女性が動けば変わる!

知事や市町村長の首長は、行政組織を取りまとめるトップリーダーであり、場合によっては、国の要請を退けることができるほど大きな権限を持っています。地域住民の生命を守るまさに政治のリーダーである首長というポジションに長らく女性が就くことはありませんでした。現在においても、全国に女性の首長は知事が47人中2人、市長・特別区長は812人中16人と2%にも満たない割合です。しかしながら、地域の住民から熱烈に支持され、実績を残している女性首長は少なくありません。女性首長の先輩たちに、女性が首長になることの意義や自らの選挙戦について、また、女性へのメッセージなどを語っていただきました。

◆「食は命をつくる」が活動の原点

 私が、政治の世界に入ったきっかけは、「学校給食」の問題からでした。「食は命をつくる」が全ての私の活動の原点です。勤めていた会社を辞めて、家で専業主婦をしていた時「宝塚市学校給食を考える会」を立ち上げ市民運動を始めました。それから10年たった1995年、阪神・淡路大震災が起こり、震災の3日後から、被災者支援のボランティア活動に奔走していました。そこに土井たか子さんの秘書さんから「96年の衆議院選挙」立候補への打診がありました。一晩考え「自然災害などの被災者を救う法律を作りたい」と打診を受け入れ、奇跡の当選となったのです。
 国会では、「被災者生活再建支援法」の他、ハンセン病、薬害ヤコブ病、在外被爆者問題、身体障害者補助犬、熱中症の問題などに取り組み、議員立法の提案者にもなりました。
 政治にはまったくの素人でしたので、みんなに支えてもらいながらできたことだとは思いますが、「命を大切にする信念」を持ち、7年間無我夢中でやってきて、国民の命を守るための政策や法案づくりにも関わり、充実した時間を過ごすことができました。ですから2003年に落選し、私の気持ちは政治の世界からは引退したつもりでした。実際、落選の翌月に、私の活動に理解を示し、いつも応援してくれた最愛のパートナーの夫を亡くし、数年間は生きているだけで精一杯という状態でした。

◆クリーンな女性市長の誕生を望まれて

 しかし、2009年に自分の住んでいる宝塚市の市長が2代続けてお金のこと(収賄容疑)で逮捕されるという事件が起こりました。宝塚市民も職員も恥ずかしくて下を向いて生活しているような状況に感じましたし、私も市政に不平不満ばかり言っていました。それならば自分が市長になって市民と一緒にまちづくりをする宝塚市に変えよう、そう思い立候補したのです。告示のわずか10日前の表明でしたが、「女性市長でクリーンな宝塚市政を」というメッセージが効き当選。昨年の2期目も当選できました。女性が首長になると、行政もこう変わる、ということを打ち出してやってきたことが、市民に実感として伝わったこともひとつの要因だと思います。 

◆街中やスーパーで気軽に声をかけられる市長

 私は、スーパーや商店街などで市民からも職員からも、よく声をかけられます。「市長、こんなところで何してるんですか?」「見たらわかるでしょ、夕食の買い物よ」とね(笑)。
 女性が市長だと、そんな感じでいつも街の中をブラブラしているから、声をかけやすいのかもしれませんね。男性からもありますが、やはり圧倒的に女性からが多いですね。女性の有権者に支持されているなあ、と実感しています。
 今、全国に1700ほどの首長がいて、女性首長は、わずか1%程度です。これではバランスが悪すぎます。男性の関心の高い、経済効率や道路建設などインフラやハード面のことももちろん大事なこと。しかし介護や子育て、教育、食、環境など、「命」に関係の深い政策は、やはり女性の関心が高いと感じます。宝塚市の議会には、今30%の女性議員がおり、この割合は兵庫県で一番高い数字です。野党の女性議員さんももちろんおられ、私とは意見は異なっても、いい質問をしてくださるので、中身のある議論になります。

◆戦争への道のブレーキになるのは、女性です

 3・11後、私は「原発に頼らないまちを目指していきます」と宣言し、2012年4月に市役所に新エネルギー推進課を設置しました。国や電力会社には原発に頼らないまちを一緒につくっていきましょうと呼び掛けてきました。また、2014年7月安倍内閣が集団的自衛権を閣議決定した日に、記者会見を開き「国民の命を守る政治がなされるべきだ。戦争への道を開く懸念がある」と反対を表明しました。自治体の首長は、市民の命を守ることが第一の仕事です。しかしこの決定は対極にあるわけで、本当に許せない事だと思いました。翌日の新聞の記事にもなり、街で市民から「反対してくれてありがとう!」と声をかけられました。

 これからはますます、命を大事にする議員さんを増やすことが大事だと思っています。そのためには、意思決定の場にもっと女性が出ていけるよう、女性同士がもっと連携をして、立候補したい、できると思うまでにならなければと思います。地方行政の仕事は教育、福祉、都市計画、子ども施策、環境等々、市民の暮らしに直結することばかりです。だから、市の幹部職員にも議会にも他の首長さんにも、少なくともバランスとして、30%は女性の感性や発想が欲しいとつくづく思っています。
 また、これは私の持論ですが、戦争への道のブレーキになれるのは、女性だと思っています。集団的自衛権の行使容認の閣議決定を巡っても、最後はある政党の婦人部が大反対をしたと聞いています。今は女性ががんばらないといけない。このままでは、本当に「いつか来た道」になってしまうかもしれない。そう実感しています。

中川智子(なかがわ・ともこ) 
1947年生まれ。1985年おいしくて安全な宝塚市の学校給食を守るため、友人たちと「宝塚市学校給食を考える会」を立ち上げる。1995年阪神・淡路大震災が発生した3日後からボランティアに奔走。その後、ボランティア団体「1.17その後の会」を友人8人に呼びかけて結成。1996年衆議院選挙に当時の社民党党首・土井たか子氏に請われ立候補し初当選。2期7年務める。2009年宝塚市長選挙に立候補し当選。現在2期目。「脱原発をめざす首長会議」会員。

 国際環境NGOグリーンピース・ジャパンは、
「女性たちのネットワークをつなげ広げることが、
原発など環境問題の解決への大きなパワーとなる」とし、
「グリーン・ウイメンズ・ネットワーク」をスタートさせました。
グリーン・ウイメンズ・ネットワーク

 

  

※コメントは承認制です。
〈女性首長編vol.1〉地域住民の命を守る意思決定のトップに立つ自治体首長の現場から〜中川智子さん(兵庫県宝塚市長)」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    スーパーで気軽に声をかけられるような市長が増えれば、地方政治もぐっと身近になりそうですね。日本では市民活動と政治が分離しがちですが、そこがもっとちゃんと結びついていくようになれば、暮らしも変わるはず。インフラやハード面も、介護や育児、食などのことも、どちらも大事だからこそ、女性首長1%という偏ったバランスを変えていかなくてはと思いました。

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グリーン・ウィメンズ・ネットワークとは
国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの女性スタッフの呼びかけで2013年9月よりスタートしたプロジェクト。各地に点々とちらばっている同じ想いの女性たちがつながって、線となり束になって大きな声を政府、企業に届け、環境問題を解決に導くことを目指しています。
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