯火がともった気持ちになりました。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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