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2013-04-24up

「マガ9学校 第26回」

2013年4月14日(日)15:00~18:00
@カタログハウス本社 地下2階セミナーホール

「これからどうなる? 日本の食と農~TPPと地域の事例から」講師:金子勝さん ゲスト:枝元なほみさん

福島第一原発事故によって、私たちは「食」の安全と直面せざるを得ない状況になりました。これまで、安全な食べ物が安定して供給されていたことが、いかに大切だったか実感した人も多いのではないでしょか。そうした中、政府はTPPの交渉参加を明確にし、食に関する不安はますます高まっています。これから日本の食はどう変わるのか。私たちができることはあるのか。経済学者で食と農に造詣の深い金子勝さんと、料理研究家の枝元なほみさんに、たっぷり語っていただきました。

金子勝●かねこ・まさる 経済学者。慶應義塾大学経済学部教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。経済理論学会所属。著書に『新・反グローバリズム 金融資本主義を超えて』(岩波現代文庫)、『「脱原発」成長論 新しい産業革命へ』(筑摩書房)、『失われた30年 逆転への最後の提言』(NHK出版新書)など多数。オフィシャルブログ:金子勝ブログ

枝元なほみ●えだもと・なほみ 料理研究家。明治大学卒業後、劇場の研究生になり役者をしながらレストランで働く。劇団解散後、料理研究に。料理本の執筆の他、料理番組への出演多数。また農業支援団体チームむかごを立ち上げ、現在は社団法人「チームむかご」の代表理事。東日本大震災の後は被災地支援の活動(にこまるプロジェクト)も同法人で行っている。twitter:@eda_neko

 第一部は金子さん基調講演です。TPP問題については、メディアでも連日報じられていますが、ほとんどが「TPP=農業の衰退」のように表面的な問題しか取り上げておらず、隠された本質があるそうです。自民党は、TPP交渉参加に際して、農産物の重要品目を守ることや、国民皆保険を維持することなど「6つの条件」を打ち立てていますが、安倍首相とオバマ大統領の会談では、一つとして確約を取れていません。金子さんによると、この展開は当たり前で、実はオバマ大統領には貿易協定に関する決定権がないそうです。
 「2007年にWTOの包括的な貿易協定であるドーハラウンド(多角的貿易交渉)が決裂し、アメリカ国内ではTPA(大統領貿易促進権限)が失効しました。以来、オバマさんに限らずアメリカ大統領は包括的貿易の交渉の権限を持っていないのです。TPPのこともアメリカ議会が決めることになり、オバマさんは議会向けのメッセージしか言えません」
 この状況がどんな影響をもたらすか。前例としてあるのが米韓FTAの紛糾だと、金子さんは説明します。米議FTAは07年に締結されたにもかかわらず、アメリカ国内の自動車業界が反発し、同議会が合意内容の見直しを要求したそうです。その結果、2010年に追加交渉が行われ、韓国はアメリカに譲歩することになりました。「日本の新聞等では、事前協議の日米合意でTPPの何かが決まったような印象を与えるが、実際は違う。何も合意できていないのです」と金子さんは指摘しました。

 もう1つ、TPPをめぐる報道で欠落しているのが、政府の印象操作に関する指摘です。政府は、TPP交渉で例外項目として認められる可能性の低いものは自主的に“白旗”を挙げて(表向きは規制緩和)、「アメリカとの交渉で負けた」という印象を与えないようにしているそうです。
 「今年2月、アメリカ産牛肉の輸入が規制緩和されました。これまでは20ヵ月以下の牛の肉しか輸入できませんでしたが、その基準が30ヵ月以下になり、危険部位も輸入が認められるようになりました。しばらくBSEが発生していないからといいますが、本来は逆でしょう。トレーサビリティをしっかり徹底するよう要求するのが普通なのに、何もしません」
 他にも医薬品や医療機器の審査期間をアメリカ並に短縮し、簡素化する流れがあります。新聞等では、日本国内の医療産業の育成のための規制緩和だと書かれていますが、実際には逆効果になる可能性が高いそうです。「この数年で、医療機器における日本企業のシェアはどんどん落ちています。要するに、失われた20年であらゆる国内産業の経済競争力が落ちていますから、審査期間を短縮しても外国の医療機器が入るだけです」
 これまで日本が積み重ねてきた安心・安全も、アメリカにとって輸出の障壁となるなら、どんどん崩されていく……。そんな危機的状況であることがわかります。

 農産物に関しては、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物など6品ほどが重要品目とされていますが、政府の要求通り例外扱いとなるかどうかは不透明です。金子さんは「実際にはコメや砂糖くらいだろう。それも、アメリカ国内の業界団体から圧力がかかり、関税率を下げて輸入割合を拡大する方向で交渉することになるはずです」と予測します。仮にそうなった場合、日本国内へのダメージは計り知れません。政府は、“日本のコメは品質が高く海外に輸出しても十分に競争力がある”としていますが、「関税を撤廃してコメを輸出すると、余剰米がなくなって生産調整が効かなくなります。中国や台湾、香港の富裕層が日本のコメを食べ、我々は農薬基準のゆるい中国産のコメを食べることになる可能性があります」と金子さんは見ています。
 また、TPPに参加するには農業の大規模化が重要だと言われています。アメリカやオーストラリアは、広大な農地に飛行機で種や農薬をまいていますが、国土の狭い日本ではとても太刀打ちできません。しかし、金子さんは大規模農業が中心である時代はいつまでも続かないと見込んでいます。「食の安全を基軸にすると、これからは小規模分散が伸びるはずです。小さい単位で安全な物を作り、競争できる社会になっていくでしょう」
 効率性や生産性を重視する価値観が行き詰まったのが今の社会です。そこから突破するには、さらに効率性を追求するTPPではなく、産業構造を転換することに可能性があると結んで、金子さんの講演は終了しました。

 第二部は、料理研究家の枝元なほみさんと、金子さんのトークセッションです。ホームレスの自立を支援する雑誌『ビッグイシュー日本版』に連載を持っている枝元さんは、同誌の執筆者の1人が書いていた文章を引用してこう語りました。
 「小水力発電に関する文章のなかに、今後のエネルギーのあり方は『ぶどうの房』のようなイメージと書かれていました。小さくても1つ1つ充実したものが集まって構築される社会です。金子さんのお話を聞いていて、食もエネルギーも同じだなと思いました」
 枝元さんは3・11以降、グローバリゼーションに対抗するローカリゼーションに希望を感じるようになったそうです。1つの事例として埼玉県小川町の有機農法家の取り組みを紹介しました。
 「自分たちでソーラー発電した電気を牛が逃げないための囲いに流し、放牧していました。また一斗缶に食用廃油を貯めた“油田”を作って、トラクターの燃料にしています。古いベンツを改造して、その食用廃油で動くようにもしており、とてもきれいに循環しているのです」
 TPPと原発は、どちらも私たちの食を脅かす問題です。枝元さんは、「3・11以降は、魚やあさりは大丈夫かなと気になり、シイタケを使うときは『これは島根産です』とか、心の中でつぶやいています。でも、レシピにそう書くわけにいかないし」と料理研究家としての苦悩を明かしました。こうした複雑な思いは、身近な人と語り合って問題意識を共有したいものですが、なかなかそうもできないのが今の日本社会です。そこで枝元さんが展開しているのが、名付けて“のらりくらり作戦”。
 「デモや政治の話をすると引いてしまう人が多いから、正面切っては説明しません。だけど、『昨日、花粉がひどかったよね。私、日比谷公園のデモに参加していたからつらくって』みたいに、デモに参加するのがさも当然のように話すようにしています(笑)」

 大上段に構えずに政治の話をすることについては、金子さんも共感を示しました。
 「他国では政治の議論は当然なのに、日本ではそうはなりません。今年、“大人の学力調査”(経済協力開発機構=OECD=による国際成人力調査)の結果が発表されるのですが、結果に注目しています。これとは別の、96年に14ヵ国が参加した大人の学力調査では、日本は先進国中で最下位でした。周りに協調することが重視され、自分で工夫したり、提案したりするとつぶされるからでしょう。大人になると知識を得たり、ものを考えたりしなくなる社会です」(金子さん)
 こうした状況に風穴を開ける1つの試みが、枝元さんの“のらりくらり作戦”ですが、金子さんは「言葉の日常化」がキーになると考えています。
 「『ワーキングプア』『貧困ビジネス』などの言葉は、小泉経済改革の間違いを言い当てていました。こうしたぴったりの言葉が出てきたとき、みんなハッとするのではないでしょうか。残念ながら、『アベノミクス』に対抗する言葉はまだ出てきていません」
 枝元さん、金子さんのこういった提案は、どちらも普通の人ができることです。食の問題は、私たちの健康に直結することだけに、一人ひとりが食に関心をもち、少しずつでも発言していかねばならない時代になったと言えるでしょう。“小さな単位が充実してつながる”という概念は、ここにも共通するように思えました。
 なお、金子さんは4月に発足した「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」の呼びかけ人になられたとのことでした。TPP交渉参加を撤回するよう安倍総理あてに提出した大学教員の署名は800筆以上に達したそうです。こちらの動きも注目していきたいところです。

●アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします。(敬称略)

3・11以降、信じていいものと信じていけないものと、自分の中でアンテナが非常に敏感になっています。信じられる人の一人が金子さんです。今日は枝元さんのお話が今の自分と「同じ!」と思えたこと、金子さんからTPPの真実をうかがえたことと、参加して良かったです。自分のできる行動を行っていきます。(篠崎幸恵)

TPP、原発、食と農など多方面に渡り興味深かったです。金子先生の地域分散ネットワークのお話、枝元さんのゆるくのらりくらりと変えていこうというお話が印象的でした。(匿名希望)

金子先生の「来るところまで来ている日本」という状況を何とかしたいと思っています。福祉を国民が享受するための国政を実現するために、政治家のエゴを暴走させない様、出来ることをやっていきたいと思います。(篠崎彰)

わかりやすくタイムリーで良かった。(匿名希望)

金子さんと枝元さんのトークは、分かりやすい内容で好感が持てた。枝元さんの質問は率直で気取らないので共感しました。普通の人が心に持っているようなことが話題の中心になっていたので良かったです。(匿名希望)

中高生の意識アンケートで一番大切なのが、お金というのが一位になっているというのを聞くと、社会が二極化するということを感じているのかなと思う。(TPPについても)「派遣村」とか「盗聴法」とか、わかりやすい「見える化」が、どうやったらできるのだろうか? と思う。(匿名希望)

大量生産、大量消費の社会から、小規模・分散型地域消費の社会への転換が求められていると思います。枝元さんの「のらりくらり作戦」「風評を広げよう」は、勇気が出てきました。(匿名希望)

TPPの話、わかりやすかったです。(匿名希望)

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