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この人に聞きたい
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伊藤千尋さんに聞いたその2

誇りに思える国家ビジョンについて議論しよう

「軍隊のない国」コスタリカの状況についてお伺いした前回のインタビュー。
同じように平和憲法を持つ日本で、改憲論議が進むいま、
私たちは何を念頭に置いて進んでゆくべきなのか?
「不安がるだけでなく、行動しなければ何も始まらない」
――力強い言葉をいただきました。

伊藤さん
いとう ちひろ 1949年山口県生まれ。
1979年に朝日新聞入社。中南米特派員、バルセロナ支局長、
ロサンゼルス支局長などを経て、現在は『論座』編集部に所属。
著書に『人々の声が世界を変えた!』(大村書店)、
『たたかう新聞 ハンギョレの12年』(岩波書店)など。
「戦争を起こさない」ための現実的な仕組み
編集部

コスタリカと同じ「平和憲法を持つ国」である日本が、本当の意味での平和国家になるためには、今後どういった方向を目指すべきだとお考えですか。もちろん、コスタリカをモデルとしてそのやり方に倣うという選択肢もあると思いますが。

伊藤

それももちろん一つの方法でしょう。そのほかにもう一つ参考になるのが、EU(欧州連合)の例です。

EUがすごいのは、欧州の平和と戦争の歴史をしっかりと踏まえている点です。ヨーロッパはこれまで、常に世界大戦の火種になってきました。それもフランスとドイツ、この二国の争いがすべての始まりだった。だったら、この二国が手を取り合えば戦争はなくなるのだから、そのために鉄と燃料を二国で共同管理してはどうかという提案をしたのが、当時のフランス外相のロベール=シューマンです。鉄がなければ武器はできないし、燃料がなかったら戦車も飛行機も動かなくて、戦争なんてできないはずだというんですね。すごく現実的でテクニカルな発想です。

そして1952年に成立したのが欧州石炭鉄鋼共同体です。どうせなら周りの国も巻き込もうということで、イタリアやベルギーなどを含む6カ国でスタートしました。それが、さらに原子力エネルギーや経済も共同で、ということになってどんどん膨らんでいき、EC(欧州共同体)が誕生。そして、ついには政治も統合しようということになって、1993年のマーストリヒト条約でEUが誕生しました。加盟国は25カ国、最近は、欧州憲法をつくろうという動きも出ていますね。ここまできたら、もはやヨーロッパ間での戦争は起こりようがありません。彼らはそういう、きわめて現実的な仕組みをつくってしまったわけです。

「まずは自分の国が軍隊をなくして平和に貢献しよう」というコスタリカ、一つでも多くの国が加盟する集団安全保障をつくって、それを広げていくことで平和を実現しようというEU。どちらの方式も、十分に日本が目指すモデルにはなると思いますね。二つとも、現実としていま成功しているわけですから。

10万人のデモも、たった1人から始まった
編集部

ただ、日本の現状を見ていると、その逆の方向に向けて進んでいるようにも思えるんです。自民党が「自衛軍の保持」などを明記した改憲案を発表し、今年9月の衆院選挙では自民党が圧勝して改憲派が国会の多数派を占めるなど、世の中全体が9条改悪の方向へずるずると流されていっているんじゃないかと、不安になります。

伊藤

確かに、今権力を握っている自民党が「憲法を変えたい」といって宣伝するし、メディアもそれをどんどん伝える。それを見ていると、ずるずるとそちらへ進んでいっているような印象を受けますね。

でも実は、そうあきらめたものでもないと思うんですよ。例えばアメリカでも、去年の大統領選挙でブッシュが「圧勝」したとき、反ブッシュ派の国民の間にはものすごい絶望が広がりました。ところが、よく調べてみると実際のブッシュの得票率は51%にしか過ぎなかった。圧勝という結果になったのは選挙制度のせいで、国民の半分近くはブッシュに反対の意思を示していたんですね。しかも、その後もブッシュの支持率はどんどん落ち続けて、いまや40%を切るまで下がっています。

編集部

その状況を生んだものは何だったのでしょうか。

伊藤

ハリケーン被害への対応に非難が集まったこともあるけれど、それだけではありません。例えば、少し前にはワシントンで10万人のデモがありました。そうした市民の動きが、ブッシュを追いつめていっているわけです。

重要なのは、この10万人デモは、最初はたった一人の行動だったということ。イラク戦争で息子を失ったある一人の母親が始めたものでした。そこへどんどん人が加わって、ついに10万人にもなった。たった一人の行動が、10万人の行動につながったんです。

よく、「デモをやってもメディアは報道してくれない」といいますね。でも、100人単位のデモでは報道されなくても、それが広がって10万人になれば必ず報道される。それがメディアというものです。そして、その「10万人」はいつもたった一人から始まる。日本では「今の状況はひどい」と言いながら何もしない人が多いけれど、まず行動を起こさないと、何かを倒すことにはつながっていかないんですよ。

編集部

誰かが「最初の一人」にならないと、何も始まらない。

伊藤

それを実感したのが、東欧革命を取材したときです。1989年にルーマニアで革命が起きてチャウシェスク政権が倒れたけれど、それもそもそもはたった一人の男がチャウシェスクの演説中に「おまえは嘘つきだ!」と叫んだのが始まりでした。それが広がって収拾がつかなくなって、ついには革命につながっていったんです。もちろん、その最初の一人にはものすごい勇気が要ったでしょう。後に誰も続かなかったら、反逆罪で絞首刑になっていたはずですから。

そういう覚悟で声を出した人がいた。それを思えば、日本で「9条を守りましょう」と声を上げるくらい、なんてことはないですよね。やり方は何でもいいんです。「9条の会」をつくる、デモを呼びかける、隣の家の人にちょっと議論を持ちかけてみる。選挙があれば、9条を守ろうという人を応援するとか。それが広がって、やがて10万人になれば、どんどん注目も集まっていくんです。

自分たちが誇りに思える国家ビジョンを
伊藤

もう一つ大事なのは「あきらめないこと」です。改憲派に勢いがあるというけれど、世論調査をやれば必ず6割以上の人が「憲法9条は変えたくない」と答えている。実は、9条維持を主張する人たちは多数派なんです。だから、もっと自信を持てばいいんですよ。

逆の立場に立ってみればよくわかります。改憲したいと思っている立場からすれば、改憲案をつくったり宣伝したり、これだけいろいろなことをやってみているのに、まだ半分以上の人が頑として9条を守ると言っている。「こいつら、頭固いなあ」とでも思っているんじゃないですか(笑)。

落胆する必要はないし、あきらめる必要もない。あきらめたら負けです。相手は9条維持派があきらめるのを待ってるんだから。逆に言えば主導権は、勝敗を決める決定権はこちらにあるんですよ。あきらめないで、そして「あきらめてない人がこんなにいるよ」ということを、世の中に示し続ける。それによって、9条を守りたいと思っている「6割」の人は「大丈夫なんだ」と、また力づけられる。それが大事なんです。

編集部

「流されていっている」ムードに流されてはいけない、ということですね。なんだか、元気が出てきました(笑)。

伊藤

あと、本当はこの改憲論議をきっかけに、日本の国家ビジョンについてもどんどん論議すればいいと思います。我々がこの日本をどういう国にしたいのか。そういうことは今すべて政治家任せになっていて、一切論議されない。この国は私たちの国なんだから、本来は私たちで決めるべきなんですよ。

例えば、平和憲法を持って、自分の国が平和になるだけじゃなくて周りの国の平和のためにも尽力していく。日本という国自体がノーベル平和賞を受賞するような、そんな国家ビジョンはどうか。これならば、賛同する人も多いんじゃないでしょうか。平和を輸出する、それこそが国家としての日本の役割であると宣言する。そうなれば世界からも尊敬されるし、そんな国をどこの国も攻めてこようとはしないですよ。

今、日本人が世界に誇れるものがどんどんなくなってきている気がするけれど、やっぱり、「日本人です」と胸を張って言いたいじゃないですか。そのためにも、自分たちが誇りに思えるような、そんな国家ビジョンを作りたい。周囲の国から本当に尊敬されるような国にしていきたい。そう思いますね。

メディアを賑わす改憲派の主張の強さに、
ついつい弱気になってしまうこともありがちな昨今ですが、
あきらめるのでなく、反対の声をきっちりと
上げ続けていくことが、大切なことだと改めて感じました。
伊藤さん、元気の出るお話をありがとうございました。
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