時々お散歩日記

 あれだけ寒かった冬も、暑さにうだった夏も、そして何度も襲った豪雨や台風も、みんな忘れたような顔をして、季節は移っていく。少し厚手の上着が必要になってきたけれど、今が散歩にはいちばんいい季節。
 僕の大好きな散歩コースの「野川公園」も、木漏れ陽と風のシンフォニー。野川を飛び交うカワセミの青が、陽に映えてことに美しい。赤とんぼも、陽だまりを楽しんでいる。

 季節はうつろうけれど、人の営みは変わりばえしない。それどころか、妙に危ない方向への進み行き。ことに、政治の動きがヤバイ。

 危険極まりない「特定秘密保護法案」が閣議決定され、国会へ提出される。「稀代の悪法」といわれ、国民の広範な反対によって、ついに廃案となった「国家秘密法(通称・スパイ防止法)」(1985年)の再来である。しかし、あの時は与党自民党内からも反対の声が上がったし、マスメディアの反対論調もかなり強かった。
 それに比べ、今回はどうか? 自民党内からは、村上誠一郎衆院議員くらいしか疑問の声が上がらない。ほとんどは、安倍人気の前に沈黙したままだ。それをいいことに、安倍“ひとりよがり”政治はますます増長の気配だ。ほんとうに、この国をどこへ連れていこうというのか。
 その安倍首相、今度はNHKを支配下に置いて、自分の意志で巨大メディアを操ろうとし始めたみたいだ。NHKの新経営委員人事案の顔ぶれを見て、空恐ろしくなった。毎日新聞(10月26日付)がこう書いている。

NHK経営委人事案 安倍色濃く
新任4人が首相に近い委員、1月の会長人事にも影響か

 
 政府は25日、NHK経営委員会(定数12)の委員5人の国会承認人事案を衆参両院に提示した。日本たばこ産業(JT)顧問の本田勝彦氏(71)ら新任4人はいずれも安倍晋三首相と近く、NHKと政治の距離の問題が改めて浮き彫りになった。来年1月24日に任期が満了する松本正之会長の後任人事にも影響しそうだ。(略)
 本田氏は首相が少年時代に家庭教師を務め、現在は首相を囲む経済人の集まり「四季の会」のメンバー。同会には首相のブレーンの葛西敬之JR東海会長も加わっており、葛西氏が設立に尽力した海陽中等教育学校の校長、中島尚正氏(72)も今回、経営委員候補になった。
 哲学者の長谷川三千子氏(67)は保守派の論客として知られ、小説家の百田尚樹氏(57)とともに、昨年9月の自民党総裁選で首相を応援した。首相は今年8月、雑誌の企画で百田氏と対談し、意気投合している。首相とNHKの間では、朝日新聞が2005年1月、従軍慰安婦に関する番組の内容に安倍氏(当時官房副長官)ら政治家が介入したと報じたのをきっかけに、あつれきが生じた経緯がある。(略)

 もう、ここまで露骨に出てくるか、と嫌になる。かつて山口瞳さんは「ロコツ、ロコツは嫌だねえ…」と言ったけれど、そんなダンディズムなんか、安倍にはないものねだり。
 2001年に放映されたNHKの番組ETV特集「問われる戦時性暴力」では、安倍官房副長官(当時)らのロコツな政治介入によって番組内容を改変させられたと、当時のNHKチーフプロデューサーらが内部告発した。朝日新聞が2005年1月に経緯を詳しく報じ、圧力をかけた覚えはないとする安倍らとの間で大きな論争となった。
 その後、安倍らとNHK幹部との会話のテープ内容がジャーナリスト魚住昭氏によって『月刊現代』2005年9月号(講談社)で暴露された。だが、それを「都合のいいところだけを切り取った編集」だとする安倍らは、あくまで圧力をかけた覚えはないと突っぱねた。
 こんな経緯があったのだから、安倍のNHKへの執念は深いとみるべきだろう。そして機をうかがっていたところで、今回の人事案にたどり着いたのではないか。

 安倍首相の政治手法は、とにかく自分の息のかかった“有識者”と称する文化人・知識人・学者などを集めて「有識者懇談会」なるものをやたらと作ることで政治を動かすやり方だ。
 最初から自分におもねる“有識者”ばかりを集めるのだから、自分に都合のいいような提案ばかりが出てくるのは当然だ。その“提案”を振りかざして政策に仕立て上げる。
 今回のNHK経営委員人事もその延長線上だろう。

 この中に、作家の百田尚樹氏がいる。安倍首相と意気投合しているらしい。少し前(10月7日)、その百田氏がおかしなツイートをしているのを、たまたま見てしまった。
 あまりにひどい内容なので、最初はまさかあの作家の百田氏ではないと思ったが、どうもご本人らしい。こんな書き込みだった。

 すごくいいことを思いついた! もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す。そして他国の軍隊の前に立ち、「こっちには9条があるぞ! 立ち去れ!」と叫んでもらう。もし9条の威力が本物なら、そこで戦争は終わる。世界は奇跡を目の当たりにして、人類の歴史は変わる。

 これが、大ベストセラー作家の皮肉なのか、揶揄なのか。作家の石田衣良さんに「右傾エンタメ」と批判されたのも無理はない。
 ここは「マガジン9」である。「9条の精神を大切にしたい人たち」が、ほとんどボランティアで運営している。まあ、百田氏に言わせれば、「マガジン9」は立派な“9条教信者”だろうから、どこかの国が攻めてきたら、僕らは最前線に立たされるってわけか。
 しかし、こんな文章を、ベストセラー連発の大作家ともあろう人が公にするなんて、僕には驚きだった。
 あんまりだったんで、僕もついこんなツイートをしてしまった。

 私はむしろ、集団的自衛権行使をいう首相や閣僚、その息子らに前線に立ってもらいたい。米国と一緒に戦争をしたいなら、そうすべきでしょう。「まず、総理から前線へ!」ですよ。

 大人げないとは思ったけれど、やはり言わずにはいられなかったんだ。そうしたら、いっぱい矢が飛んできた。百田氏のファンか。
 曰く「やっぱり9条教信者はどうしようもない」
 「お前はバカか。最高指揮官を前線に出す国がどこにある」
 「責任者が死んだら戦争なんかできないだろう!」
 「他国が攻めてきたら、と言っているのに、集団的自衛権に話をすり替えるバカ」などなど…。
 あり得ない想定の皮肉(?)を書いたのが百田氏だ。「総理から前線へ」もあり得るはずがない。そんなことは百も承知、二百もガッテン。あり得ないことへ、あり得ないことでお返ししただけ、なんだけどな。

 「戦争絶滅請け合い法案」という有名な一文がある。20世紀初頭にデンマークのフリップ・ホルム陸軍大将という人が作ったもので、日本では1929年にジャーナリスト長谷川如是閑が最初に紹介したのだという。

 戦争行為の開始後、または宣戦布告の効力が生じた後、10時間以内に、次の処置をとること。すなわち、下の各項に当てはまる者を、最下級の兵卒として招集し、できるだけ早くその者たちを最前線に送り、敵の砲火の下に実戦に従わせること。

 1.国家の元首。ただし君主であろうと、大統領であろうとかまわない、ただし男子であること。
 2.国家の元首の、男性の親族で16歳以上の者。
 3.総理大臣、および国務大臣と次官。
 4.国民により選出された立法府の男性の代議士。ただし戦争に反対の投票をした者は除く。
 5.キリスト教、または他の寺院の僧正、管長、その他の高僧で、戦争に公に反対しなかった者。

 上記の兵卒としての有資格者は、戦争継続中、兵卒として招集されるべき者で、その場合、本人の年齢や健康状態を考慮してはならない。ただし、健康状態については、招集後、軍医の検査を受けさせる必要がある。
 以上に加えて、上記の有資格者の妻・娘・姉妹等は、戦争継続中、看護婦または使役婦として招集し、最も戦闘の激しい野戦病院に勤務させるべきである。

 かなり痛烈な皮肉である。お分かりのように、天野祐吉さんの雑誌『広告批評』での有名な反戦広告「まず、総理から前線へ。」も、ここから採ったものだろう。
 安倍首相は、自分の息のかかった人たちをNHKへ送り込む。NHKは、それらの人たちの意見によって、次第に改憲路線を明確にしていくことになるのだろうか。「日本国憲法を守れ」などという人は“9条教信者”として、NHKの番組で排斥されることになるのだろうか。

 ああ、ほんとうに嫌な時代が、すぐそこまで来ている。
 座頭市は、こう言った。
「ああ、いやな渡世だなあ。これじゃ目先が真っ暗だ。ははは…、目先は、はなから真っ暗だよ…」
 だけど座頭市は、スラリ抜いた仕込み杖で、あくどい奴らをバッタバッタと成敗した。

 「特定秘密保護法」への批判が広がり始めている。憲法・メディア研究者や刑事法研究者たちが、大きな声を上げ始めた(東京新聞10月29日付)。
 このところ連日、首相官邸前で、反原発集会に続いて反秘密保護法集会が行われているし、10月29日には、東京・日比谷野外音楽堂で「秘密保護法反対・緊急集会&デモ」が行われた。さらに、全国各地で多くの反対集会やデモが開催され続けている。
 あの野田(彼の大飯原発再稼働や事故収束宣言などにあまりに腹が立ったものだから、僕は個人的「野田呼び捨て宣言」をした)にだって、官邸前の原発反対の声は“大きな音”としては届いていた。けれど、安倍(彼にも、呼び捨て宣言をしてしまった)の耳はロバの耳か。“お友だち有識者”の言葉以外はまるで届かないらしい。
 原発に関する様々な情報も、この秘密保護法にかかれば“テロ活動防止”などの名目で、ほとんど開示されなくなるかもしれない。

 黙っていてはならない。どこからでも反撃の狼煙はあげられる。何を言われたって「心に杭は打たれない」。

 

  

※コメントは承認制です。
156 安倍首相とNHK」 に6件のコメント

  1. ピースメーカー より:

    >あり得ない想定の皮肉(?)を書いたのが百田氏だ。
    >「総理から前線へ」もあり得るはずがない。そんなことは百も承知、二百もガッテン。
    >あり得ないことへ、あり得ないことでお返ししただけ、なんだけどな。

    結局、総理も前線に行かなければ、一般的な国民も、「9条教の信者」も誰も前線には行かないという事ですか?
    百田氏も天野祐吉さんも鈴木耕さんも、見事なまでの一国平和主義者にしか見えません。
    こういうのを「呉越同舟」というのでしょう。
    とはいえ、伊勢崎賢治さんは「(一国平和主義を脱却しなければ)我々はずっとこれから(米国にもたらされた)『幻想の平和』の中で、それを自分達が作り出したと勘違いしながら生きていく」という趣旨の指摘をしています。
    さらに、「憲法前文の精神を生かし、一国平和主義を抜け出すには、他人の不幸を救うために、日本人の命が実際に失われることを受け入れなければならない」という趣旨の指摘もしています。
    伊勢崎さんの指摘は最も厳しいけれども、最もリアルだと思いますが、鈴木さんはどう思われますでしょうか?
    http://www.magazine9.jp/movies/

  2. 花田花美 より:

    国民の不満のはけ口をどこに向けるか?
    それを、政府や大企業に向けさせないのが大手マスコミのテクニックです。
    大手マスコミは国民の不満のはけ口を中国、韓国などの外国に向けたり、
    政府や大企業に批判的な言論人に向けたりします。
    典型的パターンとしては・・・
    福島原発の放射能問題→問題視することが風評被害 または 中国の大気汚染問題へ誘導
    集団的自衛権でアメリカの属国化強まる→中国の脅威があるから仕方ない。
    (実際は中国がせめて来てもアメリカは日本を守らない。日本を守るために中国と戦う議決がアメリカ議会で出るはずがない。)

  3. roche より:

    日本は戦争すれば必ず負けることを安倍総理と国家官僚は隠したいのではないか?だって日本には昭和に自民党がせっせと造った原発が50基もあるんですよ?潜在的敵国がミサイルで狙うだけで一瞬で負ける。自衛隊を増強?日米安保条約?核の傘?むしろそんなものないほうがいい。世界に向けて平和憲法をアピールして外交的手段で問題を解決する道しかのこされていないことを秘密保護法で隠したいのではないか?

  4. いぶし丼 より:

    ベストセラー作家さんの言葉はよそのサイトで見たなあ。
    不謹慎だとわかっているのに「意外といいんじゃない?」などと思ってしまった。
    但し、そのままじゃ使えない。憲法14、18、19条に違反してるからね。憲法の効能を叫ぶためには憲法に従わないと。

    まずは国家元首が相手の「宣戦布告を受け入れた」時点で自衛隊は解散する。
    「は?何で?」って思うかもしれないけど、自衛隊員だって人間だもの。憲法も守れない国なら国民だって法律を守る必要はないさ。「法の下の平等」ってヤツだ。如何なる時にも上位の法が優先する。有事の際なら尚更だ。

    次に相手に意向を伝え、9条肯定派が丸腰で前線に赴き不戦の心を訴える。相手だって正義のために戦ってるんだから丸腰の人間には手を出せない。間違って何人か撃たれたとしても幾らかの人は助かるはずだ。

    それが尽きたら9条否定派が自衛隊から譲り受けた銃を携えて前線に赴き、こう叫ぶ。
    「9条なんて関係ない。これは俺自身の戦いだ。」
    勿論俺はそこにはいないので結果は分からんが、自分で選んだ道だ。頑張ってくれ。

    そして全部尽きたら国家元首が前線に赴き、最後の勤めを果たす、と。
    大事なのは順番だよ。出ていく順序を間違えちゃうと助かる人も助からないから。「公共の福祉に反しない」ためにはこの順番が一番いい。

    どう、これでみんなの意見が入ったでしょ?
    え、不満ですか?もう、ワガママだなあ。

    いずれにしても誰一人として他人を信じていない癖に、集団になれば必ず自分の都合の良いように動くはずだ、なんて考え方には賛成できないな。
    それが本当なら沖縄の悲しみはもうないはずだ。

    俺には俺の自我があるから、集団意識は必ず俺に都合が悪いように働く。その法則は相手が「自国の民」でも「他国の民」でも変わらない。
    だから集団意識が主権者であってはならないんでしょ?民主主義の要点はそこにあるのであって多数論理にあるわけじゃない。

    あくまでも公共の福祉に反しない範囲での調和が大事。国民一人一人が個人として尊重されなければ、誰一人幸せにはなれない。
    全体のために個人の命を差し出せなんて、誰も命令しちゃいけないよ。
    己の命を誰に捧げるかは己自身が決めるんだ。

  5. powasuko より:

    見事なり「戦争絶滅請け合い法案」!  きっとどの国の国民もこんな法律を夢見たことがあるだろうと思う。
    ある意味9条よりも有効かもしれない。 ただし、男女平等の観点から、「男子であること」という文言を除く修正を加えて。女性の私が言いますが、右傾した女性だってたくさんいますよ。

  6. 高村 毅典 より:

    全く同感です。彼らのウィークポイントは、改憲していないって事だと思います。現行憲法では、安保法案は違憲なのだから、次期選挙で与党を大敗させ、まともな識者の方々がすでに準備している違憲訴訟で廃案へ持ち込む道が残されていると信じております。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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