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2010-06-9up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2010年5月22日@伊藤塾本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、 随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

日本の民主主義の将来
〜その代表民主主義の特異性とそれが日本の将来におよぼす影響〜

講演者:福田博さん
(弁護士、「西村あさひ法律事務所」顧問、元外交官、元最高裁判事。最高裁判事として関与した事件は、愛媛県靖国神社玉串事件、在外邦人選挙権制限違憲訴訟など、在任10年間に約16800件に上る。「一票の格差」を巡る訴訟においては、少数意見として、違憲判断を書き続けた)

 元外交官であり、10年間最高裁判事を務められた福田博さんによる講義がありました。民主主義とはどんなシステムか? 日本の民主主義にはどういう特徴があるのか? 日本の司法の特徴は? 最高裁判所の役割は? 投票価値の不平等がなぜこんなにも長い間容認されてきたのか? またそれによって歪みが生まれた「日本における第3の国家危機」とは? などについて、丁寧にお話がありました。いくつかのポイントになる事柄を抜粋して紹介します。

世界の6割以上の国が民主主義国家

 現在の世界は、200近くの主権国家によって分割統治されていますが、それら国家のうち6割以上の国が、いわゆる民主主義国家と呼ばれるものです。国民が多数決で国の進むべき方向を決めることができるので、現在では最も進んだ統治体制と言われています。
 民主主義国家は、司法、行政、立法の三権が分立し、立法府のメンバーと(国によっては)行政府のトップも自由公正な選挙によって選ばれます。民主主義は、有権者の多数は選挙において試行錯誤を重ねつつも、中長期的には正しい選択を行い、国の将来を正しい方向に導いていくだろう、という仮説の上に成り立っています。しかしそのための極めて重要な以下のような前提があります。

  • 報道の自由と言論の自由があること
  • 公正な選挙制度のもとに選挙が行われること
  • 投票価値が平等であること。有権者の投票価値が平等でないと、何が多数かがわからなくなる
  • 政治権力が恣意的に行使されることを防ぐために考案された「三権分立」があり、それらがきちんと与えられた機能を果たしていること

日本の民主主義、司法の特徴

 日本は第二次世界大戦後、民主主義国家となりました。GHQの草案による新憲法がその基礎となっています。そのため日本の民主主義は、国民が勝ち取ったものではなく、与えられたものというのが特徴の一つとしてあります。日本国憲法に定められた基本的人権の尊重や、三権分立、代表民主制などは広く国民に受け入れられていて、これに疑いを持つ国民は少ないでしょう。しかし、与えられたものは、勝ち取ったものに対して、脆弱なところがあるとも言えるでしょう。
 現在の憲法では、全ての事件についての裁判権は最高裁判所を頂点とする司法に一元化されています。刑事事件と民事事件を所管した大審院制度を基礎に構築されています。しかし戦前、行政事件については行政裁判所が別に存在し、憲法裁判所が存在しなかったことが背景となっているのかもしれませんが、憲法裁判については著しく消極的な対応をしてきています。 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と明記されているのになぜかこれを積極的に活用しません。その消極性は、選挙の際の投票価値の不平等の是正を求める訴訟においては、特に顕著です。
 その結果、投票価値の不平等が存在し続けることになり、国会の構成にも大きな歪みが生じています。

投票価値の不平等が生み出すもの

 国政選挙において、投票価値の不平等が現実に存在することを正当化するのに、最高裁判所が利用する理由づけのひとつに、憲法47条の規定があります。「選挙区、投票の方法その他両議員の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」と規定しています。国会は「広い裁量権」を持っているという論法です。
 しかし、ここでいう国会議員は、当選した時の選挙区割りで当選しているのだから、投票価値の不平等を仕組みの中に取り入れた選挙区割りで、利益を得ているメンバーです。このようなメンバーによって構成されている国会に、「広い裁量」を認め、問題解決の措置を一任するというのでは、統治システムの一翼を担う司法の責任が果たされているとは私には思えません。
 最高裁判所は、憲法で明文の権限を与えられながら、違憲審査権を遠慮がちにしか行使しないので、結果として代表民主主義体制に重大な歪みが生じてしまっています。投票価値の不平等は、多数決により議員を選び政策を決定していくという、民主主義体制の最も基本的な考え方の前提を否定するものであり、投票の価値が平等でないと、「何が多数か」がわからなくなります。
 そして、多数の得票を得ながら当選扱いされない候補の数の増加と、長年にわたって選挙区割りが変わらないことから、世襲議員の増加が生まれているのです。現行の選挙制度の下では、約2割の人の投票が全く意味がないものとして扱われているという現状があります。

 では米国ではどうなっているのでしょうか? 1960年代前半に米国連邦最高裁判所の画期的な判決がいくつか出て、「投票価値の平等は侵すべからざる有権者の権利である」という考えが確立しています。これを受け選挙区割りの修正は、10年毎の国勢調査に基づき行われてきています。現実に許容されている不平等の限度は、1.08倍(日本では、3〜6倍)。そしてこれを超えると、選挙区割りを変えなければなりません。連邦最高裁判所がきちんと役割を果たしていることの証左です。

 日本では、投票価値の平等を重要視しないもう一つの論理には、いわゆる「一票の格差」という考えがあります。日本独自の考えであり、「まず、選挙区割りありき」の考えに基づいています。違憲審査権をちゃんと行使しないために考え出された論理です。

今ある日本の危機を招いたのは・・・

 これまで述べたような背景や理由から、多数決による国会議員の選挙と政策の選択という代表民主主義体制の持つ基本的な利点が、日本においてはうまく働いてこなかったといえます。私はこれが、現在の国際社会における日本の地位の大幅な低下をもたらしている大きな一因であると、思っています。
 ダニエル・オキモト・スタンフォード大学名誉教授は、「日本における第三の国家危機」という最近の論文の中で、「現在の日本は、明治維新、第二次大戦での敗北に次ぐ、第三の国家危機の中にある」と述べています。その危機の原因は、以下の3つです。

  • 新しい国家方針が緊急に必要であるという統一的意識が欠如していること
  • バブルにうかれて、制度的改革を行ってこなかったこと
  • 膨大な国の借金と人口の高齢化、少子化など

 最後に例として具体的な現象について考えてみたいと思います。先日、ギリシャの財政悪化が大きなニュースになりましたが、ギリシャは公的債務残高のGDP比率が100%、アメリカは80%、対する日本は200%あります。日本の国家債務は、ずば抜けて世界最大です。金額にすると882兆円。国民一人当たりが背負う国の借金は、693万円です。これには様々な要因があると思われますが、無駄な公共投資に巨額な税金を使ってきたからということもあると思います。非効率な政策をやってきたことの代償でしょう。それは、政治のシステムが歪んできちんと機能していないことの表れであり、その原因には不平等な投票価値を改めない選挙制度がある。最高裁判所も統治システムの一員としてそれを正す役割を果たしていない。要するに代表民主制が本来果たすべき機能を発揮していないということの表れではないでしょうか。
 私は最終的に国の命運を決めるのは、その国の国民の「民度」であると考えていますが、今の日本の選挙制度では、多数決で国会議員を選ぶ仕組みとはかけ離れたものになっているので民度がきちんと反映されていない。代表民主制の利点を十分に利用できない体制になってしまっている日本は、これまでのツケを一挙に支払わなければならないような事態に直面する時がくるかもしれない。その時日本は、民主主義体制以外の途を模索する可能性が、絶対にないとは、いい切れないのではないでしょうか。
 この問題は、法律家として、正していくべき重要なことだと考えています。

世界では、民主主義国家が多数を占め、
民主主義国家間では武力に頼る戦争は起こりにくいと言われてきました。
日本もまた、そういった「近代民主主義国家」のもとに国があるのだと、
多くの人が認識しています。しかし実は日本が、
不完全な「代表民主制」をとる国でそれゆえに、
危機に陥っているのだとしたら・・・。
先生が最後にならした警鐘の意味をじっくり考えてみたいと思います。

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