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スポーツ基本法の成立で考えたこと

 日本オリンピック協会(JOC)は昨年末、2012年ロンドン五輪と2014年ソチ冬季五輪でのメダル量産を目標として、2011年度より国からの強化費の70%を従来どおり各競技団体に配分し、残りの30%は、メダル獲得の可能性が高い種目や選手に絞り込んで投入するとの方針を固めた。JOCの上村春樹強化本部長はNHKのインタビューで、「トップレベルの選手が最高の状態で臨める強化環境をつくっていく」と語った。

 JOCが強化費の傾斜配分の方針を打ち出した理由のひとつには、スポーツ政策を所管する文部科学省が数年前から進めている、JOCを経由しない別ルートによる選手強化策が挙げられる。2011年7月3日付『読売新聞』によれば、「今年度は、JOCへの補助金が26億円と、前年度から横ばいだったのに対し、別ルートの強化費は22億円にまで増えた」(「体協とJOC 『1世紀』を機に役割の再考を」)という。

 「マルチサポート事業」と呼ばれる文科省の強化策が今後も進められると、自らの存在意義が低下してしまう。そうした危機感がJOCにはあるのだろう。それが前述のような方針となって現れたと思われる。

 しかし、両者が同じような方針の下、有望選手へ強化費を集中的に配分するのは非効率であり、税金の無駄遣いと言わなければならない。

 たとえば今夏、韓国大邱(テグ)で開催された世界陸上で日本人唯一の金メダルを獲得した室伏広治選手や、女子レスリングで無敵を誇る吉田沙保里選手など、メダル最有力候補選手には大手企業がスポンサーとして側面支援を行っている。五輪競技全体の底上げを図ってきたJOCには、北京五輪のフェンシング銀メダルの太田雄貴選手のような、私たちの多くが知らなかったアスリートの能力をより伸ばす手助けをしてほしい。

 1992年のバルセロナ五輪の男子マラソンで、森下広一選手(旭化成所属)と韓国の黄永祚選手がデッドヒートを演じたことを覚えている方もおられるだろう。壮絶なマッチレースを制したのは黄選手だった。

 韓国はメダルを獲得すると残りの一生を働かなくても困らないくらいの報奨金と年金が出るといわれていた。大会が終わった後、テレビのインタビューで森下選手はそのことについて、次のような意味のコメントを残している。

 ゴールの向こうに一生楽して暮らせるお金を見て走る相手に対抗するには、ゴールの先に家族の笑顔を見て、がんばるしかないのかなあ――。私はそこに明るく、どこか呑気な旭化成陸上部の気風を感じ、好ましく思ったものだ。メダル獲得のためとはいえ、目の前にニンジンをぶらさげられて走るような姿勢と、スポーツ本来の在り方は相容れるものではないだろう。

 6月17日、スポーツ施策の根幹となるスポーツ基本法が成立した。同法の目的は、トップアスリートの育成だけでなく、スポーツを楽しむ権利をすべての人に認めることである。障害者スポーツの支援や市民が楽しむ地域スポーツの推進も、国の責務として定められている。

 日本のサッカー界が20年近くをかけて世界のトップレベルに位置するまでになったのは、日本サッカー協会が明確な理念(校庭やグラウンドの芝生化などをうたった100年構想)を掲げ、すそ野を広げてきたからだろう。

 JOCのやるべきは、トップ選手へのカンフル剤的な資金の投入ではなく、マイナー競技のなかで磨けば光る原石を見つけることではないか。スポーツ基本法の精神は、近視眼的なメダル獲得競争に勝つことではないと思うのである。

(芳地隆之)

 

  

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