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デスク日誌(8)

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美しい日本語

 松岡大臣の自殺ショックは、いまだに政界を揺さぶり続けている。日本人の特性としてよく言われるのが「死者を鞭打たない」ということ。しかし、今回は、そうは簡単に終わりそうもない。

 確かに、政府与党内部では、松岡さんの自殺で「政治と金をめぐる問題」には、一応の幕引きができたと安堵の声が聞かれたのは事実である。だが、世論はそうは見なかった。

 それは、松岡大臣自殺後の世論調査に明確に現れている。幕引きどころか、疑惑が闇に葬られることへの反発のほうが、むしろ強かったのだ。

 朝日新聞の6月4日付の記事では、内閣支持率は安倍内閣が発足して以来最低の30%である、とのことだ。あの産経新聞での調査でさえ、安倍内閣支持率は発足以来の最低を記録した。世論は、年金問題と政治と金のスキャンダルに予想以上に強く反応したのである。

臭いものにはフタ、の政治

  この松岡大臣の自殺で明らかになったのは、安倍晋三首相の冷酷さである。先週のこのコラムでも指摘したけれど、「誰が松岡大臣を死に追いやったのか」について、国民の多くが気づいてしまった。

松岡大臣の答弁に蓋をし、とにかく「余計なことはしゃべるな」と圧力をかけ続けたのは、まさに安倍首相本人だったのだ。

その上さらに、安倍首相は「検察は、緑資源機構の談合問題に絡み、松岡さんに対する直接の捜査を行う予定などなかった」と、まさに指揮権発動と同じような発言をしたのだ。つまり、「松岡問題を捜査して

  政治が司法に圧力を加える。本来ならば、国家の三権分立制度という根幹を揺るがしかねない暴言妄言なのである。

  さらにさらに、松岡大臣の後任の農林水産大臣に任命された赤城徳彦氏は、就任直後に「緑資源機構は解体させる意向」と発言した。むろん、こんな重大事を大臣就任直後に若い赤城氏が単独で決められるわけがない。当然のことながら、これは安倍首相との了解事項である。

   どういうことか。

  松岡氏の事情聴取、さらには逮捕へ至る過程が、実は検察内部ではかなり具体的に検討されていた、という話がある。

  緑資源機構の談合事件で、松岡氏の地元である熊本・阿蘇地域に東京地検の捜査が入って逮捕者が出た。しかし、普通であればこの捜査の直接容疑の金額は、とても関係者の逮捕にまで及ぶほどの大きさではなかった。すなわち、そこを突破口として、地元では圧倒的な影響力を持つ松岡氏の身辺に迫る、というのが検察当局が描いていた絵図だったというのである。

  それは、松岡氏もひしひしと感じていたらしい。

  そこで首相官邸サイドが圧力をかけた。その上で松岡氏には「何もしゃべるな」と命じたわけだ。

  「逮捕はさせないから、余計なことは言うな」である。しかし、このままでは世間の非難はもっと自分に集中するだろう。ほんとうは、さっさと謝って書類訂正をし、その上で大臣辞任をしたかった、というのが、さまざまな筋からもれてくる松岡氏の心情だったようだ。

  だが、それは許されなかった。

  松岡氏が言えなかったのは、彼が事務所の光熱水道費として計上した多くの金が、実は官僚や政治家への「対策費」として使われていたからだ、という情報がある。だとすれば、松岡氏が喋る内容によっては、安倍内閣を大きく揺さぶることになったかもしれない。安倍首相やその側近たちが「絶対に話すな」と圧力をかけざるをえなかったのは、この情報が正しいとすれば当然のことである。

  話すことが許されない以上、死を選ぶしか、松岡氏には道がなかった----。

  そして、ことがここまで大きくなった以上、世論の反発にフタをするには「緑資源機構の解体」以外に方策はないと、安倍官邸は考えたに違いない。

  疑惑の機関そのものをなくしてしまう。つまり、とにかく臭いものにはフタをして、なんとかこの松岡大臣自殺を一件落着させてしまいたい。それが、安倍首相の本音と見て間違いないだろう。

その場しのぎの言葉

  フタをして松岡問題をウヤムヤにしなければ、安倍晋三首相自身の「任命責任」にも波及する。事実、安倍首相は「任命責任を感じている」と発言している。しかし、ここでも安倍首相の無責任さは露呈する。

  「任命責任を感じている」ならば、どうその責任を取るのか、それを明らかにするのが、言葉の使い方として当然だろう。しかし、その後、安倍首相が「責任を取った」という話は聞こえてこない。

  この人、批判されればそれに対して、その場しのぎの言葉で対応する。その場しのぎなのだから、言葉の重みなど感じてはいない。適当に誤魔化してしまえば、あとは野となれ山となれ、である。

  安倍首相は自己PR 本『美しい国へ』の中で、日本語の美しさにまで言及していたようだが、自分で使う日本語は少しも美しくない。彼の日本語は美しいなどという以前の問題である。普通の感覚では考えられないほど、いい加減なのだ。

  例えばこうだ。

  国会での野党質問で「松岡大臣は説明責任を果たしていると認識しているのか」と繰り返し問われた安倍首相は、「法律に基づいて適切に処理しているとの報告を受けている」と答えた。

  何度同じ質問をされても、すべて答えは同じ。

  これが「美しい日本語」だろうか。

  「説明責任を果たしていると思うかどうか」との質問への答えは「果たしている」か「果たしていない」かのどちらかでしかありえない。百歩譲っても、「私には分からない」が限度だろう。まるで答えになっていない。相手の質問を理解していないとしか思えない。

  安倍首相の答弁の言葉は、日本語ではない。

  それを分かった上で答えているとすればズルイ、分かっていないで答えたのだとすれば、頭が悪すぎる。いずれにしても、政治家の資質はない。安倍氏は政治家としては不適切なのである。

  同様の例は数え切れない。

  「靖国問題」もそのひとつだ。

  「靖国神社に参拝したかどうか、参拝するかどうかは言わない」

  靖国に総理大臣名で献花したという報道がなされても、「そういうことをしたかどうかについては、一切言わない」

  姑息な手段というしかない。日本国総理大臣名で奉納しておきながら、「プライベートなことなので、お答えする必要はない」などと言う。

  日本国総理大臣名で行ったことがプライベートとは恐れ入る。これを、美しい日本語であると判断するとすれば、日本における国語教育を根底から見直さなければならないだろう。まあ、そのために「教育基本法」を改定したのかもしれないけれど。

美しい星?

  その安倍首相が、またも「美しい」発言をした。この人、ほんとうに美しいことがお好きらしい。

  今度は「美しい星」だと言う。国から一気に地球規模へグレードアップである。これはサミットに向けた発言で、地球温暖化を防止して美しい星にするために「50%のCO2の削減を図る」というものだ。

  ほとんど何の具体的な工程表も示さず、目標値だけを口走る。50%の削減など、よほど詳細な具体策を示さなければ、絵に描いた餅に終わるのは目に見えている。それなのに、とにかく景気のいい口当たりのいい言葉を、何の根拠もなく口走る。案の定、各国からの反応は冷ややかを通り越してほとんど、無視。当然のことである。

  なぜこんな唐突な発言をしたのか。

  答えは簡単、ブッシュ大統領への「おべっか」である。

  イラク戦争の泥沼化で、世界中の非難を一身に浴びているブッシュ大統領。反米感情の高まりはもはや地球規模である。しかも、小泉引退の後、ただ一人の盟友であったイギリスのブレア首相までが表舞台から姿を消し、もはや頼れるのは(頼りないが)安倍首相のみ。そういう状況を打破すべく、ブッシュ大統領が突然変身して見せたのが、環境問題なのである。とにかく地球温暖化を防ぐために、CO2削減に邁進しなければならない、と豹変したのである。

  京都議定書へのサインを拒んでおきながら、いまさら何が環境問題か、と笑ってしまいそうな方針転換であるが、それに早速呼応したのが、安倍首相だったというわけである。

  あまりに分かりやすくて呆れるほど。

神業か、口先か?

  そして、極めつけは「年金問題」である。

  「私がやる、と言っているのです。まじめに年金を納め続けた皆さんを、悲しませるようなことは絶対にしない」と言う。

  しかし、ここにも具体策など一切ない。とにかく、支持率急降下に震え上がった安倍首相が、またも得意のリップサービス。

  ご存知のように、これは、突然の狂乱状態に陥った安倍首相が、あとのことなどまるで考慮に入れず、とにかく国民を黙らせたい、ただそれだけのためにぶち上げ、そのデタラメな命令を承った与党チームが、たった1日で纏め上げて議員提案した一夜漬けにもならない杜撰な法案なのだ。

  なにしろ、5095万件の行方不明の年金を、たった1年間ですべて処理すると言うのだから、それはほとんど神業である。しかもその法案を、これもたった4時間という史上まれに見る短時間の審議で強行採決してしまった。その様子を見ていた社会保険庁の幹部は、「いったい、どうやって---?」と絶句したと言われている。「どうせ解体されるのだから、そのうちウヤムヤになるさ」と吐き捨てた社保庁職員もいたとか。

  呆れない人間がいたとしたら、その方は神様のように温厚である。いや、神だって怒る。俺のところへ連れて来い、そんなできもしないウソをつくヤツは、俺がその舌を引きちぎってやる、と地獄の閻魔大王なら怒りくるって言うだろう。

  できもしないことを、選挙のために裏付けも無しに口走る。見事なほどの「美しい日本語」である。この人、ドイツ・サミットに出かけたが、今度はどんな「美しいお約束」をして帰って来るのだろうか。

(津込 仁)

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