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デスク日誌(4)

070509up

シビリアン・コントロールということ

軍隊を持つ社会

 ある日の午後、私が大尊敬する先輩であるカタログハウスの斎藤駿さんから、ファックスが届きました。

「『論座』(朝日新聞社)6月号に、とても興味深い論文が載っています。石川健治さんという方の「ラオコオンとトロヤの木馬」です。ぜひ、『マガジン9条』で取り上げてくれませんか。
 テーマは「国会(市民)は、軍隊を統制できるか」です。
 改憲派は、九条というシビリアン・コントロールの枠を外したときに、どうやって武装集団をコントロールするのか、という設計図を示してください、という問題提起だと理解しました。」

 というような文面でした。

 うーむ、これは難しい問題です

 未読でしたので、さっそく書店でこの雑誌を買ってきました。この論文のリードには、次のように記されています。

 「日本の議会政治には
軍事的権力体系を取り込み、同時に
国民の〈自由〉を確保できるだけの
力量があるのだろうか。」

 あまり読みやすい文章ではありませんが、かなり深い内容です。

日本の議会政治は軍部に対するシビリアン・コントロールをみずから放棄して、国民から〈自由〉を奪った過去があります。日本の議会人と議会政治は、文民統制に成功した経験を持たないどころか、みずからそれを放棄してしまった「前科」を持っており、そのことへの不信感は公式にはいまだに払拭されていない、というのです。

 これは戦前、軍縮を行おうとした与党に対し、野党が党利党略で足を引っ張り、軍部につけ込むきっかけを与えてしまった、という事実を指します。これを「統帥権干犯問題」といいます。議会は自らの手では、軍をコントロールできなかったのです。

 敗戦により、連合国に武装解除されてようやく、日本の常備軍が廃止されましたが、それも自らの手で行ったわけではなかったのです。

 このような日本で、常設の軍事組織の独走が阻まれてきた理由を、石川氏は次のように指摘します。

 日本国憲法9条の規定により、軍事的権力体系が消去されたたために、特権的身分の職業軍人は制度体としての存続を否定されました。それは、議会に任せられない軍事力統制を、常備軍廃止という最も根源的な形で果たしたことになります。

 つまり戦後日本では、常備軍の正統性は剥奪されたのです。

 したがって、純理論的には軍を編成する権限は否定されたはずだし、それに伴い政府が軍事予算を計上することは不可能、ということになります。しかし不幸なことに、戦後の議会政治は、自らすすんでこの議会不信に由来する権限分配条項を破り、自衛隊法という組織法を制定してしまいました。

 石川氏は、こう書きます。

 「戦後60年間、常設の軍事組織の独走が阻まれてきたのである。9条という議論の場を共有しつつ、常備軍の正統性を剥奪し続けるという方式は、まぎれもなく戦後日本の権力分立の重要な部分を構成してきた。そして、〈自由〉は守られてきた。これは、日本人の、偉大な成功の歴史である。  憲法9条2項を改正しても、9条の理想は残される、とする議論の危うさは、こうした文脈で理解されなくてはならない。」

 「自衛隊という常設の軍事組織を、その正統性を剥奪し続けてコントロールしてきた、これまでの立憲主義的な権力システムにとって、その要をなしてきたのは、いかに現実離れした条項であるにせよ、戦力不保持を定める9条2項である。9条2項を改正して憲法上の正統性を認知された自衛隊に対して、前文や9条1項は無力であろう」

 「自衛隊の現状を追認するだけのために、その正統性剥奪によるコントロール方式を手放し、代替手段について一顧だにしない9条2項改憲論については、得るものがなく、失うものだけが果てしなく大きい選択だという疑いを、拭うことは困難であろう。」

 日本の議会政治には、戦前の「前科」が残されている、と石川氏は言います。憲法9条なしに軍事力を内部に取り込み、国民の自由を確保できるだけの力量を日本の議会政治が果たして備えているのか不安だ、と言うのです。

 「憲法9条2項は、トロヤの木馬を城内に招き入れることに反対した、神官ラオコオンのごとき存在である」

 日本の常備軍事力に、今まで剥奪されてきた正統性を与えるのならば、常備軍をコントロールできる方策を示さない限り、今まで日本がかろうじて軍の独走を阻んできた60年という時間を捨て去ることになってしまう、というわけです。

 もともと軍事的権力とは暴走しがちなものなのです。9条2項を手放すのであれば、それに代わるコントロール手段を明確に示す必要があります。ところが、現実の改憲論では、それらに関する言及がまるで見られないのが現状です。石川氏は、そこを厳しく突いているわけです。

 「9条方式の統制は戦後日本の成功体験に属する」

 確かにそうです。

 私は、深く同意します。

(小和田志郎)

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