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デスク日誌(23)

070926up

「壊す人」「壊せなかった人」「結局、壊す人」

気の抜けたビール

 まったく「だから、何なんだ!」と言いたくなります。

 自民党の総裁選挙のことです。気の抜けた生ぬるいビールを飲まされ続けていたような10日間でした。

 例の自爆辞職の9月12日から、総裁候補者受付の15日、そして総裁選当日の23日までの、ほぼ実質10日間。

 ウワサの人物が現れては消え、まるで淀みに浮かぶうたかた、結局残ったのは福田康夫、麻生太郎という、親の光を身に纏ったおふたりでした。しかも、そのおふたりの間の決着も、たった1日でケリがついていたという、なんだかつまらぬ落ちがミエミエの三流時代劇。『水戸黄門』だって、もう少し面白い。  

 どうでもいいや、とシラケていたのは、私ばかりじゃなかったようです。その結果の見えた争いを、面白がったり興味を持ってウォッチしていた人間なんか、私の周りには皆無でした。みなさんは、いかがでしたか?  落ち目の会社の次期社長。先行きの見えない業績は、とてもこれから回復するとは思えない。どうするのでしょうか、福田康夫新総裁は。

「皇帝のいない八月」

 安倍前自民党総裁(前総理大臣でもあります)が、24日午後5時過ぎから20分弱、入院先の慶應病院で、とうとう記者会見を行いました。

 しらっ茶けた顔、かすれる声、泳ぐ視線、途切れる言葉。どれをとっても、とても首相を続けていける様子ではありませんでした。そして、何の新味もない会見でした。

 麻生(前)幹事長らの「クーデター説」は改めて否定しましたが、「小沢民主党党首との会見を断られたのが辞任の理由の一つか?」という質問には、明確な否定はありませんでした。そのころにはすでに、判断する気力さえ失っていたということのようです。ほんとうに、政治家としてはこれ以上ない悲惨な末路でした。

 ほぼ1ヵ月前あたりから、「安倍首相の様子がどうもおかしい。言葉が意味をなしていない。聞かれたことを、きちんと把握できていない。目がさまよっている」などと言われてきました。気づく人は、気づいていたのです。

 けれど、政府中枢の人々は、首相の判断能力の衰えを隠すことさえせずに、次期政権に向けての自らの権力の確立に腐心していたのです。どうせもうすぐ去る首相に、忠誠を尽くすことなど必要ない、ということでしょう。

 考えてみれば、すでに判断力を失ってしまっていた首相を、そうとは知らずに、私たちは1ヵ月以上も国家の責任者としていただいていたということになります。

 恐ろしいことです。

 あげく、そのような人を国際会議にまで私たちの代表として送り出していたというわけです。さらにさらに、その責任能力がほとんど欠如してしまった首相の代理を置くことさえせずに、9月12日から23日までの12日間を過ごしてきたのです。

 実質的に首相のいない政府。それでも機能していたからいいというのでしょうか。

 こんな無責任な政府も考えられません。

 かつて『皇帝のいない八月』という映画がありましたが、まさに「首相のいない八月(九月)」だったわけです。あんなに暑い夏だったのに、考えると背筋が寒くなります。

 「政治とは非情なものだ」とうそぶいたのは、小泉元首相です。しかし、これは非情などというカッコいいものじゃない。ただの汚れた政治権力争いだ。私には、そう見える。

 「テロとの戦いを止めるわけにはいかない」と、福田氏も麻生氏も、選挙戦中には繰り返していました。しかし、肝心の自分たちの党の中心は、このときまさに空洞だったのです。

 テロどころか、大災害や大事故が起きたときにどう対処するつもりだったのでしょうか。まさか「あんなもん、お飾りだから誰でもいいんだ」というわけではなかったでしょうが。

 政争・政局ごっこに明け暮れて、責任者不在の政治。しかし、その終焉は見えています。

 いつその時が来るか。

おかしな敗者

 この総裁選で、妙にはしゃいでいたのは、なぜか敗れた麻生太郎氏でした。

 思った以上に総裁選での得票が多かったこと(福田330票:麻生197票)に、ご機嫌だったのです。翌日の会合では「とても負けた男の残念会だとは思えない」というほどの満面の笑み。

 ヘンです。

 議員票では、麻生氏は予想以上の票(福田254:麻生132)を獲得しました。しかしそれ以上に、彼が得た地方票が、実質票数で福田氏を上回った(福田約25万票:麻生約25万3千票)ということがそのはしゃぎっぷりの理由だったようです。

 特に、東京、大阪、神奈川、愛知などの大都市圏では、麻生票が福田票をかなり上回りました。「ほら見ろ、俺の人気は大都市圏ではスゴイんだぜぇ!」と喜んだわけです。

 これは自民党員選挙という、一般には閉ざされた身内だけの選挙でした。すなわち、この前の参院選で見られたいわゆる浮動層の民主党へ雪崩を打った投票とは、まったく別物だったということを、この人はちっとも理解していない。

 その上、参院選の敗北の最大とも言える原因が、地方格差への不満による地方票の激減だったことも、まるで理解できていないようです。

 身内選挙で、大都市圏でかろうじて勝利したからといって、不満が充満している地方で勝利したわけではありません。また、大都市圏では自民党員そのものが激減しているのです。大都市では、自民党員など、もう少数派そのものなのです。

 そんな大都市圏の身内だけの選挙での小さな勝利が、間近に迫った衆議院総選挙の有利につながるなどと思うほうがどうかしています。

 この総裁選の結果だけから見れば、「麻生首相」では自民党票すら地方では獲得できず、次の衆院選では勝ち目がなかったことになります。

 はしゃいでいる場合などではないはずです。

 しかし、大自民党の幹事長ともあろう人物が、この程度の分析さえできなくなってしまったのでしょうか。

3人の総理大臣

 それにしても、この「自民党総裁=総理大臣」の3代に渡る流れは、なんだかとても示唆的です。

 私なりに、3人の首相を比べてみると、こうなります。

●小泉純一郎元首相「壊さなくてもいいものまで、ぶっ壊そうとした人」

●安倍晋三前首相「壊そうとしたが、何を壊せばいいのか分からなかった人」

●福田康夫新首相「壊そうとはしないけれど、結局、自民党そのものを壊してしまうことになる人」

 さて、最後の予測は当たるでしょうか?

(小和田 志郎)

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