憲法24条を考える

戦後「日本国憲法」によって、新しく保障されることになった「個」の尊重と男女平等。戦前の家父長制度にあった、家庭内の理不尽な序列や差別も、憲法上否定され、それに伴い多くの民法が変わりました。女性が自己決定できる立場になり、個人として財産や親権、選挙権を持てるなど、真の人権を得たのは、それ以来のことです。
しかし、自民党の改憲草案は、これらを保障する条文のひとつ、憲法24条の改訂も視野に入れています。私たちは、「平和」「自由」そして、「権利」は、あるのが当たり前として生きてきましたが、それらが当たり前でなくなったらどうなるのか? この「憲法24条を考える」シリーズでは、改憲の動きについて、憲法24条はいかにして生まれたのかについて、また旧憲法下の実体験などを知ることを通じて、身近なテーマである「結婚」「家族」と憲法、そして個人や国家との関係について考えます。

「選択的夫婦別姓」は
なぜ今もって認められないのか?
——別姓訴訟と24条

 昨年末12月16日、「選択的夫婦別姓」を求める声が広がる中、女性たちが起こした裁判に対し最高裁大法廷は〈「夫婦は…夫または妻の氏を称する」と夫婦同姓を定めて別姓を選択することを認めない民法750条は「憲法に違反しない」〉という判決を出しました。
 「個人の尊重」や、「婚姻の自由」を保障し、婚姻などの法律は「両性の本質的平等に立脚して制定」と定めた日本国憲法の下で、なぜ多くの人びとが求める「選択的夫婦別姓」は認められないままなのでしょう? そして、選択的夫婦別姓を敵視し、憲法24条改憲を強く進めようとしている現政権や改憲勢力は、21世紀の日本を、どこへ向かわせようとしているのでしょうか? 
 先の裁判で、原告側弁護団の事務局長を務めた、弁護士の打越さく良さんに、今回の判決から考える「憲法24条の危機」について、うかがいました。

●夫婦同姓は「伝統」?「定着」?
驚きと疑問が残った最高裁判決

——2011年から始まった裁判ですが、最後の大法廷で「違憲かどうか」の審判がなされるとわかり、判決に向けては俄然注目を集めましたね。

打越 はい。別姓の選択肢を求める日本で初めての裁判として、たくさんの方々が賛同してくれましたし、「歴史的な判断が下される」とメディアでも盛んに取り上げてくれました。
 元々の訴えは、別姓を選べない現状に苦しむ原告の女性たちが、差別的な法律を放置してきたことへの国の怠慢=「立法不作為」を問い、国家賠償を求める内容です。弁護団は、民法750条は憲法24条にはもちろん、個人の尊重をうたう憲法13条、平等をうたう14条、日本政府が批准した女性差別撤廃条約にも違反していると主張しました。

主張の骨子

民法750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」
民法750条が憲法上及び条約上の権利・自由を侵害しているにもかかわらず、国が改正しないこと(国の立法不作為)は、国家賠償法1条1項の違法な行為に該当し、よって、国は原告らが被った不利益や精神的損害について賠償する義務を負う。

•法律婚の原告3人 1人100万円を請求
•事実婚の原告2人 1人150万円を請求

民法750条が侵害する権利・自由

▶︎憲法13条が保障する氏名権ないし「氏の変更を強制されない自由」
▶︎憲法13条・同24条2項が保障する「個人としての尊重」及び「個人の尊厳」
▶︎憲法24条1項・同13条が保障する「婚姻の自由」
▶︎憲法14条1項・同24条2項が保障する平等権(上告審から追加)
▶︎女性差別撤廃条約16条1項(b)の規定が保障する「自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利」及び同項及び(g)の規定が保障する「夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む)」

——ついに選択的夫婦別姓が可能になるんだ、待ち望んだ歴史的な瞬間が訪れるのだ、という期待と興奮に沸いていた人たちは日本中にたくさんいたはずです。ところが、思いがけない「合憲」判決……。「今でも納得できない」という声も随所で聞きますが、原告側の弁護団事務局長として力を注いできた打越さんご自身は、この判決についてはどう思っていますか?

打越 もう、まさかの判断だったので、非常に驚きましたね。
 判決にはいろいろと驚いた点があって、それは後半でもじっくり触れたいと思いますが、たとえば「国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ」ということで、夫婦同姓は明治31年に施行された明治民法から「我が国の社会に定着」した制度だとか、「家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方も理解できる」として合憲性の根拠にしたのは、とてもびっくりでした。そこでいう「伝統」は、たかだか120年前に作られただけでは。それも、明治憲法下の明治民法は、非常に差別的だった「家制度」のもとの法律。そのことも捨ておいて、「伝統」「感情」といった合理性のない言葉で説明してしまっている。
 婚姻する夫婦の96パーセント以上で妻が改姓しているのに、「夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在する訳ではない、夫婦がいずれかの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」とも言いました。自由な選択もなにも、同姓しか選択できないのに…(苦笑)。
 弁論(PDF)では、いっぱい例を出して、現実には納得しなくても法律上はどちらかが変えないと結婚できないから、やむなく改姓した女性たちがどんなに「辛くて苦しい」か、「不利益が大きい」か、ということを示したんです。それなのにね…。

●夫の姓にするのは「自由な選択の結果」、
「通称で不利益も緩和」と言うけれど…。

——半数まではいかなかったものの、「違憲」と考える裁判官もいらっしゃいましたよね?

打越 15人の裁判官の中で5人、中でも女性の裁判官3人は全員が「違憲」としてくださいました。わかる方にはわかっていただける、と心強く思いました。その一人の岡部喜代子裁判官は、女性の側が夫の姓を称することを決める、その意思決定の過程には、様々な要因が作用していると、反対意見(判決の多数意見に対して反対する意見)を述べてくださいました。

●岡部喜代子裁判官の反対意見(部分)
96%もの多数が夫の氏を称することは、女性の社会的経済的な立場の弱さ、家庭生活における立場の弱さ、種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって、夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても、その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。

——原告の思いに重なる意見ですね。

打越 そうなんです。岡部意見には他の女性2人の裁判官(櫻井龍子裁判官、鬼丸かおる裁判官)と弁護士出身の山浦善樹裁判官も同調してくださいました。しかし、残念ながら多数意見にはならず、10人の男性裁判官による、「夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」といった、意思決定の現実の過程を無視した上での、違憲ではないという結論に落ち着いてしまいました。圧倒的多数が妻が改姓する中で、「私の氏でいたい」と「協議」に臨んでいる夫婦などそう多くはないのではないでしょうか。むしろ、「普通は妻が変わるものだから…」と遠慮して言い出せないまま、改姓している女性が多いのですよね。その決定の背景には、岡部裁判官が指摘した社会的な要因がある。だいたい、協議がうまくいかなかったときの手続も準備されていません。どちらの姓でいるか協議では決まらないときの調停も審判もない。この手続がないこと自体、「結局は妻が我慢して折れるだろう」ということを前提にしているのではないでしょうか。

——どちらも自分の姓をあきらめたくない、となると結婚できないわけですね。

打越 法律婚はできないんです。実際、判決を待っていて、別姓にできるようになったら婚姻届を出そうと思って事実婚でいたのに、婚姻届を出せないと呆然としているカップルもいる。別姓が通らないなら、ペーパー離婚しようというカップルもいるくらいですからね。そうして法律婚ができないカップルがいる。法律婚を尊重したいのであれば、法律婚を望むカップルをあえて排除する意味がわからない。いったい何を守ってるんだろう、と思いますね。

——今回の判決では、婚姻改姓で女性が不利益を受ける場合が多いけれども、「通称使用」が広まることにより「一定程度緩和され得る」と判決(下記)では示されました。

判決文 理由 第4 4(1)イ
 これに対して、夫婦同氏制の下においては、婚姻に伴い、夫婦となろうとする者の一方は必ず氏を改めることになるところ、婚姻によって氏を改める者にとって、そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり、婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用、評価、名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。そして、氏の選択に関し、夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすれば、妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているものと推認できる。さらには、夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるために、あえて婚姻をしないという選択をする者が存在することもうかがわれる。
 しかし、夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく、近時、婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ、上記の不利益は、このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。

打越 当事者にとってはとても重大な日常の問題なのに、通称使用で「一定程度は緩和され得る」なんて、とても漠然としたゆるい結論です。通称使用は便宜的なものに過ぎない、として多数意見に反対した女性裁判官の方々の前で、よく言いましたよね。
 女性裁判官のうち櫻井龍子裁判官は、官僚及び大学教員時代は旧姓の「藤井」姓を使用されていたのに、最高裁判事につかれて、戸籍姓である「櫻井」姓を使用せざるを得なくなったようです。これまで旧姓で築いてきた実績がたくさんおありなのに。
 今の法律では、公文書では若干併記が認められるとしても、結局は戸籍名が明記されるなど、自分の本来の姓をそのままでは使えませんのでね。医師や保健師など、現状では原則、通称が使えない職業も多いんです。ほかにも免許証や、会社や不動産の登記の名義など、今後問題になりそうなことはいくらでもあります。そもそも、すでにこんなに通称使用での解決は難しい、という当事者の叫びのような陳述書をたくさん出したのに、ガン無視で「一定程度は緩和される」という判決ですから。当事者の痛みにどれだけ鈍感なのだろうと失望しました。「そんな簡単に言うけど、そう言ってるあなたたちは、通称使用したことないでしょう? どんなに大変なことかわからないでしょう?」と言いたいです。

——判事の男性のみなさんは、そもそも改姓しようと思ったこともないでしょうから、「通称使用」しようなどと思われたこともないでしょうね…。

打越 現実の苦しみを理解していただけなかったのが残念です。
 逆に本当に通称使用がどんどん拡大されて、パスポートも免許証も通称で、呼ばれる名前も通称で夫や子どもと違う、となったら「あれ、戸籍名ってなんだっけ?」ということになるかもしれませんよね。でも、それならそもそも民法を変えたほうが、ダブルネームの混乱も回避できるし、すっきりするのではないでしょうか。

——女性裁判官は15人中3人ではジェンダーバランスを考えたら足りないのでは、という声は多いですね。

打越 これでも従来から見れば多いほうなんですよ。実は過去最多!(2013年以来女性が3名に)。 私から見れば、「おー、画期的!」と思っていたんです。でも、目が曇っていました。まだまだアンバランスです。男性裁判官の中では「違憲」と判断されたのはお二方だけ。弁護士出身のお二人でした。「合憲」とされた残りの10人の男性裁判官は、お一人が弁護士出身であるものの、ほかのみなさんはずっと官僚や検事で、「官」の側にいらした方々。実際に困難に直面している市井の方の気持ち、特に女性の気持ちがわかるのかな、という疑問もありますし、残念な思いです。女性だから理解があるとは限りませんが、それでもやはり、女性の裁判官の比率はもっと増えてほしいですね。

●別姓反対の主流は高齢男性。
変化を恐れる勢力が24条改憲を狙う!?

——ここで裁判の足取りを初めから振り返ってみましょう。今回の訴訟が始まったのは2011年ということですが、意外と最近のことなのですね。

打越 通称使用を求めた訴訟は過去にもあったのですが、別姓を認めないことへの訴訟は今回が初めて。それまでは裁判ではなく、国会での法改正を目指して、働きかけていました。 
 そもそも選択的夫婦別姓を求める初めての請願が出されたのは1975年のことでした。40年以上も前ですね。それからもずーっと別姓を望む声はあったのですがなかなか形にならず。1996年にようやく法制審議会から「夫婦の氏は同姓、別姓の選択制に」との答申が出ました。
 それでもなかなか民法改正へ、とは動かなかったんですが、2009年に大きなチャンスが訪れました。民主党政権ができて、ずっと選択的夫婦別姓に賛成なさっていた千葉景子さんが法務大臣になられたんですね。私もそのころは国会議員などに働きかける運動をしていたので「やったー! これで前に進む」と思ったんです。そうしたら、当時連立で与党に加わっていた亀井静香金融担当大臣(当時)が大反対して。「これを進めるなら連立から離れる」などと言いだしたために、急に反転して。結局国会での審議を目前にして頓挫してしまいました。
 その経緯を見ていて、すっかり失望してしまってね。そこで考えました。
「もー、わけのわかっていないオヤジだらけの国会では、いつまでがんばっても無理。そうだ、裁判なら前に進むはず!」ってね。法の支配の下でなら、きちんと判断されるだろうと。それで2011年2月14日、バレンタインデーの日に提訴しました。そんなたいそうな事にチャレンジするという気負いもなく、司法を信頼していました。

——それから約5年。地裁、高裁と、敗訴しても上告して、ついに最高裁で弁論が行われたのが昨年の11月。12月の判決に向けては、さまざまなメディアで取り上げられる中、世論調査なども次々と発表されました。

打越 本当は、世論調査で「選択的夫婦別姓に賛成が何パーセント、反対が何パーセント」というのは意味がないと私たちは思っているんです。人権の問題なので、「多数の人が別姓をよくないと思うからダメです」ということではないはずです。「別姓にしたい」という個人が少数派でも、その人の選択を認めない現在の法律は合理性があるのか、違憲ではないのか、を問うているのですから。これは国連女性差別撤廃委員会からも指摘されていることです。
 ただ、世論調査も、どの世代がどう思っているかの参考にはなります。多くの調査で共通して見えてきた結果は、世代別では若い層に選択的夫婦別姓賛成が多く、年齢が上がるほど反対が増えているんですね。特に60代以降の男性には、反対がかなり多い。70代以降はもっと上がる。
 でね、判決が出たあとにふと考えると、最高裁の判事の方々も、年配の男性が多かったな〜とか思ってね、「なーんだ」、とガックリしたわけなんですが(笑)。
 それはまあ冗談ですが、真面目な話、逆に今24条を改憲したい人たちには、そこに危機感もあるんだと思います。このまま世代交代が進めば、自然に家族に対する意識も変化するでしょう。今の民法に残る差別的な規定が憲法上問題と認識され、改正されるのも当然の流れだと思います。だからこそ、右派は「それでは日本の伝統が失われる!」などと、この流れを強く否定して止めたいわけですね。そこが、復古的な憲法24条への改悪の動きとつながっているのだと思っています。

——そして、結局判決の最後は「この先は国会で議論を」ということでした。

打越 もー、何なんでしょうね(苦笑)。結局元に戻った感も。その国会も女性は少数派ですし、相変わらずオッサンばかりなんですけどねー(笑)。
 それでもね、今回の裁判がこれだけみなさんの注目と期待を集めて、民法改正を求める機運も高まったと思うので、あきらめないで国会での議論にも期待しますよ。そうした中で、憲法24条への注目も高まっていくはず、と思っています。

(その2につづきます)

打越さく良(うちこし・さくら)2000年に弁護士登録。専門分野は離婚等家事事件。特に、DV被害者や虐待を受けた子どもの支援に熱意を持っている。日弁連両性の平等委員会・同家事法制委員会委員。都内の児童相談所の非常勤嘱託弁護士も務める。別姓訴訟弁護団事務局長として尽力。近著に『レンアイ、基本のキ――好きになったらなんでもOK?』(岩波ジュニア新書)、『なぜ妻は突然、離婚を切り出すのか』(祥伝社新書)。事務所の弁護士等とジェンダーに関する裁判例を集めるサイト「Gender and Law」を運営も。9月2日に予定の24条改憲に反対する「24条変えさせないキャンペーン」キックオフシンポジウムでは、呼びかけ人としてスピーチも予定。
 

  

※コメントは承認制です。
打越さく良さんに聞く(その1)
「選択的夫婦別姓」は なぜ今もって認められないのか? ——別姓訴訟と24条
」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    女性裁判官3人が「違憲」とし、男性裁判官の多くが「違憲ではない」とした事実がすべてを象徴しているようです。打越さんが言うように、権利侵害や差別の問題は、多数決で決めるものではありません。通称使用などで誤魔化さず、当然の権利であることを理解してほしいと願いします。

  2. 小林聡美 より:

    私は無理矢理、主人の両親に、夫側の氏を名乗るように言われました。私たちの意見など耳に入れてはくれず、夫側の氏を名乗って、仕事も辞めて家に入りなさいと。しかし、それまで積み重ねてきてやっと掴んだ憧れの仕事だったので、私の両親が折れて、そちらの氏を名乗るので仕事を続けさせて下さいと頼み、今に至っています。伝統だの何だの言うのであれば、私の家は代々続いてきた本家で、夫側は末家です。そして私は一人っ子です。なぜ折れないといけなかったのか未だに理解できません。早く選択制夫婦別姓制度を施行してほしいと日々願っています。

  3. 匿名希望 より:

    結婚してから転職をし、新しい職場で新姓で呼ばれるようになりました。苦痛で仕方がなく、自分から名乗るのも慣れず、どもってしまいます。上司には旧姓でもどちらでもいいと言ってもらえたのですが、本社の方でダメと言われてしまいました。戸籍や正式な書類は新姓でもいいです。でも通称ですら結局このように禁止されてしまうのだから、法律で決めてもらわないと通称では旧姓なんてスムーズにいかないと思います。
    夫婦別姓になってほしいです。署名活動等最近はあまりされていないのでしょうか。世論で法律を変えたいです。

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

最新10title : 憲法24条を考える

Featuring Top 10/10 of 憲法24条を考える

マガ9のコンテンツ

カテゴリー