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金メダル至上主義を巡る誤解
—全日本女子柔道監督の暴行事件について—

 先日、全日本女子柔道監督の園田隆二氏が辞任した。同氏が指導の際、選手に対して度重なる暴力や暴言を浴びせていたことが、日本代表選手15人による日本オリンピック委員会(JOC)への告発で明らかになったからである。園田氏は記者会見で「選手が練習の中で越えられない壁を自分で作ってしまっているのを何とかしたかった。暴力の意識はなかった」と釈明する一方、日本の柔道界には「金メダル至上主義が間違いなくある」と語ったという。

 それを受けてマスメディアでは「金メダル至上主義」や「勝利至上主義」を行き過ぎた指導の原因としてやり玉に挙げているが、私には大いに違和感がある。なぜなら「金メダルを取る」「勝利する」ための指導方法を確立していなかった結果が、今回の事態を招いたと考えるからだ。

 昨年9月25日付『朝日新聞』に掲載された筑波大学大学院体育系准教授の山口香さんへのインタビュー(「耕論・ニッポン柔道の落日」に所収)は、今回の事態を警告するような内容だった。日本女子柔道の先駆け的な存在でもある山口さんは、ロンドン五輪での男子柔道金メダルゼロに関して次のように語っている。

 「力を出し切れなかった、残念、悔しい、申し訳ない――。ロンドン五輪後、柔道界から聞こえてきたのは、そんな言葉でした。違うんです。力を出し切っても勝てない選手を代表に選んだ、勝てる選手を育成できなかった。そこに問題があるんです」

 同五輪での女子柔道の金メダルは松本薫選手の1個だった。山口さんのコメントは男女を問わない日本の柔道界に対する痛烈な批判である。1980年以降、世界の柔道界が育成に力を入れ、日本との差をどんどん縮めていくことに対する危機感をもたず、日本代表監督は「海外選手の力量を確認し、ルール変更に気を配り、海外チームとの合宿をアレンジする、といった『マネジメント』」(山口さん)をしてこなかった。だから先の五輪の結果も「『たまたま負けた』という発想」(同上)にとどまり、自らの指導方法が間違っているのではないかといった批判の目をもてなかったのである。

 園田氏は「焦って、急ぎすぎ」、選手に向って手や足を出し、聞くに堪えない言葉を吐いた。そうやって選手を発奮させようとしたというのが本心だろう。しかし「信頼関係ができていると、一方的に解釈していた」との彼の言葉は、指導者と選手というよりも、歪な親子の関係を連想させる。暴力をしつけや愛情の裏返しと呼ぶDV加害者の弁明のようにも聞こえた。

 選手からの告発文書を受け取ったJOCの腰は重かった。全日本柔道連盟はJOCから報告を受けても、園田氏の監督続行を決めた。現役時代に強かった人ばかりが集める同連盟の幹部に、JOCは強い態度に出られなかったのかもしれない。しかし、「強かったがゆえにどうしても海外へのリスペクトが低い。『日本は強い』という固定観念が強く、海外の選手を研究し、学ぶ姿勢が欠如」(山口さん)していたことが日本柔道低迷の原因であるとの指摘を重く受け止めるべきだ。

 日本の柔道を立て直すためにすべきは、「柔道は日本のお家芸」という意識の払しょくではないだろうか。いま世界でもっとも柔道人口の多い国はフランスである。昨今、学校での柔道の練習中に多発する死亡事故が問題になっているが、同国では18才以下の競技者が死亡するケースはないという。フランスでは柔道の指導者に国家資格の取得を義務づけている。

 柔道は格闘技であり、指導者の殴る、蹴るにいちいち大騒ぎしていてどうする、という声もあろう。だが、日本代表にまで上り詰めた彼女たちの「面構え」を思い出してほしい。あれだけ凛とした表情の選手たちに、指導者が一方的な暴力を加えたら、せっかく彼女たちの闘争本能は萎え、世界大会に出るときには去勢された状態になってしまうことを危惧する。

 スポーツライター・ノンフィクション作家の金子達仁氏が、外国人と草サッカーをやったときに感じた相手の勝利への執着心について書いたコラムを読んだことがある。たかが遊びでも絶対勝つという気持ちがひしひし伝わるのは、彼らのそのスポーツに対する愛情の深さの表れではないかと金子氏はいう。

 柔道の指導者は柔道という競技そのものへの愛と執着心を育ててもらいたい。もし闘争心云々を言うのであれば、「不当な暴力を行使する指導者には、選手から手を出すのもあり」くらいにすべきだ。そうすれば勝利にこだわるアナーキーな選手が輩出されるに違いない。

(芳地隆之)

 

  

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