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デスク日誌(13)

070718up

黒煙に怯えた日

 またしても大災害です。台風が去ってようやく一安心というところへ、凄まじいほどの大地の揺れの追い討ち。たくさんの方たちが傷つき、亡くなりました。

 避難場所で、涙ぐみ震えている被災者の方たちの映像を見ると、なんとも言えない気持ちになります。私でできることがあれば、と今、何ができるかを考えています。できることからするつもりです。

 多分、私と同じように考えて、何かを始めようと思っている(もう始めた)人は、数多いでしょう。

 できることから、すぐに着手する。それが災害時の最低限の心構えです。

 しかしそうせずに、「とりあえず情報は伏せる」という姿勢をとり続けたのが、今回もまた「原子力発電所=電力会社」でした。

 休日の朝。

私の家のテレビは付けっぱなし、ワイドショーの騒がしい声が流れていました。妻が「わっ、震度6強だってっ!」と叫びました。新聞から目を上げた私に、テレビが「番組の途中ですが---」と画面を切り替えました。

そこから延々と、私はテレビに釘付けになったのでした。

 かなり早い時期から、私も妻も気づいていたのです。多分、原発に向けた定点観測カメラからであろう映像に、ぼんやりとではありましたが、煙が立ち上っているのが見えたのです。

 「あれ、原発が燃えてるんじゃない?」

 「でも、テレビじゃ、何も言っていないよ」

 「あれは、絶対に火事。わあっ、原発が燃えてるぅー」

 それは恐怖でした。地震で原発が火災炎上。こんなことが、いま、実際に目の前で起こっている。しかし、アナウンサーはなかなか原発火災には触れません。

 おかしい、例によって、すでにメディア規制が始まっているのか? と私は疑いました。

 多分、私は、一般の方たちよりも原発事故には過敏です。それは、かつて週刊誌の編集者であったときの取材経験に基づいているからです。

 ようやく、テレビが「柏崎原子力発電所で火災が発生した模様です」と伝えたのは、私と妻との会話から、優に10分以上も過ぎてからのことでした。

 テレビ画面が映し出した現実を、電力会社はなかなか通告しなかった。メディアへはもちろん、 柏崎市や刈羽村への通告もかなり遅れたようです。

 テレビ画面を、私たちは食い入るように見続けました。

 「どうしたんだっ! 消防車は何で来ないんだっ!」

 見ながら私は思わず叫んでいました。

 映し出される黒煙の建物からは、赤い炎まで見え始めました。しかし、消防車はおろか、消火に当たっていなければならないはずの原発職員の姿もまったく画面には写らないのです。

 テレビでは、それが3号機のタービン建屋に隣接した変圧器の火災であるとは、まだ報じていない。私たちの目に写るのは、もうもうと上がる黒煙とちらちら見える赤い炎の舌先です。

 頭に、チェルノブイリ原発事故の惨状が浮かびました。

 チェルノブイリでは、周辺の半径300キロ以内が汚染され、被曝した人数は100万人を超え、癌などの後遺症で死亡した人は数十万人(正確な人数は、どの機関もつかんでいないという)とも言われています。

 柏崎から東京までは、もちろん300キロ圏内です。人口だけで考えれば、柏崎原発から300キロ以内には、日本総人口の4割が暮らしていることになります。私の2人の娘も、もちろんその圏内です。

 ぞっとしました。

  それにしても、なぜ消防車も消火に当たる人間の姿も、この画面に写らないのか。それは、119番通報を原発側が遅らせているからではないか。実は、消防署は、まだ事の重大さを知らないのでは?

 かつての週刊誌時代の取材経験が、苦い思いとともに甦りました。そう、彼らは、ほんとうに情報を出さない。特に不利だと思われる情報は、徹底的に隠したのです。

 やっとの思いで手に入れた書類には、ほとんどの場合、べったりと「墨塗り」が施されていました。つまり、そこには何か原発=電力会社=政府(経済産業省)にとって、不利なことが記されていたことの証拠です。

 それに対し「なぜ、こんなに墨塗りするのか」と抗議すると、判で押したように「ここには特許に関する事項が書かれているので、それを公表するのは特許権の侵害になるから」というような答えが返ってきました。

 多分(私の想像ですが)、この体質は、現在も完全には払拭されていないのではないかと思うのです。

 「変圧器火災であり、原子炉建屋そのものではない。だから、原子炉自体が危険な状態になることはない。したがって、なんとか自分たちで処理して、内々に抑えたい」という判断が、職員たちの中にはあったのではないでしょうか。

 大事(おおごと)にならないように事態を抑えようとして、結局は事態の悪化を招く。

 何度経験したら、この人たちは学ぶことができるのか。私は、そう思って暗澹たる気持ちになったのです。

 これが私の思い過ごしであればよかった。

 しかし、後になって、恐るべき事実が判明するのです。

 午前中の記者会見で、塩崎官房長官はこう言ったのです。

 「原発は緊急停止した。原発からの放射能漏れはないと聞いている。したがって、人体への影響などはまったくない」

 しかし、すでに皆さんご存知のように、実は(微量とはいえ)放射能汚染された水が、海へ流出していたのです。

 塩崎官房長官は「---と聞いている」と述べています。つまりこれは、誰かから報告を受けた、ということです。

変圧器火災がようやく鎮火したのは、なんと発生から2時間以上経ってからです。ということは、地震発生が午前10時13分ですから、午前中の塩崎会見の際には、まだ燃えている最中だったことになります。

 これは何を意味するのでしょうか。

 事態がまだ現在進行中なのに、誰かが結論(放射能漏れはない。従って心配はない)を出し、それを官邸に伝えていたことになるのです。もしそうでなければ、塩崎官房長官が、勝手に嘘をついたということになります。

 こんな馬鹿なことが許されていいのでしょうか。事態が収まらないうちに、もう結果を、それも自分たちに都合のいい結果を発表する。

 しかも、これがすぐに嘘だとバレてしまうのです。

 東京電力は、夜10時にになって「微量の放射能漏れがありました」と、記者会見でようやく発表しました。

 まあ、発表しただけいいじゃないか、という人もいるかもしれません。しかし、実は東京電力は、放射能漏れの事実を午後6時過ぎには把握していたといいます。ところがその後、午後8時過ぎの東電からの報道機関へのファクス広報文には「外部への放射能の影響はありませんでした」と書かれていたのです。

 この文章のイヤラシイ逃げ方、分かりませんか?

 つまり「放射能漏れは、ありませんでした」ではなく「放射能の影響はありませんでした」と書かれている点です。

 これは突っ込まれたときに「いや、放射能漏れがなかったと言っていません。人体への影響がなかった、と言っているだけです」と言って逃げきろう、という姑息なヘリクツです。ズルイです。

 しかも、問題はまだありました。

 現地村役場や市役所への報告が、やはりいい加減だったことです。柏崎市は、市の防災無線で午前10時40分ごろにはもう「原発施設内で火災が発生していますが、放射能漏れの心配はありません」と、放送しました。

 しかし、前述したように、放射能は明らかに漏れていて海に流出したのです。いい加減な情報に基づく放送など、百害あって一利なしです。今回は、微量ですんだから助かりました。しかしこれが、ほんとうの原発災害だったとしたら、逃げれば助かったものを「逃げなくても心配ない」と、放送にだまされて命を落とすことも、十分に考えられます。

 いったい誰が、柏崎市へそんな情報を流したのでしょうか。それはどう考えても、東京電力だとしか思えない。

 かつて、私が取材したころの東京電力の体質と、現在の東電のやり方は、まったく変わっていない、と感じます。

 原発災害は、その瞬間だけで終わるのではありません。

 半減期(その強さが半分になるまで時間)が数万年かかる種類の放射能もあるのです。すなわち、一度大災害が起きてしまったら、その影響はほとんど未来永劫続くのです。ロシアの、荒漠たる汚染原野を想像してみてください。そして、私たちの国土の上を、ただ風が吹きすさぶだけの光景を。

 そんな恐るべき技術を、このような人たちに任せておいていいものでしょうか。

 「地球温暖化を防ぐには、原発がどうしても必要だ」などと説く人たちがいます。この技術の危うさなどをきちんと学んだことのない、若手政治家などに多い発言です。

 もしほんとうにそう思い、安全だと言うのであれば、かつて、作家の広瀬隆さんが訴えたように「東京に原発を」作ればいいのです。広瀬さんのこの本のタイトルは、原本では『新宿に原発を』でした。あのころ、20年以上も前、現在の東京都庁がある辺りは、淀橋浄水場跡地で、一面の野原でした。

 「ほんとうに安全だと言い張るなら、ここに、この東京のど真ン中に原発を持ってくればいいじゃないか」

 この広瀬さんの叫びは、多くの人々の心を捉えたのですが、それは政府や電力会社には、ついに届きませんでした。

 そして今、日本では55基もの原子力発電所が稼動しています。活断層の真上にあり、東海大地震が起きたときには、必ず被害を受けることになるだろう、と指摘され続けている静岡県の浜岡原発も轟々とうなりを上げながら、今も運転を続けています。

 最後に、不思議なことを指摘しておきます。

 被災地に電力を供給しているのは「東北電力」です。ところがこの地震で火災を起こした柏崎刈羽原発は、なぜか「東京電力」の原発です。

 そうです、東京へ、ここから電気を送っているのです。山を越え谷を越え、長い長い送電線を使って。

 送電線は、膨大な送電ロスを生みます。せっかく発電した電力の数十%を、送る間に失くしてしまうのです。お金の力で、過疎地に迷惑施設を押し付けた結果です。

 広瀬さんの言い方を借ります。

 「そんなに安全なら、東京に原発を作ったらどうなんですか。そうすれば、膨大な送電ロスを防げるから、もっと効率が高まりますし、地球温暖化防止にも役立つのではないですか、東京電力ならびに政府の方々」

 もちろん、私は大反対しますよ。

 なぜかって?

 原発が安全だとは、まったく思っていないからです。

(小和田志郎)

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