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2010-12-01up

伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2010年10月9日@伊藤塾本校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、 随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

理想は高く、足下は着実に!

講演者:高須幸雄さん(外務省参与/人間の安全保障担当大使、前国連日本政府常駐代表)
1969年外務省入省。国連日本代表部参事官、国連政策課長、国連事務次長補・行政管理局財務官、国連日本代表部大使などを歴任。2001年から2005年まで在ウィーン国際機関代表部大使、2007年から2010年8月まで国連日本政府常駐代表、特命全権大使を務めた。

国連での勤務経験が長く、日本政府常駐代表として安全保障理事会の議長も務めるなど、外務省きっての多国間外交スペシャリストとして活躍してきた高須幸雄さん。グローバル化の進行などで、ますます「世界」が身近になっている今、国際社会の中で力を発揮するために必要なこととは何か——。豊かな経験に基づいたお話の一部を紹介します。

●世界は今、変革の時代にある

 皆さんの多くは将来、日本国内で仕事をされることと思います。しかし、それでも何らかの形で、必ず外国との接点は出てくることでしょう。その上で、ぜひ理解しておいていただきたいことを、いくつかお話ししたいと思います。

 まず、覚えておいていただきたいのは、世界は今、大きな変革の時期にあるということです。

 一つは「紛争」の変化です。現在、紛争の多くはかつてのような「国と国が争う」ものではありません。大半は一つの国の中で起こる争いであり、紛争当事者が大勢いる。しかも組織力が弱く、トップ同士が停戦を合意しても下部組織がなかなか従わない。その結果、国連憲章の前提になっている国家間の安全保障の枠組みでは十分な対応ができなくなっています。

 そしてもう一つの変化は、アメリカのような大国でさえ、一国だけではさまざまな問題に対応しきれなくなっていること。テロはもちろん、気候変動や金融危機なども含め、政府や政府をメンバーとする国連機関だけでは「国境を超えた脅威」に対応できなくなっています。

 さらにもう一つ、欧米や日本といった「先進国」から中国をはじめとする「新興国」へと、経済的にも政治的にも重心が移りつつあるということ。多極化という形で、世界の構造が大きく変容しつつあるのです。

 これらの変化の結果として言えるのは、まず安全保障を政治や軍事だけで考える時代は終わったということです。経済や宗教も含めた、総合的なアプローチが非常に重要性を増しています。

 そして、そうした包括的な安全保障は、国のレベルだけで考えているのでは不十分です。個人や地域共同体のレベルで考える、つまり「人間の安全保障」という考え方を取り入れなければ、国全体としての安全も確保できません。同時に、問題解決のための交渉や外交においても、政府以外の市民社会、NGOや企業、民間組織の役割が非常に重要になっているということも言えます。

 しかし、こうした世界の構造変化に対して、十分に対応できる国際システムが今はまだ出来ていない。そこをどう解決するかが、今後の課題だと思います。

●誰にも負けない専門性を持とう

 さて、そうして変動する国際社会の中で活動する上で、私が心がけてきたことを何点か申し上げたいと思います。

 一つは、誰にも負けない専門性を持つということです。私はかつて国連で行財政を担当しました。安全保障などに比べると正直言って地味で、なかなか関心を持たれにくい分野です。そこで私は、この分野では「誰にも負けない」ようになろうと努力しました。国連で、ではありません。日本国内でもない。世界中を見渡しても、国連行財政問題について自分より詳しい人はいない、そう思えるまで努力したのです。これは何をやるにしても非常に大きな自信になります。

 そして、専門性はできれば一つだけではなく、二つ持つといい。私の場合は核問題が第二の専門分野になりました。もし行財政しか専門がないということになれば、「あの分野でしか役に立たない」ということになって、安保理の議長などはとてもできなかったでしょう。

 二つ目は、人に言われたこと、すでに書いてあることを鵜呑みにするのでなく、自分で徹底的に考えるということ。常に疑問を持って、知的好奇心を働かせ、情報を可能な限り集める、そして自分なりの意見を持つということです。

 三つ目は、その意見を明確に述べるということ。いくら良い意見を持っていても、黙っていては国際社会では通用しません。それも、単に「自分たちはこうしたい」ではなく、共通の利益や価値を拡大できる、誰もが納得できるロジックを提案して、納得させる必要があります。

 四つ目は、「まとめ役」を自ら買って出るということ。自分の関心があることだけを主張しているのでは、尊敬されないしそのうち相手にされなくなります。安保理の議長などもそうですが、多様な意見を調整し、まとめる作業に汗を流す。それが周囲からの信頼を勝ち取るのに極めて有効なのです。

 そして五つ目は、自分や自分の国に誇りを持つということ。それも、単なる自信ではなく裏付けがある誇りです。私は国連で国連改革を担当したとき、ほぼ全員が反対に回っている中で、一切妥協せずに一人ひとりを説得して回ったという経験があります。そうしたことができたのも、敗戦後に復興を成し遂げ、平和国家として歩んできた日本、その代表として仕事をしているんだという誇りがあったからだと思います。

●人生の到達点となる「目標」を持って

 最後に、皆さんに私からのアドバイスをしたいと思います。

 一つは、いい意味でのエリート意識を持ってほしいということです。これは単に「能力があるから特別扱いされる」ということではありません。何らかの分野で高い能力や適性がある人は、それを活かして社会全体の質的な向上に貢献する責任がある。その責任を認識して、公共の利益のために人一倍努力しながら仕事をすることが求められるのです。

 第二に、どんな仕事をするにしても国際性を涵養してほしいということ。国内においても、視野が広くなければいい仕事はできません。国際問題に少しでも関心を持って、そして最低限の英語力を身につけてください。

 第三に、相手の立場に立って考えるということ。先ほど「自分の意見を明確に発信する」と言いましたが、その上でほかの人の意見にも謙虚に耳を傾けることが重要です。私は国際問題を考えるときにも、常に紛争や貧困に苦しむ人たちの立場に立って考えることを心がけていたつもりです。国内においても、社会的、経済的にさまざまな困難を抱えている人たちへの思慮ややさしさを忘れないでほしい。

 最後に、今は司法試験という非常に難しい試験に合格することが、皆さんの最大の目標だろうと思います。しかし、それは人生の到達点ではない。試験に受かった、その後に何を達成したいのか。それこそが本当の、皆さんの目指す「山」です。それを自信と誇りを持って、そして使命感と情熱を持って追いかけてほしい。そうでなければ、本当の「いい仕事」はできないのではないでしょうか。

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人の意見を鵜呑みにせずに考える、
誰にも負けない専門性を身につける…
活動の場が国内でも国外でも、
そしてどんな仕事を目指すにしても、
心に留めておくべきアドバイスと言えそうです。

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